353話 山頂パール2
ちょっと短めですがとりあえず最初の素材をゲット。
目的の【山頂パール】は脆く崩れやすい地層に咲いていた。
砂と土、そして粘土が混じっていてロープがなければかなり危険な場所だ。
ロープを体に巻き付け、崩れた岩壁から芽を出し十字を描くように蔦を伸ばす。
山頂パールの葉は分厚くて棘のような毛が生えている。
「ラクサ。採取するけど、葉っぱも持って帰ろうかな。何かに使えるような気がするんだよね」
「根こそぎでいいと思うッスよ。ここダンジョンなんで」
「じゃあ、花を採取したら根元から切って麻袋に入れるね。今の所は雑草扱いだけど、こっちで情報が見つかるかもだし」
「草木染に使ってもいいッスもんね。茶色とかそういう系は割と使いやすいンで」
声だけ聴けば普段通りだけれど、警戒してくれているのはわかる。
素早く採取を済ませようと糸切ばさみを取り出し、口に咥えた。再度、接着剤で腹部を岩壁に固定。
足場として登る際に突き立てた二本の杭に足を乗せて体重を分散。
左手で保存瓶を取り出して封をある程度まで緩めて持ち、右手で葉を優しく避けていくと張り付いた茎の間──マトマでいう脇芽が出る箇所に小指の爪くらいの花があった。
「色は暗緑色で花には見えないって書かれてたけど本当だったんだなぁ」
保存瓶の蓋を外し、花のすぐ下へセット。
咥えていた糸切ばさみで茎にあたる部分を切り落とすとコロンと花が瓶の中へ。
大きいもので親指の爪くらいある花もあるらしいけれど、この蔦内にはなさそうだ。
一通り回収し、二本目の瓶に半分ほど集まった所で一株分が終了。
「左に移動するね」
声をかけてからずれる。
足場になる杭は横にある程度打ち込んであるので左右への移動は簡単だ。
同じ要領で採取をして、次々に目の前にあるものを収穫していく。
最後に蔦を根元から切って袋に詰め、根も採取することに。
深めに根の周囲を掘って土がついたまま別の麻袋へ。
「よし。少し登ろう。上にもまだあるみたい」
「了解ッス」
次の採取場所へ移動をしつつ、試験対策で習ったことを思い出した。
「そういえばこの【山頂パール】も代用品で起源のレシピでは使われてないんだよね」
「代用品ってことは希少な素材を使ってたってことッスか?」
「うん。他にも新素材が見つかって手順を少なくできたとか、色々理由はあるみたい」
「細工師の場合は殆ど法律制定年だとか法律の名前とか規約の内容とかが主体だったんスよね、筆記試験。基本的に実力でのし上がる感じなンで」
先ほどの採取で慣れてきたので目に見える範囲の素材をすべて回収することを決め、てきぱきと回収していたのだけれど、ラクサがふと何かに気づいた。
会話が途中でパタリと止んだので不思議に思っていると念話が飛んでくる。
『オレっち先に登り切って上で待機するッス。気配があるんで』
ルヴからの合図がないことを考えると、敵意のない相手なのだろう。
隠れてみているとしても私の共存獣たちが気付かない筈がない。
『ルヴ達が反応してないってことは敵意がない可能性が高いから、先ずは穏便にしてくれると助かるかな』
『りょーかい。じゃ、上に登るッス。採取が終わったらすぐに上まで登ってきて、俺の後ろに』
指示を出しながらスルスルとラクサが上へ登っていく。
クギはすぐ私の近くまで登ってきて、小声で囁いた。
「下では戦闘もしくは逃走者がいると見ていい。木が大きく動いていたし時々、戦闘音がする」
「そっか。コッチに登って来るってことはたぶんないよね。中間脆いし、そもそも目立つもん」
「追われている中で登れるような場所じゃないしな。警戒すんのは飛び道具と魔術系だが……これだけ上に登ってる相手を射抜くってのは結構むずい」
才能持ちでもよほどの腕でなければ難しいというクギの言葉を聞きつつ、蔦を麻袋へ。
これで最後だったので腰にあるベルトにしっかり括りつけておく。
収納は上に登り切ってからだ。
残り少ない岩壁を登りきると完全に森の中だった。
「うっかり『道』があると思って走ったら落ちちゃうね」
「だな。ダンジョン以外でもこういう場所はあるから気を付けろよ。ライムはすぐ落ちそうだ」
「クギだって夢中で走って気付かずにポーンって飛び出すこともありそうだし、気を付けてよね。って、ラクサに会う前に収納しちゃおうか。持ってても邪魔になるし」
地面にトランクを入れた魔術布を置き、トランクを取り出す。そこに蔦や保存瓶を入れて回収した杭も入れておく。出来る限りこういったものは回収する。
毎回購入するのは高くつく。
きっちり収納して私たちは装備を整え、ラクサに念話を送る。
『ラクサ、どこにいるの? 登り切ったけど』
『今、隠れてるッス。コッチに借り物二人が走ってきてて……ライム達も一先ず隠れて欲しいんスけど』
崖の側からは離れなくてもいいから、下からも見えない位置にいてほしいと指示を受け、無数にある木を利用して隠れる。
すると明らかに草や木々が動く音が近づいていた。
『オレっちがいるのは崖から百メートルほど離れた場所ッス。ルヴも近くに潜伏。足音がオレっちのいる辺りで二手に分かれて、崖の方に一人──追手はオレっちが対応するんで、崖から落ちないように確保して欲しいッス!』
『わかった。クギと一緒に止めるね』
念話で返事をし、隠れるのをやめる。
羽織っていたくらいフード付きマントもポーチへ。
「ライム、脱ぐのは俺だけで」
「ううん。追手の人じゃないならわかりやすくしておいた方がいいよ。咄嗟に攻撃される確率が減るでしょ?」
「……なら、俺より前に出ないでくれ。戦闘能力がないやつが前に出るとまずい。あと、崖から離れてはいるが、一応気を付けてくれ」
分かった、と返事をしたところで音が聞こえてきた。
人の手が入っていない森の中は、混沌。
様々な種類の草木が乱雑に、好き勝手に、競うように息づいている。
ガサガサと無遠慮に音を立てて踏みつけてこちらへ近づいてくる『借りもの』の人は、私たち二人に気づいて闇の中でぴたりと足を止めた。
崖下から悲鳴と大きな魔力が爆ぜる音が聞こえてくるけれど、私はそれどころではない。
森の中から鮮やかな橙が私を見ていた。
◇◆◇
じり、と僅かに後退するような気配を纏ったその人に私は慌てて両手を挙げた。
武器のようなものを構える相手に攻撃する意思はないと伝えるための行動だ。
相手は少し戸惑っていたけれど、背後の気配の方が気になるのか、警戒しつつもこちらへ近づいてくる。
身をかがめるように、でも音が鳴らないよう静かに。
それに倣って身をかがめ、口元で×印を作って頷けば相手も察してくれたようだ。
内心ほっとしつつ、一定の距離で動かず待機していると念話が飛んできた。
『戦闘中っス! もう一人の『借りもの』と共闘してるンでライム達はその場で待っててくれりゃ良いっスよ』
『わかった。こっちも崖から落ちる前に接触したから少し話をしてみる』
簡単に報告を済ませた所で声をかけることにした。
それほど遠くない場所で雷の音が聞こえる。
「今の状況なんだけど、あなたを追いかけてきたヒトは私の仲間とあなたの仲間が足止めしてる。この距離だと少し声を張らなきゃいけないから、近づいてもいい? できるだけ声は出したくないんだ」
気付かれそうだし、と言えば案外素直に頷いてもらえた。
ホッとしてにじり寄り、手を伸ばしてもギリギリ届かない範囲で動きを止める。相手は逃げなかった。
ボロボロのマントを被った姿は最初に見た時とあまり変わらないけれど、フードは外れている。
目だけを残して布で覆われた顔には私への興味と警戒が隠すことなく浮かんでいて、内心ほっとした。攻撃はしてこなさそうだ。
「今の状況だけど、さっき話した通り。あっちで共闘してる。この場所で待つようにって指示があったから私は動かないつもり。あと、逃げるなら少し引き返してね。この先は崖だから」
落ちちゃうよ、と伝えると知らなかったのかギョッと目を見開いていた。
反応が可愛い。
その場で座り込んで、冒険者カードを改めて提示する。
「私はライム。下であった時話したかもしれないけど、改めて名乗っておくね。コッチは私の奴隷。クギっていうんだ。もう一人護衛してくれてたアウルさんは下で『悪い人』を捕まえてる所だよ」
ちなみに、と色々な場所に私の共存獣がいるから下手に攻撃すると危ないよ~と伝えておく。牽制もかねて。
「それでも言いにくいかもしれないんだけど、そっちの状況が知りたいの。どうして逃げてたのか、とかそういうのも」
どうだろうか、と聞いて見るけれど口を閉ざしたままだったので困ってしまった。
リアンじゃないからどの程度情報を出したらいいのかが分からない。
「えっと……もう少し話しておくけど、私は留学生としてダンジョンに潜っているから、攻撃されない限り敵対することはないよ。できれば安全に素材を集めたいんだ。まだ【山頂パール】しか集められてなくて」
「採取……に来ただけなのか」
声は中性的。ポツリと零された声に驚いたものの首を縦に振る。
会話をしてくれる気になったらしい。
「うん。トライグルに帰る前にいっぱい素材を採りたいんだけど、一番は【黄金苔の雫】かな。どうしても必要なんだ」
「……ん。学院証は」
あるよ、と腕輪と証書をぺらっと見せると信用してくれたらしい。
そういうことならと懐から冒険者カードを取り出して見せてくれた。
ランクは一般的な冒険者を示す『C』で名前は『ラルティ・ネリンジ』となっている。
「『荷物持ち』と呼んでほしい」
「荷物持ちさんね。わかった。私たちは呼び捨てで──それで、どういう状況だったの? 追いかけられてたみたいだけど、派手な喧嘩とかじゃないよね、流石に」
絶対に違うだろうと思いつつ聞いてみると荷物持ちさんは頷いた。
脱げていたフードを被り顔を隠してしまう。
「喧嘩じゃない。あいつらの狙いは自分と『道化のロウワード』だった。双色の君も狙われてたけど──守りが固すぎるから様子見。国に属する門番が気を使っている相手に態々手は出さない。商売がやりにくくなるから」
「冒険者を攫って無理やり奴隷にするっていう?」
「知ってたの?」
「アウルさんがもう一組のパーティーに接触して協力を求められたときに説明されたみたい。ダンジョン専門騎士が捕まえようとしてるって事は知ってるよ」
「充分。実は自分たちもダンジョン騎士の協力者。本当は貴賓である双色の君たちに迷惑が掛からない様にって考えてたみたいなんだけど……タイミングが悪かったんだ。逃がすとまずくて」
どういうことだろう、と思ったけれど深追いはしないことにする。
別の被害者がいて、その人たちが貴族だとか国にとって重要な人だったんだーみたいな話だったら巻き込まれそうだし。
そっか、と頷けば微かに息を吸い込む音。
「厄介ごとに巻き込まれたくないから、深い事情は聞かないでおくよ」
「賢明。とりあえず、崖から落ちなくてよかった。双色の君がいなければ落ちてたから」
ありがとうとお礼を言われて口元が緩む。
どういたしまして、と返したところで念話が飛んでくる。
『ライム、今捕まえたッスよ。ルヴがそっちに向かったんでついて来てほしいッス』
『わかった。ここから降りるのってやっぱり崖からかな?』
『いや、近道があるらしいッス。って言っても木を登る感じになるらしくて……ポーシュは厳しいかもしれないッスね。下で待機で正解だったッスよ』
ラクサの言葉を聞いて息を吐く。
ポーシュに下で『万一、落ちた時のために待機』と言ったのは上に登れなさそうだったから。
急斜面であれば登れるらしいけれど、岩壁は無理だと判断したのだ。
地形的にも登れそうな場所はなく、あるとしたら木などを伝って崖の脇から登る、直接崖を登るの二択。
上からロープを垂らすっていうのも現実的ではないので考えなかった。
「荷物持ちさん、悪い人を取り押さえたって報告がきたよ。私の共存獣が来たらついて行こう。案内してくれるみたい」
「わかった」
大人しく頷いて立ち上がった荷物持ちさんは私と同じくらいの身長だった。
「ダンジョンって色々なことが起こるんだね」
「入場制限がかかってるから、普段より楽」
本当であれば死傷者が出ていてもおかしくないのだと静かに返された。
人が増えれば増える程、疑心暗鬼になることも多いのだとクギから念話が飛んできて納得する。
カルミス帝国の人は基本的に他人を信用しないらしい。特にダンジョン内では。
待機をしているとガサガサと草木が揺れて獣特有の短い息遣いが聞こえてきた。
「ルヴだ」
「……ヴォルフ系の共存獣」
ぽそりと隣から聞こえた言葉に少し驚く。
ヴォルフ以外にもこういった呼吸をする生き物は多いからだ。
ちらっと初めて会った時に見たからだろうか、とも思ったけれど何だかしっくりこなくてもやもやとした気持ちを抱えたままルヴの到着を待った。
嬉しそうにこちらへ姿を現したルヴを誉め、水を飲ませてから案内されるまま森の中を進む。ルヴが歩きやすい道を歩いてくれているのが分かって「うちの子は賢い」と自慢したくなったけれど我慢だ。
キャラが増えます!新規!
密かに温めていたキャラです。
アルケミスト・アカデミー 五巻発売と同時に更新しようと思っていたのですが、やはり予定は未定。
発売から約一か月ほど経ってしまいましたが、webも可能な限り更新できる隙を狙ってどうにか、と…どうにか。なってほしい。
いつも誤字脱字報告や感想、ありがたく受け取っております!とても力になっています。
勿論、アクセスして読んで下さるだけでも十分励みになっていますので、気軽に一緒に楽しんで頂ければ嬉しいなと思います。
次、早めに投稿できたらいいなー……




