第76話 既婚さん?イグリースの部屋。そして勘違い兵士は「袋大入り」。
イグリースは私室で物思いにふけっていた。
以前、「リャナン」という少女へ情報をリークした。
だから「旦那様」は無謀なことはせずに自重するようになった。
そして、喜ばしいことにご自身の「義理の息子」を連絡役によこすようになった。
(フフフ、離れ離れになった夫婦が、手紙で繋がるなんて)
イグリースはほくそ笑む。
(ああ、「子は鎹」とは本当によく言ったものです)
うっとりとアイスブルーの目で自身の「お腹」を見る。
そして優しく指を這わせた。
(あの時、「旦那様」によって穴を空けられたお腹、あらヤダっ、ちょっとエロトーク!うふっ)
白銀の髪を揺らして身悶える。
(でもでもっ、おかげで「旦那様」が修復してくれて、身も魔力も繋がることができたわ)
過去の一騎打ちからの救命を、「お花畑変換」して悦に入る。
(そう、もう「一心同体」の既成事実。これが「夫婦」でなくてなんと言うのです)
ドゥフフフフフゥッ!と涎を垂らしながら笑みを漏らした。
(「夫婦のキズナ」の前では、あのチンケな「従属魔術」など――――)
コンコン
ドアをノックする音がする。
(チィ、せっかく「旦那様」とのキズナを「復習」していたというのに)
イグリースはドアへ向けて声をかける。
「どうぞ。入りなさい」
「し、失礼しま~す」
恐々として入ってきたのは「モブオ」だった。
「何ですか、こんな夜更けに」
「す、すみません!」
モブオは途端に頭を下げる。
「謝罪は良いですから。何かあったのですか?」
「は、はいぃ、実は――――」
モブオはイグリースに昼間の少年の話をした。
(なるほど、「アンジェ」が「手紙がこない」とソワソワしていたのはそういうことでしたか)
イグリースは合点がいったように頷く。
「わかりました。報告ごくろうさまです」
「はいぃぃ、それでは、私はこれでぇ」
モブオが去ろうとした時だった。
「待ちなさい。せっかくですから、昼間『門番』をしていた兵士を呼んできなさい」
「へ?」
「私が『皆さんと楽しいことをしたい』と言って呼ぶのです」
イグリースが「ニタァ」と笑う。
それだけでモブオは身震いした。
「良かったら、アナタも混ざってもいいのですよ」
「い、いえいえいえ、滅相もないっ!俺…いや、私などっ!」
モブオは姿勢を正し、敬礼した。
「ご命令、承りました。さっそく、呼んでまいります」
彼は、スタコラ逃げだした。
◇
数時間後のこと。
モブオは首都はずれの「ゴミ捨て場」にいた。
(うううう、化けて出ないでくれよぉ、お前らが悪いんだからなぁ)
麻袋に入った「兵士たち」。
モブオは命じられるまま、荷車に乗せてここまで運んできた。
もちろん、「廃棄」を命じられたのだ。
(なんで、「イグリース」様に呼ばれて喜んでくるんだよ~)
(どんだけ勘違いしてんだコイツらぁ)
モブオは身震いする。
(「ハティ」の所のガキに手を出して無事なわけないだろうがよぉ)
風音がまるで狼の遠吠えのように聞こえた。
(まあ、人が消えるなんざ、この首都では珍しくねぇからな)
そう思いながら、周囲を見回す。
(俺も早く帰って寝よぉ)
荷車を引いて足早に去る。
靄のような天蓋がかかった空。
そこには「赤黒い月」が浮かんでいた。
◇
〈ロッシェ……〉
僕は「アンジェ」さんに誘われ、城のバルコニーまできていた。
ここには誰もいない。
夜空には「銀に輝く月」がかかっている。
少し風が強い。
北国でもある「エーレンブルグ」。
風もあって肌寒い。
短い夏ももうすぐ終わりを告げようとしてた。
風にさらわれる髪を手で押さえる。
〈降ろして〉
アンジェさんに言われ、僕は彼女を降ろした。
月明かりを受けてほの白く光る「アンジェ」さん。
その白い肌に神々しさすら感じた。
〈この間はごめんなさい〉
「アンジェ」さんが謝る。
「い、いいんだよ。僕もちょっと言いすぎた」
〈うん……〉
気まずい沈黙。
〈ロッシェがアタシを怒ったのって久しぶりだったから、驚いた〉
クスッと「アンジェ」さんが小さく笑う。
〈あんなふうに怒られて……ちょっと怖かったんだ〉
「うう、ごめんよぉ」
あの時は作戦の途中ってのもあって興奮していたんだと思う。
でも、それだって「言い訳」でしかない。
〈大丈夫よ。ロッシェが怒ったのってアタシが「捨てるんでしょ」って疑ったからだって今ではわかっているから〉
「アンジェ」さんの言葉。
ああ、やっぱり彼女は、僕が生まれた時からいっしょにいる「お姉さん」だ。
僕のことをよくわかってくれている。
〈ロッシェは、どんなことがあってもアタシを「捨て」ない?〉
「当然だよ」
〈アタシを利用してもいい。でも、本当に「捨て」ない?〉
「りよ……」
僕は言葉に詰まった。
普段【土寄せ棒】として利用している。
そして、今は彼女が魔力を「スン」って消すのを利用している。
〈言い方が悪かったわ。アナタの今の使い方は、間違っていないし、アタシも望んでいる形なの。でも、アタシのことを知ったら、人によっては悪い使い方をするんじゃなかって〉
確かに彼女の力は強力だ。悪用する人もいるだろう。
「アンジェさん」
彼女の前に膝をついた。
そっと彼女に触れる。
「僕は君を『捨て』ない。もし、間違った使い方をしたならいつものように叱って。僕は君のことが本当に好きなんだ」
―――――ガタッ
遠くで何かがひっくり返る音がする。
でも、今の僕はそんなこと気にしていられない。
〈……ぶはぁっ!〉
「アンジェ」さんが鼻血を吹くような音を出す。
それからカタカタ震え出した。
〈ろ、ろろろロッシェに、ぷろプロポーズされたぁ〉
え?いや、違うけれど。
〈エンゲージリング(草掻きホー)……プロポーズ……〉
ちょっとだけの沈黙。
〈おっしゃあああああああああ!〉
「アンジェ」さんが吠えた。
〈もはや、恐れるものは何もない!〉
いや~、「アンジェ」さんが何か怖がっているのってあまり見たことないよ?
「アンジェ」さんが呼吸を整える。
〈ハル・ロッシェ〉
初めて彼女が僕のフルネームを呼んだ。
〈私の「真名」、何者かをお伝えします〉
一人称が変わっている。
そして、声が……いつものかわいらしさから、威厳に満ちたものに。
〈私は【星霜の洗滌】〉
〈エルフの神樹より生まれ、守護者アンジェ・フラン・スカーレットの心の欠片を宿した〉
〈遠き日、「愛(妄執)」から生まれた私は、あなたの先祖に贈られ、共に歩むことを誓った〉
〈何代にもわたり、あなた達一族を見守り続けた〉
そうか。だから、彼女は「アンジェ」と名乗ったんだ。
……んん?途中なんか不穏な読み換えしなかった?
〈賢いあなたなら、もう私がどのような「力」を持つかおわかりでしょう〉
〈それは、ロッシェだからこそ私と共鳴することができる力〉
〈あなたもまた、「異界」より転生した―――――〉
そこで、【土寄せ棒】の「アンジェ」さんは口を閉ざした。
〈チィ、やっぱり「覗き見」していたわね〉
僕はその言葉に後ろを振り返る。
足早に去っていく音が聞こえた。
〈ロッシェ、邪魔が入っちゃったから、この続きは今度しましょうね〉
もとの調子に戻った「アンジェ」さんが言う。
ジャガイモ仲間の皆さんへ
1日お疲れ様です。
朝日が目に染みる日もあると思いますが、また、明日も頑張りましょう。




