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133話 長旅に備えて

何とか一話!

例のごとく、というかいつものように準備から。

 今回は採取旅までの期間が長い上にお店もあるので、ありがちな展開を添えて。

貴族って自分の物や自分の場所を護るっていう意識が一般人より強い気がしています。




 開店五日目の朝。



 開店準備にも慣れて来たし、食事の作り置きにも慣れて来たので色んな種類をまとめて作っておくことにした。

 今後忙しい時や食事を作る時間がない時に、地下に食事があることが分かっていれば慌てることもないしね。



(腐らないって言うのが一番いいよね。出来立てだと温かいままだし)



時間が止まっているからだと分かってはいても、数日前に作った食事が地下から出ると傷みもせず、ホカホカと湯気を立てているのはかなり不思議だった。


 時間を止める魔道具は、作るのが凄く難しいのだ。

ダンジョンから排出されるものばかりで値段も高い。

それでも欲しがる人が多いのは便利だからだろう。



「人間が時間停止の影響を受けないっていうのが不思議だけど」



 昔、時間が止まるなら若いままでいられる!と考えた貴族が時間停止効果のある魔道具を置いて、生活していたらしい。

当然、普通に老衰したそうだ。


 周りの人間も本人も気付いていたけれど、警備結界のような効果も持っていたそうで住み心地は快適だったと日記に書いてあったらしい。

この時間停止のアイテムについては色々研究がされているみたいなんだけど、詳しいことは分かっていないんだって。

 ただ、人間・動物・魔物は生きたまま時間停止効果が付いた部屋や場所にいても時間が止まることはなかったらしい。

本当に不思議なんだけど、専門家でも分からないことを私が理解できるとは思えないし、考えないことにしている。



「炊き込みご飯は何種類かまとめて作っておこう。あとはオニギリとワショクの煮物かな。ゴロ芋もキャロ根もマタネギもあるし……お肉もあるんだよね。『肉じゃが』にでもしようかな。前に作った時、ベルもリアンも凄い食べてたし」



 そうと決まれば、と材料の下処理。

剥いて、切っての繰り返しだ。



(いつもより早く起きて正解だね。畑に聖水も撒いたし、時間は余らなそうだから開店時間まではずーっと調理かな)



料理の匂いが籠るので窓を開けておくのは忘れなかった。

 お店を始める前にリアンから頼まれたんだよね。



「匂いに敏感な客もいるから、調理中と調理後には1時間程度換気して匂いを散らしておいてくれ」って。



お店を開くってことは、いつも以上に考えて気を遣わなきゃいけないって気付いたのはリアンがいたからかもしれない。


 リアンの体調が良くない時にベルと話してて、改めて思ったんだよね。



(ベルもだけど、沢山の人がいる場所で暮らすって……こういうことなんだろうな)



 背の低い人から見ても商品が見やすいか、女性が安心して買い物ができる空間か、人とぶつからない適度な通路幅か、男性が気後れせずに購入できるか……最後までずっと気にして、お客さんの様子を見て細かな補修や工夫をしているのは実際に見てきた。


 ベルもお客さんによって少し態度を変えているのが分かる。

貴族ではない一般のお客さんには『素』に近い、親しみが持てる柔らかい口調や表情だし貴族の『遣い』だと分かる相手が来ると毅然とした口調になる。


 貴族の『遣い』が来たら私が対応する、と宣言したベルは凄く頼もしかったっけ。



(私は、お店の為に何ができるのかな。商品開発って言っても……おばーちゃんのレシピは、売れば人気が出るものばかりだし便利だから人の役に立ちそうなら売りたいって思ってるけど)



実力が足りないし、知識も全く足りてない。


 素材を見る目が凄いとか採取能力があるだろうって二人には言われるけど、アレは自然に身についたものだ。

生きる為には、お金を貯める為には必要だったから覚えただけ。

寧ろ他の人も皆やってると思っていたから、なんでこんなに評価されるのかが分からない。



(一人で暮らしていた時ってある意味で“自由”だったんだな。他の人がいないから、相手から自分がどう見えるのか考えなくてもよかったし)



自分がしたことで他の人が迷惑したり、嫌な気持ちにならない様に気をつけなきゃいけないことも多い。

暗黙のルールって言うのが私にとっては最大の敵だ。


 はぁ、と誰もいないことが分かっていたので息を吐く。

野菜は皮と食べる部分で二つに分けておく。

食べられる部分は今料理に使うし、皮に関しては骨や香草と一緒に煮てスープの素を作ろうと思っているからだ。

時間かかるんだよねー、コレがまた。



(長旅には欠かせないけどね。これと水を鍋に入れるだけで普通にスープとして飲めるし)



 あれやこれやと考えながらも手はちゃんと動いてくれるので、料理を片っ端から作ってお皿に盛りつけたり、鍋に入れて地下に運ぶ作業をした。

途中でサフルが出来上がった料理を運んだり、皿に盛り付けるのを手伝ってくれたので非常に助かった。


 まぁ、一番助かったのはケルトスの市場で大量に買った食器だけどね。

大きさが疎らでかなり安かったんだけど、お腹の空き具合で量を選べるから今の私たちにとっては有難い。


 調理を始めて二時間が経った頃にリアンが起きてきて、台所で調理をしている私を見てとても驚いていた。



「おはよ。ご飯は地下にあるから好きなのを選んで食べて」


「お、おはよう。凄い量の……いや、ライムは何時に起きてこれを作ってたんだ?」


「いつもより二時間早く起きただけだよ。作れるときに作っておきたいし、長旅になるなら作らなきゃいけないアイテムが沢山あるでしょ? 食事関係で保存食も沢山用意しておかないといけないかなぁって。雫時って言うのがイマイチ良く分からないから備えておきたいし、保存食なら冬まで持ち越しても全然食べられるから無駄にもならないでしょ」


「それはそうだが無理はしない方がいい。急ぐのは大事だが、まだ二ヶ月あるだろう」



それを聞いて、スープを混ぜていた手を止める。


 自分の中で立てた予定は出発日程によっては達成が難しくなるんだよね。

曖昧に笑えばリアンは面白い位に片方の眉を跳ね上げた。

しゃんと背筋を伸ばして私に向き直ったので慌てて弁解の為に口を開く。


 彼の説教を朝から聞く気はないからね!



「保存食って時間かかるのが多いんだよ。それに一度に沢山作っておけば後々、私が楽だし、今後長旅に出る時に不足分だけ作ればいいから私の為でもあるの。今日は気合入れすぎて早く起きたけど、毎日一時間早く起きてギリギリだし」



ご飯しか作っていない私が工房の為に出来るのはこの位しかない。

 それに、保存食は万が一の為にリアンやベル、そして一緒に旅に出る護衛をしてくれる人にも最低一週間分は渡したいと思っている。



(リアンが言っていた村がどこにあるのかはわからないけど、採取中にはぐれたり不意の事故で孤立した時、食料がないと確実に死ぬもんね。雨が降り続く季節って言うから飲み水の心配はしなくていいとしてもさ)



保存食を作るのは私なりの防衛術みたいなものでもある。

ないよりある方がいいし、水だけで生きてはいても万が一何かに襲われた時逃げる体力がなければ意味がない。


 はぐれる時は大体山の中だったり、怪我をしている可能性だってある。



「あのね、リアン。回復アイテムが大事なように保存食って大事だよ。あと、温めて食べられる物」


「あるよりない方がいいとは思うが、無理をして君自身が体調を崩したら元も子もないだろう」


「う。まぁ、そうなんだけどさ……これだけはちょっと譲れないんだ。ベルやリアンは勿論だけど護衛を引き受けてくれる人にも保存食は一週間分くらい渡しておきたいの。それに、いざって時に食べ物を食べていたり、持っていると安心するでしょ? 心細くても、怖くても、怪我をしていても体力を回復させるためには食べなきゃだし」



自分で無理だと思えば品数を減らす、といえば渋々だけれどリアンは納得してくれた。


 ただ、代わりに一体何をどのくらい作るのかと聞かれる。

寝る前に作るものを書いたメモがあるのでソレを渡すと、リアンは深く溜め息をついて首を横に振った。



「ライム、下準備に時間と人手が必要なものは朝と夜に回せ。サフルや僕、ベルも手伝うから」


「え? いや、別に大丈夫だって。お店に出すアイテムの調合もあるでしょ? 私も息抜きと魔力消費の為に調合はさせてもらうつもりだけど」


「落ち着け。ライム、君が全部しなきゃいけない理由はなんだ?」



そう言われて思わず首を傾げる。


 リアンが何を言いたいのか分からずに戸惑っていると、サフルがこちらへ向かってきた。

リアンに朝の挨拶をし、済ませた家事と雑事の報告をしてから私に



「ライム様。次は何をお手伝いいたしましょう?」



と、期待に満ちた目を私に向けてくる。


 サフルが割り振られていた思いつく限りの仕事は既に済ませたことを知っているので、遠慮なく時間がかかる作業を手伝ってもらうことにした。

指示を出して私自身も、作業を再開。


 スープの味を確認して野菜を切り刻んでいく。

下処理が本当に大変だったりするんだよね、何せ数が多いし……同じ野菜でも使う料理によっては切り方を変える必要がある。

火を通す時間にバラツキが出ると余計時間がかかるし、意外と頭を使うんだよね。

動かしてるのは手だけど。



「私が全部するわけじゃないから大丈夫。サフルも手伝ってくれるし、無理そうならちゃんと簡単なものにしたり、早めに休むからさ」


「……分かった。やり過ぎだと思ったら止めるからな」


「リアンやベルが普段してくれてることを考えると、別に無茶してるとは思えないんだけど。リアンこそ気を付けてよ? この間体調崩したばかりなんだから。あ、甘酒は作って置いてあるから好きな時に飲んで。飲み切ったら終わりだけどね」


「甘酒があるのか? 分かった。まぁ、気を付けよう……個人用に少し取っておいても?」



好きにしていいよ、と言えばリアンは結構な速度で地下へ向かって歩いていく。


 リアンも分かりやすいなぁと思いながら、大量に切り刻んだマタネギを大きな鍋に入れて、油を入れ、炒めていく。


 炒める合間にキャロ根も切り刻んでいるので割と忙しいけれど、この忙しさは嫌いじゃないんだよね。

一階へ降りてきたベルにもリアンが言っていたようなことを言われたけど、二人とも心配してくれているのは分かったので有難く聞いて置く。


 最後にはサフルにも「私で良ければいつでも手伝いに馳せ参じますので、何なりとお申し付けください」と綺麗な礼をされた。




◇◆◇





 開店して間もなくやってきた沢山の冒険者や騎士をさばき終えた後、私はずっと台所にいた。



 確か、ゴロ芋を大量に剥き終え、続いて使う香草を束ねた【ブーケガルニ】を作っていた時の事。

料理によって使う香草が違うから間違わない様に、でも手早く糸でまとめていく。

完成したブーケガルニは密閉容器に入れて使う料理名を書いておいた。

お客さんがいつ来るかわからないから、火にかける作業は閉店後にするしかないんだよね。


 最後のブーケガルニを密閉容器に入れた所で少し休憩と早めの昼食にしようと腰を上げた所で、店側から怒鳴り声が聞こえてきた。

驚いて台所から飛び出して店内に目を向けると、貴族らしき男とその従者らしき人がカウンターの前に立っている。


 向かい合っているのはベルだ。

リアンは、店内にいる客に被害が及ばないよう配慮したのか、店内にいた数人の一般市民を外へ誘導している。


 サフルはリアンの指示で何処かへ行ったようで姿が見えない。



「このような粗悪品を安値で売り払われては我々のアイテムが売れなくなるのは、貴族であるハーティー家の子女であれば分かってもいいものだと思うのだけれどねぇ?」



声を荒げたのは、おそらく護衛の一人だろう。


 それをワザとらしい態度で下がらせ、腕を組み、座っているベルを見下ろしている貴族は思ったよりも若い。

年で言うと私たちより数年上……といった所だろう。



「あら。貴方は確か一昨年留年か否かという成績で卒業なさったドニク・セリン・ジーパ殿ではありませんか。うふふ、わざわざ私の工房に御足労頂いて申し訳ないのですけれど、同業者に売るアイテムは生憎永遠に切らしていますの。私が作ったアイテムを『粗悪』とおっしゃっていましたけれど、審美眼を磨いた方がよろしくてよ。錬金術師を名乗るのならば一目見てある程度の品質を察するくらいにはならないと厳しいと教員に聞いておりますわ」



聞こえたベルの声は正々堂々としていて、澱みなく、威厳のような物もあった。


 こちらから見える貴族の額に青筋が立ったのを見て内心「うわぁ」と一歩後退る。

口を開きかけたのを見てベルは続けた。



「それと、ご卒業なさって個人の工房を持っているのにもかかわらず、王族肝いりの『工房制度』利用者である私達生徒に直接意見を言いに来るなんて流石ですわ! 私なら王家の意向に背くような行為はとてもじゃありませんけど、できませんもの。ああ、申し訳ありません。一部、間違いがございましたわね。正確に言うならば『個人の工房を持っていた』の方が正しかったですわ。資金繰りに行き詰まってご実家に頼ったものの、実力もなければ元々評判の悪かった貴方は工房ごと切り捨てられた…ですわよね? 余計なお世話だとは思いますけれど、後輩として教えて差し上げますわ。こんな所で無駄な喧嘩を売っている暇があるなら、高い錬金道具などを隠す方が先ではなくって? 貴方のご両親、各方面に借金をしていてその中の一つにハーティー家もあった事、ご存じないのかしら。売れそうなものを片っ端から売り払って我が家に借金を返すと、額を床に擦り付けていらっしゃったのよ。かわいそうだったから錬金術に使えそうなものがあって、私が欲しいと思ったものは適正価格で引き取ってもいい……とその場で我が当主である姉に掛け合いましたから」



うふふ、とお嬢様然としたベルの言葉は冷え冷えとしていた。

 怒鳴り込んできた貴族はサッと顔色を無くし、狼狽える。

それを見てベルは呆れたように息を吐いているけど、私はただ唖然とするしかない。



「ご存じなかったようですわね。でしたら、早くお帰りなさいまし。あまり居座られると……私、不愉快ですわ。営業妨害で騎士団に突き出してもよくってよ? あと、『一応』学生という身分で『家』は関係ないということになってはいますけれど、時と場合と状況は見極めた方がいいですわ。まぁ、それができていれば工房運営も多少マシにできて、無一文で放り出されるような事にはならなかったとは思いますけれど」


「ッ、い、言わせておけば……ッ!!!」


「“女のくせに出しゃばりやがって”でしたかしら。貴方の兄上が私の姉に言って躾直されたのは。言っておきますけれど、私に指一本でも触れた瞬間、現行犯で婦女暴行として騎士団に突き出しますわよ。ああ、でもその前に、うっかり手が滑って切り落としてしまうかもしれませんわねぇ。なにせ『出来損ないの三女』ですから、まだうまく使いこなせなくって」



そういってベルは立ち上がりカウンター下に隠してあった大きな斧を取り出して護衛らしき男の頭めがけて大きく横に振り上げ、皮膚に触れるギリギリのところでピタリと止めた。


 うっかり、というか薄皮一枚切れてしまったらしく護衛の男のこめかみのあたりを赤い液体が一筋伝って行くのが分かった。



(あ、ベルめっちゃ機嫌悪い)



ベルが今の状況をとても気に入っていることを知っている私とリアンは、無言で目を合わせて小さく頷いた。


 先ほど大声で怒鳴っていた男は腰を抜かしたようだ。

顔が見えなくなった。

ベルはそれと同時にカウンターに片足を乗せて大斧を担ぐ。


 台所からこっそりのぞいている私からベル自身の表情は分からないけど、乗り込んできた貴族の顔が真っ白だったので何となく表情の予測は出来た。



「……が、がんばれ」



グッと思わず小さく拳を握った私の声が届いたのかどうかは分からないけど、ベルが低い声で一言宣言をした。





「―――…私の工房に文句をつけることは、ハーティー家と関わりある家をすべて敵に回す覚悟をしてからおいで下さいまし。物理で良ければ相手になりますわ。『出来損ない』で非力な淑女の私にも出来ることは結構ありますのよ」




お嬢様口調で告げられた言葉にじりッと貴族が一歩、後退するのを見たベルが徐に斧を向けた。

 固まって動けない貴族の顎を斧筋で持ち上げた。



「理解できてもできなくても、二度とそのツラみせんじゃねぇぞ、甘やかされたボンボンが」



そう囁いて固まる貴族の肩を斧頭で軽く小突く。


 男はそのまま数歩たたらを踏んで……悲鳴を上げながら出入り口から出て行った。

表に止めていたらしい馬車に飛び乗って金切り声で『早く出せぇぇぇえ! 殺される! 逃げろぉおお!』と絶叫しているのが聞こえて来たのは気のせいだったと思う。


 おかげでベルが自分のことを『非力な淑女』と表現したことに対して一言、言う気も起きなかった。

リアンも無言で店から足を踏み出し、振り向くことなく

「庭に被害がないか確認をしてくる」と言って逃げた。


 私も台所に戻ろうかと思ったけど、ベルをひっこめた方がいいような気がした。

 貴族が消えてからパッと怖い雰囲気がなくなったのが少しこう、変な気がしたんだよね。



「ベル。お昼ご飯は地下にあるから食べてきたら? 朝からずっと料理してたから少し休憩したいし、店番替わるよ」


「……そう、ね。お願いしようかしら。そろそろお腹が空いてきたと思っていたのよ」


「地下に甘酒作ってあるから飲んでもいいよ。料理も好きなの食べてね」


「ありがとう、そうさせてもらうわ」



ベルは少し俯いたまま私の顔を見ることなく地下へ。


 反射的に後を追う為、数歩歩いたけど……何か違う気がしていくのを止めた。

お店番もしなきゃいけないし、ベルの性格なら話したいときに話してくれるだろうからね。

無理にあれこれ聞かれるのっていい気がしないんじゃないかなぁ。



(このまま話を聞きたいって言っても、レシピを無理やり聞こうとする人を信用できないのと同じ気がする。何よりベルはお店を護ってくれたわけだし『ありがとう』って伝えるのが一番いいと思うんだよね)



 人には聞かれたくない事、話したくない事が少なからずあることは知っている。

おばーちゃんに薬の依頼をしに来る人はそういう人も少なくなかったから。

小さかった私におばーちゃんが真剣な顔で


『ライム。人にはね、色々な感情や事情を抱えている人が多い。話したい、話さなくてはいけないとその人自身が判断するまで無理に聞くのは止めなさい。聞いてもいいのは、そうね……貴女に譲れないものがある時くらいだわ』


って、亡くなる一年くらい前に時々、思い出したように言うようになった。

 おばーちゃんにも言えない事や言いたくないことがあるのか、と聞いたら寂しそうな顔をして


『私は、自分の娘や孫にソレを教える気はないの。ここで生きていくって決めたその時に』


って言ってたからおばーちゃんにとっては大事なことなんだと思う。



(人の過去にはあんまり興味ないから別にいいけどね。おばーちゃんも、話せない内容は『レシピ』ではないどころか、錬金術関連の知識ですらないって言ってたから、私が聞いても意味がないだろうし。意味があれば話してくれてた筈だもんね)



ぐーっと大きく伸びをして私はカウンターに座った。


 カウンター越しに見える景色は昨日と変わりがないのに、昨日とは全く違う気持ちで今、椅子に座っているのが少しだけ不思議だった。



「人と関わりながら生きるって、大変だなぁ」



自分以外の誰かに感情を乱されて、自分のことだけ考えることは何だか悪いコトをしている気分になるし、予想もしない面倒ごとを会った事も認識したこともない他人が運んでくる。

 都会は怖いところだと言っていた村の人達の言葉の意味が、ほんの少しだけ分かった気がした。



(それだけじゃないのは分かってる、けど)



 ふぅ、と息を吐いてカウンターに突っ伏した。

心地いい疲労と早起きのせいで襲ってきた眠気。

我慢できずに少しだけ、と瞼を閉じる。



 暢気に転寝をしていた私は、戻ってきたリアンによって揺り起こされるんだけど其の時はまだ知らなかったんだよね。

目を開けた瞬間、珍しく狼狽えた顔で私の肩を揺するリアンにギョッとした。



「気絶しているのかと……寝ていただけか」


「ごめんごめん。座ったら眠くなっちゃって。少しだけ眠ったからもう大丈夫だよ」


「はぁ。いや、杞憂ならいい。僕が庭を見ている間に客がきている可能性もあったから、今度から眠くなったら言ってくれ。店番を替わることくらいはする」


「ありがと。この時間に眠くなる事は殆どないから……庭は無事だった?」



 私が早起きしたのを知っているからか、リアンはそれ以上何も言わなかった。

いつもなら小言の一つや二つ絶対あるんだけどね。

今日だけじゃなくってお店を開店してから早起きしてばっかりだったし、大目に見てくれたらしい。



「今の所は無事だったが……警備用の結界でも張っておいた方がいいかもしれないな。宝石草も植えているし、薬の材料も植えている。貴族が店に来た時は『まかせて』としか言われていなかったが……ああいう荒っぽい手段だと逆恨みされても仕方がない」


「逆恨みなんてあるんだね」


「貴族は粘着質な暇人が多いからな。全く、そんな無駄なことをする暇があるなら真面目に執務や責務を果たして欲しいものだ」



やれやれ、と言いながらリアンはベルの居場所を聞き、地下には入らない様にしようと小さく呟いたのには少し笑った。



「八つ当たりをされたくないからな。君も近付くのは止めておけ。手負いの獣に手を出せばどうなるかくらい分かるだろう?」


「……ベルが聞いていたら斧の餌食になりそうなこと時々言うよね」


「君は言わないから大丈夫だろう。客が来るまで作るアイテムや準備するものを整理してみるか。その方が君も動きやすいだろう?」


「うん。トランクにいっぱい入れられるとは言っても……いらない物は置いて行きたいしね」



 採取旅の準備は楽しい。

早くベルも戻って来ないかな、と思いながら暫くリアンと持っていくアイテムについて話し合った。



 一時間後に買わずに帰って行ったお客さんが恐る恐る顔を覗かせていたので、少しだけホッとしたけどね。

リアンが丁寧に事情を説明するとお客さんも安心したのか、トリーシャ液や洗濯液を買って帰って行った。





ここまで読んでくださってありがとうございます!

 例の如く、誤字脱字変換ミスなどある可能性しか感じませんが(直してるんですよ…これでも)もし発見した場合は、誤字報告などで教えて下さると嬉しいです。


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