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第5章:抗戦 ――こうせん――(3)

 フェーブルの城下は賑わっていた。通りを行き交う人々の間には、大戦前とは思えない活気があり、笑顔すら浮かんでいる。

「どんなに辛く苦しい時にも、明るさを失わない。それが、初代フェリシア様の時代から続くフォルティアの国民性だ」

 ファルスディーンが説明した。

 しばらく商店街を歩き、広場へ出ると、

「あーっ、ファルスディーンさまだ!」

 元気の良い声が聞こえて来て、未来とファルスディーンは、あっという間に子供達に囲まれた。

「ファルさまが来てくれるの、すっごくひさしぶり!」

「ねえ、また剣をおしえてよ!」

 子供達は目を輝かせてファルスディーンに殺到する。城で孤立していた彼が街ではこれだけ子供に慕われている事が意外で、未来はただただ目を白黒させる。ファルスディーンは未来の驚きに気づかず、微笑を浮かべて、腰を低くし子供達と同じ目線になると、彼らの頭を撫で回した。

「確かに、街に降りたのは久しいな。だがすまん、剣はまた今度だ。連れがいるからな」

 王太子のその台詞に、子供達の視線がぐりんと一斉に未来に向いた。

「見たことないおねえちゃんだね」

「ファルスディーンさまと一緒って、もしかして……戦巫女さま?」

 問われて、未来が半端に頷くと、たちまち子供達の顔がぱあっと輝いた。

「すごおい、戦巫女さまだ!」

「本物だ!」

「あくしゅして!」

「さわらせてー」

「きれいな金色の目ー」

 子供達は未来の元に押しかけ、次々と手を差し伸べる。ファルスディーンを見ると、応えてやれ、と無言で促されたので、身を屈めてそれぞれの手を取った。子供達はきゃあきゃあとはしゃいだ声をあげる。

 と、輪に加わり損ねて、後方でもじもじしている幼い少女の姿が目に入ったので、未来は腰を上げてその少女の元まで歩み寄り、どうしたの、と小首を傾げた。

「いくさみこさま」

 少女はおずおずと未来を見上げていたが、やがて、手にしていたものを差し出す。

「いくさみこさまに、おはなをあげたかったんだけど、これしかないの」

 少女の手の中にあったのは、何らかの花の種だった。いくら城下街でも、冬の終わりという季節ではそう簡単に花を手に入れられなかったのだろう。しかし、折角の好意をむげにする訳にもいかない。

「ありがとう」

 未来は種を受け取り、しばらく考えて、思いついた。己の力ある言葉。その効力がどこまで及ぶか試す機会でもある。両手で大切に持ち、種に向かって、爪弾くように優しく告げた。

「咲いて、いいよ」

 そうして宙へと蒔く。種は瞬時にして芽を出し蕾をつけて、ばあっと、赤、青、黄、白、紫、色とりどりの花を咲かせて舞った。子供達だけでなく、周囲に居合わせる誰もが驚き、それから歓声をあげて、辺りを彩る花に見入り、未来を讃える拍手を送った。

 広場にいると、いつまでも子供に囲まれて動けないような気がして来たので、彼らに手を振り別れて、未来とファルスディーンはその場を離れた。

「元気な子達だね」

「ああ、彼らが将来のフォルティアを担ってくれると思うと、心強い」

 未来が言うと、ファルスディーンは誇らしげに頷く。

「だからこそ俺は王族として、あの子供達に平和な時代を残したい。剣など教えなくていい時代を。二年の後、俺が王になる頃には」

 真面目な顔つきになるファルスディーンの言葉に、首を縦に振り、それから未来はその首を斜めに傾けた。

 ファルスディーンが王位を継ぐのは十八の歳になってからだと、かつて聞いた覚えがある。それまで二年という事は。

「ちょっと待って」

 未来は思わず足を止める。

「ファルって今十六歳?」

「ああ、そうだが」

 ファルスディーンも立ち止まって、怪訝そうに眉をひそめる。

「それがどうかしたか」

「嘘」

 未来は驚きのあまり、変な笑い顔になってしまった。薄々、そうなのかと思った事はあったが。

「ファルって私より年下なの?」

「何!?」

 今度はファルスディーンの顔が引きつる番だった。

「お前は幾つなんだ」

「十七」

「見えない!」ファルスディーンがすっ頓狂な声をあげた。「十四くらいかと思っていたぞ!」

 未来は、自分が歳相応の外見だと思っていた。日本人は外国人の目には実年齢より幼く映る事がある、とは、よく聞いていたものの、改めてそんな風に言われると少しだけ腹が立つ。ファルスディーンこそ、背はまだまだそんなに大きくないし、スティーヴに比べたら遙かに少年の面影を残している。人の事を言えないではないか。

 未来がむくれると、ファルスディーンは軽く狼狽え、何かで誤魔化そうとしたのだろう、辺りを見回して、

「ほ、ほら、鈴が売っているぞ。見てみろ」

 たまたま傍にあった出店へ未来を引いて行った。いきなり手を繋ぐ形になり、未来の心臓は高鳴る。動悸を抑えて店を覗くと、ずらりと並んだ小箱の中に、先程の花に負けず劣らず色とりどりな指先大の鈴たちが、所狭しとひしめきあっていた。

「フォルティアは、金属の加工においては三国の中で最も優れている。こういった細かい物も、得意中の得意だ。良い音がする」

 ファルスディーンに言われ、店主を見ても、その通り、とばかりに笑顔を向けられたので、未来は店主が差し出した一つを受け取り、耳元に運んで軽く揺らした。ちりん、と涼やかに鈴は歌う。

「本当だ、可愛らしい音」

 ちりん、ちりりんと楽しげに鈴を鳴らす未来を、ファルスディーンはとても穏やかな瞳で見つめていたのだが、不意に口を開いた。

「好きな物をひとつ選べ」

 未来が不思議そうに顔を上げると、彼は心無しか頬を紅潮させてそっぽを向きながら。

「ひとつだけなら買ってやる」

「本当?」

「嘘を言ってどうする。好きな色にでもしろ。何色が好きなんだ」

「オレンジ」

 嬉しそうな未来の即答に、ファルスディーンが微妙な表情で見下ろしてきた。

「……お前」

「なに?」

「もっと違う色じゃないのか。女なら、そう、ピンクとか、水色とか、淡い緑とか」

「それは偏見ってものじゃない? オレンジのどこがいけないの」

「いや、悪い訳では」

「じゃあオレンジ」

 相手を言い負かして黙らせた未来は、箱の中からオレンジ色の鈴をひとつつまみあげ、その脇で、ファルスディーンが代金を店主に支払った。

 未来はしばらく、ちりりん、と、オレンジの鈴が奏でる音色を楽しんでいたのだが、思い立ったようにファルスディーンを振り仰ぐ。

「そうだ、私もファルにひとつ買ってあげる」

「俺はいい」

 突然の申し出に、ファルスディーンは戸惑いながらも拒否した。

「お金の心配なら要らないよ。この前フォルカ様にご挨拶した時、少しおこづかいもらったの」

「そういう問題じゃない。俺がお前に贈った意味が無くなる」

 だが、未来は引かない。

「いつもファルに助けられて、何かしてもらってばかりで、私、心苦しいよ。たまには私からも何か返させて」

 未来の真摯な瞳に懇願されて、ファルスディーンはまたも返す言葉を失った。

「では、その言葉に甘えるぞ」

 しばらくの後そう言って、箱の中から銀色の鈴をひとつ取る。

「そんな地味な色でいいの?」

「これでいいんだ」

 未来は代金を払いながら、予想外だとばかりに目を丸くしたのだが、ファルスディーンは手の中の鈴をちりんと揺らし、未来に笑顔を向ける。

「地味なんかじゃない。お前の色だ」

 はじめ未来は、その言葉の意味を理解しかねた。しかし悟る。自分が戦巫女の力を行使した時の、銀色の光の事を指しているのだと。そしてそれに気づいた途端、未来は何故か耳まで真っ赤になった。

「そろそろ城に帰るか」

 銀の鈴を懐に入れ、ファルスディーンが手を差し出す。

「うん」

 未来は応えると、オレンジの鈴を服の胸ポケットに大事に仕舞い込み、今度はごく自然にその手を取るのだった。


「うわー、いいね、初々しいね、羨ましいね」

 喫茶店の、通りに面した窓際の席で、ローズヒップとルイボスの甘酸っぱいハーブティーをすすると、芙美香は、こっちが恥ずかしくなる、とばかりにかぶりを振った。

「確かに」

 対面する形に座ったスティーヴが、柑橘系の香りがする紅茶を飲み干した後、くすりと口元を緩める。

「君はそういう純真さから既にかけ離れている気がする」

「あんたもね」

 カップを傾け中身を空にすると、芙美香は頬杖をついて、純情な妹分の背を見送りながら。

「ああ、でもいいなあ。あたしもああやって男の人からプレゼントされたい」

「鈴でいいのかい?」

「まさか」

 問われたので、芙美香は左手をスティーヴの眼前に突き出し、薬指を振った。

「どうせなら、こっち」

「困ったな」

 台詞とは裏腹に、スティーヴはあまり困っていなさそうな笑みを浮かべる。

「僕の薄給では手が出せない物のようだ」

「またまた。実入りいいんでしょ、護衛騎士筆頭さん」

「冗談抜きでね」

 スティーヴは芙美香の左手に己の右手を添える。

「こう見えても、給料のほとんどは親に渡しているから、自分の持ち分はそれほど多くはないんだ。きちんと確保しておかないと」

「確保できたら、買ってくれる?」

「それで君が喜ぶならば」

「……マジで?」

「騎士に二言は無いよ」

 芙美香はたちまち満面の笑顔になり、身を乗り出すと、スティーヴの手をぎゅっと握り締めるのだった。

「楽しみにしてる!」

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