番外編2:漆黒に輝く翼(5)
芙美香とクラウディアの交友は、その後も続いた。
クラウディアは「自分などで良ければ」と、自身の仕事や訓練の合間を縫って芙美香の剣の指南役を引き受け、しかし決して、尊ぶべき戦巫女だからといって手加減をしたりはしなかった。芙美香も互いに手を抜かない事を望んだ。
お返しに芙美香は、自分の世界の事をクラウディアに語った。シャープペンシルを上回る、ネーデブルグには存在しない文明の利器に、クラウディアは興味を示し、
「かなうものなら芙美香の世界に行って、それらを実際に見て触ってみたいものだ」
と、興奮気味に言った。
そんなある日の稽古後、クラウディアは、
「見て欲しい場所がある」
と、芙美香を城下街に連れ出した。
直角的な建物がきっちりと並ぶ通りを抜けて、街外れの方へ。うらぶれた裏通りの一角にそれはあった。
古びた外観。蝶番の外れかけた扉をクラウディアが開き、
「こんにちは。また来たよ」
昼なのに明かりも充分に無い玄関口で、女にしてはやや大きくて良く通る声を響かせると、白髪まじりの穏やかな顔をした女性が、何人もの子供を引き連れながら奥から出て来て、眼鏡の奥の目を丸くした。
「まあこんにちは、クラウディア。来てくれたのね。元気そうで何よりだわ」
「ああ。院長も相変わらずで」
クラウディアは院長と呼んだ女性に笑みを返し、その笑顔を子供達にも向ける。
「お前達も。元気にしていたか?」
「うん、クラウディア!」
「ぼく、いいこにしてたよー!」
子供達は勢い良く挙手して応える。それから芙美香の存在に気づいて、クラウディアの服の裾を引いた。
「ねえ、クラウディア。あのおねえちゃん、だれ?」
「おう、聞いて驚け」
クラウディアは得意気にふふんと鼻を鳴らし、芙美香の背を押して子供達の前に出した。
「ネーデブルグの戦巫女、芙美香だ!」
たちまち、子供達の表情が歓喜に満ち満ちた。
「戦巫女さま!?」
「クラウディアは、戦巫女さまとお友達なの?」
「すごい、すごーい!」
あっと言う間に芙美香は子供達に囲まれて、手を握られたり、抱っこを求められたりする。子供の相手にはあまり慣れていない芙美香が戸惑うと、クラウディアはにこにこと笑いながら、応じるように促した。それで、こわごわながらも手を伸ばし、子供達の頭をなでてやったりすると、彼らはとても幸せそうに笑み、抱き上げればきゃあきゃあと喜びの声をあげた。
子供達はすぐに芙美香に慣れたし、基本的に他人への面倒見が良い芙美香もすぐに子供達に慣れた。子供達は、裏庭へ芙美香の手を引いて飛び出してゆき、
「これ、戦巫女様を」
とたしなめる院長には構わず、はしゃぎまくる。
受験でやめてしまったが、中学高校では陸上部に所属していた芙美香だ。久々に身体を動かせるのが楽しくて、子供達と共に走り回った。
やがて子供達が遊び疲れ、屋内に入って昼寝の床についてしまうと、院長が質素なダイニングに芙美香とクラウディアを導き、甘い香りのする紅茶を出してくれた。その頃には芙美香も、ここがどういう施設か理解して、茶をすすりながらクラウディアに言った。
「ここは、孤児院なんだね」
親の居ない子供達の暮らす場所は、小説やテレビの中でしか見た事が無い。しかし、どういうものか大体想像はつく。そしてここは、その芙美香の想像の範囲から著しく外れてはいない。
芙美香の考えを肯定するように、クラウディアは頷き、
「私もここで育った」
と、ぽつりと呟いた。
「クラウディアは、ここを出て騎士になった後も、こうして顔を見せたり、お給料の一部を寄付してくれたりするのですよ」
院長が焼菓子の乗った皿をことりと芙美香達の前に置きながら微笑むと、「余計な事は言わないでいいよ、院長」と、クラウディアは心無しか頬を赤らめたが、すぐに真顔に戻った。
「ここに居る子供達は、何らかの理由で親を失っている。親と死別した子、親に棄てられた子、魔物に親を殺された子もいる」
彼女はその内の何に当てはまるのだろうか。疑念が芙美香の口をついて出てしまう前に、クラウディアは先を続ける。
「だが、あの子達はそんな哀しみにも負けず、ああやって笑顔を見せる。私はあの子達の笑顔を守りたい。あの子達の為の、この場所を守りたい」
芙美香をまっすぐ見すえ、クラウディアは口元を緩める。
「それが、私がネーデブルグ騎士として生きる意義だ」
芙美香は思わず目を見はった。自分と大して歳も変わらないだろうこの女性には、騎士としての確固たる信念が根づいている。それなのに、自分は。
「戦う理由など、人によって異なっていて構わないと思うぞ」
うつむきかけた芙美香の耳に、クラウディアの力強い声が届いた。はっとして顔を上げると、彼女は優しく穏やかな笑みを芙美香に向けている。
「芙美香が戦巫女として戦う意味も。戦わない意味だとしても構わない。そうすぐに見つける必要は無いさ」
すうっと。
胸の中にわだかまっていた気持ちが、軽くなるような気がした。
芙美香に戦う事ばかりを求めているこの世界の中で、戦わなくても良いと言ってくれる人がいる。それは芙美香にとって有難かったし、また逆に、負けず嫌いの自分の心に、やってやろうという火をつける。
「あたし」
芙美香は満面の笑顔をクラウディアに向ける。
「クラウディアと友達になれてよかったわ」
友は一瞬面食らったような表情を見せた後、笑みを返した。
「私もだよ、芙美香」
カーレオン王に呼び出されたのは、その次の日の事だった。
剣の稽古を始めた時も、
「戦巫女はそのような鍛練を積まずとも、能力に目覚めさえすれば、常人を超えた力を発揮できるというのだがね」
と、素晴らしい嫌味をぶつけて来たこの男だ。今度はどんないちゃもんをつけるつもりか。まあ、何を言われても右から左へ受け流す心構えでいよう。そう決めて、形ばかり素直にひざまづく芙美香に、カーレオンは告げた。
「また我が国内に魔物が出現したとの報せが入った。申し訳無いが、戦巫女殿には再び遠征に同行してもらいたい」
申し訳無いなどと、微塵も思ってはいないだろうに。胸中で毒づくが、頭を下げたまま、表面には出さないように努める。だが、継がれた王の言葉を聞いた途端、芙美香は思わず冷静さを失い、がばりと顔を上げてしまった。
「遠征の指揮はクラウディア・ナーシェに執らせよう。気心の知れた相手ならば、戦巫女殿も戦いに身が入るだろうからね」
カーレオンの声色はあくまで穏やかで、台詞だけ聞けば、まるで芙美香を気遣った人選であると周囲に思わせる事が出来ただろう。
しかし、芙美香が真正面から見た国王の顔には確実に、駒を使い捨てる時の、たとえその駒である人間が命を落としても構わない、とばかりの、狡猾な笑みが宿っていた。




