第77話 地獄極楽
時は遡ること、アンジェ救出作戦が完遂する5日前。
ハルたちはすでにアンジェ救出に出発していた。
今頃は潜入を始めているころだろう。
ハティとフェンリルナイトは首都近くに潜伏している。
工作班のオーレとルーダが「恩寵」の解析と触媒制作で苦労していたのを見ている。
しかし、彼らは持ち前の「根性」を発揮して出発前に完成させていた。
なんともタフなメンバーたちだ。
そして、彼らが去ったガレット一味の根城。
「エーレンブルグ」は今、復興のために大忙しだった。
◇
ティア・シュトゥーテ・フラインは後悔していた。
(来るところを間違った)
風が彼女の黄金の髪をさらう。
自分は負けた。
そして療養としてガレット一味の根城に滞在している。
降将としてここにはいるが、もともと王家の仲間であった。
だからなのか、誰も敵として見ていない。
「ティア様……」
妙に鼻息荒くハフハフしながら副官(専属メイド)のジャンヌが声をかける。
「風が冷たいです」
そう言ってカーディガンを羽織らせてくれる。
ついでにスンスンと髪の匂いを嗅ぐのも忘れてはいない。
(……重い)
わずかな感想が漏れ出た。
だが、それ以上に砦の眼下に広がる光景こそが彼女の悩みの種だった。
「うぉぉぉらぁっ、気合っ入ってますかぁ?」
「イエース、お頭ぁ」
「土耕すのに、ハート込めてますかぁ?」
「イエース、グランハートのお頭ぁ」
(暑苦しい)
「お前たちなら―――――」
「できる、できる、できる」
円陣を組み、肩を組みながら跳ねる。
(暑苦しい)
「ウィィィィッ、ヴィクトリー!」
(何に勝つのだ?)
ティアは冷めた目で見ている。
(ダメだ。アイツらの暑苦しい感じを見ていると、私の「深淵なる理の世界」までが青春スポ魂ものになってしまう)
スッと踵を返し、バルコニーを離れる。
「お嬢様?」
ジャンヌの言葉に哀愁を深めた顔で応える。
「少し、休むよ」
「はい……」
ティアは部屋に戻った。
そして、彼女にとっての「聖典」で心の栄養を補給した。
(これだ!これなのだよっ、わかってない。奴らはわかってなぁぁぁい!)
自室で聖典(コミック&レディコミ&BL)を読み漁る。
王道のヒーローもの、ドロドロ恋愛、そしてBLもの。
残念ながら彼女には「スポ魂」だけはジャンル外だ。
いや、BLの元ネタとしては許容しているが。
(確かに王子様系ハティと熱血脳筋肉ガレットのカップリングは妄想した。したが、何か違うんだっ)
脳内でさえもあの暑苦しい声で「バッチコーイ!」とか言われると、萎えてしまう。
(はっ!?)
(待て、まてまて、フィンレーとかいうハティが育てた奴がいるな。義理の父と孤児院で育てられた義理の息子の道ならぬ……よい、これは良いぞぉ)
(となると、フィンレーの横にいるハルとかいうジャガイモ少年が恋敵として登場するのも萌えるな!)
盛り上がっているところに水を差される。
ドアをノックされる。
「お嬢様、そろそろ一時間です。『薄い本は一日一時間まで』です」
部屋の外からジャンヌの声がする。
「はぁ……」
ため息をついて聖典を閉じる。
「……体でも動かすか」
「お召替えですか?」
すかさずジャンヌが入室する。
ティアは気づいていなかった。
自分が幼少より鍛え続けていただけに、無自覚の体育会系であったことに。
運動しやすい薄着に着替える。
(は、はわわわわわ)
ジャンヌが着替えを手伝う。
そして、その見事な腹筋に鼻血を吹きそうになる。
そう、ティア・シュトゥーテ・フラインは、自覚していない。
実はバッキバキに鍛えられたスプリンターだということに。
速さこそが正義と言い放つ彼女は敵を「グス」と呼ぶ。
そこには「愚図」とも「屑」ともとれる意味合いが込められている。
しかし、そこには「具す」すなわち、「ついてこい」という意味も含まれている。
……この造語の意味を誰も理解はしていないが。
◇
ティアがランニングをしている。
本人にとってはストレス発散の行為。
それをストレスのもと(ガレット・グランハート)が声をかける。
「良いね!その汗、輝いているよ」
(イラッ!)
「その足運び、仕上がってるね!」
(イラ、イラッ!)
「地味な走り込みだからこそ、レギュラーへの近道だな!」
(イライライラッ!)
「その姿勢こそチームの鏡だ!」
(なんの、チームだこるぉらぁぁぁ!)
腹立ちまぎれにティアがダッシュする。
もちろん音速の域まで達する。
『ナイスランっ!』
ガレット一味、傭兵団「黒金の鷹」一同が声をそろえて言う。
ティアは苦悩した。
(あの、脳みそお花畑筋肉どもめ……マインドコントロールされてやがる)




