35 フィルニア・エル・クラリス
路地をある程度進んだ所でススムは止まる。
「こら! シロ、あそこでばれるとこだったじゃないか!」
「キュイ!キュイ!キュイ!」
シロが何かを伝えたそうにしている。その内容については容易に想像できた。「伝えに行こうよ!」とでも言いたいのだろう。
「ありがとなシロ……ちゃんといつか自分から帰って来たって彼女達には伝えるから」
「キュイ~」
それにススムが生きている事はタタカ村でフロストさんに知られている。すぐに彼女達の耳にも入るだろう。
にしても二人は見違えるように変わっていた。成長し、大人になって、綺麗になっていた……。
二人の姿を思い出しボーっと仕掛けていたススムは気を取り直す。
「そうだそうだ、シロの為にギルドに行かないとな!」
大通りまで戻ったススムは記憶を頼りに毎日通ったあのギルドへと歩みを進めて行った。
ちょうど商業区の真ん中にその建物はある。四年半前とは全く変わらない外見をしていて様々な武具を付けた冒険者が何人も出入りしている。
昔は重かった木の扉を開くと前となんら変わらない風景がそこにあった。昼間でも酒をあおり泥酔している冒険者や魔石の査定をまつ者、なにか人間の欲と野生が詰まった命の下品な怒声。そんないつもの日常がそこには変わらずあった。
「ふふ」
「キュイ?」
「なんでもないよ」
四年半人とあまり接しなかった懐かしさで笑いそうになるのをこらえる。
ススムはいつもの受付に向かう。そこには自称ススムの姉で専属受付のエルフのニアはおらず獣人族の女の子が一人立っていた。おそらくススムが居ない四年半で入った新人なのだろう、見たことがない人だった。このギルドでは昼の受付は一人なのだろう。
「すいません」
「にゃ? なんですかにゃ?」
語尾に「にゃ」なんて言う人には初めてであった。だが確か獣人族は多種多様な部族簡で言語が異なり獣人語をはなすはず。つまり今この子が話している言葉は母国語ではないのだ。ならば致し方あるまい。
「このドラゴンの従魔登録をお願いしたいのですが」
「はいはい! 従魔登録ですにゃね……ってドラゴン!?」
「はいそうです。なんでも珍しいとかで」
「は、初めてみたにゃ……従魔登録ならギルドカードを出して、この用紙に必要事項を書いて行って欲しいにゃ」
ススムはカードを渡し、もらった書類に目を通していく。
「おお、お客さんが字が読める人で良かったにゃ! うちはまだ人語には慣れなくて読むのは苦手にゃ」
「ははは、そういう事はあまり言わない方がいいよ」
明るい感じに返しながらススムは内容を読み終える。
「はい、わかりました」
「にゃ、にゃら書いてくれにゃ」
ペンを渡され受け取ったススムは事項を書いていく。
その時、ススムの手が止まる。
エリナに合ったことで気が緩んだか、こんな事にも気が付かなかったなんて……。
「うにゃ? どうかしたかにゃ?」
「い、いえ。大丈夫です」
何事も無かったようにススムは書類を書く。
(動揺するな……手を振るわせちゃだめだ……)
そう自分に言い聞かせながら書類を書いていく。一筋の汗がススムから滴り落ちる。アークと相対した時でさえ冷や汗を出さなかったススムがだ。
「書き終えました」
「うにゃ、あんたなんでそんなローブかぶってるにゃ? うにゃ!」
緊張で警戒心が揺らいでいたススムはいとも簡単にフードに手をかけられる。シロも従魔登録の為に下ろしていたためフードは半分ほど持ち上がったところでススムに押さえつけられる。
「にゃはッは! あんた顔を出した方がカッコいいぞ!」
ススムは一瞬だったが黒髪を晒してしまった。しかも昔なじみが居るかもしれないギルドでだ。
周りを見るとこちらを見ていたのはせいぜい数人ほどで全員がススムの知らない人だったので胸を撫で下ろす。
「えっと……ギャ、ガ、ギョデョーさんかにゃ?」
読み方が分からない新人受付嬢はススムのギルドカードとみらめっこしていた。
この子は個人情報を何だと思ってやがるんだ!
「ジジ、お客様の情報を大声で言ってはいけませんよ」
受付の奥から一人の女性が獣人の受付嬢ジジの注意しながら出てくる。
本当なら新人受付嬢の態度の悪さや常識の無さに苦言の一言でもいうところだが相手が悪かった。
「ニア先輩……ごめんなさいにゃ」
この世でススム意外に唯一冒険者『ガドー』がススムであると知っている人が出て来てしまった。それにもう一つまずいことがある……。
(あ、足が震える)
「申し訳ありませんでしたお客様、お詫びがしたいのでこちらの応接室に来ていただけますか?」
「い、いえ私は別に」
「来ていただけますか」
ニコニコしながら言った二度目の言葉はまるで最終勧告でも受けている気持ちになった。「三度目は無いぞ」と……。
「は、はい」
「ジジ、私はこちらのお客様とお話がありますので後の事は頼みましたよ?」
「にゃ、にゃい!!」
ニアの笑顔の威圧感が分かるのかジジさんは頭から足の先までピンと立って返事をしていた。
「ではこちらへどうぞ」
そう言われるままススムはニアの後に付いて行く。ススムの額からは汗が止まらない、シロも感じ取ったのか頭の上ではなくローブの中に隠れてしまってた。
集会所から廊下に入り奥の部屋へと案内され、部屋に入った瞬間――
「xkai dhuoasifu foapufhlakhf dhoauwhfa」
人には理解できないスピードの詠唱がニアの口から発せられる。一瞬のうちに少なくとも6枚の結界が部屋中に張られていた。
「フレイムスピア」
火の槍の魔法を詠唱したと思ったら彼女の周りに20を超える数のフレイムスピアが浮かびこちらを狙っていた。この時わずか一秒もかかってはいない。ただの初級魔法だがその魔法に込められている魔力の密度が尋常ではなかった。
(あんなもの撃ち込まれたら今の俺でも簡単に貫かれるな……)
「それで……なぜあなたが”彼”のギルドカードを持っているのかしら」
手にはススムの『ガド―』と書かれたギルドカードがあった。
(これは騙せないな……それに下手に騙すと殺されそうだ)
ススムは降参を意味する両手をゆっくりと上げそのままフードを取り素顔と黒髪を晒す。
「お久しぶりですニアさん。僕ですよ、ススムです」
「……え?」
宙に浮かんでいたフレイムスピアが一斉に消え去り向けられていた”殺意”は消え去っていた。
「ス、ススム君!!」
ガシっとニアに抱き着かれるススム。昔よりも背は伸びたがニアの背にはそれでも届かない。エルフには似つかない豊満な胸にすっぽりとススムの顔が埋まる。
「本当にススム君なのね! 私心配したんだからね!」
「ご心配おかけしてすいません……が、少し離れてくれませんか?」
ニアは本当に少しだけ離れススムの顔がニアの胸の谷間から見えるようになった。これはこれで恥ずかしい……。
「もう、どこで何してたのよ」
「は、はい…お聞きしたいのはわかるんですが……今は僕に質問させてください」
「ニアさん貴方、『六天』のメンバー、フィル『ニア』・エル・クラリスですね」
「……あらそうしてそう思うの?」
「このギルドの入った時は気が付きませんでしたが途中から気が付きましたよ……この場に師匠と同等クラスの覇気の持ち主が居る事に」
圧倒的強者に警戒され、殺意を向けられることがあそこまで恐ろしいとは思いもしなかった。
「そして貴方はエルフ、『六天』の一人はハイエルフだったはずです。外見だけではわかりませんでしたがこうやって感じることができてはっきりとわかりました」
「そんな私と同等な覇気を持つ師匠って誰かしら?」
「貴方の元仲間、アークですよ」
「……話を詳しく聞かせて」
〇
ススムは王都から出た後の行動をニアに全て伝えてた。『神』の話を信じるならこの人は数少ないリリスの敵対者でもあるはずだからだ。
「そう……アークはもう逝ったのね。生きてるのならもう一度会いたかったけど」
応接室の椅子に座ったニアさんは悲しそうにそうぼやいていた。
「本当にあのフィルニア・エル・クラリス、『六天』の方だったんですね……」
まさか伝説の人物に知らず内に合っているとは思いもしなかった。今回はリーシャ王女の時のような『運命』の力は感じてはいない。つまり本当に偶然の出会いなのだ。
「ススム君にはお姉ちゃんって呼んでほしいんだけどな」
「……”ニアさん”。それでなぜ『六天』のあなたが王都のギルドに?」
「もう」
ススムに希望通りの呼び方をされなかったニアは少し不満を述べると自らのことを話し始めた。
「そうね、君なら話していいか。私はね……運命の相手を探しているの」
「運命の相手、宿敵とかですか?」
「違う違う。恋人、愛する人、夫、結婚相手、その運命の相手を探しているのよ」
「は……はぁ」
冗談かとも思ったが目が本気のそれであった。本気だ……。
「ハイエルフは永遠の寿命を持っているんだけどね、それは子供を産むまでの限定的な期間なの。ハイエルフがつがいを見つけると止まっていた老化が始まりその寿命を終えるのよ」
「それじゃぁ相手を作らない方が……」
誰もが求める不老不死を最初から持っている貴重な存在である。それを捨てるのは勿体ないのではないかと……。
「嫌よ、ずっと独り身の女性なんて最悪だわ」
何だろう……400歳は超えているであろうこの人が言うと説得力がある気がする。すろとニアの目がボーっとここではない何処かを見ているように色が澄んでいた。
「それにね…永遠って……辛いのよ」
「……」
この人もアーク師匠と同じであった。不老に近い寿命を持ち近しい者の老衰を見ていくのは言い表わせない恐ろしさがるのだろう。
「でもニアさんぐらいの美貌があったら言い寄って来る男はいるでしょうに」
「あら、ありがとね。でも私は譲れない所があるのよ」
ぐっと立ち上がったニアの目には先ほどまでの瞳と違ってメラメラと炎が燃えている。
「私より弱い男は嫌だわ!」
世界最強とまで言われた『六天』の人が言ってはいけない台詞であった。
「つまり強い男を探す為に王都のギルドで働いていた、と」
「そういう事」
体の力がどっと抜ける。もっと大層な理由だと思っていたススムには拍子抜けな理由であった。
「でもね……ついに見つけたわ」
ゾクリと背筋が凍るような感覚が体を走る。凄まじい覇気を向けられススムの第六感が全力で警鐘を鳴らす。その目は獲物を狙う獣の目その物だ。
「見つけたって……僕、貴方よりは弱いと思いますけど」
「この王都、いや世界中の人の中ではかなり上の方だと思うわ。何より私の好みだし。弟系とか憧れてたのよね」
ペロリと舌なめずりをするニア。アークが全力で放っていたオーラをそのまま受けるような威圧感がススムを襲う。こ、コワイ。
「今までは私より強い人が現れるのを期待していたわ。けど君がこうやって私に届くかもしれない強大な力をもって現れた事で考えが変わった、これからは”自分で”強い人を育てようと思うわ//」
「つまり僕の指導をして自分よりも強者に育てて……その…結婚する、と?」
コクリとニアが頷く。
力を求めるススムにとって自分よりも強者が指南してくれるのは願ってもない話だが……この人の話を受けてはいけない気がする。
「えっと、すいませんがお断り――」
「拒否なんかさせないからね? せっかくのチャンスなんだもん。しっかりと私が私好みの男に育てるわ。逃げたりしたら誰にも盗られないように存在を虚数の彼方に飛ばしちゃうかも」
テヘッ、みたいな勢いでとんでもないことを言って来た。やはりあのアークの仲間だけあってこの人も無茶ぶりの人なのだろうか……。
殺意レベルの愛を向けられススムは――
「は、はい、よろしくお願いします……」
頷く事しかできなかった。間違いなく今この人と戦っても勝てる気がしない。この威圧感はまだアークの方がマシに思えてしまう。
「そんな直ぐに私より強くするわけじゃないよ。ゆっくり私より強くなっても私を愛してくれるようにちょうきょ…じゃなくて指導するつもりだからね!」
なにか不穏な言葉が聞えた気がしたがススムは考えない事にする。
「つまり最終的に結婚するかしないかは僕の方に決定権がある……と」
「う~ん、そうなるね。でもその気にさせてみせるから!」
なぜだろうか、すごく不安であった。
「それでニアさんは――」
「お姉ちゃん!」
「ニアさ――」
「お姉ちゃん!!」
姉ポジは譲れないらしく確固たる意志が伝わって来る。
「ニア姉さんはなぜ正体を隠しているんですか?」
「う~ん、それでいっか」
ニア姉さんで納得してくれた様子のニア。
「だって『六天』の一人だってばれると面倒だし」
「そりゃそうか。ですよね」
「そういう君も正体を隠してるみたいじゃない」
ひらひらとススムのギルドカードを見せてくる。
「リリスからエリナを守るには影ながらの方がいいと思いまして」
「ならもっとやりやすくしましょうか」
立ち上がったニアがススムの隣に座りふわりと花のいい香りがする。すっとススムの左手を持ち上げたニアは左手の指にはめられている指輪にそっと触れた。
「この指輪、じつは私がアークにあげた物なんだよね」
「えっ、この呪いの指輪、ニア姉さんが作ったんですか!」
いったい何の目的で所持していたか分からなかった指輪だがその製作者がニアだとは思いもしなかった。
「アークの奴、豪快に動くから町とか壊しまくってね。だからその力を抑える為に殺す気で呪いの指輪を作ったのよ」
「あ~…なんかわかります。僕もそれで何度か殺されかけました……」
「ふふふ、変わらな奴ね」
「昔からそうだったんですね」
まさかアークのとんでもなさを他人と共有する日が来るとは思いもしなかったススムとニアは互いに笑ってしまっていた。
「ちょっと指輪を貸してくれない?」
「いいですよ」
ススムは呪いの指輪を外しニアの手の上に置く。やはり指輪を外すと全身に熱い血がめぐるように本来の力が活性化され力が有り余る。
「本来はこうゆう風に呪いをかけた道具を作るのってのは何か特別な能力を付与したい為に代償として必要な物なんだけど……」
そっと持った指輪に手をかざすと手の平の中がまばゆい光に覆われた。
「力を奪うほどの呪いだったら代償としては十分ね」
まばゆい魔力の波動が収まるとそこには先ほどまでと何も変わらない指輪が手の上にあるだけだった。ニアに「付けてみて」と返された指輪を同じ左手の指にはめる。すると――
「成功ね」
いつものように全身の力を奪われるだけで特に別の変化は感じられないがニア姉さんいわく成功しているみたいだった。その時自分の視界の上の方に違和感を感じる。映るはずの髪の毛が黒ではなく『白』のように見えるのだ。
すぐに窓のガラスに映った自分の姿を確認するとそこには黒髪の少年の姿は無く、”白髪”の少年が映っている。
「これは……髪が白くなってる」
「髪の毛の色を変えるぐらい簡単な付与よ。どう? これなら王都を好きに出歩けるんじゃない?」
確かにススムの一番の特徴は真っ黒な黒髪だ。この髪が白色になっていたらススムの顔を知っている人でなければまず気づかれることも無い。そもそも成長したススムは昔と顔立ちも少し変わっている、しかもギルドカードの名前を使えば完璧に別人になりきる事ができる……。
「最高ですよ! これなら手配書に書かれてる内容をかわすことができますよ」
「気に入ってくれたみたいで良かったわ! じゃぁ――」
再びニア姉さんの瞳が獲物を狙う獣の目に変わった。
「この付与の分の報酬を頂きましょうか」
「えっ!?」
(や、やられた! 師匠の教えで指輪を外すわけにはいかないから報酬なんて言われたら……)
「な、なにが望みでしょうか?」
ススムの全身をなめるように足の先から頭のてっぺんまで見つめてくる。その視線にススムの背筋が凍る。
「私とデートしましょう!」
「……へ?」
思いがけない報酬の要求にススムはカッコ悪い声が出てしまった。
「ダ、ダメ…かな?」
もじもじと恥ずかしがりながらススムの許可をニアは待っていた。まるで初恋の女の子のように――
考えればわかる事だった。永遠を生きているニア姉さんはこの手の付き合いをしていない事を意味している。こういった経験のないニアはまるで生娘のよう。
「別に良いですけど……ちょくちょく全力の覇気を向けるのやめてもらっていいですかね」
「う~ん、それだけ本気だってことだよ」
超絶実力を持った女性の恋は相手の実力が伴わないと心臓が止まってしまうと理解した。
「それじゃぁこれからよろしくね。ススム君!」
「まぁ、よろしくお願いします。ニア姉さん……」
たった数日の内に二人目の『六天』の師兼将来の妻(仮)ができたススムであった。
ニアさんは実は『六天』のメンバーです。(笑)
将来の嫁候補。頑張ってアピールするけど振り向いてくれないなら分子レベルで消しちゃうぞ//みたいな。
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