第283階 一度目の命の雫の目覚めの日 フラム・ブーケ
「美味しかったね、ラナン!?」
外に出ると、お店に入る時よりも
若干涼しくなったと感じていた。
お腹はほどよく満たされて私は満足だわ。
「ほんとよクラ!まさかあんなに高価なメニューがあるなんて!」
クラは不敵な笑みで。
それは悪戯が成功して喜んでいる子供のような表情だった。
「裏メニューみたいなもので、お父さんが悪い表情でよく御馳走してくれたの」
裏メニュー!お父さんってのもまたいいわね、親近感がとても湧くわ。
素敵ね。
「とても美味しかったわ!素敵なお父さんね」
私の言葉にクラは気恥ずかしそうに目を一瞬だけ逸らしていた。
私もお父さんを褒められたら嬉しいから分かるわ。
そんな素敵なクラの家族の思い出だもん。
食べ過ぎたという感覚はないわ、美味しすぎたから。
クラの命の書いた手紙を3枚ほど使用したけれど。
「お父さんはもういないけど、こうやってラナンにも良さが伝わって嬉しい」
消え入りそうな表情と笑顔が混じり合って。
時の鼓動の重なりが彼女の悲しみを、今だけは救い取って。
私は失わなかった、失うことなどなかった、【集然】の影響下では。
「クラが愛されていたんだって分かるよ、だってクラはそんなにも思っているんだもの」
言葉に詰まる、私は私を自慢したい訳じゃないから。
お父さんもお母さんも元気に生きている、そしてそれはこれからも変わらない。
その事実と現実の刃でクラと私の間に一本の刃の境を入れたいわけじゃないから。
「うん!ラナンもフユもカランコエさんも私達が生きている世界も私は失いたくない。
だから私が出来るすべてを込めて生きる、ラナンも私が守る!」
あ、そっか同じ気持ちなんだ。
少し照れる、照れ照れ。私もクラを守るわって私の仕事でしょ!
特別護衛に任されたのだから。
「私に守らせていただけませんか、皇帝陛下」
クラははにかんだ表情を即座に戻し
凛々しい表情に似合う佇まいで
私の手を取った。
「えぇ、無論よ。それにソレイール・アンジュに用があるの」
ーーきょり うまる
世世。
クラの手を掴む、離さないように。
離すわけないけれども、しっかりと。
思考が未来予知のように過去に戻って
歯車が噛み合って回し終わり
発動が零距離で終着する。
【世世】になってから
発動までの時間が零になってるわね。
思考が少し過去に戻るなんて。
そう感じられるだけで
【世世】を選択した瞬間に超低速に移行するのだわ
私の思考を【世世】が察知して。
※
「ラナン......?」
私は笑顔を向けた。
驚くクラに、ドヤ顔ってやつよ。
見たか!私の進化した魔法の底力を!!
そして【ソレイール・アンジュ】は新しい顔を魅せてくれる。
初めて訪れた時の熱量が穏やかになって細部まで見渡せる景色が増えていた。
クラとカラン、フユさんと一緒に行こうって約束して。オーニソ先輩とプラ先輩と初めて出会った場所。
彼女によく似た双子にとも初めて出会って、刀を受け取った場所。
「私の魔法についてはいずれね。
今はクラの用事を優先しましょうか」
黙ってクラは頷いて、私の手を引く。
周囲の人々は羨望の眼差しを握りしめながら足を止めていた。
今日のクラはこの世界の誰よりもかっこいいもの。
7777階。
クラに手を引かれて連れられて、広がる景色は。夜空の中で煌めく星のように並べられた衣服達の歓迎だった。
素材も作り方も手と時間が縫い合わさり込められている。
【世世】と成り更に強められた【自動集然】で得られた視覚情報から技術の高さに胸が熱くなったわ。
少し薄暗い空間の中で固定された、ほのかな光の魔法に照らされ作られた星々のような衣服は眠っている。
誰かを待っているのか、それとも自ら選択できるほどに気持ちが心が魂が込められているのか。
それほどに生きている素材で編まれて卓越した技で形を成しているのが分かる。
瞬間、音が鳴った、それは靴の奏でた人の歩だった。
私はとても集中していたということね、魅入るほどに。
だから誰が来たのかすぐ分かってしまう。
「え?」
振り向きざまに、肩に優しく手を置かれながら。
私は確かにその人物を知っていたわ、それでも驚いてしまったわ。
私の驚きに彼女は静かに微笑んで返答としてくれる。
「ここはね、フラム・ブーケ。今日はお休みにしたの」
音が響き突き抜ける、ゆっくりとゆったりと相反を同時に奏でながら。
彼女の声は命の雫の熱のように心に小さな火を灯す。
私が嬉しがっている、彼女に対して。ただそれだけなのかもしれないと思いながら。
原初の火が息を吐いてできた風のようにその赤い髪は世界に深く刻まれて。
その瞳は最もたる人類の優を導いた巨星と同じ蠱惑で優しい微細な虹色の瞳が私を照らす。
神仏と見紛うほどの淡く白い造形が四肢となって、純白の宝石に抱かれるように身を包まれていた。
ミニ丈の同色のボトムスからレースタイツが覗き込み、サファイア色のマイクロミニバッグが小人の様に腰掛けて、
エメラルド色の機能性が吊り橋な洒落に極振った靴が愛らしく存在感を放っている。
「私が一から創ったお店よ、そしてその服からすべても」
私はクラの姿に息を呑んだ。元々太陽人達の中でも飛びぬけて美しかったわ。
でもそれは王院生として守りたかった日常のために
馴染みやすいお洒落をあえて選択していたのかもしれないと。
「一人二役、貴女様は世界の主であらせられますわ」
彼女はその双眸に夜を与えるように瞳を閉じて首を左右に振る。
そして優しく丁寧に包むように私の両手はクラの手の中に収まっていく。
1人では主を演じたくはないの?それとも私を観客の1人にはしたくないの?投げ込まれる問いは深淵に呑まれて溶けていく。
「ラナン、あなたを忘れては良くないでしょ?
私は1人では皇帝に成れないわ、決して。
それが御伽噺の一説であろうともね」
言う通りね、私には意図があるとしても私は大切な【央界】を。
あぁそうか、私は戦って勝って、身勝手にももう一度争いが行われないように友好を掲げたいんだわ。
「2人で歩む道、そうよね!そうだわ!
ところでクラ、貴女は剣を扱える?」
私は試したいんだと思う。
問いかけたいのだと、腑に落ちる。
彼女の個と共に皇帝への王路を歩みたいのか。
「えぇ、それなりに得意だわ」
本当に私が選んだ気持は心を熱く燃え上がらせるものだったのか。
人を司る運命や宿命、神々が愛した彼女を人の世を凌駕した
【ミリカンテアの勇者】が対等だと認めるに値する偉大な魂なのかを。
その為にやる事は一つ。
ーーていし しんり
ーーていし しんり
ーーていし しんり
ーーていし しんり
世世。
指定範囲は西の大帝国。
重ね掛け、そうでもしなければ安全性は保てないかもと。
【世世】になってから随分と軽いわね。
ソレイール・アンジュだけでも良かったような気もするけれど、今の私は世世の。
あの世とこの世すべての世界で唯一の初心者、何があってもおかしくはないわ。
ーーりゅう ほのお
世世。
クラの驚く顔が渦巻く炎の中に消えていく
私とクラの周囲を火さえ蒸発させる炎の東洋龍がところ狭しと駆け巡る。
濃赤、赤、橙、黄。
色が混ぜ狂うように7777階を原子の髄まで
焼き付くすほどに光る速さで蹂躙し《ていし しんり》の強度とぶつかる。
それでも何も焼かれてはいない。
7777階を熱と炎、人を影として圧殺するほどの光量が駆け抜けた後でも。
険しい表情で彼女は【イグニス】と小さく呟き炎の剣を構えていた。
「クラの大切な何かを傷付けてどうするの? 私は貴女の騎士よ」
クラは何も言わず黙って【イグニス】を構え続けていた。
煌めく炎が静かに形を保つ、その刃としての炎に私の顔がほのかに揺らめく。
私はクラのすべてを肯定する。
「いいわ、その方がやりやすいから。そのままかかっておいで。火の四大貴族のお姫様」




