Anber 1-2
3-2
食券も一ビロウの生徒はうどんしか買うことは出来なかった。食券を買った生徒がお盆に冷めて伸びきった質の悪いうどんを運んで、席に座ろうとする時だった。
「おいおい一ビロウの非人間は席に座るなっつーの。」
そう言われた生徒は一気に固まった。周りの人間もそれが当たり前のように非難の目をその生徒達に向けている。
「おいお前。自分がどんな駄目な人間か自覚がないみたいだな。よぉし。お前に社会の厳しさを教えてやる。来い。」
哀れな生徒はそのビロウ9の人間三人に連れて行かれた。その生徒はビロウ9の男に呼び止められた時から固まったままで泣きそうな顔になっていた。周囲を必死に見渡すが、高ビロウの生徒達からはどうでもいいという顔や当然のこととといった様子で雑談に戻っていた。低ビロウの生徒達は同情の目線を向ける者もいたがなにしろ自分のことで精一杯だった。なかにはこんなへまをしたことに対する嘲笑の目を向けるやつもいた。
二階堂はそのどれでもなく助けようとその後を追おうとする。
「やめとけって・・・・・・」
二階堂の手を美濃がつかんだ。小さな声で二階堂に注意した。
「何故?」
「そんなことしても無駄だから・・・・多かれ少なかれこういうことが頻繁に起きる。実権を握ってるのは高ビロウの生徒と教師たちだから。」
「そうか。そこで揉め事が起きればまた反省室行きってことかよ。」
イライラと吐き捨てた。
「そうだ。だから、落ち着いてくれ。」
「あいつら・・・・あいつらの名前は何ていうんだ。」
「目の細いやつが横井。五輪刈りのやつが亀谷。もう1人が福井。」
絶対にその顔と名前は忘れないと頭に刻みつけた。その落とし前をいずれ彼らにもつけてもらう。絶対に。
「なにか顔を隠すものはないか?」
その時二階堂にある思いつきがあった。
「え?」
「顔を隠せるやつ・・・マスクとかなにか・・・・誰かわからなきゃいいんだろ?ないか?」
「えーっと・・・演劇部になにかマスクみたいな物があった気がするが・・・」
「あいつらがどこに行ったか分かるか?」
「中庭だ。」
「じゃあ、先に顔を隠す物を取りに行こう。」
「マジか・・・・・マジでやんのか・・・」
美濃は、無駄だと思いつつもどこかわくわくしていた。確かにマスクなら身分を隠せるのでうまくいくかもしれない。だが声は?身長や仕草。話し方からバレるのではないか?そういった思い美濃の頭をよぎった。失敗だらけでうまく行くイメージなど思い描けないのがこういう状況におかれた人間の特徴だったが、美濃は不思議とやってもいいような気がしてきた。
「一歩でも間違えたらまた、反省室行きだぞ・・・・・次はいつ出てこれるか分からないのにだぞ?」
「救けに行こう。」
二階堂がきっぱりと言った。
「分かった。こっちだ。」
演劇部の部室を開け散乱している小道具を見た。確かにその中に目当ての物があった。
「趣味の悪いマスクだな・・・・ヒーローマスクならよかったんだが。」
冗談を言う美濃。美濃はやはり前代未聞の反抗に緊張していた。こんなことは実行しようとさえ思ったことは無い。
大澤は自分の身に起きたことがまだ分かっていなかった。屈強な先輩が怖くて怖くて仕方なかった。ビロウ9の横井らに連れていかれ、まったく何をされるのかわからない恐怖を味わっていた。
「(誰も助けてくれない・・・・)」
「そんなことも出来ねーのか!」
「辞めちまえ屑!」
周囲から煽りの声が飛び交う。何故こんなことを平気で出来るのだろうか。それは彼らにも日常でとてつもないストレスを抱えているからだった。日常でストレスを抱えてそれを吐き出すことができる行為が正当化されていれば誰でも飛びついてしまうのである・・・・
「(地獄だ・・・・ここは地獄なんだ・・・)」
「ふひ・・・・」
大澤は笑みを浮かべた。壊れかけた笑みだ。ギャラリーは大澤が右往左往する様を見て笑っていた。次々に回ってくる作業にあたふたしているのは大澤だけであとの人々は笑うのみだった。
倒れくる柱を支えきれずもう倒れる。しかし誰も助けてくれない。手助けさえしない。
「誰か・・・・・助けてっ・・・誰かっ・・・」
その声もギャラリーの煽りにかき消されて届かない。仮にギャラリーの耳に届いても彼らの心にまでは届かない。大澤の心に一生癒えることのない傷が刻まれそうになった時、鋼の盾が現れた。
二人の男がその柱を支えてくれた。二人の男が柱を支えた途端ギャラリーはシーンとなった。
「え・・・・?」
大澤はそう言うのが精一杯だった。
「こんなことする必要ないよ。」
二階堂が言った。その声はマスクの下からくぐもった声で聞こえた。
「こんなことする必要ない。」
果たして信者達に何をすれば目を覚ますのだろう。二階堂は必死に考えた。
「大勢でよってたかって・・・・こんなのおかしくないか?なんでこんなことをするんだ?」
「なんだお前・・・・誰だよ?」
「それは名乗れない。」
「もう一度聞くが何故こんなことをするんだ?こんなに苦しみを彼に与えることに何の意味が?さあ、答えてくれ。」
「それはヒューマンスクールに所属している以上当然のことだ。それがルールだからな。ミスに応じてもう一度繰り返さないように罰を与える。」
「ミス?彼がどんなミスをしたんだ?」
「一ビロウのやつがテーブルにつこうとしたからだ。」
「それの何がおかしいんだ?席に座ることすらできないなんておかしいことじゃないか。」
「アホがっ。ヒューマンスクールに多大な迷惑をかけてることが分からんのか!秩序維持のために必要なことなんだよ。つまり我々のためなんだ!」
「その我々に低ビロウ保持者は含まれていないだろう。」
「俺達や先生達はお前らのためにやっているのに、なんて恩師らずなやつなんだ。」
「みんな聞いてくれ。こういった言葉と行動が一致せず、両方が矛盾し、片方を聞けば、片方と矛盾し、結果的に動けなくなる。そういった手法をダブルバインドと言うんだ。俺達の事を正しく導く人間がそんなえげつない支配方法をなぜ使うんだ?」
「・・・・・・・」
高ビロウの人間達は敵意むき出しで二階堂の事を見ている。低ビロウの人間は二階堂に複雑な感情を向けられれいる。いずれにせよ多くの意識が二階堂達に集中していた。
「お前顔を隠して身分を偽る卑怯なやつめ!顔を見せたらどうなんだ。」
その言葉に美濃が笑い出した。
「顔を出したら反省室っていう独房に無理やり閉じ込めるんだろうが!何もかも有利な権力を持ってるクセに!自分たちに都合のいい綺麗な言葉ばかり並べやがって!」
「そういうことだ。」
「自由になるんだ。こんな意味不明の場所から解放されたいだろ?訳の分からない搾取はもううんざりしているはずだ。それからここが素晴らしい場所で素晴らしい宣教師が俺達に教えてくれてると思ってるやつ。高ビロウの人間のほとんどがそうだろうが・・・・それが間違いであることを証明する。今まで奪われ続けてヒューマンスクールの言うことを信じるしか道が残ってないと思ってるみんなには残酷な事かもしれない。知りたくもないかもしれない。でも知らなきゃ一生そのままだ。一生この惨めで不自由な・・・まさに奴隷みたいな人生が続くんだ!自由になるんだ!」
どれくらいの人に自分の言葉が届いたか分からない。
誰かが教師を呼んだらしく、教師たちが駆けつけて来た。
「じゃあな。」
二階堂と美濃は煙幕を下に叩きつけた。たちまちその球体から黒い煙が噴出しあたりを粉雲が埋め尽くした。二階堂たちマスクを脱ぎ一目散に走った。
安全な場所まで走ると二人して笑い出した。
「最高だぜ。今まで生きてきたなかで1番痛快かも。」
「俺もだ。スゲースッキリした。もう長いこといたんだもんな。こんなところにずっと。誰かにバレはしないか?特徴でわかるやつとか」
二階堂は美濃の身を危惧した。
「いや、普段あんなに堂々としてないし、普段の俺とは全然違ったよ。ああ・・・低ビロウのやつはみんなそうだ。だからみんなも対等に話す俺達の姿を見てスッキリしてるかもよ。」
「そうか・・・ならよかった。」




