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四神~其は御名か災いか

轟音と凄まじい閃光の過ぎ去った後、

砂埃と植物の焼ける匂いが立ち込める中、シリウスは宙に浮かんでいた。

マリスとの激戦を繰り広げた後だと言うのに、傷も装備の損壊も見られないのは驚嘆に値するだろう。

しかしその表情は苦虫を噛み潰した様に歪んでいた。


「まさか…煉獄葬ヒュぺリオンさえ凌ぐとは…」


煉獄葬ヒュぺリオン…その根源は奈落タルタロスにて息絶えたかつての太陽神ヒュぺリオンの力に由来する。

命ある者の終着点である奈落タルタロスへと堕とされるのは何も人間だけでは無い。

罪を犯した、または勢力争いに敗れた際に残党として処刑される神々もまた、奈落タルタロスへと堕ちるのだ。

奈落タルタロスにて処刑された神は『自我』が奪われるものの『力』と『精神体』は消えることが無く、次にその役割を担う神へと受け継がれる。


ならば『自我』は何処に逝くか?

それは死天使タナトス自身へと吸収される。

力も権限も失ったとは言え、神の意識には確かな価値が在る。生前の『記憶』や力の『使い方』などの知識だ。

そして本来、神々の自我と力は繋がっている。つまりどういうことか?


死天使タナトスは処刑された者限定だが、他の神々の力を使う権限が与えられている。

その一例が煉獄葬ヒュぺリオン…全てを焼き尽くす太陽神の炎。『存在する筈の無い』第二の太陽神の力という訳だ。


神々の罪、在ってはならない事実という皮肉を篭め…死天使タナトスはこの力を『黒歴史ブラックヒストリア』と呼んでいる。


当然リスクは設けられている。

まず死天使タナトス自身の自我と、手に入れた神々の自我を区分するために保存方法を分けなければならない。

それが彼女の全身を貫く『釘』、あれは一つずつに神々の自我とそれに伴う知識が封じ込められている呪術の媒介となっている。

他にも『鎖』が死天使タナトスの自我が釘に込められた思念に引きずられることが無いようにとの保険のための役割を持っていることからその制御がどれほど至難の業なのかが窺えるだろう(ちなみに残る十字架と仮面、そして磔のための釘はこの能力に起因するものではない。それらはあくまで死天使タナトス自身に携わる品だ)。


まさに死天使タナトスの能力の粋を尽くした攻撃だった。

それでも尚、マリスは……仕留めきれなかった。


粉塵を挟んだ先から声が聞こえる。

まだ姿は見えないが、少なくとも話すのに支障は無いようだ。


「流石は死天使タナトスの契約者ですわね。

 かつて島一つを一瞬で消し飛ばした強欲龍ファフニールの息吹を相殺して尚且つ…」


視界が晴れるとそこには…


「お気に入りの愛玩動物ペットすら完膚なきまでに蹂躙して下さるなんて予想外でしたわ」


全身のほとんどを焼失した強欲龍ファフニールの無残な姿と、それを冷酷に見下す無傷のマリスの姿が在った。

如何に最強の霊獣と云えども、所詮は神に従う獣に過ぎない。双方の砲撃の威力は完全にシリウスの勝ちだったのだ。


しかし、それだけではこの状況は有り得ない。

シリウスとマリスの攻撃は『真っ向』からの正面衝突。ならば本来消し飛ぶべきは強欲龍ファフニールの頭部及びマリス本体の筈。

つまりマリスは勝敗が予測出来た瞬間に強欲龍ファフニールの全身を盾にして自身は無傷でやり過ごしたということになる。


とても『お気に入りの愛玩動物ペット』にすることでは無い。


「どの口でほざくか…下衆が…!」


不快感を隠さず憤るシリウスに、マリスは嘲笑で返した。


「そう仰る貴方こそ褒められたものでしょうか?

 主のためとはいえ、三鬼将の情報を収集するために何人もの部下を見殺しにした貴方と私、どう違うと言うのですか?

 貴方の言う下衆とは一体何を指していて?」


それを受けたシリウスは少しだけ口を閉じ、その後力強く言い放った。


「決まっている…主に仇為す全ての敵だ!

 貴様が何を殺そうが関係無い!何を想い、何を為し、何がために死のうと何もかもが無意味だ!

 分岐点など只一つ、我が主にとっての是非のみ!」


それはシリウスにとっての原点であり、不動の『正義』だった。

この世の全てに裏切られ、失望の底に在った自分を救ってくれた只一人の存在、ジガード。彼に尽くし、彼のために生き、彼のために死ぬ…シリウスはそう心に誓った。

だからこそ下衆と言い切れる。

マリスは主に仇為す組織の一員、即ち敵だ!ならばそれこそが悪であり、消さねばならない存在。疑う余地など無い。


絶対の自負を篭めて言い切るシリウスを見て、嘲笑では無く慈愛さえ感じられる笑みを浮かべてマリスは言った。


「ならば私は決して下衆などではありませんわ」

「何…?」


訝しげに眼を細めるシリウスに、マリスは言葉を続けた。


「もし、貴方が主の『全て』を理解していると言うなら、そもそも私と闘ったりなどしないでしょう。

 いえ…出来ないと言った方が正しいでしょうね」

「貴様…何をほざいている…!」


怒りを露にするシリウスに対して、マリスが決定的な言葉を言い放った。


「何故なら彼―――は―――――なのですから…」







余りの衝撃に、シリウスでさえ数秒間我を失ってしまった。


「なっ…!?」


敵の前で致命的な隙を見せたことに驚愕し、即座に距離を取る。

陥没した大地に降り立ち、堕天之翼エンジェルダウンを解除、バックステップで距離を取ると相手も目線を合わせる様に地に足を着いて来た。

武器も構えも取らず、まるで争う気などないと言わんばかりに…。

その様子はシリウスを更に苛立たせた。


「ふざけるな!そんな筈が無かろう!!!」


動悸が治まらない。

荒れ狂う感情が渦を巻いている。

口では信じないと否定しているのに、身体が動いてくれない。


有り得ない。

有ってはならない。

そんな筈が無いと魂が叫び続ける。


「信じられないのも無理はありませんわ。

 でも真実はいつだって残酷でしてよ?貴方が一番知っているでしょう?

 期待も、希望も現実の前では何の意味も無く砕かれるのだと、心を許すことなど愚行に過ぎないと」

「黙れ!」


神縛鎖グレイプニルが高速で振られる。

縦横無尽に、触れる全てを切り裂き、腐食させる刃が軌跡を描いて行く。

たちまちマリスの周囲は、彼女の周りを除いてズタズタに切り刻まれていた。

そう、切り刻まれたのは『周り』だけだ。避けられたのではない。

シリウス自身が外している―――当てようとしても、どうしても出来なかったのだ。


「これ以上の話は無駄ですわね。

 でも何の手土産も無く貴方と別れるのは忍びないですので、一つだけヒントを差し上げましょう」

「ヒント…だと…?」


歯を喰いしばって感情を押し殺すシリウスに、マリスは言った。


「数多の神々の中で最上位に位置する四神はご存知ですわね?生と死、増幅と減衰の二対四極を司る最強の神のことですわ」


知らない筈が無い。シリウス自身がその一角を担う死天使タナトスと契約しているのだから。

ならばその質問の真偽は何か?


シリウスの疑問を読みとっているかのようにマリスは続ける。


「四神の名はそれぞれ守護神アテナ死天使タナトス金獅子レグルス智略神ロキ

 それぞれが絶大な力を誇る、まさに最強の神。これらを全て手中に収めることが出来たなら…正にこの世を支配するに等しい」


『生』と『死』は命、即ち存在の『流れ』を表わし、『増幅』と『減衰』は力の、即ち存在の『大きさ』を表す。


生の延長線上に死が在り、逆もまた然り。

増幅の果てには減衰が在り、その逆もまた然り。


これこそが世界の最大原則。

それを担うは四体の最高神。


命を産み、育み、守る『慈悲深き銀の女神』―――守護神アテナ

命を奪い、浄化し、次へと託す『厳正なる黒の女神』―――死天使タナトス

進化と発展、可能性の象徴たる『雄々しき金色の王』―――金獅子レグルス

全てを見通し、采配を下す『厳格なる白の支配者』―――智略神ロキ



「それが何だ…そのような事、聖騎士ロイヤルガードに知らぬ者は居ない。

 我が主ジガードの大願、この世の安寧を確立するために最も確実な手段こそが四神全てを掌中に収めること。

 比類なき存在、『絶対者』として確立し全ての勢力をその配下に置くことこそが悠久平和に繋がる…。

 その為の組織クロスヴァニッシュであり、その至高の刃こそが我ら聖騎士ロイヤルガードだ!

 貴様などに師事を仰ぐ云われなど無い!」


憮然とした態度で言い放つシリウス…だが微かに剣を握る腕が震えている。

これは最終線なのだ。シリウスの信じる『世界』を守る最大にして最後の防衛線。

シリウスは眼前の『敵』に願う…何も言うなと、その通りだと言う肯定の言葉だけを残して去れと。


しかし…マリスが言っていた様に、シリウスが知っている様に




世界は残酷だった。





「ジガードの真意を知りたければ、金獅子レグルスの行く末を見届けなさい。

 その時全てが解かる…ジガードの目的も、そして貴方の信じる希望の実態も全て…」





意味深な一言だけを残して、マリスは消えた。

その言葉は肯定でも否定でも無かった。ただ言葉の裏で一言だけ言っていた。


『貴方の知らない事も全て、私は知っている』と


金獅子レグルス…それは智略神ロキ同様に所在の掴めていない残りの四神。

全ての四神が揃う時、それはジガードの大願の成就するときであり、シリウスにとっての救い…そう信じ続けて来た。

にも関わらずシリウスの心に強く浸透していくのは…その時が来ることへの『恐怖』だった。


マリスが消えたことで戦闘は終了し、神縛鎖グレイプニルは解除される。

シリウスは自身の愛剣を静かに眺めた後、力無く投げ捨て、本部へと一時帰等するべく足を動かし始めた。




元に戻った騎士剣は二振りとも、『悪魔』の牙に噛み砕かれていた。










――――断罪クロス十字ヴァニッシュ本部、ジガードの私室にて 


ジガードは普段の様に、自身の玉座に深く腰掛けて眼を閉じている。

しかしその内心…ジガードは歓喜に沸き立つ己を律しようと尽力していた。


無理も無い、半世紀もの間待ち続けた『力』が、ついに熟さんとしているのだから。


(ようやくここまで来たか…レックス…)


自身の元へと近づいて来る気配が二つ。まだ距離が少しあるがジガードにとっては些細な距離だ。

一つは炎帝セシリアの妹である戦斧アクス隊員のニーナという少女。

姉に比べれば能力は劣り、神との契約には挑めなかったため戦力としては一切期待していなかった。

しかしレックスが思うよりも早くその力を開花させるのに一役買ってくれたのは善い意味で予想外だった。


そしてもう一つの気配は、ニーナに寄り添うように歩いている。

以前の関係からは想像できない程に、彼の中のニーナの存在が大きくなっているのが解かる。

言うまでも無い、もう一人はレックスだ。



「やっとだ…やっと最後の欠片ピースが揃った」


どれ程待ち焦がれただろうか。

聖戦の以前からずっと胸を占めていた願い…この美しい世界を守るために必要な『力』を手に入れる。

だがその道のりは厳しく、そして果てしなく長い闘いの日々だった。

壮絶な聖戦を潜り抜けても尚、数々の協力者と神を手に入れても尚、足りなかった。

試行錯誤の果てに辿り着いた、最後の希望―――それこそがレックスだった。


「これで…世界は…」


閉じた瞳の先に、ジガードはすぐそこまで来た美しい世界を見ていた。






長い通路をレックスとニーナが歩く。

聞けば試練の締め括りは総帥の部屋でのまじないによって行われるらしい。

第一、第二と激戦だったためてっきりレックスは最後も強敵との戦闘だと思っていたのだが、まじないと聞いてほっと胸を撫で下ろしていた。


「最後はまじないか……ようやく一息着けそうだな」

「解からないわよ?もしかしたらシリウス将軍との一騎打ちで先行きを占う…とか」

「止めてくれ!?どう足掻いても絶望しか見えない!!!」

「ふふふっ…!」


脳裏に過ぎったシリウスの姿に戦慄し、悲鳴を上げるレックスとそれを見て楽しそうに笑うニーナ。

ニーナと言う個人を知っている者がこの光景を見たならば、きっと自身の目を疑うだろう。


ニーナが屈託の無い笑みを異性に見せることなど今までは無かった。

別に男性恐怖症と言う訳でも無ければ、同性愛者でも無い…ただ特別な相手が居なかったからだ。

人は誰かと接する際に自分の『立ち位置』を確立させようとする。それは仲間だったり、兄弟だったり、あるいは敵対者と言う立場を選ぶこともあるだろう。

そして相手との関係が決まると、同時に距離が決まるのだ。

それは会う頻度であり、揺れ動く感情の振れ幅、そして自身の心を許せるかどうかにも影響する。


ニーナにとって初めて、自分の全てを預けられると想えた異性こそがレックスだったと言う訳だ。



「本当に勘弁してくれよ…シリウス相手に勝てる見込みが在るのは同じ聖騎士ロイヤルガードくらいだろう?」


レックスがニーナの気を余所に逸らそうと口にした一言。

それはニーナの思考の中に在った『ある』考えを刺激する物であり、話しても問題は無いと判断されたためスムーズに彼女の口から放たれた。


「シリウス将軍に勝てる者なんて…組織には居ないわ」

「え?」


唖然とするレックスに、ニーナはさらに続けた。


「確かに神に対抗できるのは神だけ。それが本来の理なのだけど例外が在るのよ。

 シリウス将軍と契約している神の名前は死天使タナトス。最強の神、四神の一角を担う神なのよ」

「最強の……四神?」


ニーナは話が少し長くなるだろうと思い、すぐ近くに在ったベンチに腰掛け、隣を軽く叩く。

隣に座れと促す無言の合図だ。


「……」


少し照れ臭いと思いながらも話の先が気になるため、レックスは大人しく座る。

それを見て軽く頬を緩めながらニーナは話を続けた。


「神々はそれぞれがこの世の法則、及び現象の『根源』を担う役割が在るの。

 例えば姉さんの契約した神、炎魔神イグニスファクタスは炎という存在、またはその概念が力と意志を持ったものね。

 私達の使う魔術は基本精霊や魔道具オーパーツを通して発現するのだけど、元を辿れば神に行き着くのよ」

「ふむ…」


ここまでは神と言う存在に関する基本の知識だ。

当然レックスも神に関するちゃんとした説明を受けるのは初めてなので真剣に聞いている。


「そしてこの世界を構成する要素の中で、全てに関与する最大の原則が在るの。

 命の流れ、他の言葉に置き換えると有と無を意味する『生』と『死』の理が一つ。

 もう一つは存在や力の規模を意味する『増幅』と『減衰』の理。

 これらを『二対四極』の最大原則と言って、あらゆる現象はこれを無視できないって言われているのよ。

 そしてその原則を司る、神々の最上位こそが『四神』と呼ばれるのよ。ここまでいい?」

「そんなこと考えたことも無かったな…」


真面目な生徒を見て微笑む教師のような顔をしてニーナは続きを話す。


「その四体の神は他の神々を凌駕する、まさに絶対たる力を誇る最強の神なのよ。

 シリウス将軍はその中の『死』の神、死天使タナトスの契約者だから、同じ聖騎士ロイヤルガードと云えども太刀打ちは出来ないわ」


レックスは全てを聞き終えた後、ぽつりと疑問を口にした。


「なら…シリウスより偉いジガードはどうなんだ?」

「え?」


レックスは思考を巡らせる。

シリウスはジガードに完全に『服従』或いは『崇拝』しているように見受けられる。

ならば…


「ジガードはシリウスより強いんじゃないのか?

 つまり、同じ四神の契約者か…或いはそれとは別の何か…」

「もう…何を言い出すかと思えば」


レックスをからかうように軽く叩いてニーナは笑う。


「総帥が闘ってる姿なんて誰も見たことが無いわ。

 聖戦の際に重傷を負って以来ジガード様は闘える身体では無くなってしまったそうよ。

 それに主として認められる要因は何も強さだけでは無いでしょう?

 ジガード様には世界全体を収めるほどの思考と視界、そしてそれを受け入れられるだけの器が感じられるわ。

 まさに英雄の貫録とも言える様な…そんな何かにシリウス将軍は惹かれたのではないかしら」


なるほど、とレックスが頷くのを見て満足げに微笑むとニーナは立ちあがった。


「さぁ、これ以上ゆっくりしていたら監督不届きと見做されて怒られちゃうわ。

 急いで総帥の間へ向かいましょう」


そう言って自然に伸ばされた手を、レックスはそっと掴む。

すぐに手を伸ばせなかったのは、ニーナに見惚れていたからだ。


美しいと…心から思った。

愛おしいと…心の底から想った。


守りたいと…否、守って見せると掴み合う手を見て誓った。


でも、心ほど口は素直になってくれなかったため、紡がれたのは性質タチの悪いジョーク。


「どうせ契約するなら…シリウスに勝てる様な最強の神と契約したいものだな」



これは冗談だった。

シリウスと本気の殺し合いをする気など無い―――『仲間』なのだから。

シリウスに勝たなければならない事態など無い――――『仲間』なのだから。

シリウスに勝る力等必要無い―――――――『仲間』なのだから。










レックスはアーサーに言われた言葉を、すっかり忘れていた。











断罪クロス十字ヴァニッシュの者の手で殺される未来』―――――――――――――――という悪魔の予言を








総帥の間の扉は以前見たときと同じく、圧倒的な威圧感をレックスに与えた。

この扉の先に、森の中に建築された神殿の様な光景が広がることは知っているのに、まるで未知の場所に赴く様な緊張を毎回感じてしまうのは何故だろうか。

緊張の面持ちでジガードの前に二人は膝を着き、頭を垂れた。


「契約への試練を潜り抜けた者、セイバー隊員が一角レックスを連れて参りました…ジガード様」

「あぁ…御苦労様。二人とも顔をお上げ」


ニーナのきびきびとした口調と裏腹に、ジガードの口調は優しく穏やかだった。

見れば柔らかな笑みを浮かべてレックス達を見つめている。


「ようやくここまで来てくれたねレックス。本当に嬉しく思うよ。

 契約に望む戦士達は例年数名居るが、ほとんどが第一、そして第二の試練でその命を散らせてしまう。

 よく、もう一度顔を見せてくれたね…レックス」

「そんな…照れ臭いことを平然と言わないでくれよ…」

「ちょっとレックス!総帥にそんなタメ口で…!?」

「良いんだよニーナ。彼は特別だ」


その光景は、とても厳粛なる儀式を執り行う前とは思えないほど和やかな光景だった。

しかしそれは儀式が行われる『前』までの事、ジガードの表情もすぐに鋭く険しい物となった。


「だが、如何に私にとって特別であろうと、神の前ではそうもいかない。

 これより最後の儀式『聖杯の審判』を執り行う…覚悟はいいね?レックス」


レックスが軽く頷くと、ジガードが虚空に手を伸ばす。

彼が何かを軽く口ずさむとすぐ傍の水面から何かが浮かび上がり、ジガードの手元へとゆっくり飛来した。


それは金色に輝く立派な装飾の着いた大きな杯と銀のナイフだった。

杯の内部には灯りの光を受けて輝く蒼い液体が満たされている。ただの水などでは無いことは明らかだ。


「最後の儀式…それは契約者にとっての未来を示す為のもの。

 その杯に自身の血液を捧げ、是非を問う――――――神か人かの是非を」


ジガードの声は先程とは打って変わって静かなものだった。



「これで……全てが解かるんだな…」


レックスは静かに銀のナイフを掴み、その刀身を、そこに映る自分の顔を見つめる。

そこに確かな恐怖が見える。

もしこれで何の反応も無ければ、自分のしてきたことは全て無意味に成り下がってしまう。

それが恐いのだ。


「レックス…ッ!」


はっと顔を見上げるとそこにはレックスを見つめるニーナの姿があった。

不安を感じていようとも、決して視線を逸らそうとはしない。


信じているからだ…他ならぬレックスを。




「俺は……」


再びナイフに映る自分の顔を見る…今度は迷いなど一片も見えない。


「俺はっ…!」


右手を刀身に添え、聖杯の上に掲げる。


「俺はっ…逃げない!!!」


一気にその手に力が籠められ、刀身を握り込む。

流れ出る血が刀身を赤く染め、そして聖杯へと注がれていく。


すると……




本部・総帥の間へと続く通路にて―――――――――



シリウスは一抹の迷いを患いながらも、ジガードに報告しようと足を速めていた。

敵の拠点の位置は掴めずとも、三鬼将マリスの能力が発覚したために報告しようとしただけだ。

マリスの発言などは関係ない。

ジガードに問うこともしない。

あれは敵の小賢しい罠に過ぎず、自分には関係ないと―――――――シリウスは思っていた。


しかし動揺は隠せなかったようで、いつもならば入室前に断わりを入れるのをすっかり忘れていた。

ジガードの部屋へと足を踏み入れたシリウスが見たものは―――――――――







聖杯の水面が変わる。

たった数滴の血を垂らしただけで、それでも変化は起きた。


紅い軌跡が、蒼いキャンパスに描いたものは……雄々しき獅子の顔。

それが意味するものは唯一つ。


最強と謳われた四大神の中でも尚、最強の名を冠した獣王。


虹色の翼を駆って天空を舞い――――――――

あらゆる攻撃を耐え凌いだとされる銀の鎧を四肢に纏い――――

眩い輝きと、まさに絶対者としての威厳を放った金色の獣王―――――――――金獅子レグルス



「嘘でしょ…!?」


ニーナは絶句して、両眼を見開き…


「素晴らしい……!」


ジガードは満面の笑みで称賛し……


「これが…俺の契約する神……?」


レックスは聖杯からも感じられる圧倒的な存在を前に沸き立つ心に戸惑い…


「これは……どういうことだ…!?」


シリウスは思考に入り込んで来るマリスの言葉を振り切れずに、唖然とした。




やがて聖杯から一条の光が放たれ、天井へと奔る。

そこにはこの大陸及び周辺を表わす地図が刻まれており、光はその中の一点を指していた。

その場所が示しているのは…かつて最大の国力を持ち、理想郷とさえ謳われていた『魔道国家』―――アトランティス。

聖戦の以前は世界の中心として機能し、聖戦の折には主戦場として破壊され尽くした聖域だった。


「そこに居るのか…金獅子レグルス


茫然とつぶやくジガードの声に反応し、それが神の名だと知るレックス。

自分が追い求めた力、仲間を守る希望の名前―――――


金獅子レグルス……俺の神…!」


希望の出現に歓喜するレックスとは反対に、苦渋に満ちた表情をしているのはシリウス。

マリスの予言が指示するかのような時期に発覚した金獅子レグルスの契約者の出現に驚きを隠せていない。


「まさか…奴は本当に知っているのか?」


シリウスはジガードを見つめる。

だが彼はレックスが期待に応えた事を確認し、歓喜していた。

シリウスの方を向こうともしていない…。



「私は……!私は………ッ」


シリウスに応える者は…誰一人居なかった。



今回は物語の一つの節目となるため普段より短くなってしまいました。

新学期からまた忙しくなるので更新速度をなるべく早めようと思います。


ご愛読のほど、よろしくお願いします。

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