第二十六話 久々の登校
私は海の皇国から帰国しビアード公爵領に帰ってきました。ローナの昔の恋人の騎士様も一緒です。
騎士様の名前はウォント。両親の許可もおり、ビアード公爵家で受け入れが決まりました。うちは使用人宿舎もありますし、言葉は通じなくても察しのよい方ばかりなのでそこまで不自由はないでしょう。私はビアード公爵夫妻と極秘で約束をしました。エイベルが知れば顔を顰めるのがわかるので、内緒です。真面目な今世の両親は私のお願いに驚いていましたが、保険でありもしものためのものです。約束を果たす状況もこの約束が破られるような状況もないと思いますが念の為。久しぶりに真剣に交渉しましたが満足のいく結果を得られましたわ。
さてもしものことは考えるのをやめましょう。内容を知ればエイベル以外にも嫌がりそうな子がいるのでこれ以上は口に出しません。私の自己満足なので知らなくていいのです。
さて優先順位の高い必要なことから片付けましょう。
時間を見つけてウォントにフラン王国語を教えていますが、拙い日常会話はできますがまだまだ先は長いですわ。
ウォントを部屋に呼びました。
二人の時はお勉強の時間以外は海の皇国語を使います。ウォントのために時々言葉を教えに帰ることを決めましたがいない間はマオにフォローを任せます。ビアードには外国語に堪能な方はいませんが騎士達は洞察力が高いので、言葉は通じなくてもきちんとやりとりできるのが救いです。
『レティシア様、ありがとうございました』
ウォントはまだローナ達とは会わせていません。二人でゆっくり話す時間はなかったので、大事な話ができませんでした。ウォントに会う時は常にマナが控えてましたから。まだウォントは不審者扱いなので、二人っきりは許してもらえませんでした。
今回は執事長にお願いしてマナもマオを遠ざけて機会を作ってもらいました。
頭をさげる声も瞳も明るくなったウォントに海の皇国語で話しかけましょう。
『頭をあげてください。』
顔を上げたウォントを静かに見つめ、残酷な話をします。ウォントの処遇については私に一任されています。
『ローナは記憶喪失です。私はローナ達には幸せになってほしいとと思っています。ローナや子供のロキとナギに無体なことは許しません。約束していただけますか?』
『はい』
『三人の安全のため、事情は話さないでください。貴方が会うのはビアード領民のローナです。よく考えて行動してください』
『はい』
固い顔をするウォントの瞳が暗くならないことに安堵しました。過去の話を禁止するなんて残酷ですが譲れません。恋人に忘れられたら思い出してほしいと願う気持ちはわかります。私のエゴを押し通すのもわかっています。でも海の皇国の妾や皇子という立場が周囲に知られれば欲深い方々は利用しようとします。ビアード領民の安全が優先のためウォントの心は・・・。全てが円満に、幸せになる方法はなかなか存在しません。自分本意と承知ですが静かに頷くウォントが新しい関係を築けることを祈りましょう。
廊下に控える執事長にローナを呼びに行かせました。
「お嬢様、お呼びでしょうか?」
「ローナ、お茶の用意をお願いします」
「かしこまりました。」
「ローナ、家臣が増えました。ウォントです」
ローナがウォントを見て、穏やかなお顔で礼をしました。
「侍女のローナです」
「ウォント。よろしく、お願いします」
ローナはやはりウォントを覚えていませんでした。ウォントがローナを見つめていますがローナが戸惑っているので下がらせました。
『レティシア様、悲しい顔をしないでください。俺は諦めたものが手に入りました。ローナに会えたんです。ローナとこれから過ごせます。それにローナにとって悲しい記憶は忘れたままでいい』
辛いのはウォントなのに笑顔と優しい声で慰められています。
私が弱った顔をしてはいけません。
ウォントは強いです。私はそこまで強くありません。同じ立場ならきっと泣いてしまいます。令嬢モードの笑みを浮かべます。
『ウォント、困ったことがあれば相談してください』
「ありがとうございます」
ウォントを下がらせ、入れ替わりで入ってきたローナの淹れたお茶を口に含みます。これでロキ達の件は一件落着です。
何に祈ればいいかわかりませんがウォント達に幸多かれと祈りましょう。
***
ビアード公爵家から学園に戻りました。視線を集める学園生活が再開しました。久しぶりに登校し、教室に入るとステラに抱きつかれました。
「ただいま帰りました」
「お帰りなさい。ご無事でよかったです」
「ありがとうございます」
視線を集めているのでステラの腕を解き、手を繋いで席に移動します。
初めての国外の公務なのでステラにも心配をかけたのでしょうか。慣れてますとは言えませんものね。
「レティシア様、私もビアード公爵家の訓練に参加してもいいですか?」
「え?」
「お休みもレティシア様と過ごしたいです」
愛らしく笑うステラのお願いは断われません。基礎訓練なら危険はないでしょう。
「わかりました。次の休養日に帰りますが、遊びに来ますか?」
「是非」
「歓迎しますわ」
嬉しそうなステラを見て、笑みがこぼれます。登校してきたフィルに乱暴に頭を撫でられ、クラスメイトと挨拶をかわし気付くと先生がいらっしゃったので慌てて授業の準備をしました。
***
授業も終わり、久々に生徒会に顔を出しました。クロード殿下に挨拶すると静かに見つめられました。
「レティシア、ご苦労だった」
クロード殿下の言葉に戸惑いを隠して微笑みます。忠誠心の高いビアードとして許されませんが、国のためには何もしてません。私利私欲で動きましたが殿下には気付かれてないようですわ。
「ありがとうございます」
殿下は不機嫌ではありませんが、気まずいので礼をして見回りを理由に逃げました。殿下に疑われて見抜かれ、苦言を言われビアードに苦情がいくなんて恐ろしいことは回避したいですもの。
「ビアード様、よろしいですか?」
見回りをしていると令嬢に声をかけられ足を止めると、眉を吊り上げて睨まれています。
「ずっとリオ様と過ごされたのは本当ですか!?」
勢いよく話かけられる言葉に首を傾げます。私が出かけたのは私用ですが一応公務扱いになってます。調べればわかるのでごまかしても無駄ですよね。
出国した民は全て記録に残されていますもの。
「公務ですが、マール様とはほとんど関わりませんでした。私はマール公爵と過ごしてましたわ」
「え!?」
「まさか、マール公爵の心象を・・」
批難の声を向けられ、さらに険しい顔で睨まれ疑われています。リオの婚約者になりたいならマール公爵夫妻を説得するのが一番ですけど。公務って言っても通じないんですね。
令嬢としてはしたない鬼の様な形相で睨む令嬢達によわよわしい顔を作ります。ここで淑女の嗜みを説いても無駄でしょう。
「私が至らない点もあり、マール公爵にお叱りを受けましたわ。皆様ならそのようなことになりませんでしたのに。心から反省しております」
外出先を告げずに出かけるのも、冒険者ギルドに登録して依頼をこなすのも相談してほしかったと帰国の船で優しく諫められました。未成年の私の行動をマール公爵が保護者代わりに見守る心づもりだったとは思いもしませんでした。マール公爵の懐の広さはいつの世も変わりませんね。
「リオ様とは」
「生徒会が同じだけですわ」
どうして疑うんでしょうか。同じ派閥なだけでつながりもなく家に利がないので婚約者候補にも名前は絶対にあがりません。私が外交に無理矢理同行したので誤解を生んでいるんでしょうか?それは令嬢達は知りませんわ。
「邪な気持ちは?」
「ありませんわ。私はお兄様が一番ですもの。申し訳ありませんが、マール様の魅力は私には難しいですわ」
「全く興味がありませんの!?」
「はい。私はお兄様が一番です。お兄様は…」
関係を否定し、興味がないって言っても機嫌が悪くなるなんて理不尽ですわ。それならエイベルの良い所をずっと語りましょう。しばらく語ると令嬢達の目が点になりました。呆れた視線を向けられますが敵意も薄れていきましたし、そろそろエイベルのことを、語るのをやめてもよさそうですね。
リオとエイベルは正反対なので、好みの違いを理解していただけたでしょうか。エイベルのお嫁さんも苦労するので嫌ですが、リオよりは扱いやすいのでマシかな・・・。兄妹なので一切邪な気持ちはなく消去法ですよ。できれば、フィルかサイラス様あたりが理想ですが、現実は上手くいきません。婚姻は両親に任せるので悩むだけ無駄ですね。
無言で見つめる令嬢達に微笑みかけます。
「失礼してもよろしいでしょうか?」
「ええ。構いませんわ」
呆気に取らているうちに礼をして立ち去りました。リオは人気があるのは知っています。レオ様も同行していたのに、気にするのはリオだけなんですね…。
リオのファンに絡まれるのも面倒ですし極力関わらないようにしましょう。
見回りも終わり、エイベルの部屋に行くとレオ様がいました。
「レティシア、これを」
差し出されたのは無限袋です。どんなに物を入れても重くならない無尽蔵の素晴らしい袋です。
「母上から」
「貴重なものを頂いてもよろしいんでしょうか?」
「ああ」
「ありがとうございます」
欲しくてたまらなかった物が手に入り嬉しくて顔が緩みます。
「お返しは何が良いでしょうか?」
「海の土産で十分だ。見たことない素材に喜ばれていた。あんなに喜ばれている母上は久しぶりだったから感謝する」
「お優しいですわ」
「俺はこれで」
手を降って立ち去るレオ様に礼をします。無限袋があるので素材は集め放題なので、これからはレオ様の分も収集しましょう。
さてエイベルの机にある書類山に取り掛かりましょう。書類仕事の苦手な兄はやはり仕事を溜めていました。
***
「ビアード嬢」
書類を提出し、生徒会室を出るとリオに呼び止められました。
人の気配はありませんが念の為、周囲を見渡すと令嬢達は近くにいません。リオと話しているのは見られたくありません。特に視察から帰った今は令嬢達が私がリオを好きなのではと疑っているので。令嬢達の目は節穴ですわ。
「料理を教えてもらえないか?」
照れた顔で言われる言葉に首を傾げます。
リオに物を教える?いえ、どんな理由でもリオとは関わりたくありません。
「恐れながら私は人に教えられる腕はありませんわ」
「レオ様に誘われたんだけど」
リオが気まずそうな顔をした理由がわかりました。
レオ様のお友達が増え嬉しく思います。王族の無理な申し出にさすがのマール公爵家のリオも困ったんですね。レオ様は人間関係は初心者かつ不器用な方ですから、仕方ないですわね。
「レオ様は料理がお上手ですから教えてくださいますわ。私よりも上手です。マール様と一緒に過ごされたいだけですわ」
「そうか…」
「私は失礼します」
礼をして立ち去りました。リオに頼み事をされるのは変な感じですわ。今世はリオとクロード殿下が生前とは違いすぎます。生前との違いをいつになったら受け入れられるんでしょうか。
5年経っても、リオを見ると私のリオを探してしまいます。
同じようで違う世界は時々無償に息苦しくなります。
木の上に登って風にあたり、思い出に浸ることにしました。
風にあたると私のリオを思い出します。
リオの腕に帰りたい。優しくて幸せな居場所が恋しい。
私はウォントのように強くは生きれません。心はどうすれば強くなるんでしょうね。




