5話 前夜
「一条唯ぃぃ! 貴様に決闘を申し込む!」
歓迎会もお開きになろうとしたころに、誰かがわたしの名前を叫んだ。声のした方を向くと、眼鏡をかけた男子生徒がわたしを指差していた。いや、やっぱ訂正。彼はわたしを指差していない。名指しもされたけど、きっと気のせいだ。そう思うことにして、この場を去ろうとしたが、
「あっ、ちょっとまて。無視するな」
……面倒くさそうだから無視しようと思ったけど駄目だったか。
「何か用ですか? ってか決闘って……」
ちなみにどうでもいい法律豆知識。決闘を挑む・応じると六ヶ月以上二年以下の懲役、決闘を行うと二年以上五年以下の懲役になります。
「そう、どちらが学年代表に相応しいかの決闘だ」
フフン、と得意気に言う男子生徒。いやはや、すごいドヤ顔である。というかドヤ顔というやつを初めて見た。
「よくわからないけどあなたのほうがふさわしいと思いますよ、その、学年代表とかいうの。よくわからないけど」
「そうだ! 本来は俺が選ばれるはずだったのだ! 俺がふさわしいはずなのだ!」
男子生徒は悲壮感溢れる声で叫んだ。聞くも涙、語るも涙みたいな表情である。そんでもって話が見えてこない。けどまあ、その、ご愁傷様? よくわからないけど(三回目)。
「俺こそが代表で挨拶するにふさわしい人間と証明してやる! だからどちらの能力が上か勝負だ、一条唯!」
男子生徒はわたしに指をさしてそう言った。
ああ、うん、とりあえず何となく事態を察しました。もっとも、それを了承したいかどうかは別だけれども。
「お断りします」
「却下!」
ええー。あれか、あれなのか。例のアスキーアートのポーズをつけないと駄目だったりするのか。よし、じゃあポーズをつけてもう一回トライか、などとアホなことを考えていたら、「はいはい、そこまでですよ」という声がした。声の主は胡散臭げな笑みを浮かべた長身痩躯の男性だった。どっかで見たことある顔だけど……誰だっけ?
「どうも初めまして一条唯さん。それに七春秋義くん。学長の眞木慎吾でーす。入学式の時挨拶したけど覚えていますか?」
ごめんない。偉い人の話はボーっとしながら聞き流してたんで覚えてませんでした。
「まっ、それは置いといて、残念だけど〈学園〉じゃ私闘は禁止されているんですよ。特に超能力を使ったのは一番ご法度です」学長先生は軽い調子で諭すように言った。
そーだそーだ(いや、私闘禁止って今知ったけど)。いいぞ、もっと言ってやれ。
「けれども、『訓練』は禁止されてないから、それで決着をつけるのはどうでしょうか?」
「ファッ!?」
いやいやいや、急に何言ってんのこの人。
「二人の担任は……ええと」学長先生が周囲を見渡す。
「二人とも俺が担任だ」冨茅先生がそう言って名乗り出た。同じクラスだったのかあの決闘男子(仮)改め、七春秋義くん。
それはそうと、担任の先生ならこんな馬鹿げたことを止めてくれるはず。ってか止めてくれ。しかし私のそんな祈りも虚しく、
「はあ、あんたのことだ。どうせ反対してもやるんだろ」
冨茅先生は呆れと諦めが混ざった声でそう言った。
かくして学長先生の一存で、わたし一条唯と七春秋義の決闘もとい、訓練が行われることになったのであった。
「その、何だ。ドンマイ」
ちとせは憐れみに満ちた目でわたしに言った。
「どうしてこうなった」
わたしは寮の自室のベッドに寝そべりながら呟いた。面倒くさい、面倒くさい、果てしなく面倒くさい。だいたい決闘って何だ、決闘って。もう適当にじゃんけんとかでいいじゃん。
「たぶん単純におもしろそうだったからだろ。あの学長そういう性格だし」そう言ったのはちとせだった。愚痴を聞いてもらいたくてわたしが呼んだのだ。
「わたしはちっともおもしろくないよ」
「心中お察しします」ちとせは冗談めかした口調で言った。
「何とかならない?」
「ならない。ってかできない」
「……使えない」
「帰るからな」
「うそうそ、冗談! 冗談だから!」
そう言って部屋を出ていこうとしたちとせをわたしは必死に引き留める。ちとせさんマジ有能。さすちと! だからもうちょっと部屋にいて!
「それにまあ、夜に野郎が女子の部屋に長居するのもあんまよくないし」
「ええー、わたしとちとせの仲じゃん。もうちょっとそばにいてよ」
「あのな」ちとせはわたしの寝そべっているベッドに近づきながら言った。そしてベッドに腰を掛け、両手がわたしの頬に触れる。「あんま無防備だと、こういうことされても知らないぞ」ちとせは呆れた声で言いながらわたしの両頬をつねった。
「ひひゃい、ひひゃいよ」
わたしが抗議するとちとせは手を離した。うう、頬がヒリヒリする。
「まっ、これに懲りたらあんま野郎を勘違いさせるようなことするなよ」
そう言ってわたしの頭をポンポンと叩くちとせ。若干上から目線なのが何となくムカつく。そう思いちとせを睨んでいると、今度は頭をなでてきた。何だか気持ちよくなって眠たくなってきた。
そう、ちとせは昔から嫌なことがあるとこうして頭をなでてくれるのだ。んでもってこれがまた気持ちいい。
保育園で転んだ時も、小学校でいじめられた時も、中学校へ上がる時に離ればなれになるのが嫌で泣いた時も、ちとせはこうしてわたしの頭をなでてくれた。
昔のことを思い出しながらわたしの意識は眠りに落ちた。
――そして翌朝。
「うおっ!」
わたしは思わず叫び声をあげてしまった。目が覚めたら、ちとせの寝顔が目の前にあって驚いたからだ。
何でちとせがここにと思ったが、あれか、昨日あのまま寝ちゃったのか。しかしまあ、ベッド二つあるんだから開いているほうで寝りゃあいいのに。狭くてかなわない。
体を起こし今が何時だかを確認する。……って目覚ましかけてないけど今何時だ! 入学早々遅刻とか洒落にならん。
時計を見ると時刻は午前六時だった。幸いなことに、遅刻にはなりそうにない起床時間である。わたしはホッと胸をなでおろし、隣で寝ているちとせに視線を移した。
「朝だぞー、起きろー」
そう言って力いっぱいちとせを揺さぶる。「んん」と小さなうめき声をあげ、閉じていた瞳が開いた。半開きの眼がこちらを見つめている。まだ寝ぼけているようだった。
「……ん、何で唯がここに?」
まだ寝ぼけているようだった(大事なことry)。
「わたしからしたらむしろ何でちとせがここにだよ。自分の部屋戻んなかったの?」
「あー……」しばし固まるちとせ。昨晩の記憶を手繰り寄せているようだ。「確か唯が寝たあと、俺もつられて寝ちまったんだ」
「そっか。それより今のうちに部屋戻って。他の人に見つかると面倒になる」
さて、この幼馴染の男子とうっかり一緒のベッドで寝てしまうというシチュエーション。漫画だのアニメだのではラブコメの波動を感じるところだが、わたしとちとせの場合、互いにきょうだいのように思っているので、特段気にしていない。せいぜい、過ぎたことはしゃーない次からは気を付けるか、程度である。
しかし周囲はそうは思ってくれない。この状況を傍から見れば、付き合ってる、男女の仲、不純異性交遊、そういったものになってくる。んでこれが露見するとどうなるか。考えたくはないが容易に想像がつく。
入学時点で注目の的となり、決闘騒ぎで注目を浴び、その上さらに……なんてことは御免被りたいので早急にちとせにお帰り願おう。それにちとせに迷惑をかけたくもないし。この時間ならば他の生徒たちはまだ寝ているだろうから、出くわす心配はないだろう。
ふと何か重要なものを見落としている気がした。何だろうか。何を見落としている? 頭を抱え考えていると、空いているベッドが視界に入った。
あっ、学生寮って二人で一部屋じゃん。部屋に戻ってないから絶対ルームメイトに不審がられてるよ。下手したらこれがバレる。ヤベェ……。
「俺も一人部屋だから大丈夫だぞ」
「何で考えてることがわかったの!?」もしやエスパーか(いや、エスパーだけど)。
「声が漏れてたんだよ」ちとせは呆れたような表情だった。何だ、声に出てたのか。心が読まれたのかと思って一瞬ビックリしたよ。
「ってちとせも一人部屋なの?」
「まあ、常に生徒の数が偶数とは限らないからな」
「ああ、そういえばそうだね」
行き当たりばったりのご都合主義的な何かを感じるのはきっと気のせいだろう。うん、きっと気のせいだ。
さてさて時間は飛んで、授業が終わり放課後となった。わたしは〈学園〉第三アリーナにいた。アリーナとは超能力をコントロールする訓練を行うための施設で、平たく言えば頑丈で大きい体育館のようなものである(ちなみに普通の体育の授業を行う体育館も存在する)。あと文化祭の時にはコンサートなんかもできるらしい。
で、コンサートもできる超能力の訓練施設に何の用かというと、訓練という名目の決闘を行うのであった。参加者はもちろんわ・た・し(はぁと)。
ガッテム!
何なんだよ、チクショー。泣くぞ、泣いちゃうぞ。
しかも昨日の騒ぎのせいで結構な数のギャラリーがいるし。うう、何だか動物園にいる珍獣になった気分だ。
「フフン。逃げずに来たことは褒めてやろう」
ガックリと項垂れているわたしに声をかけたのは、昨晩決闘を申し込んできたすべての元凶――七春秋義だった。やたらと得意気な表情をしており、正直言って結構腹が立つ。ただ、ここで腹を立ててもこの状況がどうとなるわけでもないので、おとなしく現実を受け入れることにした。
「別に君に褒められてもうれしくないけどね」諦めの溜息を吐きながらわたしは言った。
「何っ、そうなのか!?」
秋義は甚く驚いた様子だった。っていうかそのリアクション何?
「そうか……まあいい。ならば覚悟はできてるか?」
「大変不本意だけど諦めはついたよ」
「よし、ならば決闘を始めるぞ!」
秋義の声とともに決闘開始のカウントが流れ始め、数字がゼロになるとブザーが鳴った。わたしと彼の決闘の始まりであった。
はあ、面倒くさい。