第93話 エルフ・ヘル ~愛の出刃包丁は世界すら七日間焼き尽くす~
僕たちはエルフの治めるシルバニア地区に入った。
いわずもがな、アンジェさんの故郷。
深い森が広がる土地。
そして遠くからでも見える山のように巨大な樹。
「うわぁ……」
コレットが声を上げる。
僕も同じ気持ちだ。
なに?ここ……ダイナソーズパーク?
樹齢が分からないくらい太い樹木。
見たこともないロープのような蔦。
「うわぁ……」
何かよくわからない巨大生物。
魔獣か何かなの?
ここってエルフの森で合ってる?
人外魔境じゃないの?
あ、なんかでっかい鳥が―――――
通り過ぎて行った。
ほっとした。
あんなのに襲われたらひとたまりもな……
「オーレぇぇぇぇぇっ!」
後ろで叫び声がする。
振り返るとオーレがさっきの鳥に連れ去られるところだった。
フードを咥えられていて吊り下げられていた。
「ぎゃあああああ、助けてぇぇぇ!」
呆気に取られていたオーレが我に返って叫ぶ。
「待てぇ!鳥類めっ、人さらいなんか、ゆるさないぞう」
ハティさんがどっかのパンの勇者みたいなことを言う。
アナタ余裕ですね。
というか、アナタも昔フィンたち攫った(保護した)よね。
「えりーぜさぁぁぁぁぁん」
あれ、ハティさん手を組んでる。
で、そこに足をかけるエリーゼさん……
「ぱーーんち☆」
ハティさんがぶん投げる。
その勢いで矢のように飛ぶエリーゼさん。
って、魔人さんよ、アンタが行かないのかよ!
高速で飛ぶエリーゼさんがそのままグーパンチを食らわす。
ギャギャ、ギャギャッギャ~
鳥は五十音の「は行」みたいな悲鳴を上げて吹っ飛んでいく。
あ、オーレを落した。
「ぎゃあああああ」
落下するオーレが悲鳴を上げる。
「フッ……」
ティアさまが不敵な笑みを浮かべる。
「【金色の旋風】たるこの私!ティア・シュトゥーテ―――」
「助けてぇぇぇっ」
「オーレ、今行くぞぉ!」
「助けるニっ!」
名乗りを遮るようにオーレの悲鳴が響き渡る。
そしてフェンリルナイト&クロエが走り出す。
「最後まで聞けと言うのに、『グス』どもが」
ティアさまが忌々しげに言う。
ドッ
地を蹴る音がした。
まるで瞬間移動だ。
ティアさまがオーレを抱えている。
「ハティ!着地っ!」
ティアさまの声に残念魔人さんことハティさんが走る。
「オッケー・芋農場!」
なにそれ?
(ああ、いたいけな少年を救うお嬢様っ。す・て・き)
ジャンヌさんはハフハフしながらその様子を見ている。
ハティさん、落下予想地点まで走り込んで待ち構える。
いや、この人もとんでもなく足速いよね。
先に走っていたフェンリルナイト簡単に追い抜いたしさ。
「さぁ、僕の胸にとびこんでくるんだ!」
「え?あ……ちょっと、やだぁ、心の準備が」
ティアさま急に乙女モード。
あ~、オーレがなんか遠い目をしている。
そうしてふたりがハティさんに……って、もう一人増えてるっ!?
「おおっ!?」
魔人さん、根性でその人を抱き留めた。
「あん。ハティにお姫さま抱っこされるなんて……お姉ちゃん困っちゃう」
エリーゼさんが抱っこされている。
ハティさんの上に着地しそうだったティアさまとオーレ。
今は、押し退けられて地面に転がっていた。
「お、オーレ……生きてるか」
「はいぃ、おかげさまでなんとか」
衝撃は緩和されていたのでふたりは擦り傷程度だった。
(ああ、お嬢さまぁん。ジャンヌは、お嬢様といっしょなら泥にまみれても構いません!)
メイドさん、なぜかセルフで地面を転がり出す。
……大丈夫かな?背中痒かったの?
「姉上、困りますよ。二人を突き飛ばしちゃ。転んでしまったではないですか」
「あら、ハティ……メンゴ☆」
てへぺろとエリーゼさんが自分で自分を小突く。
「……」
地面に転がるティアさまとオーレは恨みがましい目で見ている。
(こぉの、バカ姉弟がぁぁぁぁ)
◇
最初の怪鳥を除いて、道中はとても安全だった。
何でかっていうと、エリーゼさんのおかげだ。
「あぁん?」
巨大生物は、エリーゼさんがひと睨みすると逃げていく。
確かに猛獣のオーラが僕にも見えた。
そして、なぜか舌打ち。
「チィッ、結構おいしそうなお肉でしたのに」
それから小声で文句を言う。
「逃げる者は、さすがにぶった切れないじゃないですか」
やば、怖ぇぇぇ……「騎士」じゃなくて「プレデター」だ。
◇
そうこうして巨大生物がうろつく森を抜ける。
……うん。
どうやら僕は勘違いしていたらしい。
アンジェさんを幽閉していたから、共和政府はエルフの集落に手を出せない。
だって全面戦争をすることになるから。
そう思っていたけれど、違った。
政治とかそんなモン、関係がないのがこの人たちだ。
なんで!?なんで、こんな断崖絶壁があるの?
どうやって渡るのさ。
戦争云々以前に、物理的に隔絶されてるじゃないかよ!
「ふむ。風向きよぉし!風速よぉし!ちなみに湿度よぉし!」
ハティさんがよくわからないことを言い出す。
なんか、嫌な予感が……
むんずとフィンの襟首を掴む。
「親父?」
不思議そうにハティさんの顔を見るフィンレー。
「君は今から『鳥』になるんだよ」
にっこりと笑う残念魔人さん。
「は?」
疑問を呈する前に、フィンの体が空を舞った。
「ア~、アア~~~~~~~」
悲鳴なのか野人の叫びなのか。
何十メートルもある谷を飛び越えていった。
あ、草むらに突っ込んだ。
「あ、え?あ……」
僕とフェンリルナイトたちは震え出す。
「い……イヤダァァァァ」
逃げ出そうとするところをエリーゼさんとティアさまに拘束される。
「死にたくないぃぃぃ」
「大丈夫。なぜって?それは一瞬のことだからさ」
ニッっと歯を見せてハティさんが笑う。
なんか、絵面違うよ!
アンタ、どっかのレジェンド・ヒーローかよ!
しかも、ぜんっぜん、平和的じゃねぇ!
「おっ、おおおおおお」
怖れ慄く僕たちには彼の笑みがヒーローではなくヴィランに見えた。
「この『風の渓谷』を越えるには、ナウ(今)は、これシカないのさ」
なんでわざわざ「今」を「ナウ」って言ったんだよ!
いいかげん、どっかから怒られるよ!
アンタ、やりすぎたよ!
そこからは地獄だった。
「ア~アア~~~」×8
クロエとフェンリルナイトたちは全員「鳥」になった。
そして、最後は僕の番。
「ハル」
「い、いやだ。いやだぁぁ」
震える僕を容赦なく掴む魔人さん。
ごめんなさい、ごめんなさい。
ムカつくとか、嫌いとか言ってごめんなさい。
利用してやるとか生意気言ってごめんなさい。
尊敬してますから、マジ、リスペクトしてますって、ぁぁぁぁぁぁぁっ!?
僕は容赦なくぶん投げられた。
「ア~アア~……あ、れ?」
谷を越えて向こう側へ。
茂みに落ちるころには減速し始める。
「あだだだだだだ」
僕は地面に転がる。
顔を上げるとフィンたちがいる。
不機嫌そう。
「ハル、大丈夫か」
「うん、何とか」
「親父さ、『風の精霊』にお願いして、俺らふんわり着地させたのな」
じゃあ、なんで僕だけは地面を転がったんだ。
嫌がらせか!?
「ハルだけなんでか精霊が頑張っても、踏ん張りきかなかったみたいだな」
それって、この「土寄せ棒」のせいか?
「説明とか足りなさ過ぎ!」
そう思っていたら。
「どっせーーーーい」
「とぉぉう!」
エリーゼさんとティアさまの掛け声が聞こえる。
ズザザザザ――――
勢いよく着地して地面を滑る。
「ふふふふ、やりますね。ティア。ナイス、フォスベリー・フロップ!」
「エリーゼ様もナイスジャンプです。K点越えですね」
この二人はもはや人ではない。
ひとっ跳びで超える距離じゃないんだ。
つぅか、ティアさま、無駄に「背面跳び」とかしたの?
あれ?ハティさんとコレットは?
ふわっと静かにハティさんが降り立つ。
コレットを抱えて。
ズルい……
◇
僕たちは野を越え、山を越え、谷を越え……
ようやく目的地のユー・ツリー・ビレッジ(イチイの樹の村)に近づいた。
途中置いて行かれたジャンヌさんは自力で崖を登ってきた。
「うふふふふ、お嬢様のいらっしゃるところは、どこにでもお供しますわ」
ある意味この人もマトモではない。
実はハティさん、この村に家を建てていた。
もちろんエルフ族公認。
というか、婚約時点で新居を構える約束をしていたらしい。
「あ、見えてきた」
ハティさんの言葉にみんなで丘の上にある家……屋敷を見た。
木と土と石を使った白い土壁の建物。
なんか趣があるなぁ。
今回も戦後処理のためガレットさん黒金の鷹はお留守番。
僕、コレット、エリーゼさん、ティアさま、ジャンヌさん、フェンリルナイト&クロエが同行している。
「ごめん、ちょっと先に行くね」
そう言って足早にハティさんが家に向かう。
それを温かく見守った。
若干名を除いて。
ハティさんが扉を叩く。
「アンジェ、帰ったよ」
彼の言葉に反応するように扉が開く。
金髪美少女が顔をのぞかせた。
アンジェさんだ。
……え?なんですぐ閉めたの?
ハティさんの目の前で静かに開いて……静かに閉まった扉。
ハティさんは呆然としている。
そして、ドタドタという足音が響いてきた。
勢いよく扉が開いた。
そして、出刃包丁を手にしたアンジェさんが飛び出してきた。
「死ねぇぁっ!」
腰だめに構えた包丁とともに突進してくる。
確実に殺すためのものだ。
「あ、あんじぇさぁぁぁぁん」
ハティさんは包丁を受けとめたものの、突進の勢いで転んでしまう。
「あ、ああああアンタを殺して、私も死ぬぅ!」
彼女は馬乗りになって狂乱状態で叫ぶ。
ハティさんが手首を持って包丁を取り上げようとしたが、離さない。
「や、やめてぇ、話し合おう!話せばわかる!」
やっとのことでハティさんが上に押し上げた。
けれど、体重をかけてさらに押し込もうとするアンジェさんと拮抗する。
「浮気、う、うわきッ!最低っ、私を捨てるの!?」
ぼろぼろと涙を流している。
「ううう、やっぱり胸なのっ、おっぱいなのぉ!?」
「ちがうちがうちがう」
「じゃあ、なんなのよ、何なのよぉ!」
泣きわめきながらなおも包丁を突き立てようとしている。
「浮気なんかしてないってっ!」
「じゃあ、なんで布団に他の女の髪がついているのよっ」
……え?
「しかも寝室に違う女の臭いがついた服が隠してあったし」
……なんだと?
「知らない、知らないって。ここ数カ月帰ってなかったんだから」
「そんな前に浮気した跡が残ってるんなら、どんだけのことしたのよ!」
「だから、してないって。浮気なんてっ!」
「嘘よ、嘘よっ!すぐ来てくれなかったじゃない!」
「いや、行こうとはしたんだって」
「努力じゃダメよっ、結果を見せてよ!誠意見せろっ!」
うわぁ、修羅場だぁ。
証拠もあるし、ちょっといい気味。
「アンタを盗られるくらいなら、この世界滅ぼしてやる!」
……え?
「七日間世界中焼いて疫病振りまいて、アンタもろとも消し炭にしてやるんだからぁっ」
ハルっ、マジ、どぉぉぉぉん!ですわ。
災厄の七日間を起こすってぇ?
「ちょっといい加減になさい!」
エリーゼさんが割って入った。
さすがはお姉ちゃん、弟を助けるとは。
「その髪の色は?」
「銀髪よ!」
そこで、アンジェさんもハティさんも固まった。
ギギギギギギ
そうして、ぎこちない動きでエリーゼさんを見た。
「違います!私ではありません!」
「やりたいですけど」
うぉぉぉい!やめれ、世界が滅びる!
「私ではないですね。ということは……」
誰か思い当たったようだ。
そして、同時に三人が吠えた。
「「「え~るざぁぁぁぁぁ!」」」
マクスウェル姉弟とアンジェさんの声が響き渡る。




