110話 無知と燻る火種
予想外に重たい雰囲気。
おかしい……気楽な調合話はどこへ……(汗
次回は調合回になる予定です。
私は今、一番街と二番街を繋ぐ路地を歩いている。
一番街と二番街両方の商店街で朝市は開催されていた。
朝市には、既存の店が商品や朝限定のメニューなどを並べて売る『出店』と、店を持たない商人が商品を売りに来る『露店』がある。
私たちが足を止めた所は丁度、露店ばかりが並んでいる区画だった。
荷馬車や荷台の前に沢山の木箱を重ね、取り扱っている商品名を小さな黒板に書き出した物を見やすい位置に立てかけてあるので、買い物をする側としては利用しやすい。
手慣れている人も多いみたいで、そういう人は積極的に行き交う人へ声を掛け、商品を売り込んでいるので歩いているだけでも面白かった。
(やっぱり市場って賑やかだなぁ)
ひっきりなしに聞こえる呼び込みの声や、値引きを求める客と高く売りたい店側の攻防も耳に入って来るので、中々に賑やかだ。
「あの服装はどう見ても貴族だろ。貴族が朝市で値下げ交渉するのは珍しいから、トラブルにならないかどうか気になって見てただけなんだけど……知り合い、みたいだな」
「入学式の時に話したんだ。貴族は貴族だけど、下流貴族だって言ってたよ。同じ工房生だから、遣り繰りしなきゃいけないし値下げ交渉位するって」
やだなぁ、と笑えばエルもイオも顔を見合わせて凄く変な顔をした。
どうしたんだろう、と首を傾げるとエルが少し困った顔で首を横に振る。
「いくら下級貴族でも『自分で』そういう事をするヤツは少ない。一代限りだったり、成り上がりタイプの貴族ならあり得るけどな」
「家紋を見る限りでは代々続く貴族家系みたいですね。どういう事情があるのかはわかりませんが、貴族としての教育をしっかりされていれば奴隷や使用人に頼んでいる筈です」
へぇ、と相槌を打ってはみたけど、使用人や奴隷を使ってるクローブの姿がまるで想像できない。
なんだかな、と思いつつ買いたいものがあることを思い出した。
古書店は早い者勝ちで、売れてしまえばいつ入ってくるかわからないって、ミントやリアンに教えてもらったからね。
「他所の工房のことだし、人のことあれこれ考えてもどうしようもないって。それより、早く『オグシオ書店』に行こうよ。イオが教えてくれた本探したいし、見つけたらリアンも見てみたいって言ってたんだ。ベルにも見てもらいたいし、それだけじゃなくて革紐とかネックレス用のチェーンも欲しいんだよね」
それが済んだら調合もしなきゃいけないし、とやるべきことを口にする。
人の工房に首突っ込んであれこれ言っても、揉め事にしかならなさそうだから、あんまり関わりたくないんだよね。
(意識してなかったけど、他の工房にも貴族はいるんだよね。私は貴族とか階級とか気にならないし気にしてないけど、私の所為でベルとかリアンが困るのは嫌だ)
ほらほら、と急かすように数歩踏み出す。
「ねぇねぇ。ここから最短で古書店に行くならどの道を通ったら……――――」
いいのかな、と振り返ったのがいけなかったのかもしれない。
通り過ぎた露店に背を向けて荷物を持った、クローブと目がバッチリあった。
私もだけど、クローブは私以上に驚いていて目が真ん丸になってる。
「ら、ライム……? まさか会えるなんて」
行き交う人を避けながらこちらへまっすぐに近づいてくるクローブは、やけに嬉しそうだった。
緑色の瞳がキラキラ輝いていて、手に持った結構大きな樽なんてものともしていない風だ。
一直線にこちらへ向かってくる上に目も合ってるから、逃げるという手段はすでにない。
あちゃー、と思わず頭を抱えそうになったけど……面倒ごとを持って来てるとは限らない、と自分に言い聞かせて手を振ってみる。
さっきまで楽しく話していたエルとイオは、クローブへの警戒を隠すことなく護衛らしい顔つきになっていた。
「ひ、ひさしぶりー。ええと、あの酷い交流会以降、だよね」
「確かにあれは酷かった。俺ですら『拙い』対応だったと思ってる……すまない、止められなくて」
友好的に、と言い聞かせながら絞り出した言葉だったんだけど、クローブは真面目な顔で腰を折った。
謝られている、と気づいて慌てて顔を上げてもらったけれど真剣な表情は変わらない。
どうしたものかと困っているとクローブの後ろから女の子の声が聞こえてくる。
「あ、あのぅ、すいません……今お会計を終わらせ……っ!? え、ど、どうして、ここにいらっしゃるんですか?!」
ぎょっと目を向いた女の子は確か、最後の庶民出身者だったはずだ。
貴族じゃないのは全員で三人しかいない筈だ。
私と、リアンと目の前にいる女の子。
「いらっしゃる、って私のこと? エルとイオのこと? 私もだけど二人とも貴族じゃないよ。まだ騎士でもないし」
騎士科の生徒ではあるから将来は騎士になると思うけど、と言いながら二人を見るけど表情一つ動かさない。
二人とも武器に手をかけていつでも抜けるようにしつつ、じっとクローブを警戒しているみたいだった。
(クローブは両手が小さい樽で塞がってるから、戦えないと思うけど)
それでも護衛って言う仕事は警戒しなきゃいけないんだね、と何とも言えない複雑な気持ちになりながら話を切り上げるべくクローブと女の子に笑顔を浮かべた。
「私、まだ買わなきゃいけないものがあるからそろそろ……――」
行くね、と続けようと思っていたのに、クローブの声に遮られた。
「少し話がしたい、というか聞きたいんだけど……少しでいい。付き合ってくれないか」
「えっと、本売り切れるかもしれないし」
「先に本屋へ行ってからでもいいんだ。頼む」
そう言って頭を下げたクローブ。
人の多い場所で貴族だとわかる服装の彼が頭を下げているのはまずいんじゃ、と慌てて頭を上げるように伝えるけど
助けを求めるように女の子へ視線を向けたんだけど、女の子もクローブ同様慌てて頭を下げてきた。
うっかり、そうじゃなくて、と言いそうになったけど何とか言葉を飲み込む。
「と、とりあえず移動しようっ! すっごく目立ってるし、通行の邪魔になりそうだもん。それから話に付き合うのは一時間だけ。私も予定あるし」
「わかった。先に本屋……となると『オグシオ書店』か。話は『緑の酒瓶』でさせて欲しい」
うん、と頷いて私の少し前を歩き始めるクローブの背中を追いかける。
エルとイオは私を守るようにぴったりと前と後ろに張り付いてくれていた。
楽しそうな顔で談笑しながら歩く人が多い中、クローブと女の子の顔色は悪くてどこか疲れ切っているように見える。
(初めて会った時はこんな感じじゃなかったような気がするんだけど)
どうしたんだろう、と首を傾げつつオグシオ書店に入る。
時間が惜しかったので、読書をしつつ店番をしていたらしい店主のオグ爺ちゃんに本のタイトルを伝えた。
久しぶりだのぉ、と嬉しそうに笑いながら同じタイトルの二つの本を見せてくれた。
一つは古く、もう一つは新品みたいに新しい。
「どちらも同じ本じゃ。値段も変わらんから、好きな方を選びなされ」
とりあえず新しい方の本を少しパラパラと捲って、次に古い方を捲ってみる。
古い本には前の持ち主らしき人の書き込みがあった。
普通なら価値が下がりそうなモノなんだけど、補足情報として実際に採取する際のコツなども書いてある。
(古くて書き込みがあっても価値が下がってないのはコレがあるからか。本の装丁もしっかりしてるし、ボロボロではあるけど痛んでるのは外だけ……買うならこっちだね)
「値段はどのくらいですか? 使えるならコレ使いたいんですけど」
「ふむ。ソレを持っとるなら割引して金貨1枚になるの。このシリーズは割と人気があってなぁ」
冒険者やら騎士やらが良く買って行く、と機嫌よさそうにお爺さんが笑う。
古い本を受け取ってポーチに仕舞って、アクセサリーや細工系の本がないか聞いてみた。
お爺さんは少し考えてから、カウンター周辺に積み重なった本からヒョイヒョイっと数冊取り出して広いカウンターへ並べていく。
「ここらが細工系の本じゃ。錬金術に役立ちそうなのはこの二冊かのぅ」
一冊は『世界の宝石図鑑』というタイトルで宝石の加工の仕方や管理、性質などによる変化や魔力含有量についての記載があった。
もう一冊は細工師向けに書かれた『細工師入門』。
金属の種類による扱いやすさや加工する時のコツなんかも書いてある。
解説用に絵が描いてあるので凄く助かる。
「買います」
「三冊で金貨四枚じゃなぁ……うちでは金貨2枚以上からひと月取り置きもしとるんじゃがどうする?」
「大丈夫です。臨時収入があったんで」
値引き前の金額も教えてくれたけど、結構な値段だった。
心の底から割引が利いてよかったと思いつつ、支払いを済ませて店先で待っていた護衛二人とクローブたちに駆け寄る。
『緑の酒瓶』に行くまでの道に道具屋と雑貨屋があるので、コチラにも寄った。
あまり高くなく、丈夫な革紐やチェーンを買って『緑の酒瓶』へ。
賑やかな道を歩いているのに私たちの間に会話はない。
(い、居心地が悪いなぁ。エルとイオは護衛中だからあまり話さないって言うのは分かるけど、クローブも女の子も元気ないし)
改めてクローブや女の子を観察してみて、気付いたことがいくつかある。
二人とも薄汚れてるのだ。
それに寝不足なのか顔色が悪い。
よく見るとフラフラしている。
クローブのマントには土がついていて、少し不思議に思った。
◇◆◇
朝早い時間帯だからか、それほど店内は混んでいない。
クローブは店内を見回して店の一番奥、目立たない所に足を進める。
私と女の子、そしてクローブが座った。
エルとイオは私の後ろに立ったまま動かない。
(護衛中ってこんな感じなんだ。違和感が凄い……あと、後ろ凄く気になる)
チラチラ振り返っていると、エルとイオが困ったように苦笑してた。
振り向くのはダメか、と思っていると店員さんが注文を取りにくる。日中によくお店で見かける人だった。
「ご注文はどうしますか? 軽食のセットもございます。お勧めはスコーン2つとジャム、アルミスティーのセットで銅貨5枚ですよ」
「(高いのか安いのかさっぱりわからないけど、スコーンなら家で作れるし)私はアルミス茶でお願いします。二人は?」
「……あー、俺も同じでいい」
「わ、わたしも」
かしこまりましたと笑顔を浮かべて去っていく店員さんを見送って、代金を財布から取り出しておく。アルミス茶は銅貨一枚の一番安いメニューだけど、喉が渇いた時に飲むくらいなので問題なし。
直ぐにアルミス茶を運んできた店員さんにお金を払って、カップを受け取る。
アルミスティーは錬金術で作ったもの、アルミス茶は【アルミス草】を乾燥させて煮出したものだ。
アルミス草の他にも色々混ぜてお茶にするところも多い。
熱々のお茶を一口飲んだところで、クローブが口を開いた。
表情は暗いのに目だけが妙にギラギラしていて少し、怖い。
「―――……ライムん所は、大丈夫なのか?」
「大丈夫、って何が?」
質問の意味が分からなくて首を傾げる。
私の表情や動作を観察していたクローブは、数秒後には小さく息を吐いて疲れたような笑みを浮かべた。
「いや、なんでもないならいいんだ。そういえば、そっちには学年主席もいるし問題はなさそうだな。交流会でアイテム見せてもらったけど、アルミスティーなんてすげぇもん、作れるんだろ?」
「まぁ、リアンがいるから経営とかもある意味安心だけど、まだ開店してないから何ともいえないよ。アルミスティーはちょっと難しいけど、調合していれば誰でもそのうち作れるようになる物だし。ねぇ、それよりもなんで私と話したいって言ってたのか教えてよ」
「悪いな。あーっと、そうだな……とりあえず、先にマリーの話から聞いた方がいいか。工房での生活について、というか境遇についてだ」
マリー、と呼ばれた女の子はビクッと薄い体を跳ねさせて、おどおどと落ち着きなく私を見た。
灰色がかった淡い黄金色の髪はぼさぼさだった。
長い前髪の間から見える暖かい茶色の瞳がうろうろと逃げ場を探すように泳いでいる。
何かを言おうとしては、口を噤むのを繰り返しているのを不思議な気持ちで眺めながら、浮かんできた疑問を口にしてみた。
「確か女の子ばっかりの工房生だよね。私と同じ庶民の」
「はっ、はいぃぃ!! ま、マリーポット・スイレンとも、申しますッ!! ライム様とお話しできてこ、光栄ですぅ」
「ライムでいいよ。貴族じゃないんだし、そもそも様付けてもらえるような事なにもしてないもん。マリー、でいいんだよね。話ってなに?」
何かあったのかと聞けば、言いにくそうに口を開いた。
まだびくびくしてはいるものの、彼女の言葉は私にもわかりやすくて、頭がいいんだなと漠然とした感想が浮かんだ。
ベルやリアンもだけど、頭の回転が速い人の会話って要点がしっかりしてて分かりやすいんだよね。
「じ、実は……私とクローブさんの工房が上手くいっていないんです。講師の方から聞いているかと思うのですが、結構酷くて」
マリーの話で思い出したのは『工房見学』の話だ。
「もしかして、ワート先生に『日常生活を見せてほしい』って言われてるのと関係ある? 私は良く分からなかったんだけど、リアンとベルは何となくわかったって言ってて……工房に来るって聞いた時、てっきり調合してる所や素材庫を見せろって言われるのかと思ったんだけど、なんかいつも通りの会話とかを見せて欲しいって言われて驚いたんだよね」
イマイチ良く分からない、と呟けばマリーもクローブも俯いた。
具合が悪いのかと思って二人の様子を窺っているとマリーが先に顔を上げる。
「ワート教授がそういう提案をされたのは、私たちの工房が根本的にうまく回っていないからなんです。各工房には上流貴族がいます。ライム、さんの所にはハーティー家のご令嬢一人だけですが、私の所には貴族が二人、クローブさんの所は三人とも貴族です」
あまり気にしてなかったから忘れていたけど、確かにそうだ。
そうだね、と相槌を打つとホッとしたようにぽつりぽつりと話し始めた。
「―――……私の所では、工房のことは全て上流貴族であるクレインズ様が決定します。中流貴族であるノクリン様は、彼女の取り巻き、というか……毎日お茶会をしたり、実家に帰られたりと自由に過ごしていて……」
「え、それって調合してないって事?」
「い、いえ!! 調合はなさっています。お店は開いていますし、殆ど買いに来るのはクレインズ様たちのお知り合いや貴族の方ですが」
「でも調合しててお店開けてるなら問題ないんじゃないの? 根本的に上手く回ってないってどういうこと? それで言うなら私たちの工房なんてまだ開店すらしてないよ」
今日販売はしたし、リアンの知り合いだって言う何人かや冒険者の人とかにアイテムを売りはしたけど……と呟くとマリーは困ったように笑う。
「ライムさんの所では、誰が食事を作っているんですか」
「ご飯関係は全部私だよ。朝昼晩、あとオヤツとかも」
私の答えを聞いたマリーはチラッとクローブを見てから、直ぐに口を開く。
「では、掃除や洗濯、食材や消耗品の買い出し、工房の運営状況の報告は誰がされていますか」
「えーっと、リアンとベル……あ。最近仲間になった奴隷のサフルが三人で分担してやってる。工房の運営とか商品の発注を掛けたり、在庫管理するのは大体リアンだけどね。ベルは、学院と話をしたり面倒な貴族関連のこと全部してくれてるし、片付けとか荷物運びとか力仕事を担当してるよ」
「奴隷がいるのか……店を開いていないのにどこからその資金が」
「あー、買ったわけじゃないよ。盗賊討伐した時に戦利品ってことで契約して……えーと、役割分担がどうかしたの?」
驚いているクローブに一応訂正をしつつ、マリーに向き直ると暗い顔でカップを見つめていた。
カップを持つ手は見てるだけで痛くなるくらい荒れている。
よく見るとクローブの手も同じくらい荒れていた。
「あの、もしかして……なんだけど、マリーとクローブに全部押し付けてる、とか」
「私の所は……そうです毎月報告前になると赤字の金額を報告して、その分のお金をクレインズ家の方が補填する形でアイテムを買って行かれるので……学院側には問題がある様には思われていないかもしれません」
「俺の所は、雑用は俺ともう一人の貴族……中流貴族のヘッジと分担してる。と言っても、無茶振りされるのは主にヘッジだな。書類と学院への報告はヘッジが全部やってて、アイツの世話も引き受けてくれてる。俺は貧乏だったから洗濯とか掃除、あと簡単なモノなら作れるからそういう風に分担することになった……最近はそれに加えて森だの草原だのに採取しに行ってる」
ぽかん、と口を開ける私を見て二人は何とも言えない顔で笑う。
マリーなんて泣きだす手前みたいな笑顔だ。
「……と、とりあえず、コレ食べて二人とも。顔色悪いよ」
ポーチからクミルのクッキーとジャムを塗ったパンを渡した。
パンは半端で小腹が空いた時に食べようと思ってたものだから問題なし。
ジャムも大量に作ったから大丈夫だろう。ジャム付けなくてもパン食べられるしね。
クミルのクッキーは三枚ずつしか渡せなかった。
木皿にのせて渡したんだけど二人とも少し躊躇して、直ぐに心配そうに私を見る。
「いいのか? これ、ライムが食べる分なんじゃ」
「そ、それに数が合わなかったりしたら怒られませんか?」
「クッキーも直ぐに作れるし、ジャムもパンも沢山作って余ったやつだから大丈夫。リアンもベルもこの位じゃ怒らないよ。お節介だな、とか言って呆れはするかもだけど」
いいから早く食べて、と言えば二人は店員を気にしながら急いでパンを手に取って食べ始める。
二人とも恐る恐る、一口かじって、そこからは速かった。
マリーは「あまい、おいしい」と泣きながら食べてたし、クローブの目もどこか潤んでいる。
見てるだけで心臓がギュゥっと絞られるような、締め付けられるような苦しさを感じつつ、小さな袋にパンを2つ、もう一つの袋には4つ入れて二人の前に置いた。
「余計なお世話だと思うけど……帰ってから食べて。クローブの方は中流貴族の人の分もあるから。少なくてごめんね」
二人とも泣きそうな顔で私にお礼を言って、袋を膝の上に置いた。
パンはあっという間になくなって、クッキーは二人とも一枚食べた後、小さな紙に包んでポーチに仕舞い込んだ。
「その、悪かった。食い物恵んでもらうつもりはなかったんだ」
「恵んでって……私だってそんなつもりで渡したんじゃないからね! 友達がお腹空かせてて、手元に余分なパンがあったらお裾分け位するでしょ。ご飯食べられないのは辛いって知ってるし……気にしないで。あと、袋はそのうち返してね」
クローブの言い方が妙に、彼らしくなくってムッとした。
あった時はもっと、こう気安く話せる感じだったんだよね。
貧乏、とは言ってたけど私と同じ感覚を持っているみたいで嬉しかった。
あんまり貴族をよく思っていない所も、飾らない態度や口調も私にとってはありがたかったっけ。
周りには性格悪そうな貴族ばっかりしかいないと思ってたから、余計。
それから、少し二人の話を聞いた。
「雑用ばっかりで奴隷みたいに生活してるって言うのはわかったけど、調合は?」
工房にいる最大の理由と強みは自由に調合出来ることだ、と私は思ってる。
だから、そう聞いたんだけどマリーはゆっくり首を横に振った。
「私は、お金がなくて素材が買えないので、一週間に一度できればいい方です。オマケでもらう香草や貴族様たちが使った後の素材で使えそうな物をかき集めて調和薬を作ってます。お店に出せるような物は作れないんですけど……少しでも勉強したくて」
「俺は、殆ど工房にいないからな……何回かはヘッジと一緒に作ったけど、一度品質Aの調和薬を作ってから調合釜を使うなって言われてさ。別に俺はあいつが何言っても無視できる。でも、それじゃあヘッジが困る。あいつの両親、タンジーの家から金を少し借りてるそうだ。理由は領民の生活を守る為に、仕方なくって所だったらしいんだが……まぁ、圧力掛けられると領地経営が立ち行かなくなる。ヘッジも俺も弟や妹がいる。俺らみたいな金のない貴族は、何とかして稼がないと領民や家族が暮らしていけなくなる。そうなりゃ、家族の誰かを売らないとやっていけねぇ……俺が売られるならいいさ、でも高く値段が付くのは女だ。妹たちを売るのだけは避けたい」
真剣な顔のクローブとマリー。
マリーは地方の教会出身者なんだけど、育ててくれた教会のシスターが高齢で病気がちらしい。
出稼ぎをしつつ、薬や日用品なんかを送って教会を支えているそうだ。
「錬金術師になればある程度稼げるからな……それまでは、どうにかって思ってたんだが、そろそろ限界だ」
「私も、もう限界で……先生に話をして、工房生ではなく一般の生徒に成れないかって相談したんです。お金は、かかりますけど空いている時間に働けば今よりずっと…」
「俺も、ヘッジも限界だと思った。だから、ワート教授に相談しに行ったんだが、そこでマリーと会って……教授たちから『見学会』が終わって一か月の猶予をって言われた。もし現状が変わらなかったり悪化するようなら、色々融通を聞かせて一般の生徒として受け入れるってことで話がまとまってる」
そこまで話をして冷めつつあるお茶を二人が口に含む。
私はと言えば、想像もしなかった他の工房の状態に開いた口が塞がらない。
「で、ライムと話したかったのは、『本当に』そっちの工房はちゃんと回ってるのか聞いてみたかったからだ。余計な世話だとは思ったんだけどよ、やっぱりな……ライムは嫌なやつじゃねーと思ったから、ずっと会えないかと思って探してたんだ」
「大丈夫そうで安心しました」
そういって嬉しそうに笑う二人にどうしようもなく居た堪れない気持ちになった。
世間知らずだ、非常識だと言われてはいたけど今初めて「その通りだった」って実感してる。
私が『普通』の生活をしていると分かった二人は、肩の力を抜いて冷めてしまったお茶を大事そうに飲んでいた。
その様子を見て、無意識にポーチの中を漁っていた。
クッキーやオーツバーを掴んでから我に返って、手を離す。
(今、二人に食べ物を渡しちゃダメだ……さっきのはいいけど、こんな気持ちで渡したものは「お裾分け」じゃなくてただの「施し」にしかならない、よね)
難しいことは分からないし、私に何かできる訳じゃないのは分かっていた。
でも、同じ工房生で庶民だったり初めて話しかけてくれた友達が苦しくて、辛いところにいるのに何もできないという事実がどうしようもなく重い。
(おばーちゃん……人と関わるって、友達が増えるって、いい事ばかりじゃないんだね。なんにもできないよ、私)
笑顔を崩さない様に気をつけながら、私はきつく両手を握りしめた。
それから、お茶を飲み終わったのを見計らって渋る二人の手に、元々持っていたアルミス軟膏を塗って治療をした。
アルミス軟膏は、小さな傷ならすぐに治してしまう。
錬金術で作った物なので、塗ったそばから痛みも傷も消えるので、手が荒れる人にとってはとてもありがたいアイテムだと聞いたことがあったからだ。
二人には実験を兼ねていると話をして、使ったんだけど本当に一瞬で手が綺麗になった。
半端な量になってしまったアルミス軟膏は小さな瓶に半分に分けて持たせた。
一時間が経ったので『緑の酒瓶』を出る。
入り口で手を振って笑顔で別れた。
遠ざかっていく二人の背中が見えなくなってから、工房に戻る為歩き始める。
けれど……エルやイオに何かを話す気にはならなくって、ただ、敷き詰められた石畳や錬金レンガを睨みつけ足を動かした。
リアンとベルの顔がずっと脳裏をよぎったけれど、私は二人にこの話をしないと決めた。
エルとイオにも「言わないで欲しい」とお願いをしたので、多分大丈夫だろう。
―――……私は、恵まれている。今も、昔も。
ここまで読んでくださってありがとうございます!
結構人物が増えてきました……。
そして、勢いに任せて書いているので色々とかみ合わない場所も……ああ、恐ろしい。
何かお気付きになったことがあれば、教えてください。
回答及び加筆修正など常時行います! ご、誤字脱字変換ミスなどの報告も毎回助かっています……なんであんなに間違ってるんだ……見直してるんだけどな……勢いでバーッと書くからなのか、時間ないまま投稿するからなのか……難しいです。