3.
考えすぎて知恵熱で寝込む、ということもなければ、泣きわめき醜態を晒して入学をなかったことにする、ということもなかった。私は淡々と夏の日を過ごし、必要なものを買い揃え、荷造りを行い、学園入学に備えた。少なくとも表面上は。
私は王都に男爵家が所有するタウンハウスから通学することになっていた。御者兼門番だけ残し、男爵がタウンハウスに常駐させている使用人を引き上げる。そこに私とばあや、それに私付の女中が二人引っ越す。
王立学園には寮がある。全属性持ちの私を入学させるにあたり、学園側は寮の特別室を提供すると打診してきた。寝室に加えて今と客間、使用人室まである高待遇である。本来であれば超高額寄付者か高位貴族でなければ利用できない部屋だった。しかしわたしが望んで辞退した。アラゴン公爵令嬢と隣室になる可能性が恐ろしく高い部屋だったからだ。なぜかそう思ったかというと、ゲーム本編がそうだった。毎日悪役令嬢(アラゴン公爵令嬢の実態がそれとかけ離れていたとしても)と隣り合わせの生活では私の心臓が持たない。
一般寮への入寮は学園側が渋った。その様子を見て、恐らく寮では身分や貧富の差に起因するさまざまなことがあるのだろうな、と私は推察した。それを指導、と呼ぶか、いじめ、と呼ぶか、傷害、と呼ぶかは、見る者の価値観や信念によって異なる。ともかくそんなようなわけで、私は寮ではない別個の住居を自ら用意する必要が出た。すると渡りに船とばかりに男爵がタウンハウス居住を打診してきた。使用人を常駐させておくのにも元手がいるから、遊ばせておくよりは娘に使わせたほうがよいとでも考えたのだろう。
「そこで、寝室なのだが」
男爵は言いにくそうに切り出した。私と男爵は男爵の書斎にいた。執務テーブルの脇にはリスのように愛嬌のある顔をして、キツネのように抜け目のない性格をした秘書が立っていた。
私は男爵の言いたいことを察した。私にも異存はなかった。
「今まで通り、屋根裏を使わせていただければと存じます」
私の返答に、秘書がおやという顔をしてほんの少しだけ片眉を上げた。
ヒーバー男爵家のタウンハウスは円形広場に面した建物の一角を占めている。高祖父である初代ヒーバー男爵が爵位を賜る前に手に入れた、当時はヒーバー家の居宅であった。タウンハウスの例に漏れず間口は狭く、奥に細長い。一階には応接間と晩餐室があり、それで手一杯である。二階には客間がふたつ。三階が主寝室と家族の水回りがあり、その上の屋根裏が子供部屋と使用人室だった。王都滞在の折りにはメアリと私、それに弟のジョージが二人のばあや(ひとりは私付、もうひとりはメアリとジョージ付である)と女中たちと一緒に屋根裏に詰め込まれる。なかなかに手狭だ。ちなみに厨房は地階である。料理人はギルドからの通いであった。
「それでいいのか」
男爵が意外そうに尋ねた。学園在学中限定とはいえ、私がタウンハウスの主人役を務めるのである。主人が子供部屋に詰まっていては威厳がない。
「主寝室にしても、お客間にしても、十三の子どもには分不相応でございます」
私はにっこりと笑って答えた。元来前世の記憶とともに生きている。あまり絢爛豪華なものは落ち着かないのだ。そもそもまた来年の社交シーズンになれば男爵夫妻もタウンハウスに頻繁に滞在するわけで、その際に私が主寝室を占拠しているようでは困るのである。
「替わりというわけではございませんが、図書室へは自由に出入りしてもよろしゅうございますか」
応接間の続きで図書室がある。扉はなく、応接間から直接出入りする形になる。応接間は普段鍵がかかっているので、子どもが本を取りたい場合は鍵を持つ人に開けてもらう必要があった。鍵の管理は、上流階級では夫人の役目である。
「構わない。好きに使いなさい」
男爵は鷹揚にうなずいた。
タウンハウスの鍵は正妻から直接渡された。出立の前夜のことだった。
「あなたのことですから、心配はいらないと思いますが」
正妻は表情を顔に載せずに言った。私は思わず淑女の礼を取りたくなったが、あまりにも他人行儀すぎると思い直して頭を下げるにとどめた。
「夫人のご期待を裏切らないよう尽力いたします」
マアム。正妻のことを私は常にそう呼んだ。母の雇い主であり父の配偶者である人物に対しての、精いっぱいの敬意である。
「母とお呼びなさい」
相変わらず正妻は淡々と言った。私は顔を上げて正妻を見た。無表情の隙間からその意図を読み取ろうと努めた。
「学園であなたが私のことを何と呼ぶかと、体裁を気にしているわけではありません。あなたはアリスの娘でもありますが……」
正妻は言葉を切った。アリスとは、私の母の名前である。
「旦那様にとっての自慢の娘です。そしてわたくしにとっても、常にそうでした」
表情は変わらなかった。しかし目が笑っていた。私は思わずまた頭を下げていた。なぜ今、という疑問は浮かんですぐに消えた。今でなければならなかったのだ。母のない幼い義理の娘にではなく、明日家を出て行く十三歳の私にでなければ、言えない言葉というものがあるのだ。
「ありがとうございます。母上」
「よく学び、よく遊びなさい。わたくしたちもそうしたのですよ」
ひとりの大人として扱われたと思った。まだまだひよっこの、学生の身分である。しかしそれは今の私にとって、非常に大きなことだった。




