第96話 夢の中へ
「あれ?ハル、なんでいるの」
コレットがハルの姿を見て尋ねる。
「う、うん。実はハティさんに連れてこられたんだ」
「え?」
「あ、アンジェさんは助けたよ……たぶん、無事だと思うけど」
歯切れが悪い。
〈ロッシェの活躍!アンタにも見せてあげたかったわん〉
【土寄せ棒】の「アンジェ」が鼻息荒く言う。
コレットが「アンジェ」の意思を「視る」ことができるというのを「ハル」は知らない。
しかし、「アンジェ」は早々に気づいていた。
だから、それとなく話しかけてくる。
「フィンたちと戻る途中だったんだけれど、急にハティさんが『僕に救いを求める蕾がいる』って叫んで」
ハルは気づくことなく話を進める。
「あ、ああ、そうなんだ……」
コレットはどうしたものかと曖昧な返事をした。
「なぜか僕を掴んで走り出したんだ」
「で、そのままフィンたちを置き去りにしてきたの?」
「うん」
ハルが周りを見る。
自分たちは城内にいて守られている。
参戦していない。
「まさか、こんな大変なことになっているなんて」
「そうなの。先生とガレット様が行ったのに」
コレットが不安そうにする。
「大丈夫だよっ、エリーゼさんもガレットさんもメチャクチャ強いんだからっ!きっと敵と行き違いになったんだよ」
「そう、だよね」
「とにかく、僕たちはできることをやろう!炊き出しの手伝い、一緒にやろうよ。ハルさん特製のコテージパイ・ジャガマシマシで全回復だよ」
ハルが声を上げる。
「うん」
コレットが頷く。
(ハルも、怖いのに……)
「心の声」が視えるコレットに嘘はつけない。
「よぅし、ハルさん、頑張っちゃうぞぉ」
◇
その晩、異変が起きた。
「……?」
早くに気づいたのはコレットだった。
「ハティさん」
コレットはハティを呼ぶ。
「なんだい?眠れないの?」
(ああ、不安そうなコレットも可愛いなぁ)
戦中なのにハティはブレない。
「いえ、嫌な感じがするんです」
ハティがハッとして自分の胸に手をあてる。
(ふぇっ!?コレットに嫌われたぁ)
「いえ、ハティさんじゃなくて……よくわからないんですけれど、西側の川の方から変な靄みたいなものが……」
言葉にハティが目を閉じて鼻をひくつかせる。
彼も気づいたようだ。
「コレット、よく教えてくれたね。君は城でも安全なところ……ティアの部屋に行くんだ」
ハティはそっとコレットを促す。
振り返る一瞬だが、かつて白狼将軍と呼ばれた戦人の顔が見えた。
(このお顔をしてたら、カッコいいんだけれど)
コレットは残念で仕方なかった。
◇
「【オウル】バルドールよ。よろしいですか」
城の代官でもある彼の部屋を訪ねる。
昼間の攻防で疲れ果てている彼は、ベッドから半身を起こして迎えた。
「霧が出ています。ここではよく起きることですか?」
「……はい。山間ですし、城の近くを川が流れているので」
「確かに日中は温度が高かった。だが、夜の今もそこまで冷え込んではいない」
「それが、何か」
いらだたしげにバルドールが言う。
彼とて連日の夜襲に応じていて疲労と睡眠不足のピークに達しているのだから仕方がない。
「今日に限って霧が発生するのが、おかしいと言っているのです。このタイミングで」
ハティは言葉が足りない。だが、状況の異変について察したことだけは伝わったようだ。
鈍ったバルドールも気づいたようだ。
「では……」
答えると共に外ではゴウッと風が鳴る。
城を霧が包んだ。
ややあってハティが閉じていた目を開く。
周囲の景色は一変していた。
◇
森の中、それも故郷の森。
離れたところにあばら家がある。
(ああ……)
自身の手を見る。小さな子供の手。
(そういうことか)
粗末な、洗いざらした着物。
腰帯には短刀がある。
遠くでは、懐かしくも自分を呼ぶ声がする。
夕餉の時間だと呼ぶ声。
大したものなどないのだが、わずかばかりの糊口を湿らす夕餉を摂り、風呂とは名ばかりの水浴びを共にし、物語を読み聞かせてもらい、眠りにつく。
辛い一日をようやく終わらせる安堵の時を告げる声。
この景色こそ、彼には温かくて抗いがたい誘惑。
だから即座に彼は鞘を払い、短刀を掲げて額にあてる。
「ノウマク・サンマンダバサラダン・センダ・マカロシャダ・カンタヤ・ウンダラタ・カーンマン」
真言を口にする。
眦から涙がこぼれる。
次いで、九字の印を切る。
「臨める兵、闘う者、皆、陣をはり列して前に在り」
ダークブラウンの瞳が琥珀色に輝く。
「臨、兵、闘、者、皆、陣、列、在、前」
(この礼は高くつくぞ!何者であったか思い出させてくれたな)
裂帛の気合と共に周りの景色が切り裂かれる。
◇
ハティが再び目を開くと、先ほどまでの部屋であった。
目の前にバルドールが伏せている。
呼吸を確かめると眠っているようだ。
(これは、してやられたな)
連日の夜襲。
日夜関係なく防戦を迫られることで気力、体力共に疲弊したこの状況で催眠の魔術を使う。
ハティが来なくても使っていただろうが、彼が来たことで一瞬でも気のゆるみが生じたのは確かだ。
(ならば、次の手は決まっている)
ハティは部屋を後にした。
◇
僕は妙な風に違和感を覚えた。
〈ロッシェ〉
【土寄せ棒】の「アンジェ」さんも僕に警戒を促してくる。
僕は「彼女」を手に、部屋の扉を開けた。
部屋から恐る恐る状況を確認する。
周りには人がいない。
〈ロッシェ、気をつけて〉
警戒しながら廊下を進む。
寝ている人たちがいる。
なんだ、何が起きているの?みんな疲れて寝ちゃった?そんなバカな……
〈やられたわね。コレ、「魔術」よ〉
ええ?誰か、誰かを起こさないとっ!
この城で一番力のある人に助けてもらわなきゃっ!
でも誰に?
そうだ!ティアさま。
ティアさまは頭がいい。きっとこの状況を打破できるだろう。
悪いけれど残念魔人さんは呼ばない方がいい。
昼間の怒りっぷりだとこの城ごと吹っ飛ばしかねない。
〈ロッシェ、どこに?〉
「ティアさま、起こすんだよ」
〈え?〉
「ティアさまならこの状況何とかしてくれるでしょ?」
僕は「アンジェ」さんを手に走り出した。
そう、ティアさまなら、きっと―――――
ジャガイモ仲間の皆さんへ
今日という1日を戦い抜いたアナタ。
ヴィクトリー!
このダルい日を堪えられたのは、皆さんは最高の戦士です。
明日も頑張っていきましょう!




