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66話 採取旅 5日目 夜の採取1

長らくお待たせして申し訳ありません。

ようやくできました…三回ほど書き直したんですが、気に入らなければ改造を加えるやもしれません。


19.4.19 に書き直しております。





 私たちは雑木林を抜けた先にある、岩山の麓に拠点を移した。



 まぁ、拠点って言っても私たちだけ移動したんだけどね。


冒険者組のまともな三人はモンスターと戦いに行ったベルとミントに同行している。


 どさくさに紛れて攻撃したら問答無用で殺すから、と素振りしながら何でもないことのように話すベルと笑顔で具体的な殺害方法や反撃に出る条件を話すミントについていく判断をした三人は素直に凄いと思った。




「あの三人、大丈夫かな。ベル達の方じゃなくてこっちに来たかったんじゃない?」



泣きそうな顔で時々私たちの方を見てたような気がするし、と口にすれば先頭を歩くリアンが少し振り返った。



「鉱石を探すのは明日、陽が出ている間だから今彼らがいても邪魔なだけだ。こちらの戦力も僕とディルがいれば充分だし、もしどうにもならないようなら逃げればいい。此方はあくまで採取が目的だ。ベル達には魔物やモンスターから採れるアイテムの確保を頼んではいるが、獲物が見つかるかどうかまではわからないからな」


「警戒対象が多いと面倒だというのも理由の一つなんだよ。採取するにも色々気を付けることがあるなら、こっちに部外者を置くべきではない。採取みたいに一つのことに集中していたり、生命維持に必要な行動をとっている間は無防備になりがちだから慣れていないと辛くなる」


「だけどベル達は二人しかいないし、ディルもあっちに行った方が良かったんじゃない?ほら、ラダット達は三人だし」



人数で言えば不利だよね?何かあったら……、と言えば前方のリアンが足を止めて、体ごと振り返る。


 魔法石のランプの光で照らされているからか妙な迫力があった。

正直、ちょっと怖い。眼鏡光ってるし。



「ベルとミントの方が彼らより確実に強い。念のために回復アイテムも持たせている上に、捕虜や奴隷の扱いなどは僕やディルよりも優れている筈だ。ベルもミントも“訓練”で習ったと話していたからな。それに、三人と言っても君は殆ど戦力外だから、こちらも戦闘要員は二名として考えるべきだ」


「ライムは安心して採取してくれ。この辺りに出る魔物やモンスター程度なら問題なく処理できる」



背後から聞こえるディルの声にパーティーメンバー内で自分が戦力外として広く認識されていることを思い知らされた。

 不服だし不満だし一言二言文句言いたくもなったけど、現実を見ると反論できなかったんだよね。



(いつか皆が驚くくらい強くなって強いモンスターも杖で一撃!とかやってみたいし、帰ったら素振りしよう。そうしよう)



よいしょ、と背負い籠を背負い直した私を見てリアンが再び足を動かし始める。



 そして今、私たちは洞窟の中にいる。

完全に日が暮れる前に夕食を終えた私たちは、簡単な話し合いを終えて二手に分かれた。


 ベルとミントは狩猟班。

私とリアン、ディルの三人は採取班として、それぞれ周辺を見て回ることになったからね。


 ベル達が森の中へ入って行くのを見送った後、岸壁に出来た洞穴や一部が風化してできたと思われる穴を調べることに決まった。


 水分の少ない場所で採れる植物はとても限られているし、植物系を採取するなら雑木林の中を探した方が効率的なことは誰にでもわかると思う。

 でも洞窟や小さな洞穴のような所には湿気がこもるし、陽が差さないから珍しいキノコが生えることも多いんだよね。



(キノコの他にも普通に森や林、草原なんかでは採取できない素材が期待できるんだよねー。採取した後に仕分けすることを考えると涼しくて気温が安定している夜のうちに調べて採取、光に当てると劣化することもあるから陽が昇るまでに採取と選別終わらせたいな。光る系の素材も採れればいいんだけど、どのくらい採取できるかなぁ)



 二人とも納得してくれたので私たちは各自光量を落とした魔石ランプを持って、一つ一つ洞穴を覗いて回った。


 結局人が入れそうな洞窟は殆どなくて、拠点にした場所から2キロ圏内に三つあっただけだった。

それも、二つとも外れで中に入っても何もない上にとても浅かった。

どちらも3m程度しかなかったんだよね。

一人で寝るには丁度いいかもしれないけど、奥行きがなくて出入りできる場所は一か所しかない。


 勿論、目印は付けて置いた。

明るくなってから、ムルに鉱石がありそうなのか判断してもらおうってことになっている。

鉱石がありそうなら採掘、そうじゃないなら別の場所をまた探さなきゃいけない上に、この場所にいられる時間が予定より短くなっちゃったから余裕はあんまりないんだよね。


 で、結局、最後に残った一つを現在進行形で調査している真っ最中。

……なんだけど、実はここに入るのもひと悶着あったんだよね。




「でも驚きだよね。入り口あんなに狭かったのに入ってみると一番広いなんてさ」



 実は最後に残ったこの洞窟に入るのは止めようという話になっていた。

理由は唯一と思われる出入口が狭いから、だった。

大人とあまり変わらない身長としっかりした体格のディルがぎりぎり入れるような大きさで、私は少し余裕があるから気にはならなかったんだけどね。



 リアンとディルが言うには、出入り口というのは進退を決めるうえで重要な要素になるらしい。

難しくってよくわからなかったんだけど、入り口が潰れたら確実に生き埋めになるから、そうなりたくなければ冷静に判断を下さなきゃいけないんだって。

 洞窟自体の強度もわからないのに、この場所に入るのは危険だろうと最後までリアンは渋っていた。

ディルも危険は可能な限り避けるべきだろうという事で反対していた。



「それはそうさ。普通の人間ならあの入り口の狭さなら中に入らないからな。実際、洞窟内に入れば一目瞭然だ。君でもわかるだろう?ここは長年人が足を踏み入れていない場所だ。採掘や採取どころか人が足を踏み入れた形跡がまるでない」



リアンに唇を尖らせつつ、足元に視線を落とすと確かに“土”が殆どない。


 微かにつるりとした石や砂状の地面に落ちている土は、先頭を行くリアンによるものだ。

土の乾き具合とか見ると間違いなく真新しいからね。



「ただ、気になるのは何かが出入り口に向って移動した形跡がある点だ。ライム、君が見たのは光だけ、で間違いはないな」



三人分の足音と共にどこかから水滴が水たまりに落ちるような音が聞こえてくる。

微かに頬に風も感じるので酸欠になる可能性は低い筈だ。


 リアンもそれが分かっているのか洞窟に入った直後よりも神経質そうな雰囲気は減っている。



「そうだよ。ぼわーっと光ってるのがフラフラ入ってくの見て気になったから、ちょっとだけ後を追いかけようと思ったんだもん。上手くいけば捕まえられそうだったし」


「君は……ほんっとうに!いいか、入り口が崩壊して出られなくなったらどうするつもりだったんだ。妙に静かだと思えば洞窟に体の半分突っ込んでいるのを見つけた時の僕らの心情を慮ってくれ、心臓に悪すぎる」



はーっという肺の空気を全て吐き出す様なリアンのため息に謝ってみたものの、そうそう悪いことをしたつもりはないんだよね。



(だって、ふわふわーっと光が穴の中に入っていったら追いかけて正体確かめたくなると思うし。完全に穴に入る前に声かけただけでも褒めてくれていいと思うのになぁ)



 球体のような半透明で淡い光を纏った何かが、風に吸い込まれるみたいに穴の中へ入っていったのだ。


 見間違いかと思って追いかけて、入り口に上半身を突っ込めばフラフラと進む発光体がしっかり見えた。

その発光体の明かりで洞窟内部が広いことが分かったので慌てて二人を呼んだんだけど、突然腰のあたりを掴まれて外に引きずり出された時は何事かと思ったよ。


 まぁ、二人とも青ざめてすごい剣幕だったし、本当に心配してくれてたのはわかったからちょっぴり嬉しかったけど。




「少し気になっていたんだが、その光は何色だったのか覚えているか?」


「色……?一瞬だったから見間違ってるかもしれないけど、薄紫色っぽかったかな。大きさは大人の掌くらいでふわふわ~っと穴の中に吸い込まれるように入ってたし。色がランプとか松明っぽい色じゃなかったから人ではないと思うんだけど」



足元や張り出した岩肌に気を付けつつ、リアンの背中を追いかける。

 首の後ろで結ばれた長い髪が揺れるのがちょっと尻尾みたいで面白い。



「リアン、わかっていると思うが」


「問題ない。武器ならここに入った時点でいつでも使えるようにしてある。広さの関係で所持している中でも一番短い一本鞭だが、聖水をかけて魔力を纏わせれば何の問題もないからな」


「そうか。今の所、後方から気配は感じない。もし“湧いた”場合は場所を変わってくれ。片手剣があるし、天井は高いようだから斬りつけることは可能だ」



私を挟んで交わされる真面目な会話に首を傾げているとリアンが説明してくれた。



「レイスの特徴は道中で聞いただろう。それ以外にレイスとそうでない明かりを見分ける手段が色だ。発光色が薄紫~赤であればレイスであり、赤により近くなるほど強い個体とされている。今後の為にも覚えておくといい」


「へぇ。そうなんだ……ってことは、私が見たのってレイスってこと、だよね?」



先程からそうだと言っているだろう、とため息交じりに言われて一瞬口元が引きつったけど、リアンはいつもこんな感じだからすぐに気にならなくなったっけ。

 ベルは時々凄い顔してたりするけど。




「にしても洞窟の中って不思議だよね。下の地面は砂っぽく乾いた土なのに、壁は所々ツルツルしてるし、なんか奥に進むにつれてツルツルな所が増えてない?」



岩山に出来た洞窟らしく剥き出しになっている岩壁を観察して気づいたことがある。


 口に出した通りランプの明かりに照らし出される壁の一部は、明らかに岩肌とは違っている。

水に濡れて滑らかになったような壁はあまり自宅近くでも見たことなかったから、実は結構驚いてたりするんだけどね。


 すぐ傍の壁を注視しているとディルの小さな笑い声が聞こえてくる。

チラッと振り返ると目を細めて口の端を緩やかに持ち上げた、優しい顔のディルと目が合う。




「表面が魔力を含む水や風といったモノによって変質すると、表層が濡れたように光る岩肌に変化することがあるんだ。こういう現象は比較的多く見られていて、長い年月をかけ魔力を含む水分や空気にさらされた物質の表層が結晶化する。これを魔石灰化といい、内部まで結晶化が進んだものを魔石壁と呼ぶ。魔石壁になれば中で魔石が育っていることが多いようだが、この場所が魔石壁になるにはあと数百年はかかる」



 反響するディルの声を聴きながら壁の観察をしてみる。

あ、勿論歩きながらね。



(ヒンヤリして滑らかだけどコレ、採取しても素材には使えなさそうな気がするんだよね。魔石なら使う場面もあるんだろうけど)



勿体ないって思っちゃうのは錬金術師だからなのか、それとも貧乏性だからなのかはわからない。

けど、さっきからどうしても言いたいことが一つある。



「……ディル。なんだかリアンみたいだね」



リアンの解説は基本的に聞きやすいし分かりやすいんだけど、油断すると専門用語と難しい言葉が次から次に襲い掛かってくる精神攻撃だ。


ありがたいことなんだけど、もっと簡潔にわかりやすく話してくれればいいのになぁ。

 あと、時々顔が怖い。

目が笑ってない。

あと粘着質っていうかねちっこい。


 うんうん、と頷いていると前方から



「顔が怖くて、目が笑ってなくて、粘着質でわるかったな」


「だ、だからその顔っ!怖いんだってば!もっと無邪気に…ってそれも不気味だよね、ごめん」


「………煩い、放っておいてくれ」


何時ものようにリアンと日常的会話をしていて気付く。

 後ろから足音がついてきていないのだ。

慌てて振り向くと目を見開いて固まっているディルと目が合った。



「簡潔に言えば、この変わった壁は掘っても削っても売り物にはならない……これで、どうだ?これならいいか?これでも分かりにくいならもっと簡潔に…」


「ううん、それなら分かりやすいよ。ありがとう」


「どういたしまして。役に立てて良かった。あと、リアンと一緒にするのは止めてくれるか。精神的なダメージが結構酷いんだ」


「おいそこの二人。極自然に喧嘩を売る暇があるなら、周囲の警戒をしてくれないか」



私とディルは返事を返して、再び真面目に歩き始める。


時々足を止めて石を拾ってみたりしたけど、特に変わった様子はない。

 壁や小さな水たまりにも苔やキノコといったものはなく、水たまりの水も普通の水だった。




「ねぇ、リアン、ホントに何もないの?」


「目に見える範囲に変わったものはないな。ただ、まだ先はあるようだからもう少し進もう。洞窟壁を見る限り崩れやすい訳でもないようだ。ただ、爆弾や威力の大きい魔術は使うな。生き埋めは御免だからな」




周囲を鑑定しながら進んでいるらしいリアンは少しピリピリしている。


 魔力回復のためのクッキーを時々口に入れているので、負担は一番大きいよね、と申し訳なく思ったのでポーチから回復量が多いらしい乾燥果物をいくつか包んで渡した。



「にしても、この洞窟に入っていったレイスって魔物はどこに行ったんだろうね。この洞窟に住んでるのかな」



 大人一人が歩ける程度の洞窟の中で聞こえるのは私たちの声や足音だけだ。

時々どこからか水滴がしたたり落ちる音が響いて、少し不気味だと思う。


 その不気味さから意識を逸らす目的も兼ねて私は時々話を振る。

今でこそ普段通りの会話をしてはいるけど、実はこの洞窟に入ったばかりの時の二人はかなりピリピリしていて話しかけるのも戸惑うくらいだったんだよね。



「レイスは普通、夜になると墓地や魔力が濃い場所、死の気配が濃い場所に彷徨っていることが多いようだからな何処かに“住む”という概念は…――二人とも止まってくれ。何か、聞こえないか?」



緊張を滲ませた真剣なリアンの言葉に私たちはぴたりと歩みを止める。

 無意識に息を潜めて“何か”を聞き取ろうと耳を澄ませると、前方から微かに……何かが聞こえてきた。

息を飲む私と対照的に、リアンは素早く振り返ってディルと私を見据えた。



「ディル、複数いるようだがある程度進んで確かめるまで僕が先頭で構わないな」


「問題ない。ただ、あまり近づきすぎるなよ。ここは狭い。場所を交換するのに少し時間がかかる」


「わかっている。それからライム、ランプカバーをかけて光量を落とせ」


「う、うん。わかった」




慌ててランプについている黒い布を下ろせば一気に周囲が暗闇に転じた。

 微かに漏れる淡い明りが辛うじて足元を照らしている。


前方にいるリアンがまだカバーをかけていないから辛うじて周囲の状況が見えているけど、ランプ一つだと照らされる範囲がグッと狭くなった。



「近づいている…訳ではないようだな。此方から近づいてみるが、先に鑑定をして勝てなさそうだと判断した場合は引くぞ」



 普段通り聞きやすいリアンの声が反響しながら消えていく。


 先頭を歩くリアンが無言でランプにカバーをかけたことで、洞窟内を照らす光が消えて周囲は暗闇に。

時々カバーとカバーの合間から細い光が漏れるけれど、その細い光は何かを照らし出すこともなく闇に消えていく。



「ねぇ、聞こえるのって……――― 呻き声だよね?」


「ああ。声の感じからするとアンデッドのようだが、複数いるな。危険度はまだわからないが」



 ディルの答えにそうなんだ、と呟く。

戦いになると役に立てない私は、大人しく二人の判断を待つ。

思考を遮ったりするのは本意じゃないから、聞こえないようにそうっと息を吐いた。



(戦況判断とか状況判断って奴が一番難しいんだってミントが寝る時に教えてくれたもんね)



 この時の私は、あることを思い出していた。


ほんわかしたミントが真っすぐに私を見て淀みなく「自分が殺されるかもしれない、これ以上は無理だと思う瞬間の防御や足掻き以外、ライムは他の人の指示に従ってください」と静かに口にしたのはこの旅を始めて割とすぐだった。


 じぃっと暗闇の中でお互いの目を見つめていると“ミントは私の事大事な友達だって想ってくれてるんだ”ってわかったし、私のことを馬鹿にしたりお荷物扱いしている訳じゃないこと位、賢くない私にだってわかった。


 ミントだけじゃなくてベルやリアン、ディルだってこの旅で一度は私に“戦闘中や戦闘前には必ず指示に従って欲しい”とも言っていた。

それぞれの口調と態度と、思いやりで。



(ミント。私、ちゃんと守るからね。友達との約束だもん)



信じているし、ダメだったら駄目だった時また、どうにかすればいいだけだ。

どうにもならなくなって死ぬまでは、全力で頑張るぞ!と決意を固めつつ、じっと息を潜める私にリアンが小さく囁いた。

どうやら考えがまとまったらしい。



「明りを消したまま少しずつ前進し“鑑定”を試みる。撤退の場合は僕が使っている香水を少量撒く。アンデッド系は総じて匂いに鈍感だから気づかれることはないだろう。気付かれた場合は適度に迎撃しつつ出口へ向かう。ライムは香水の香りがしたらランプカバーを外して出口に走る様に。殿しんがりは僕が務める」



凛とした声に顔を上げるぴんと張り詰めたような空気を纏ったリアンの気配。


 今、すっごく集中しているのはなんとなく、わかる。

暗い所為で顔は見えないけど、でも、この空気は調合中に少し似てるんだよね。

声は出すな、と言われたので私はリアンのマントを軽く引いた。

 意図は伝わったらしく頷く気配。



「迎撃の場合はランプカバーを外しそのまま戦闘に入る。状況に応じて位置を換えるがある程度敵を遠ざけてから、だな。ライムは僕の後ろから出ないように。ディル、前衛はできるな?」


「ああ、問題ない。レイスやドラウグルが複数いる場合やワイトが出た場合は魔術を使うぞ」


「――…致し方ない、か。ただし絶対に外すなよ。僕らは戦闘をしに来たのではなく、採取をしに来たんだからな」



釘をさすように告げるリアンに対して下らない、とでもいう様にディルは鼻で笑った。



「わかっている。ライム、ドラウグルは見ていて気持ちのいいモンスターではないから極力見ない方がいい」


「甘やかすなと前にも言っただろう。ライム、今後もこういった場所で採取をするならモンスターの特徴や見分け方だけでなく実物をきちんと見ておくんだ。対処の方法も聞くより実際に目にした方が覚えやすいだろう、君は」


「今後採取に行く場合俺が同行するから問題ない。ライム、無理はしなくていいからな」


「おい、雇うかどうか、採取に同行させるかどうかを決めるのはライムだけじゃないのを忘れるな」



ドラウグルはちゃんと見るから早く行こうよ、という意味も込めて強めにマントを引いたんだけど、リアンの息を飲むような呻き声が微かに聞こえた。


 どうやら裾を強く引っ張りすぎて首が締まったらしい。


なんか、ホント……ごめん。




◇◆◇





 息を潜め、細心の注意を払いながらジリジリと前進する。



 そうっと、そうっと……音を鳴らさないように気を付けながら足を進める。


明りがないので、リアンのマントを握った状態でジワジワとにじり寄る様に進んでいく。


 時々背中に頭をぶつけちゃったんだけど、嫌味の一つも返ってこなかった。

目の前にいるのは本当にリアンなんだろうかって心配になったのも無理ないと思うんだよね。

普段なら絶対怒られてる。あ、わざとじゃないよ。勿論。

 流石に何回目かの衝突で溜息交じりに囁かれた。



「出来るだけ一定の速度で進むから気を付けてくれ。地味に痛い」


「ご、ごめん。中々距離感が掴めなくて」


「まだ少し進むぞ。あと、そうだな…二十歩と少しといった所か」



再び歩き始めたリアンは言葉通り二十歩と数歩で歩みを止めて、息を潜めている。


 周囲の様子は暗くて見えないけど、そこそこの広さがあることが分かったのは低い呻き声が反響して響いているからだろう。


 それに、リアンの背中越しに時々見える淡い光はどこからどう見ても洞窟に入るきっかけになった“レイス”と同じ薄紫色をしていた。


 光はどうやら一つではない。


“敵”は恐らく複数。

なんか変な足音みたいなのも聞こえてくるし、呻き声も種類が違うのがいくつか聞こえるからね。

私にでもわかった。


 数秒の沈黙があって直ぐだったと思う。


パッと突然明るくなって、握っていたマントが手から離れていく。

眩しさに目を細める私とは対照的に、リアンはマントを翻して鞭を取り出していた。



「ライム!明りをつけろ!それから武器を構えて、念の為に聖水を準備!」


「わ、わかった」



 慌てて手元のランプカバーを外せば明るさが増した。


私がカバーを外すのと同時にリアンは走りながら、鞭に聖水を掛けて空になった瓶をかなりの力を込めて投げ捨てる。

直後、小さな悲鳴のような声が聞こえて私の口元が引きつった。



(投げた瓶が当たった……敵とはいっても……すっごく、痛そう)



 聖水が入った瓶は普通の酒瓶よりも頑丈にできていて、投げても割れない。

流石に高い建物から落としたら割れるとは思うけど。

回収しなきゃ、と思いながら壁に張り付くのとリアンが声を張り上げるのは同時だった。



「ディル、まずは近くにいるドラウグル二体を処理ッ!ライムはその間背後の警戒をしながら待機ッ!」



鋭く大きな声にその場で軽く飛び上がった私とは対照的に、ディルは無表情で私の横をすり抜けていった。


 手には、槍でも剣でもなく杖が握られている。


金属製の杖には既に明るい炎のような光が灯っていた。

聞こえるのはあまり聞きなれない言葉の羅列。

 驚く間もなく彼は素早く杖を黒い人影に向け、その横ではリアンが鞭を振るっていた。



(にしても、ここ……妙に広いよね。だから沢山集まってるのかな)



 私たちがいる場所は、小さな部屋のようになっている。

形は歪な楕円形で濡れたようにテラテラと光る天井と壁、地面から棘が生えているようにも見える大小さまざまな不思議な形の岩や柱がある。

 見通しはあまり良くなくて、柱や岩の影から何かが飛び出してきそうな雰囲気があった。


 地面は所々、魔石灰化しているらしい岩があるけれど基本的にはさらさらした砂状の土。

小さな小屋くらいならギリギリ入るであろうその空間には……想像以上に“敵”がいた。


 パッと見てもレイスが5体、ドラウグルだと思われる黒く歪な人型の何かは8体近く、リアンとディルに向ってのろのろと動いている。

他にも、時々蝙蝠のような生き物がキィキィと警戒しているのか混乱しているのか騒いでいるようだ。



(蹂躙って多分こういう事なんだろうなぁ。大体さ、一撃で敵を四散させるってどういうこと?弱点を確実に攻撃すれば一撃で倒せるのかな?今度聞いてみよう)



リアンが腕を振るっているのは見えるし、時折放たれる何かを避けているのも理解できた。


 でも、鞭の先は全く見えない。


風を裂くような甲高く、短い音のお陰でかなりの速さで鞭が振るわれている事が辛うじてわかった。


 主にリアンが攻撃対象にしているのはレイス、ディルはドラウグルを担当しているらしい。


 鞭を振るわれたらしいレイスはあっけなく切り裂かれ、四散し、灰になって消えてしまった。

ぼそっとリアンが呟いていたけど「つまらない」とか「弱すぎる」とかそういった類の言葉で間違いはなさそうだ。

 あ、音もなく突然ドラウグルの腕やら首が飛んだ時には驚いたんだけど、これもリアンの仕業っぽい。




(リアンって無駄に鞭が似合うっていうか……ちょっと人が変わるよね。薄っすら笑ってるし)




ベルはそれを見て「あれはただの変態ですわ」って言ってたけど、ベルも斧をぶん回しながら笑ってるのを私は知っている。

どっちも軽い戦闘狂だと思う私は多分間違ってないと思う。


 ひんやりした壁に体をくっつけながら戦々恐々と状況を見守っていると、ドラウグルがまとめて燃えていることに気づく。


 いつの間に?と驚いているとすぐ目の前で赤く小さな火球がドラウグルへ命中した。

ソレはどうやらディルの持っている杖先から飛び出しているみたいなんだけど、そこからがまた不思議だった。


 飛び出した火球はドラウグルに当たった瞬間、一気に燃え広がる。


 黒く歪に膨れあがった体を舐めるように這い上がって、飲み込んでいった。

苦痛と怒りに満ちた絶叫をあげる大きな口のような場所にも火球が放たれる。


 無慈悲に口の中へ放り込まれた炎に体の中からも燃やされ―――…数体のドラウグルが既に灰となったみたい。

ちなみに一体が燃え尽きるまではたったの五秒。

驚いたから思わず数を数えてたんだよね。だから間違いない。



「この状況って客観的にみるとリアンとディルの方がモンスターだよね……少なくとも魔物にとっては」




薄っすら笑いながら鞭を振るうリアンと無表情で淡々と炎を発射するディルの二人によって、うごめいていた不気味なアンデッドたちは灰の山になった。


 呆気なく倒されたアンデッドたちを見ていて“厄介なモンスターってどういうのをいうんだろう”と考えてしまう私はきっと、間違ってないと思う。


 ランプを手に持ったまま立ち尽くす私にディルが気づいてこちらへ足を向けた。

びくっと肩が跳ねたのは見逃してほしい。




「ライム、怪我はないか?どこか具合が悪いとかあれば遠慮なくいってくれ」


「だ、大丈夫!ぜんっぜん元気!そもそも私何もしてないし」


「だが、少し顔が青いぞ。疲れたなら…」




それは二人の戦いっぷりに引いたからだよ!なんて言えないので曖昧に笑ってごまかした。

ごめん、ディル。

一生懸命護ってくれたのはわかってるんだけどさ、こう、まだイメージが。


 心配のあまり私の体に触れそうになると手を引っ込め、でも意を決したようにまた手を伸ばす……という動作を繰り返すディルは結構怪しい。

別に心配なら遠慮なく触って、無事なの確認すればいいのにね。

……瞳孔が開いてて、妙に呼吸が荒いのが少し気になるけどディルはディルだ。


 ディルも怪我はなさそうなので、リアンに目を向ける。

リアンも怪我はなさそうだったけれど険しい表情で周囲を確認していた。

ただ、それも数秒のことで、ふぅっと息を吐いて普段通りの不愛想な表情に戻る。



「二人とも。ここにはもうアンデッドはいないようだ。この先がどうなっているのかはわからないが、この程度の敵なら二人でも十分対処できる。先を急ぐぞ」



手にしていた鞭を手早くホルダーに収納したリアンは、時間が惜しいとばかりに足を踏み出す。


リアンの行動にディルも杖を収納し、心配そうな表情のまま私の後ろへ回る。

 そうこうしている間にもリアンは2メートル程離れた場所まで移動していた。



「ち、ちょっと待った!リアン、そこらにあるお化けの灰!そのままにしとくの!?」


「お化け?ああ、アンデッドの残骸か。これがどうかしたのか?」



不思議そうに足元にある一〇センチほどの灰の山を見下ろすリアンとディル。

私と言えば当然回収すると思ってたから凄く驚いた。



「いや、採取っていうか持って帰ってもいいんだよね?」


「構わないが、何に使うんだ。こんなもの」



奇妙なものを見るような視線に居心地の悪さを感じつつ、持ち帰りたいと口にした理由を話す。



「うろ覚えなんだけど家にあった図鑑で見た記憶があるんだよね。アイテム名は【未練の灰】だったかな。それに【アンデッドの灰】っていう素材が書いてあった筈。これがそうなのかまではわからないけど、アンデッドって出会おうと思って出会えるようなものでもないでしょ?ダメもとで持って帰ろうかなって」



一応、許可を求めて聞いてはみたんだけど、体は正直だった。

 気づけば、三体分の灰が採取袋に入ってたからね!


 呆れたような視線を感じながらも周囲にある灰を回収していると、五か所目の灰の中に何かキラキラしたものがあるのに気付いた。


 摘まんでみると、それは小指の第一関節くらいあるガラス玉に似た物体だった。


透明度の高いつるりとした石はコロンとした半楕円形。

薄っすらと紫がかっていて魔石ランプに照らされキラキラと光っている。


 ただ、残念なのはひび割れたような亀裂が内部に複数あることだ。

まぁ、綺麗なことに変わりはないんだけどね。



「ねぇ、リアン。コレなんだかわかる?灰の中から出てきたんだけど」



ガラス玉のような石をリアンに見せる。


すると、石を目にした瞬間、珍しく眼鏡の奥の瞳が見開かれる。

 物珍し気な視線にドキドキしながら答えを待っていると、リアンが口元を緩めた。



「これはアンデッド系のモンスターが稀に落とすとされている【死霊の涙】という結晶だな。失念していたが、こういうドロップがあるならアンデッドは積極的に倒すべきだ。倒した後に残る灰も調合に使える可能性があるようだし、今度アンデッドを見かけたら問答無用で攻撃する。ワイトに関しては鑑定をしてからになるが構わないな?」


「俺は護衛として雇われている。言われたことをやるだけだ」



ゆるりと首を一度横に振ったディルに小さく頷いたリアンは、私の掌に鑑定し終えたらしい【死霊の涙】を乗せて“落とさないようにポーチへしまっておいて欲しい”と頼んだ。


 貴重なものであることだけは理解できたので慌ててポーチへしまい込むと、リアンは満足そうに一度頷いて、何事もなかったかのように再び足を動かし始める。



「ライム。まずは進もう。どこまで続いているのかもわからないし、戻れるなら早めに戻った方がいい」


「う、うん。そうだね。わかった」



慌ててリアンの後ろを追いかける私たちはこの先に凄い光景が広がっていることなどまるで知る由もなかった。





ここまで読んでくださってありがとうございます!

誤字脱字などは予告なくひっそり直します!

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