131話 開店のお祝いと(前)
とりあえず、後半もあります。
いっぱい、だすぞー!
四日目の朝。
朝食はオニオンスープと昨日のうちに作っておいたドリアを焼いた。
リアンも体調が戻ったらしく、美味しいと言って大盛で三回ほどお替りしていた。
なんでも今日から朝の訓練を始めたらしい。
「朝から体を動かすのは億劫ではあるが、店の事ばかりしていると体が鈍る。まして、採取に行くのが分かっているからな……今のうちに出来ることをしておこうと思っただけだ。雨が降ると体調を崩しやすくなるからその予防も兼ねている」
「じゃあ、出かける前に体を温める効果がある保存食とか作っておこうかな。お湯を注いで飲むホットドリンクとか」
「いいわね! そうだ、ワインも少し持って行かない? 劣化防止が付いていない収納バッグに入れて歩けば熟成も早まりそうだし、若くても料理には使えるでしょう?」
「それはいいな。ワインか……そういえば以前提案した所でも変わった葡萄を栽培していた筈だ。遠いから途中までは乗合馬車で行くことになるが、雫時にしか採れない素材や、その場所でしか採れないモノも多数あったと記憶している。問題点は宿がないことだな……小さな村や集落には宿泊施設がない所も多い」
「そういえば、どうしてリアンはそういう場所を知ってるの?」
食後には昨晩作った水出し紅茶を出した。
少し冷たいさっぱりとした癖のないお茶を飲みながらリアンの話に耳を傾ける。
「僕が知っている場所の殆どは、行商の旅をしていた時に世話になったからだ。一人で行商人の真似事をさせられていた時期で、一定金額を売り上げるまでは帰ってくるなと放り出された。ある程度資金の目途がついて、大きな街で商売をしようと思っていたんだが……運悪く、本来使う予定だった道で馬車同士がぶつかる事故が起こった。それだけなら本来通る道を通っていたんだが、事故を起こしたのが両方とも貴族だったらしく揉め事に発展しそうだと判断し迂回路を探して……」
「そこで見つけたのね。へぇ、面白そうじゃない。人があまり来ない場所だって言うなら珍しい素材もあるでしょうし……冒険者を警戒しなくていいのは助かるわ。その場所の治安とかはどうなの?」
茶菓子が欲しいな、と呟いていたリアンがベルの言葉で手帳を取り出す。
少し待っていて欲しいと声を掛けて自室に戻り、手紙の束を持って戻ってきた。
「手紙のやり取りはまだ続けているんだが、治安の方は変わらず平和なようだな。前年度、あまり麦の収穫量がなかったそうだから、ライムさえよければ小麦粉や調味料を多めに持って行きたい」
リアンによると若い人は春から秋にかけて遠くの大きな街に出稼ぎに行っているらしい。
お金や品物を送ってくる、とは言っていたがそれでも量は限られている。
嗜好品や衣類になる布なども不足気味らしい。
村に残っているのは老人と結婚して戻ってきた娘やその子供達。
村自体は穏やかで平和だから、と気に入って住み付く若い者もいるらしい。
「治安自体は驚くほどいい。なにせ、住人の殆どが引退した騎士や冒険者、腕に覚えのある職人ばかりだからな。元々村で生まれ育ったという者もいるが、移住した人は都会に嫌気がさしていたり、人間関係が煩わしくなり隠居の地として村を選んだ人が多かったな……まぁ、害がないと分かれば好意的に受け入れてもらえる」
どうだ?とどこか嬉しそうなリアンに私とベルは顔を見合わせた。
なんというか、少し意外だったんだよね。
ベルも感じてるんだろうけど、リアンってお金にならない場所に行きたがる印象がないから。
田舎で生活するよりも都会で不自由なく生活する印象が強い。
ベルを見ると私と同じ感想を抱いたのか難しい顔をしているので聞いてみた。
「私は別にいいけど、珍しいね。リアンって大きい街で不自由なく生活する方が性に合ってるって言うのかと思って」
「僕はどちらかというと田舎の方が好きだぞ。煩わしさがない。商売は好きだが、ある程度貯金ができたら田舎でのんびり薬の研究や実験をしたいと思っているくらいだ」
「あら、そうでしたの? 私は程よい田舎でのんびり狩猟と盗賊退治をして暮らすのが夢だったから、その考えは分からないでもないわね」
「………そ、そっか」
「まぁ、そうだろうな。ベルは」
のんびり田舎生活って言うのは分かるけど、そこに狩猟と盗賊退治が入るのがベルらしい。
はは、と乾いた笑いを浮かべている私たちを他所にベルは楽しそうだ。
夕食後に採取に行くための道のりや日数、必要なものを考えようということで営業準備に取り掛かる。
サフルは食事を終えて直ぐに庭の手入れをしに行った。
空き時間に洗濯や掃除もしてくれているみたいで、私たちは安心してお店に集中できるのでとても助かっている。
「開店までに少し調合出来そうだから初級ポーション作るね。お昼は地下にあるからいつも通り空いている時間に食べて」
「分かったわ。私はトリーシャ液でも作ろうかしら」
「僕は軟膏を作るか。中級ポーションはまだ数が少ないから公表は出来ないし、開店してから時間も経っていないから、客足がある程度落ち着いてからにしよう。タイミングによっては雫時に入る一週間前に限定で出してもいい」
ほぼ同時に立ち上がった私たちはリアンが食器を運んでくれたので、素材を取りに行く。
リアンの分も持ってくる、と声を掛けるとお礼が聞こえてきた。
(そういえば、前よりお礼言われること多くなった気がするな。ベルにもリアンにも)
なんでだろう、と思いつつお礼を言うのはいいことだしと気にしないことにした。
◇◆◇
開店準備を終えて看板を出すと直ぐにお客さんが入店する。
開店前に並んでいる人もいるものの、どの冒険者も喧嘩をせずに待っていてくれるからご近所から苦情も無し。
喧嘩をしないのは、騎士の人も紛れているからだろうとベルが言っていた。
どうやら彼らは勤務調整をして全員が店に来られるようにしているらしい。
そして今日は開店してまだ四日目だ。
この時期に少しでも多くの常連さんを確保しようと三人で色々考えた。
「いらっしゃいませ! 『おすすめセット』一つでよろしいですか?」
「おう、頼むわ。ここの回復薬は他の所より安いのに良く効くって聞いてよ」
ありがとうございます、と笑顔でお金を受け取ってお釣りを渡す。
『おすすめセット』って言うのは昨日の夜にベルの提案で作った詰め合わせだ。
回復薬二種類とオーツバーを購入上限分まとめて買える。
『おすすめセット』を作りました、と外の看板と商品棚に説明と一緒に書いたから見てくれた人は多い筈。
面倒な人はこれをカウンターで頼んで、他に買いたいものがあれば持ってくるだけでいい。
このセットに加えて回復薬を購入することはできないから、私たちとしても管理が楽なんだよね。
回復薬を単品で買って行くのは新人の冒険者や二度目の来店で補充しに来た人くらい。
商品もある程度の量を紙袋に詰めてあるから効率がいいんだよね。
袋詰め作業って地味に時間喰うし。
ある程度慣れて来たこともあって、お客さんと軽い挨拶をするくらいの余裕は出来た。
店内にいた最後の冒険者を見送って、暫くお客が落ち着くだろうと判断した私たちは商品の補充をしようと立ち上がる。
「私、ちょっと地下にいって商品持ってくる。最初はどうなることかと思ったけど、開店日に比べたらお客さんも落ち着いてきてるよね。欲しいものを決めてきてるって人も多いし」
「噂も広がっているだろうからな。簡易スープが好調だから今日の売り上げは多くなりそうだぞ」
「トリーシャ液や洗濯液も売れているわよね。ポマンダーの方がもう少し売れてくれた方が嬉しいのだけれど」
「リアンが作った男の人向けのトリーシャ液は、騎士の人が良く買って行くよね。小さい瓶だけど」
「既婚者が多いのが理由だろう。臭いは気になるだろうからな……そのうち女性用のトリーシャ液も買って行くから見ているといい」
ニヤリと口元を釣り上げたリアンに軽く引いているとドアが開いた。
地下へ足を向けていた私が振り返るとそこには見覚えのある三人が立っている。
「え。ラダット!?」
「久しぶり、でいいのかな。お店を開いたって聞いたから……腕試しを兼ねてコッチに来てみたんだ」
照れ臭そうに笑うラダットは、なかなか立派な服装になっていた。
ボロボロだった革鎧や武器も綺麗だし、服もそれらしいものに変わっている。
「ライム様、商品は私が補充しますので接客をお願いいたします」
動きを止めた私に気付いたらしいサフルが気を遣ってくれたので有難くカウンターに戻った。
カウンターに戻るとラダットの後ろにいたムルやチコも、私たちを見て嬉しそうに笑っている。
二人とも武器も服装も綺麗になっていたし表情も明るかった。
「皆さん、お久しぶりです。こんな立派なお店を開いてるなんて凄いですね! 今、冒険者の間でもこのお店結構有名で……仲良くなった子たちに色々聞いて欲しいって頼まれちゃいました。トリーシャ液って購入制限ありますか?」
パッとラダットを押し退けるようにカウンターへ身を乗り出したのはチコだった。
大人しい印象が強かったから、驚いている私にラダットが苦笑しながら、
「本当はコッチが素なんだ。あの時は色々重なって……僕らも塞ぎ込んでたって言うか、後ろ向きになっていたから驚かせたらゴメン」
なるほど、と納得した私の横でベルがチコを一般人向けの商品棚へ案内しているのが見えた。
交わされる会話の殆どが美容や今の流行など、私があまり詳しくない話だったけどね。
「ムルも久しぶり! 鉱石の知識とか色々教えてくれてありがとう。調合に役立った」
「そうか。あの時渡せるものなんて殆どなかったから……あれで手を打ってくれたのには助かったぞ」
「アレで、っていうけど素材に関する詳しい情報って普段なかなか聞けないから、私にとっては聞けるだけで嬉しいんだよ。キノコの話とかもいろいろできて楽しかったし、また採取に行きたいな」
「店を開いたなら、なかなか行けないだろう」
「うん。気軽には行けないけど、リアンが計画立ててくれてるから大丈夫かなぁって。雫時にちょっと遠出しようって話してるんだ」
ね、と隣で静かにしているリアンを見ると私を一瞥して小さく首を縦に振った。
機嫌が悪い訳でもなさそうだし、どうしたのかなと首を傾げるとリアンが口を開く。
「冒険者ギルドには行ったか? もし、何か素材を持っているなら適正価格で買い取るが」
そう言ってニッコリ笑った彼にムルもラダットも苦笑する。
変わらないなぁ、と言いながら素直に背負っていたリュックからいくつかの布袋を取り出した。
それを見たリアンは無表情でカウンターの扉を開いて、二人を作業台へ。
(意外と信用してるんだなぁ。分かりにくいけど)
リアンが工房の中に入れてもいいと思う程には、二人を信用しているのが分かって少し可笑しくなった。
サフルが木箱を抱えてきたので袋詰め作業に取り掛かったのはいいんだけど、直ぐにドアが開く音が。
パッと顔を上げるとそこには……中堅冒険者といった風格のある冒険者たちが立っている。
人当たりのいい笑顔を浮かべてこちらに歩いてくるけれど、自然と背筋が伸びた。
「すまないが、ここで『簡易スープ』と『美味いオーツバー』が購入できるというのは本当か?」
「ええと、簡易スープもオーツバーもありますけど」
美味しいかどうかは人によるし、と返事に困っていると話しかけてきた冒険者はニッと笑って懐から一通の手紙を渡してくる。
受け取って差出人を見ると『ケルトス冒険者ギルド副ギルド長 ロマティ・ニクス』と書いてあった。
「ロマティさん……あ、そっか。キノコ買ってくれた人だ。リアン、キノコ買ってくれたギルドの偉い人から手紙がきたよ」
おーい、とカウンターから工房の作業台で話をしているリアンに大きく手を振れば、呆れ果てた顔を向けられた。
リアンの後ろをラダットとムルもついてくる。
「ライム。君はもう少し緊張感と伝え方を学べ。確かにキノコは売ったが、ケルトスの副ギルド長からだと言えばいいだろう」
「そ、それはそうなんだけど……キノコを高値で買ってくれた印象しかなくって」
「はぁ。手紙をこちらに。冒険者の皆様、遠いところご足労頂き申し訳ないのですが、少し時間を頂けますか?」
「おう。構わねぇさ。『庶民』の錬金術師の店はなかなか評判もいいみたいだしな」
私とリアンの会話を見ていた冒険者の人達は、何故か微笑ましいものを見るような顔でニッコリ笑って店内に散っていく。
商品が少ないからすぐ見終わってしまうだろうな、と思っていると何やら真剣な顔で仲間と話し合いを始めた。
すべての商品を手に取っているので、椅子に座ってお釣りを用意しておく。
新人ではない冒険者や騎士の人っていろいろ買ってくれる人が多いんだよね。
物珍しさとか、今後の長旅に備えてって感じで。
(長旅前に買い出しするなら『錬金術師の店』へ最初に行くのが常識って言ってたっけ。最初に薬を確保するのが一番大事だからって)
錬金術師の店で買える薬は即効性が高く、生命の危機に瀕した時にないと困るらしい。
次に薬屋で薬を買って、防具や武器、行く地方によって適した道具などを買うのが一般的なんだとか。
予算は元々決めているから、その範囲内でいかに多く揃えるかが重要になってくるみたい。
(ベテランの冒険者が新人に説明してたから間違いないんだろうけど、改めてお金にシビアだよね。冒険者って)
私も一応『冒険者』のギルドカードを持っているから、ある意味で冒険者ではあるけれど。
店内の様子を見ていると、ラダットとムルがチラチラと冒険者たちを眺めながら何か話しているのが分かった。
不思議に思っている私の横でリアンが二人に視線を向けると、バツが悪そうに話していた内容を私たちに耳打ちする。
「今いる冒険者は『タイマスの王冠』だ。Aランクの冒険者で各国を旅してるんだけど、貴族籍を持たない冒険者としても有名で元々は貧困地域や小さな村出身者ばかり。必要に迫られて冒険者になったって本人は言っているらしいけど……人格者で僕らにとっては憧れそのものなんだ。まさか、生きてるうちに会えるなんて」
「彼らは凄い。強さもだが……気取らない所が凄い」
へぇ、と相槌を打ちつつ冒険者の人達を見る。
確かに熟練というか落ち着いていて頼りがいのありそうな人たちだなぁとは思うけれど、私にとっては騎士の人達や壮年の冒険者は割と似たような感じに見えるんだよね。
年を重ねてなお冒険者でいられるって言うのは、ある種の才能だから。
(一定の年になっても生きているだけで凄いと思うなぁ。いくら強くて有名でお金持ちでも死んだら元も子もない訳だし)
そんなことを考えながら有名なパーティーを眺めているとカウンターテーブルにコトッと瓶が置かれた。
「これをください!」
早く使ってみたい、と表情に書いてあるチコはトリーシャ液の中瓶を二つ選んだようだった。
紙袋は要らないと言われたので、お釣りと商品を渡せば大切そうに瓶をポーチへしまい込む。
どうやらここに来る前に大きな猪を仕留めたらしく、臨時収入を手にしたとの事。
「都会って物価が高いですけどモノを売るのにはいいですね。もっと色々狩ってきたかったけど……こういう大きな場所だと獲物自体が少ないから上手くはいきませんね」
「でも、良かったわ。このトリーシャ液はかなりお勧めなの。私も初めて使った時は驚いたわ。洗髪後のケアがほとんどいらないんだもの。今じゃ、リアンも私もこれを使ってるわ。ライムは元々トリーシャ液を使ってたみたいだけど」
「だから、ライムさんの髪はさらさらで綺麗だったんですね! ベルさんの髪も前より艶が良くなってて驚きました」
でしょう?と胸を張っているベルと楽しみだと言いながらポーチを撫でるチコ。
随分仲がいいなぁと思いながら試作で作った香草石鹸の小さい物を渡そうかな、とポーチに手を入れた所でさっきまで冒険者・騎士向けの棚にいた冒険者の女性が二人、ベルとチコの方へ足を進めていた。
「ねぇ、ちょっといいかしら。今、洗髪後のケアがほとんどいらないって聞こえたのだけれど」
「もしかしてソレが噂の髪が綺麗になる錬金アイテム?」
前のめり気味に質問をしてきた女性冒険者二人にチコが目を丸くして動きを止めた。
ベルは少し驚いていたけれどすぐに微笑んで、トリーシャ液の入った瓶をそれぞれ三つ彼女たちに見せる。
「そうですわ。これを使って髪を洗えばサラサラになりますの。いかがです? 香りもついていて、こちらから順に女性向け、一般向け、男性向けの香りになっております。男性向けの物は消臭効果がありますから、良く汗をかく職業の方にお勧めですわね。香りを確認して好きなものをお選びくださいませ」
うふふ、と笑いながら香りの見本を彼女たちに渡すベルはもう立派な販売員だ。
トリーシャ液の勧め方がとんでもなく上手い。
女性向け商品の販売にはベル、洗濯液や石鹸といった生活用品と食品は私、薬関係はリアンが主に説明と接客をしてるんだよね。
商品自体が少ないから全員満遍なく接客も説明もできるけど。
ベルがサラサラになった髪を触らせて、女性冒険者は目の色が変わり大瓶でトリーシャ液を購入することに決めたらしい。
サラッと中瓶を手に持って呆気に取られていた男性陣に押し付けていたのには笑ったけど。
「このお店、気に入ったわ。このトリーシャ液ってこのお店でしか買えないのよね? 支店を出したりはしないの?」
いつの間にか洗濯液と石鹸も手にしていた女性冒険者の一人が、カウンターに商品を乗せながら首を傾げる。
実はこういう質問、結構多いんだよね。
「僕たちはまだ学生の身分ですので……今の所手広く商品を扱う予定はありません。雫時には採取に行く予定ですし、進級の為の試験などもありますから」
ニッコリとリアンが営業スマイルを浮かべて答えると、今まで静かにしていた頭の良さそうな男性が口を開いた。
へぇ、と感心したように改めて店内を見回して私たちに視線を合わせる。
「副ギルド長が熱心に勧めていたのでどれほどのものかと思っていたのですが、これならば納得ですね。このように通いやすい『錬金術のお店』は初めてです。商品の品質は問題ない上に、値段もかなり良心的……それに加えて便利なオリジナル商品まで複数あるとは」
感心したような声に思わず口元が緩む。
それに気付いたらしい手紙を渡してきた大柄な男性がニッと歯を見せて笑う。
「副ギルド長のおつかいとは別に俺たちも商品を買えるのか? 購入制限があるようだが」
「本来ならばお断りするのですが、手紙もありますし転売目的ではないと分かっているのでお売りできます」
そう答えたのを聞いて彼らはそれぞれ自分の気に入ったものをカウンターに乗せた。
彼らは『おすすめセット』に加え、簡易スープや錬金クッキー、虫よけポマンダー、トリーシャ液、石鹸、洗濯液と全ての商品を購入上限まで購入するという。
驚きつつ袋に詰めていると、リアンがカウンターの下に隠してあった中級ポーションを一つ取り出した。
「それは?」
「これは『中級ポーション』です。まだ商品棚には並べていません。数の確保が難しく調合に時間がかかるので、ギルドランクがC以上ある方に売ることにしました。皆さんはAランクとの事。数がないので、一つしか売れませんがそれでも宜しければいかがでしょう。価格は銀貨十二枚です」
品質はCですよ。
と笑うリアンに大柄な男は目を丸くしていたが、すぐに大きな声で笑い始めた。
「ダハハッ!! 流石これだけの品物を売ってるだけあるなぁ! 俺らのことを知った上で“店頭価格”でアイテムを売るなんて。気に入った、買うぜ」
「人を見て値段を釣り上げるなんてことはしませんよ。回復アイテムは“万が一”の時に命を取り留める大切な手段ですからね。この店も売り上げが悪ければ続けられませんし、なにより皆さんは常連になっていただけそうなので」
そんなことをしれっと言いながらお釣りを渡そうとしたリアンに、彼は『釣りはいい』と手のひらを向ける。
まぁ、リアンは気にせずお釣りをその手に握らせたけどね。
「随分しっかりなさっていますねぇ。普通ならここで受け取りますよ」
頭の良さそうな男性が感心したような、呆れたような顔でリアンを見る。
私もベルも『リアンらしいなぁ』と思っていたので思わず笑ってしまった。
「す、すいません。リアンはいつも『商売は誠実に。値切りは徹底的に』って言ってるので。お釣り、いっぱい貰っちゃうと計算する時に困るので……気に入ったらまた来てください! そのお釣り分で色々買ってくれると嬉しいです。お勧めは食べ物ですね。オーツバーとか甘くて美味しいですよ」
「私はトリーシャ液が断然おススメですわ。長旅だとどうしてもケアが疎かになりますもの。荷物や手間は減らしたいですし」
「―――……まぁ、そういう訳です。ああ、中級ポーションについてはあまり広めないで下さると助かります。相応しい相手にしか売る気はありませんから」
きっぱりと笑顔で言い切ったリアンに冒険者の人達は顔を見合わせてそれぞれ笑い始めた。
本当なら「失礼だ」って怒られそうなんだけど、『錬金術師の店』だから何の問題もないらしい。
(職人の中には自分が認めた相手にしか商品を売らないって人も多いから、ベテラン冒険者になれば慣れているのかも?)
大柄の男性はお釣りを受け取って、代わりに紋章入りのハンカチを取り出した。
意外にもキッチリ皺もなく折り畳まれたそれに、私は首を傾げる。
「俺たち『タイマスの王冠』はこの店を贔屓にするっていう、証みたいなもんだ。これをどっかに飾っておけよ。牽制程度にはなるだろ。学生でこんだけしっかりしたモンを作れるのに貴族じゃねぇとなりゃ、貴族連中からのちょっかいもあるだろうさ。ある程度の面倒ごとはな『繋がり』を強調すりゃ避けられる。俺らを利用して、長く店を続けてくれ。その内、中級ポーションよりも効果の高いポーションも作るんだろ? それに、副ギルド長が絶賛していた食い物もあるしな」
困ったことがあれば言ってくれ、と言いたいことを言って大柄の男性が商品を掴む。
それを確認したからか、店にいた面々も楽しそうにおしゃべりをしながら工房を出て行った。
「なんか、色々すごかった」
不意に口をついて出た声に、その場にいた全員が首を縦に振ったのは言うまでもない。
冒険者追加になりました。
ただ、彼らはあんまり出てこない筈。たぶん。
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