四人と一人
「えぇ!? アイリと戦った!?」
寮へ帰って食事の最中、事の次第を報告しているとアスタが大声を上げた。いや、リオンとマリアも驚いた顔してるんだけどな。スレイは……いつも通りだな。
「それで、アイリに怪我は?」
「ないない。その点に関しては心配いらんよ。俺の負け。いや、強いわ蒼眼の魔女」
「そ、それで大丈夫だったんですかシオン様」
「そりゃ生きて帰ってるんだから分かるだろう……くしゅん!」
おっと、くしゃみ出た。ついでに今気づいたが、ちょっと寒気が残ってる感じがする。
「だ、大丈夫ですか!? 私、何か温かいものを追加で作ってきます!」
いや、そこまでせんでも大丈夫だし……というまでも無くマリアは引っ込んで行ってしまった。
何だろう? 心配しすぎじゃないか。
「……知らないって幸せだよね」
リオンはこっちを見ながらはぁ……と溜息を吐いた。一体何のことやら。
「まあ本当に何事も無くてよかったねって話だよ。それよりシオン、さっきから一体何やってるの?」
と、リオンは俺の左手のひらの上を指差す。正確には精製したファイヤーボールを。
「これか? アイリシアに言われたんだよ。自主練。アイリシアが言うには俺には基礎が圧倒的に足りんそうだ」
「あぁ……よくやったよねそういう鍛錬」
アスタの呟きにリオンも何かを思い出すようにしながらくすくすと笑う。
そうして、気付かされる。今まで俺が歩んできた道は通常のそれとは違って、歪んでいた。それで、他のやつらが当たり前のようにしていたことでもこうして見落としてしまっていたりする。
まあ足りないなら足りない分をこれから補っていけばいいだけだ。と、そういえばスレイも同じように師匠だの何だのいなかったはずだがどうしてるんだろうか?
「確かに俺も魔法は不得手だが、若い時分から小細工を覚えるとむしろ命取りになるから止めろと教員から言われている」
なるほど。そういう戦い方もあるのか。
「ま、シオンの参考にはならないと思うけどね。シオンの場合は色んなことを覚えて臨機応変に掻き乱せばそれでいいと思うよ」
リオンが少し考える様にしながらも、そう断じる。
そうだな。よそはよそ。うちはうち。俺は俺だ。
「はいシオン様。マリアの即席温か滋養強壮スープです」
コトン、とカップを置いたマリア。
湯気が立ち込める赤いスープ。もわっと立ち上がる湯気が少しだけ目に痛い、香辛料の利いた風味がする。上に浮かんでいるのは、焦がしたにんにくか?
「皆さんもどうぞ」
匙を取って口に運ぶ。辛い……辛いがきちんとその奥底に旨味があって後を引く。即席で作ったからか、今一つ味がばらついて辛味が先行するが、その分、じんわりと胃の中から温まっていく心地がする。
「うん。なるほど相変わらずマリアはいい仕事をする。ね? スレイ」
「何故俺に振る」
「だってスレイってこういう時だんまりだからね。将来奥さんになる人は大変だよねと心配になったりするんだよ一友人として」
「余計な世話だ」
リオンとスレイはいつも通り、として……アスタはどうしたのだろうか妙に口数少なくなったような。
「ふぁ、ふぁいひょうぶ、ふぁよ」
「大丈夫じゃないやつだぞそれ」
見るとアスタの唇がひりひりと紅く腫れてしまっている。マリアが水差しを注いで、コップに注がれた冷水をこくこくと飲んで、ほっと一息。
「うぅ……ごめんなさい。ボク、辛い物が苦手で。いや、キライってわけじゃないんだよ本当に。ただちょっと身体の方がついていかないというか」
「そんな、お気になさらないでください。ええ。そういうこともあります。シオン様だってチーズが食べられなくていっつも隠れて残していたりしましたから。もちろんこのマリア、そのような不正は許さずちゃんと蜂蜜を用意して食べさせるようにしましたがね!」
「アハハ、そうなんだ」
「おいマリア!」
俺の黒歴史披露はまあどうでもいい。リリエットと暮らしていた時に幻影魔法使ってちょろまかしていたこととかもな!
問題なのは、マリアと俺の関係がバレることだ。リオンとスレイはともかくとして、アスタにまで知られてしまうのは、あってはならないことで。
「あ、申し訳ありません……シオン様」
「そんなに怒ることないと思うよ? シオン」
苦笑しながら、それ以上は広げようとはしないアスタ。俺の過剰な反応も、気恥ずかしさ故と解釈してくれたか。
同時に。秘密を作っていること。壁を作っていることに。俺は少しだけ、割り切れない気持ちを抱えていた。
(当たり前の話だったはずなんだけどな)
『幻影の君に愛の祝福を』では共有していなかったはずの秘密。これが果たしてこの運命にどういう結果をもたらすのか。今はまだ分からない。




