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第59話 狂犬とジャガイモ



「それが、僕たちの知ってる白狼将軍のあの悪行なの」

ハルが青ざめた顔で言う。

「そうだよ。親父、狂っているんだ。オレたち、怖くて怖くてしょうがなかった。でも、リャナンはあれから親父にべったりになった。『おとうさん』って呼ぶようになったし」

そんな変わりっぷりにみんなもどうしたもんか迷っていた。


「組織の連中ってかなりの人数いて、散らばっていたから全員が死んだわけじゃない。だから、親父が首をとった以外にもまだ残っていて、何日もしないうちに孤児院に来たんだ」



アイツらは腹いせに俺たちを殺そうとした。

けれど、親父はそれを見越していたんだ。

敷地に踏み入ろうとしたら獣を捕らえる罠で奴らの多くが動けなくなった。

それでも入ってくる奴がいてフィンがみんなを庇って前に立った。

奴らはそんな抵抗を笑ってフィンを先に殺そうとした。

フィンが振り回す棒を簡単に弾き飛ばして、アイツを蹴り飛ばした。

痛みでうめいているフィンに見せつけるように大振りで剣を振り下ろしてきた。

けれど、フィンではなく、そいつの方が真っ二つにされた。

親父が斬ったんだ。


「遅くなった。無事か」

それだけ言うとオレたちを背に庇った。

「ちょっと待っていて」

オレたちに背を向けて剣を肩に担いだままアイツらを見た。

「これで、全員か?」

「お前が『マクスウェルの狂犬』だな」

「犬呼ばわりはやめてくれ」

「仲間をやられた恨みだ。すぐに殺しはしねぇ」

「殺さないでくれるのか、優しいな」

「違ぇよ。頭がおかしいってのは本当だな」

「会話が成立していないな。こっちの質問にも答えてないし」

それから「まあ、いいか」と親父は言った。

「どうせ、全員駆除するんだから」


気づいたときには手近な奴を斬っていた。

それから、親父は組織の奴らを斬りまくった。

淡々と仕事をこなすように。


……でも、オレには月明かりのもとで親父が舞いを舞っているように見えた。

無駄な動きがなく、淀みなく、流麗で……


その中心で輝きを放ちながら剣が躍っていた。

残酷で、本来なら忌まれる場所。

それなのに、その人とその剣がたまらなく美しいものにオレには見えたんだ。


動く者がいなくなったその場所で、親父は生き残りがいないかを確認した。

それから「怖い思いをさせてごめん」とオレたちに謝った。

フィンたちは動けなかった。

オレは熱に浮かされてよくわからない感じだった。

リャナンだけが「おとうさん」って抱きついていった。

親父は「もう怖くないからね」ってリャナンを撫でた。

リャナンの奴は嬉しそうだった。


親父がへたり込んでいるリムアンに近づいて「大丈夫?」って聞いた。

そのとき、リムの奴は「くるな」って悲鳴を上げて逃げ出した。

まあ、普通の反応だと思う。

けれど、その後がまずかった。孤児院の外に出てしまったんだ。


夜の貧民街は危険だ。

物盗りだけなんてことはない。誘拐だってある。

だから、例にもれずリムは連れ去られた。

親父はすぐにリムを助けに行った。


夜が明けるころに、親父はリムを抱えて戻ってきた。

あれだけ親父に触られることを嫌っていたリムがべそをかきながら親父に掴まっている。

よく見ると、親父の背中が血で濡れていた。

組織の奴らを傷一つ負わずに倒したってのに。

リムは「ごめんなさい」って繰り返していた。

それを親父は「大丈夫」ってずっと言い聞かせていた。

リムが変わったのはこの日からだ。



「なんかあったってのはわかるんだけれど、リムの奴は言わないんだよね。親父は『別になにもなかったよ』ってはぐらかすし」

「ルーダたちが変わったきっかけはわかるけれど、フィンたちは」

「ああ、それは単純だよ。女三人が変わったんだから、野郎どもがそれに逆らえるわけないだろ」

「そんなものなの?」

「そうだよ。まあ、なんにもできない自分たちに比べて、親父はみんなを守ったんだから文句も言えないだろうし」

ハルは「そうか」と短く答えた。


「親父はさ、そりゃ頭がおかしいよ。気が狂っているってオレでも思うくらいだ」

そう言ってからハルの目を見る。

「でも、親父が怒る時はいっつもオレたち家族のことだった。無茶をするのも自分のためじゃない」

ハルも視線を逸らさなかった。

「だから、親父は絶対にクソ野郎じゃないし、自分可愛さに嘘を吐く人なんかでもない」

「それは……」

「ハルのことだってきっと本気で思ってくれている。けれど、親父は壊滅的に間が悪くって、言葉が足りなくて誤解されるんだ」

オレは真剣な顔で続ける。

「親父と話してくれよ。オレもついていくから」





カラーーーン


夜の公園。


そこに乾いた音が響き渡る。


音がした方を見ると、月明かりに照らされた、一本の【棒】。


〈……ロッ…しぇ――――ろっしぇぇぇ〉


僕を呼ぶ声。


コロコロコロ――――


地面を転が【棒】。


〈ロッシェ~、まってぇ、ロッシェ~〉


地の底から響くような声。


コロコロコロコロ――――


こちらに向かって転がって来る。


「ひぃぃぃぃっ!?」


ルーダが悲鳴を上げる。

声は聞こえていないようだけれど、雰囲気が――――


〈アタシは、一緒に……いっしょにいるわぁ〉


〈絶対に……アンタを独りにはしないいぃぃ〉


僕は駆けだした。


「アンジェさん!」


〈ロッシェっ!〉


思わず僕は「彼女」。


【土寄せ棒】の「アンジェ」さんを抱き寄せていた。



僕が帰るまでもなく、心配したハティさんと母さんが迎えに来た。

僕の顔を見てふたりはびっくりした。

そういえばルーダにさんざん殴られたっけ。

ハティさんが回復魔術を使って傷を治してくれた。

目を合わせられない。気まずい。

「あの、親父」

ルーダが言いかけたのを僕は制した。

「ハティさん、話があります」

「うん」

「僕が強くなれるというのは嘘だったんですか」

「違うよ」

「でも、母さんに言ったじゃないですか」

「僕は『君が思い描いているような強さ』と言ったんだ」


そこでハッとした。

ルーダが「やっぱり」と頭を抱えた。

「君はたぶん、姉上やフィンみたいになりたいと思っている。でも、君は姉上でもなければフィンでもない。同じようになれない」

言葉に僕は苛立ちを感じる。やっぱりダメだってことじゃないか。

「でも、父さんみたいに強くなれるって」

「そうだ人を守れる強さって同じじゃない。姉上とフィンが違うように、君だって違う形で強くなれるって僕は思っている」

それからハティさんは言った。

「君は戦うことに向いていない」


「それって、言葉遊びじゃないですか。ルーダみたいに生産者になれってことですか」

「強さ」なんて人それぞれ、「守る」のだったら労働者として守るのも「強さ」って言える。

「違う」

「何が違うって言うんですか」

「『殺人刀せつにんとう』と『活人剣かつじんけん』という言葉が僕の故国にはある」

この人は本当に話がまわりくどい。イライラする。

「僕は、君に向いていると思う強さを示したかった。けれど、なりたいものってのは人によって違うんだというのも分かる。誰かに強いられるものではない」

それから彼は頭を下げた。

「反省している。すまなかった」


「いえ……」

「君の選択を尊重するよ」

だんだん僕の腹立ちは強くなった。

やっぱりダメだ。この際だ、全部吐き出してしまおう。

「その言い方、やめてくれませんか」

「え?」

「なんだか、腹が立ちます」

ハティさんの顔が強張った。

「なんだか、偉そうで、見下しているっていうか、上から目線ていうか」

言葉が次々と口をついて出る。

「確かに、魔人で、英雄で、凄い人なんだって、僕だってわかってる。けれど、なんだか無性に腹が立つんです」

「それは僕も役立たずだからさ」

ハティさんが言う。

「いざってときに頼りにならない。すごい力を貰っていても使いどころがなっちゃいない」

「僕には望んでも手に入らないものじゃないか」

ああそうだ。この人は自分を卑下する。

みんなにちやほやされて、こんなにかっこよくて強いのに。


「いいかげん、そういう謙遜みたいなのやめてくれよ。誰かに言われたらすぐに意見を変えるのもさ」

何かあるとすぐに自分の意見を引っ込めて選択を相手に委ねる。

こんな子供にまで気を遣う。

「本当は自慢したいんじゃないのかっ、でも嫌われるのが嫌でそうやって気を遣ったふりをしているだけなんじゃないのかよ!」

「そんなことは」

「僕にはそう見えるんだ。みんなに好かれて、慕われて。凄い凄いって言われてっ、もっと自慢しろよっ、自分は凄いんだってっ、どうだ悔しかったら自分みたいになってみろよってさ」


僕はだんだん情けなくなってきた。

「エルザさんあんたのこと大好きで、いっつもイチャイチャ甘えてさ、リムもリャナンも、ルーダも好きだって。フィンたちも尊敬してるってっ自慢の親父だってっ」

僕は泣いていた。

「そんな人がさ、自分なんて大したことないっていったら、僕みたいなのはどうなるんだよ。それ以下なんだよ、だったら虫けらかゴミってことじゃないか」

ハティさんが眉根をよせてこっちを見ている。

「みんなにバカにされている僕の気持なんか……みんなに好かれている人にわかるわけがないよ」


「……同族嫌悪ってやつか」

そう言ってハティさんが近づいてくる。

「ちょっと、歯をくいしばれ」

言ってから僕の横っ面を張り飛ばす。

「うん。ちょっとスッキリした」


「何するんだよ」

「僕もけっこうムカついてたんだ。自分を見てるみたいで」

何言ってるんだこの人。

「僕はこの国の人間じゃない。遥か東の島国の人間だ。父上の血が濃かったので、この見た目だから、さんざん苛められたし、殺されそうにもなった。いっつもウジウジして、怯えて、母上に庇ってもらっていた」

え――――――

「いつもお腹を空かせていた。その辺の草でも食べられそうなら食べていたよ。虫だって食べた。下痢なんて毎日さ。それくらい居場所も食べる物もなかったんだよ。唯一、心を許せるのは母上だけだった」


「他人が怖かった。男も女も老人子供関係なく。気持ち悪い、化け物って石を投げてくるんだ」

「この国に来てからどうだったと思う?公爵家に迎えられて幸せになれたと思うか?」

「バカをいうなよ。領民どころか家臣からも差別されていた。最初は姉上にすら憎まれていた。どこに行っても嫌われ者の僕のどこが『みんなに好かれている』って?」


「今だってそうじゃないか。みんな『魔人』って呼んで僕を怖がったり嫌ったりする」

「唯一、家族だけなんだよ。僕を受け容れてくれたのは」

ハティさんが続ける。

「そんな僕に、君は何を望んでいるんだよ」

「僕に似ている君は、きっと誰かのためになら頑張れて、毎日ちょっとずつでも積み上げていったら、強くなれるだろうって僕は思っている」

「危ない目に遭って、劇的に強くなるなんて幻想だ。命がいくつあっても足りやしない。強くなる前に死んでしまうよ」

そうして一息ついた。


「エナちゃんに『お父さんになって』って言われたとき決断したんだ。兄妹に寂しい思いをさせているんだって思ったら、やっぱり家族との時間は大切にさせなきゃいけないって思った」

「僕は役立たずだ。肝心な時に力を振るえていない。人を救えていない。もっと賢くてしっかりしていたら、誰も傷つけずに、両親だけじゃなくみんなも幸せに過ごせていたと思う」


「後悔しかないよ。だからせめて目に映る人には後悔のないようにしてほしいって思う」


「それなのに、君を見ていると、自分の甘ったれの根性なしの部分を見せつけられているようで本当に腹が立つんだ」

それからハティさんが息を吐く。

「……ごめん」

「なんで謝るんですか」

「僕ばっかり愚痴を言ってしまった。やっぱり君のことを考えてあげられていない」

「そういうのが腹が立つんです」

「だよね」

「でも、ちゃんと気持ちを聞けて良かったです」

それから、僕は言った。

この人とはちゃんと向き合わなければいけないって思ったから。

「僕はあなたのことが好きになれない。でも、本当に強くなりたかったら、あなたみたいな人を利用してでも強くなろうって思う」


「だから、僕がなれるかもしれないっていう強さのカタチをみせてくださいよ」



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