第81話 白狼将軍とこじらせ女子とジャガーノート
3日目の戦い。
二夜連続の騒音による睡眠不足。
兵の疲労はピークに達していた――――
「なっ、なんだっ!?コイツらはっ」
攻城軍の一人が声を上げる。
確かに相手は疲労困憊しているようだ。
反応が鈍い。
だが、士気が異常なまでに高いのだ。
「ふ、ふふふふふ、この展開……『萌える』な……」
「目の前のオッサンどもの『カップリング』……」
血走ったバッキバキの目で敵を凝視している。
そしてゆらゆらと近づいてくる。
「俺には見える。奴らが美少女の姿に――――」
城兵の一人が呟いた。
「貴様ぁっ、裏切ったなぁ!」
「抜け駆けはズルいぞ!」
城兵たちが揉め始める。
(なんなんだ、コイツらはっ)
向かってくる様はまるでゾンビかグールだ。
「ええい、かかれ!かかれぇい!」
攻城軍の指揮官が指示を出す。
応じた部下の一人が槍を繰り出した。
「危ない!」
城兵の一人が仲間を庇う。
盾で防ぐが、防ぎきれずにわずかに腕に傷を負う。
「あ……お前」
「フッ、ちょっとは役に立ったみたいだな……」
その時だった。
周囲の城兵たちが足踏みをして盾を打ち鳴らす。
ドンドンドンドン……
「うおおおおおおおおおおおおおお」
雄たけびが上がる。
「萌えるぞぉぉぉぉ」
「ジャガイモ少年と筋肉青年のBL再現とはぁぁぁあぁっ!」
「俺は金髪青年とロン毛イケメン魔術師のカップリングも見たぁぁぁい!」
(うわぁ、やっべぇ、コイツら)
攻城軍は引き始めていた。
「まずは……」
さほどまで狂乱の最中だった城兵たちが一斉に敵兵を見る。
「ひぃぃぃっ」
ギラギラとした捕食者の眼が、一斉に敵を捉える。
「みんな……押し出すでごわす」
『どすこーーーーーーーい!』
◇
「くっ」
大柄な兵が西城壁に上ってきている。
(下へは行かせない!)
ジャンヌは双剣を振るって敵を食い止める。
城門を開かれると終わりである。
東城壁ではティアが戦っている。
「黒金の鷹」第一中隊長が東城壁、北側では第二中隊長が。
南にある城門を民兵を指揮しながらバルドールたちが守っている。
コレットも役立っていた。
視力が良いらしく、敵が群がる場所を教えてくれる。
「南城門前に集まってきているっぽいです!」
「西側の川付近では魔術師は多いですけれど、動きはありません」
「東側には『強い力』を持った人がたくさん集まりつつあります」
「北側にはそこまで強い魔力持ちはいません!」
普段は朽葉色の瞳が金色の光を放っている。
「そこ、『土俵を割りそう』です!助けられませんか?」
「あ、南壁上に『幕内クラス』の魔力持ちが……30人も!」
……なぜか、ときどき相撲に変換されている。
「相手の動揺が『視え』ます!みなさん、このまま『寄り切って』ください!」
そうして均衡を保っていた。
◇
ティアは予想していた。
このままでは負けると。
四方を敵に囲まれ、敵は攻城兵器を足掛かりに壁にまで登ってきている。
壁上に敵の拠点が作られていないので、増援を送られるおそれは先送りとなっているが、時間の問題である。
今も門を攻められているがまだ破られていない。
連日の夜襲で不安と恐怖が煽られている。
なによりも睡眠不足という重大な問題が重くのしかかっている。
どんなに意思が強く精強であってもこれにはかなわない。
多くの士卒の顔には疲労と絶望感が浮かんでいた。
(これではいけない)
ティアは思う。
彼らの支えになる者。
強く、導く者。
勇気づけ、鼓舞する者。
ここには、いない。
ならば、誰がするのか。
(やるしか、ない)
――――いつもの、アレを。
◇
戦槌が振るわれる。
ジャンヌがよけきれずに剣で受けた。
剣は砕け、勢いのまま弾き飛ばされる。
「おじょ、うさま。申し訳……ございません」
とどめとばかりに戦槌が振り上げられる。
――――その時であった。
「ハーッ、ハッハッハァー!」
女性の高笑いが聞こえる。
「聞け!諸人よ」
ティアの声である。
「我が名はティア・シュトゥーテ・フライン!パラディン(神聖騎士)にして、戦場を駆けし者!」
櫓の上に立っている。
「ティア、さま?」
風にマントが翻り、陽光を遮った。
左で剣を執っている。
ふと、右手で顔をわずかに覆うしぐさをする。
「貴殿ら田舎者は『グス』で敵わぬな。寡兵の……しかも女子供、素人ばかりの我々に、こうももたついているんだからな」
敵を挑発する。
(くっっっそ、恥ずかしぃぃぃぃぃぃぃ)
「奇襲や夜襲を仕掛けるしか能がない、それでイキリ散らしてこのざまか」
当人も下品と思いながら言い放つ。
(あああああ、殺せ、コイツら殺した後に私も殺せっ!)
「雑魚もいいところだな」
言うなり跳躍すると、ジャンヌの前に降り立つ。
(は、はわわわわわわわ!ステキッ。ハフハフハフハフ……)
ジャンヌはティアの内心と裏腹に目を輝かせた。
「悔しければ私の首を獲ってみよ。大将首だぞ」
シニカルに笑い、剣を一振りする。
魔力の燐光が立ち上る。
(痛いイタイいたい、絶対に痛々しい、何、やってるの私はぁぁぁぁ)
ティアが駆ける。
あたかも一陣の風が吹き抜けたかのようであった。
シュパーーーーン!
そして、わずかの間を置いて敵兵が血を吹いて倒れる。
「もっとも、私に追いつくことなど到底かなわぬだろうがな」
キラーーン☆
不敵に笑うティア。
まるで宝○の男役だ。
(お嬢様ぁぁぁぁ!ステキすぎます!ジャンヌ、『限界突破』しちゃいますぅぅっ!)
先ほどまで膝を屈していたジャンヌの体から膨大な魔力が放たれる。
ジャンヌが立ち上がる。
「来い、下郎ども。ティアさまへの供物にしてやる」
手の平を上へと返し、くいくいと指を動かす。
―――――そう「かかって来い」と。
◇
さすがのティアも二日ろくに眠ることができていないでは体力に限界がくる。
(くそっ、薄い本の執筆で三日の徹夜に堪えた私がっ!)
しかも、敵の精鋭とも思しき将を四人がかりである。
「くっ……」
(死にたいぃぃぃ、でも死ねないぃぃぃ、寝たぁぁい、地獄かぁぁ)
足が止まった一瞬の隙。
敵は鎖を投げて足をすくおうとした。
ティアはすぐに跳んで避ける。
だが、死角から飛んできた別の鎖を右腕で受けてしまった。
首をひねることで首にまで絡むことを避けたが、右腕には鎖が絡まっている。
「フンっ!」
敵が鎖を引く。
力では敵わない。
ならばと相手に引かれるよりも早く踏み込んで距離を縮める。
だが、盾に阻まれた。
止まった瞬間に鎖で振り回される。
そのまま壁に叩きつけられた。
「がっ!」
息ができない。
再度、振り回され、今度は地面に叩きつけられる。
すかさず、別の兵が鎖に繋がれた鉄球を振り、ティアを潰そうとする。
「くっ!」
ティアは魔術の盾を展開する。
三方から飛んできた鉄球を防いだ。
だが、次の瞬間鎖を引かれ、またもや中空に釣り上げられた。
「なっ!?」
ティアの体は壁の外、宙に放り投げられた。
(しま……)
◇
風を切る音がする。
体が重力に従い、落下を始める。
「おおおおおおおぉぉ!」
雄たけびが聞こえる。
下へ落ちるはずの彼女の体が何かに包まれる。
「ティア!生きているか」
顔を上げると、それはハティだった。
「おまえ、どうやって」
「壁を駆けあがった」
「はっ…」
バカな奴だと思った。
そして、遠くから遠吠えのような雄たけびが聞こえる。
林間から騎馬兵百余名が向かってくる。
ガレットの兵であった。
「バッチコーイ!こんなの城外ホームランだぜ」
攻城兵器に向かっていく。
援軍というには少ないが、それでも時間稼ぎにはなるだろう。
なにより、ハルが馬の後ろで「ひぃゃやぁぁぁぁぁぁ」と悲鳴を上げている。
あまりにも悲痛なので、敵すらも哀れに思ったのか寄ってこない。
◇
ハティは勢いのまま、城壁の上までたどりつく。
ティアを壁上の通路におろす。
ふと、ハティがティアをじっと見る。
「な、なんだ?」
彼女の非難の声を無視し、そっと傷ついた頬に手をあてる。
ティアは心臓が早鐘のように鳴るのを覚えた。
ハティがおもむろに敵に向き直ると。
「誰がやった?」
低い声で問うた。
「誰かと聞いている!」
怒声を浴びせる。
魔力があふれ出る。
「おまえか!」
斧槍を一閃する。
それだけで壁上にいた敵兵が弾き飛ばされる。
そのまま数十メートル下に落とされる。
「お前がやったのか」
叫びながら敵を叩き落とす。
残っても地獄、落ちれば奈落の底である。
ティアを痛めつけた鉄鎖兵士がにじり寄ってくる。
「そうか、おまえたちか」
低い声でハティが言う。
次の瞬間にはかの兵たちの後ろにいた。
血を吹きだして巨躯の兵が倒れる。
何が起きたかのか誰もわからないほどの早業だった。
「冥府で悔いろ」
ティアの周りにいる敵を一掃した後、ハティは背にした味方の兵に問うた。
「諸君ら、いつまで女性に守られている」
言葉に曇りがかった瞳に光が宿り始める。
「膝を折り、地を見詰めていて何ができる」
再度問う言葉に、今まで力を失っていた兵たちに生気が宿る。
「諸君らはこのままでよいのか」
言葉に膝をついていた兵たちが立ち上がる。
ハティは大喝する。
「ハティ・マクスウェルは諸君らの先に行くぞ!」
ティアがしたように壁上を駆けて次々と敵を薙ぎ払った。
その後ろで喚声が上がる。
「ふざけんな!」
「お前に言われるまでもねぇんだよ!」
ハティに対する悪口だが、その怒りもまた活力となって敵に向かった。
途中、攻城兵器から昇ってくる増援を視界に収めたハティが、火炎魔術を叩き込む。
逃げ場のない筒状の中に炎が満ちたのだから中は煉獄であっただろう。
唯一彼女と違ったのはこの容赦のなさだ。
上でハティが足止めと破壊を繰り返す中、その足元では彼の部隊が支えを破壊して倒壊させる。
バランスの悪い建造物だから、ちょっとしたことで崩壊する。
上で暴れるハティに呼応して、下では破壊工作が続く。
◇
ハティが一周して戻る頃には、壁面にとりついていた兵は一掃された。
ハティは壁上の敵を排除すると、敵のいなくなった門に降り立った。
地に斧槍の石突を立て、門の前で敵軍を睨みつける。
下に残る部隊はその隙に、門から壁内に収容される。
ここまでの戦果だったが、おさまりがつかない者がいた。
ハティだ。
「どうした、かかってこい!」
大音声を上げるが、誰も向かってはこない。
「ハティ・マクスウェルの戦働き、目にも見よ」
日没を迎えつつあった。
敵兵が引きつつある。
ハティは、その姿が見えなくなるのを見届けてから門の中に入った。




