Anber 1-3
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昼休憩が終わった。ヒューマンスクール内はあのマスクの二人が起こしたあの出来事の話題で溢れていた。
夕食の時間に残飯みたいなうどんを携えて、地面に座った。
「俺も話したいことがたくさんあるんだ。」
二階堂が美濃に話しかけた。
「あ、いや、また後で他の場所で話そう。俺はあっちで食ってるから・・・・」
「?ここじゃまずいのか?」
「いや・・・この位置が嫌じゃないかと思ったんだけど。気にならないのか?」
見渡すと二階堂含め0ビロウの生徒は他の生徒たちが椅子に座って談笑する席と席の間の地面で食事をしていた。誰もがこの時間を早く終わらせたいようでまずいうどんを一気に
食べていた。また、まずいうどんを味わって食べたい者など誰もおらず一気に食べることが得策でもあった。その両方に耐えきれないのか女の子が数人泣き出していた。そんな様子を一向に高ビロウの生徒達は気にする様子もなくごく普通に食事をしている。改めて見てとてつもなく異常な様子だった。
「長いことここにいると人はああなっちまうのか・・・・?」
二階堂は美濃に言った。
「ああ・・・・でも時間が経つにつれてもっと酷くなる。今はまだましな方だ。」
「まし?」
「ましさ・・まだ自尊心を持ってるんだもの・・・大切なものを持ってるんだから。」
ここから自尊心がどんどん無くなって、そして逆らう気力も無くなるのだ。その大切なものをこれからどんどん奪われていく光景を見るのは美濃には辛かった。
二階堂は美濃に老練な男のような面影を見た。重い重い病気を患う子供はどこか子供らしくない。過酷な闘病生活が子供から子供らしさを奪うのだ。戦場の子供たちもそうだ。
その後美濃と二階堂は空き部屋に入った。ここに来るまで人にほとんど会わなかった。密談するにはもってこいの場所だった。
通常同じ班同士でなければ話すことも出来ない。なのでできるだけ隠れて話を行わなければならなかった。何もかも不自由。
何かの作業をしている美濃。美濃は顎をしゃくった。
「おおっぴらには誰も言ってないが、ヒューマンスクールじゃ今日のあのことが噂でみんな言ってるぜ。」
美濃は気分を浮かれさせすぎてへまをしないようにしようとしたが、押さえつけようとしても湧き上がる気分が吹き出している。
「俺達の情報を求める張り紙まであったな。」
二人でまた笑った。
「愉快だ。実に痛快だ。こんな気分でヒューマンスクールを過ごしたのは初めてだ。」
美濃が最高の笑顔で笑っている。全身が喜びと解放感で包まれていた。
「自由になれればこんなもんじゃない。」
二階堂もまたそんな美濃の様子を見ていて嬉しくなった。そして自分達のやった行為の正しさのようなものを感じた。
それから二人はこれからの計画について話し合った。
一週間後。この場所の気候は穏やかな場所だった。豊かな自然と綺麗な空が浮かんでいた。ヒューマンスクールの校則とやらで自由に動けないが、外はとても綺麗で、豊かな土地だった。戯れる鳥達。青々とした木々。
「(校則だと・・・・・)」
自由で肥沃なこの大地を蝕んでいるのはあいつらだと思った。この土地は素晴らしいのに、巣食っている奴らが最悪だった。
「(なぜこの自然に囲まれてこんな洗脳施設ができるんだ・・・)」
二階堂は思った。だが呑気にそんなことを考えている場合ではないともう一つの理性が語りかけてきた。今は奴らを討ち滅ぼす方法を考えなくては。ここを陥落させる術を。
「どうやってあいつらを倒すか・・・・」
その言った言葉に同じ部屋にい美濃と大澤は聞いていた。通常二階堂と美濃と大澤はビロウ差がある上に、班がそもそも違うのだ。校則では同じ班同士でしか話すことは許されていない。
「生徒達は教師のことを信じるしかないから従ってると思うんだ。他に誰もいないから。それに自分達のことが駄目だと思ってるし、先生たちの言うことが正しいように聞こえるっていうか・・・・・」
そう言うのは大澤。先日二階堂と美濃が助けた時にアプローチをとって説得した。大澤を説得するのはそう難しいことではなかった。説得できたことによる美濃の喜びは顕著に現れていた。
「だから・・・・・信じられる人が必要なんだ。僕たちには。信じられることが。」
大澤は自分の想いを口にした。そういったことを話すのは初めてだった。改宗の儀式(二階堂くんと美野くんがそう呼んでいる)で話したこととはまた違う自分のことだった。
それを二人は聞いていた。それから二階堂がやおら口を開いた。
「・・・・自分達を信じればいいんじゃないか?」
「そんな・・・・・とても無理だよ・・・・自分を信じるなんて。」
「俺は信じてるよ。俺達は自尊心を持って生きていっていいんだってことを。人を支配し、自由を奪うここのやり方が間違ってるってことも。」
そう二階堂は言った。その時外からコツコツと歩く音がした。三人の間に瞬く間に緊張が走る。ここは生徒の立ち入りが少ない棟なので、人が来る可能性は低いのだがここがヒューマンスクールである以上誰が来てもおかしくない。ここでの会合が発覚した場合ヒューマンスクール規則7条違反にとなるので、どんな罰の口実を与えられるか分からない。大澤は怯えた。この普通極まる少年の大澤は今までヒューマンスクールから与えられた傷がしっかり刻まれていた。自然の体が震えてくる。
「(ひぃ・・・・・)」
あたりが真っ暗になって震えが止まらなかった。だけど大澤の肩をしっかりとした手が掴んだ。
「大丈夫・・・・行ったよ。」
まっすぐ大澤の方を見て二階堂は言った。二階堂がいることで安心感が違った。二階堂に向かって頷く。
「俺達の新しい考えを広めることと同時に、教師たちの本音を探ることにしよう。」
「教師たちの本音・・・・?そんなものいつも言ってることとか教科書に書いてあることじゃないの・・・?」
大澤がきょとんとした顔で言った。
「それを探ってみる。十中八九とんでもないことを言ってるはずだがな。」
二階堂はそのあたりには確信があった。
「これを使う。」
そう言って二階堂が取り出したのは盗聴器と隠しカメラだった。
「おいおい。よくもまぁ・・・・」
美濃はニヤリとした。
「これらを職員室に設置する。決行は三日後の深夜二時。この部屋で待ち合わせにしよう。」
「分かった。」
美濃と大澤は頷いた。
「慎重にやろう。今は捕まるわけにはいかない。俺達が今捕まったらようやくくすぶりかけた火種が踏みつぶされるようなものだ。だが、この火種はあっという間に燃え上がる。火が燃えがったらあちこちに飛び火をし、もはや誰にも消すことはできなくなる。」
三人は燃え上がる炎の揺らめきを見ていた。
「俺達は捕まらない。」
「この炎は必ず燃え上がらせて見せる。」
「よし。」
「見えるぜ。あいつらがあわてふためく姿が。」
「そんな事になったら・・・・・・とんでもない。とんでもないことだよそれ・・・!」
三人は拳を打ち合った。どうあれやるのだ。この閉塞感を打ち破るために。
空き部屋から1人ずつ出る。怪しまれないように細心の注意を払った行動をとることにしている。レジスタンスのようにユダヤの迫害民のように周囲を警戒していた。最初に大澤が部屋を出た。特徴がない事が特徴のこの男。人畜無害そうな、人に警戒心など起こさせないタイプだった。
まず音を数分感覚を集中させ、外の音を聞く。その後大澤が出て行き、次に美濃が出て行った。そして二階堂が出て行った。
「(みんなの目を覚ますことから始めないとな。ともあれ。まずは洗脳を解かなけれ文字通り話にならない。)」
「(あいつらを倒せば俺達がコソコソと合わなければならない理由もなくなるんだ。)」
人の多い校舎の方に行くと歩いている坊主頭の教師の中山が歩いているのが見えた。中山は最悪の教師陣の中でも一際の異常者だった。やつの好きなことは人をけなすことで生きがいは小さな女の子をいじめることのゲス野郎だった。そのサル顔の中山が偉そうに肩を揺らして歩いている。ボスざるでも気取っているのだろう。その異常性愛者がヒューマンスクールというカルト教団と組めば、日常に生きる者にとっては信じられないほどの悪逆が尽くされる。
霞のように消えたマスクマン二人を探し出そうとしているのか誰も彼も睨んでいる。
第二次世界大戦当時ユダヤ人強制収容所の存在を誰も信じなかった。そして現代。北朝鮮政治犯収容所完全統制区域の存在も収容所内で起こっていることを知っている人すらいない。
二階堂は理由の分からない作業をもう延々とやっている。
「与えられた仕事に誇りと責任感を持て。」
などと一方的に言われ意味の無い作業をしていた。△や□など図形のパズルを流れてきた穴に入れて行くだけのことを8時間、毎日やらされた。幼児のおもちゃにこういうものがあった。
「ふざけるな・・・・・」
二階堂は怒り心頭だった。こんなわけのわからない無意味なことに自分の大切な時間が奪われていっていることがたまらなく嫌だった。美濃と大澤が近くにいなければ今日キレて何をしていたか自分でも分からない。美濃を見ると普通に仕事をしているように見えた。
作業が終わっていつもの空き部屋で美野は話した。
「あんな馬鹿馬鹿しいこと嫌に決まってる。」
「キレずに済んだのはそのおかしさがはっきりと分かってるからだ。」
美濃は今までのおかしいと思っていることが自分だけでそのおかしさがどうおかしいのか、何が嫌なのかはっきりと分からないことが嫌だった。
「あの作業は何の意味も生産性もない。俺達を飼い慣らすための一貫でしかない。」
その事実は特に、美濃や大澤にとっては残酷なことだった。三年間。今まで信じてやってきたことの本質を理解していって特に苦しかった。
校舎裏を歩いている美濃。不意にカッとなって大声を上げて校舎を殴った。何発も何発も。硬いコンクリートのデカブツに向かって何発も何発も拳を打ち込んだ。拳はたちまち血塗れになった。骨が剥き出しになったころ三野は殴ることを辞めた。当然デカブツはそこに聳え立ったままで、灰色の腐った色の壁に血の痕がついただけだった。
その後二階堂と大澤は美濃の異変に気が付き、保険室から医療器具一式をくすねてきて美濃の拳を治療した。美野はその様子をボーッと見ていた。
包帯を巻く二階堂の目に何かがにじんでいたように見えた。
自分の班の部屋に戻った。信頼など全くない班員たちには適当に言って、そうそうにベッドに潜り込んだ。その夜いつもの通り、新入生たちの泣き声が聞こえた。他の部屋からも聞こえる。異常なこの場所と今までの生活との違いに新入生が夜中家に帰りたいとベッドの中で泣くのは毎回のことだった。美濃も気づけば涙が流れてきていた。流石に新入生たちのように声を上げることはなく無音で流れる涙をそのままにしていた。傷の痛みと手に巻かれた包帯を抱いて眠りについた。