第85話 希望の……朝?でしょうかね
翌朝、ティアが目覚めると、ハティがいた。
ぼんやりとそちらを見る。
「調子はどうだ?」
素っ気ない態度で問いかける。
「一晩ゆっくり休んだ。問題はないよ」
「そうか」
ティアは昨晩のことを思い出した。
きつく叱りすぎたかと少し反省はする。
しかし、昨晩ハティのとった作戦によっていまだに砦内は卵が腐ったような臭いが残っている。
(ここは甘やかしてはダメだ)
そう思いながらもちょっと不機嫌そうなハティを盗み見てしまう。
(機嫌を損ねてしまったか……私も、不器用だな……)
「っ痛ぅ」
ちょっとした頭痛がある。
そう言えば魔術で昏睡していたのだった。
なんだかとても恥ずかしいようで気持ちのいい夢を見たような気がするのだが思い出せない。
ハティが口を開いた。
「ティアはすごいよ」
「ん?」
「自分ではこうはいかない。みんなを振るいたたせてここまでもたせるなんて」
夢のことなど些末な事。
あとで思い出せるときに思い出せばよいとティアは結論付けた。
「ハティは休んだか」
ティアは彼の賛辞をあえて無視した。
「ああ、交代で休ませてもらったよ」
ハティも何ということもないというように答える。
「なあ、ハティ」
ティアの呼びかけにハティが黙って耳を傾ける。
「いい加減、守るのは飽きた」
彼女の言葉にハティは小さく笑う。
「何か妙案でも」
「昨日まではできなかった。だが、今はできる。お前が来たからだ」
◇
ティアの立てた作戦はシンプルだった。
ティアが騎馬隊を率いて敵本体に突っ込む。
その混乱のなか、敵陣に潜入したハティが大将の首をとる。
無茶苦茶な策であはあったが、それを遂行できるだけの力をこの二人は有していることを互いに熟知していた。
「ハティ、お前城を攻めるとしたらどうする」
「干殺しにする」
要は補給を断って、飢えさせるということだ。
この迷いのなさ。だからティアはマクスウェルの人間は嫌いなのだ。
「今回はタイムリミットがあるな。どうする」
「敵将を捕らえて戦意を挫く。調略で即時開城を勧める。特に内乱は大いに使う」
「うむ」
ティアはそこで口を開いた。
「私も最初壁内に避難させた者たちに内側から破られることを想定していた。しかし、そうはならなかった」
「ティアの人徳だな」
「おまえ、そういうの平然と言うのな」
「事実だから」
「こほん……敵の策は昨晩で打ち止めと言えよう。あれだけ準備してのものだ。タイムリミットも近づきつつある。つまりは奴らも手詰まりと見ていい」
「確かに、同じような手を再度使う者もいまい。だが、戻ってきた本隊は攻城軍と追撃軍に挟まれることになるな」
「そうだ。エリーゼ様たちと我々が同時に打って出ても、兵数が多い敵がさらに伏兵を用いて隙をついてこないとも限らない。ならば、攻城軍に少しでも痛打を与えて、戦力を削っておかないとまずい」
そこでティアは言葉を区切った。
「こちらが今度は奇襲を仕掛けることになる。そして、一撃離脱。成功しても失敗しても一度の攻撃で戻る」
「敵本陣に突貫するのは良いが、十中八九阻まれるだろう」
ティアの言葉にハティが疑問を呈した。
「ああ、それが狙いさ」
「なに?」
「攻撃は私の軍が行う。バルドールには戻ってきたガレットの部下と軍で城を守ってほしいのだが」
そこで、ティアはにやりと笑う。
「ハティだけは私について来てもらう」
「どういうことだ」
「私たちがひきつけている間にハティは敵総大将を倒してほしい」
「まさか、指揮官の暗殺をしろと」
「そうだ。できるだろう?『マクスウェルの狂犬』殿」
「おまえ、その呼び方は」
「悪い悪い、嫌だったなこのあだ名は。でも、この二つ名をつけられたお前のその力、今一度使ってくれまいか」
ハティがやれやれといった態で頭を掻く。
「これは、貸しだからな」
「何を言うか。いつも勉強を見ている私の方が多く貸しているぞ」
「ティア、こういう時は素直に借りておくと言ってほしいんだけれど」
「貸方、借方の仕分けは帳簿をつける基本だ。負からんからな」
強気な姿勢を崩さないティアにハティは肩をすくめる。
「降参。かなわないな」
そう言って笑う。
「借りを返しにちゃんと戻ってくるんだぞ」
ぷいっと横を向いてティアが呟く。
その言葉にハティが応える。
「ティア…今回は君の剣としてこの身命を捧げる」
真っ直ぐに目を見詰めてくるハティにティアは一瞬「うっ」と唸ったが、返す。
「頼んだ。私の命運も君に預ける」
◇
こうして日中、ハティは休息と準備に充てた。
城壁の防衛をティアやバルドールが続けた。
攻城兵器や梯子車をハティが破壊したので初日と同じように城壁に上ってこられる恐れがない。
遠距離での戦いが続いた。
(ティアの頼みとはいえ、無茶をいってくれる)
あの時は屋敷へ侵入し、目標を暗殺して逃げた。
ここは戦場で周りを兵が固めている。
例え敵の総大将を討ち取っても、その後はどうしろというのか。
押し包まれて殺されるだろう。
ハティは敵兵の死体から装備を剥がし、個人を特定するものがないかを確認する。
階級などがわかれば、立ち回りを決められる。
下手に誰何されると困る。
日が落ち、夜襲が始まる頃ハティが城を抜け出す。
ハティの不在を悟られないように、ハティと同じ魔術を複数名が交互に放って偽装する。
ハティは気づかれることなく攻城軍に紛れ込んだ。
◇
「みなさ~ん、炊き出しです。不安だと思いますけれど、まずはご飯を食べましょう」
僕、ハル・ロッシェは率先して配給をする。
ここは流民たちの収容されている区画だ。
「ああ、ジャガイモのガレットかい?おいしそうだ。領主さまの名前と同じだなんて洒落ているじゃないか……」
受け取った老人が顔を上げる。
「ありが……どうしたんだね!?その顔!」
そう、今の僕は頬が腫れあがり、頭には包帯を巻いていた。
「いえ。ちょっと……」
言いづらい……
その言い淀む姿に老人は涙する。
「そうか、君も戦ったんだね……そんな傷を負うまで」
いえ、戦ったのは「煩悩」とです。泣きたいのは僕の方です
申し訳なくて顔を逸らした時だった。
「君は、もしや『ハル・ロッシェ』君では?」
列に並んでいた一人が声を上げる。
「あ……はい。そうですけれど……」
答えると尋ねた男が歓声を上げる。
「みんな!これで我々は助かるぞっ」
周囲に向かって大声を上げる。
「彼は先日の戦で共和政府の大将二人を打倒し、10万の兵を退けた『ジャガーノート』だ!」
え?ええ?なんで、広まってるの、その呼び名っ!?
っていうかガレットさんの嘘が広まってるぅ!
「私も知っているわっ!愛する男性を芋で生き返らせた『ポテト神』だって」
なんだよ、その「ポテト神」って恥ずかし……
って、おい。「愛する男」ってなんだよ!?
「みんな!彼の道ならぬ恋を応援しよう!」
誰かが言った。
なんだよ、その「道ならぬ恋って」さ!?
「ポテト神がいれば俺らは安全だ!いざとなったら、奴らを蹴散らし気くれる!」
周囲から「ゴッド」コールが響きわたる。
うわぁぁぁぁん、もうメチャクチャだよぉ
こうなりゃ、自棄だぁ
「みなさん」
静かに告げる。
「皆さんは、明日、解放されます」
僕の言葉に、皆さんが感嘆の声を漏らす。
「だから、安心して『ポテトガレット』を食べて、戦の趨勢を見守っていてください」
「大丈夫!このガレットみたいに、敵なんか『サクッ』とやっつけちゃいますから」
……ティアさまとハティさんがね。




