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第34話 ちょっとマジな話



オルジュの街から僅か離れた場所。


城塞都市でもあるオルジュの街。

壁外にも居住区はある。


その宿屋の一室。


髭面の大男が椅子に腰かけふんぞり返っている。

彼の名は「グリード・バロウ」。


この一帯を治める「大領主」である。


背後には一人が控えている。

メガネをし、陰鬱な顔をしていた。


「例の物は持ってきてくれたか?」

グリードは横柄な態度で尋ねる。


視線の先には白銀の髪をした女性が立っていた。


「どうぞ」


嫌悪感を丸出しにしたアイスブルーの目でグリードを見下ろす女性。


彼女は「赤黒い石」を投げてよこした。


グリードはそれを掴むと、矯めつ眇めつ確認をする。


「確かに『恩寵』だな」


頬を歪める。


「お遣いご苦労だった。『イグリース』」


「それを何に使うつもりですか?」


イグリースと呼ばれた女性が尋ねる。


「あん?余興だよ」


グリードは事も無げに答える。


「実験ですか」


「まあ、な。上からは『眷属の適格者』を探せって言われているからな」


「ここで使うということは、『ウルフスベイン』を?」


「そういうこと。アイツ自身からも欲しいと頼まれたからな」


「そうですか」


イグリースはふと考えるように言う。


「あなたの領地での実験が、失敗したのは知っていますか」


「ああ、知っているぜ」


にやりと笑う。


「村なんざ履いて捨てるほどあるからな。次を探せばいいだけだ」


「そうですか」


グリードの言葉に冷ややかな態度のまま、イグリースは頷く。


「では、私はこれで」


イグリースが立ち去ろうとする。


「ああ、ちょっと待て」


グリードが呼び止める。


「おまえ、キャラ変わったか?」


「なんのことです?」


「この間、ある村に出入りしていた女がいてな」


グリードが髭を撫でる。


「なんでも、『白銀の髪』『アイスブルーの瞳』だったそうだぞ」


その言葉にイグリースはグリードに向き直る。


「それが?」


不快そうに眉を顰めるイグリース。


「今はすでに村を出ていると聞いているが、妙なことに『エルザ』と名乗っていたらしい」


ヒクッ


イグリースの頬が引きつった。


「大層な善人だったらしいぞ。しかも、かなりの『奔放な性格』だったそうだ」


「ゲラゲラ笑っていたかと思うと小悪党を叱り飛ばしたり、勝手に上がり込んで酒飲んだりもしていたらしい」


ヒクヒク……


「村の連中は、旧帝国の女傑『鉄血のエルザ』ではないかと噂していたらしい」


イグリースの表情を窺いながらグリードが言う。


「あの『エルザ』がずいぶんと陽気なキャラだと――――」


「ありえませんね」


イグリースが言い放つ。


「まあ、そうだよなぁ」


グリードはニヤついている。


「だって本人は――――」


「黙りなさい」


イグリースが睨み付ける。


「おおっと、悪い悪い『イグリース殿』」


グリードがおどけてみせる。


「どこぞの『性悪女』が騙っているだけでしょう。嫌がらせで」


「そうだろうな」


「私は『旦那様の下僕』ですから」


さらっととんでもないことを言い出す。


「その『旦那様』ってのは?『従属』は本当に効いているんだろうな」


「さて、どうでしょうかね」


イグリースがはじめて微笑む。

ニタァァァァァと。


「私は『旦那様のストーカー』ですよ?でも、あなたたちのせいで『おあづけ中』です」

引きつった笑いを浮かべるイグリース。


(いや、「ストーカー」って自分では言わないぜ。自覚症状って末期か?)

さしものグリードも引いていた。

そして、自分から水を向けたとはいえ、うすら寒いものを感じる。

この不毛な会話を早々に終わらせるべきだと結論付けた。


「それじゃあ、お遣いご苦労だったな」


「行っていいぞ」とグリードが手を振る。


イグリースは目を細める。


「それでは、私からも」


イグリースは表情を変えずに言う。


「あなたの実験場を荒らした輩は、『ガレット』と名乗っていたそうですよ」


それから、口の端を上げて笑う。


「もしかしたら、あなたの敬愛する『お頭』は来ているかもしれませんね」


皮肉たっぷりの表情で告げる。

そして、踵を返して部屋を出て行った。





少し歩いてから僕は尋ねた。


「ウォルフって人は何者なんです?」

「ウォルフ……ウルフスベイン・カイトは俺の仲間だ」


ガレットさんが話し始めた。


話によればこういうことだ。


この街の領主はウルフスベイン・カイトさん。

さっき僕を叱った人。


で、この規模の街の領主は小領主ってことになる。


こういった小領主をまとめ上げる権力者が大領主。

侯爵とかその上の公爵とかがそうなんだけれど。


今この一帯を仕切っている大領主はグリード・バロウという男。


この人のことは知っている。

だって、僕のいたバクス村もグリードの領地だったんだもの。


つまり、小領主で男爵のウルフスベインさんやガレットさんの上の位にいる。


あれ?でもちょっとおかしいぞ。

傭兵団は、ガレットさんが頭目だよね?

その部下だった人たちが同じ爵位とか、その上とかって???



「まぁ、立ち話もなんだから、ここで一杯やりながら話そうぜ」


そう言って酒場を示す。


「ああ、お前らはまだガキだから『酒』はダメだぞ」


そう念押ししてから、中に入って行った。


僕とハンナは顔を見合わせる。


「と、とりあえず中に入ろうか」


僕が言うと、ハンナも頷いた。





酒場といっても、お酒ばかり置いているわけじゃない。


ちゃんと食事も摂れる。


「とりあえず、つまみでもたのむかねぇ」


そう言ってガレットさんは僕たちを見た。


「んじゃ、シェアできるように『ポテトフライ』でいいか?」


「はい」


僕が返事をすると、ガレットさんは「飲み物、好きに頼んでいいぞ」と言った。


僕たちはカウンターで飲み物を頼む。


ガレットさんは「エール」を頼んだ。


「フードは、お席にお持ちしますね」

そう、店員さんが言った。


飲み物を受け取って、空いているテーブル席に着く。


「まぁ、飲みながら話すか」


そう言って、ガレットさんが話し始める。


帝国を併合する戦で功績を上げたガレットさんは男爵になった。

部下のみんなは騎士爵を賜る。


ガレットさんが爵位を貰うのと同時に、部下の中でも「隊長クラス」の人たちも領地を貰った。


当時の王様は、活躍に見合った褒美といっていたらしいけれど。

なんてことはない、勢力の切り崩しだ。


こうして、大隊長クラスは爵位と領地をもらえたので抜ける者も出た。

そのなかにグリード・バロウもいた。


「アイツだけ、とんとん拍子に出世したな」


理由は簡単。

犯罪に手を染めていた。

それも第三王子アドニス様が王権を得るために暗躍していた。


だから、アドニス新王の誕生が誕生し、帝国併合をした後に「大隊長クラス」が爵位と領地を得るというのも彼の描いたとおりのシナリオだったわけだ。


そしてグリードは過去の働きがもとで、新王権でのし上がった。


「だが、変わり身も早かった」


そう、グリードはアドニス王の治世のころからすでに共和政府の要人と接触していた。


反乱の手引きをし、目論見通り、アドニス王の治世は瓦解。

そして混乱の渦中、ウルフスベインさんはガレットさんと袂を分かった。


「ウォルフがなぜ俺から離れたかは、わからない」


ガレットさんの呟きが聞こえる。


ガレットさんは基本単純。

裏表がないし、仲間を信じている。


それだけにウルフスベインさんの意図が読めないらしい。


「ガレットさんは、どうしてそこまでウルフスベインさんを?」


僕の問いに、ガレットさんは笑った。


「傭兵団立ち上げは、アイツの案だったからな」


そして、エールのジョッキを傾ける。

口の端についた泡を拭ってガレットさんは言った。


「そもそも、俺がこうしていられるのもアイツのおかげだからなぁ」


「へぇ?」


「アイツがいなかったら、俺はコロシアムで死んでた」


「ちょっ、どういうことです?」


脈絡がない。


「ああ、それじゃあ、酒飲み話ってことで俺の昔話を聞かせてやるよ」


「本当なら、金をとるところだぜ?」


そうガレットさんは寂しそうに笑った。




俺は物心ついたときには路地裏で生活していた。


親の顔も名前も知らない。

自分の名前も知らない。


帝国領では同じような孤児がたくさんいた。


それが当たり前だから不幸だとか羨むだとか思ったこともない。


とにかく腹が減った。

飯が食いたい。それも腹いっぱい。


それしか考えることはなかった。


だから飯を食うために、孤児どうしで縄張り争いをしていた。


縄張りと言ってもたいしたことはない。

ゴミ捨て場、特に食い物が捨ててある場所をめぐっての争いだ。


俺は年齢の割には背が高く、力が強かった。

ガリガリの薄っぺらな体で、丸顔。

日に焼けて黒かったから「薄い丸焼き(ガレット)」と呼ばれた。


別の地方じゃ「富」を意味するというらしいが、それとは縁のない人間だ。


とにかく、見た目でそう呼ばれた。


何日かおきに周りの奴が死ぬ。

飢えだけではない。

事故もあるし病気もある。

時にはヘマをして殺されることだってある。


自分の命もそんなもんだと思っていたから、特段感傷的になることはなかった。


とにかく、目一杯飯が食えて満たされることが夢だった。



あるとき、闘技場の近くを通った。


興業があるとき、屋台が出る。

酔っ払いなどの懐は狙いやすかった。

時には気の大きくなった奴が、犬に餌でもくれてやるみたいに食い物をよこすこともある。


プライド?そんなもので腹が膨れるなら世話がない。


だから、みすぼらしい自分を見せて憐れみを乞うのだ。


恰幅の良いおっさんが声をかけてきた。


「おまえ、体でかいな」


男娼には向かないなりだから、声をかけられても警戒はしていない。


「剣闘士にならないか」


なんのことだかわからない。


「アカデミーに入れば、飯が食えるぞ」

この誘い文句に乗った。


「剣闘士ってなんだ?」

「この闘技場で戦って、客を喜ばせる見世物だ」


「アカデミーってのはなんだ?」

「剣闘士になるための訓練をするところだ」


「なんで、飯を食わせてくれるんだ」

「剣闘士になって稼いでもらうためだ。簡単に死ぬようなら金にならない。もちろん、客を喜ばせるための方法も覚えてもらうぞ」


どのみちいつ死ぬかわからない生活だ。


剣闘士の試合で死ぬのもそう変わりがない。


アカデミーで訓練している間は飯が食える。

剣闘士になっても飯が食える。


それならば、今とそう変わりがないどころか、マシなほうだといえる。


「いいぜ。ついていくよ」

俺はそう答えた。


「おまえ、名前はあるのか?」


「知らねぇ。みんなはガレットって呼ぶ」


「ほんじゃあ、ガレット、決まりだな。よろしく」



これが興行主のルーカスとの出会いだ。


ルーカスにはヘレネという嫁がいたがこいつはいつも多くの女を侍らせていた。


もともと生き死にや消息について関心の薄い孤児連中。

俺がいなくなっても、「ああ、アイツはどっかで死んじまったのか」と思うだけだ。

だから、剣闘士になるなどといちいち周りのやつらに伝える必要もなかった。


アカデミーは闘技場に隣接している。

しかも、広大な敷地を有している。

高い壁に囲われていて、まるで刑務所か何かのようだ。

外出の自由などない。

外との連絡や交流もない。


それらを壁の中に入る前に説明されたが、どうでもいい話だ。


ルーカスはすぐに教官と思しい男に俺を引き渡した。

大柄な男で、顔や腕には傷痕が縦横に走っている。


「これから、俺がお前の面倒を見る。レックスだ」


不愛想な男だ。

ついてこいと顎で示す。


個室が割り当てられた。

部屋と言っても寝床があるだけの3メートル四方の空間だ。

それでも、寒暖に申し分のない楽に寝られる場所など初めてだ。


同じような部屋が訓練場兼庭を囲むように並んでいる。

三階建ての建物だ。


ついで、食堂に案内された。

朝と晩にここで飯を食わせてくれるという。

時間は鐘を鳴らすので、それに合わせてくるといいという。

食べるのも仕事のうちだから、量も十分にあるので取り合いにならない。


そして、風呂を案内された。信じられるか?風呂だぞ。

今までそんなもん、聞いただけで使ったことがなかった。


それから、一日の過ごし方や治療を受ける場所まで説明があった。

一度にはおぼえられないだろうから使いながら憶えろということだ。


「一度でも逃げたら、殺す。訓練をサボっても殺す。俺たちは剣闘試合をするためだけに生かされる」


最後にこう言われた。


「剣闘士はほとんどがここで死ぬ。だが、客に人気があり、十分に稼ぐことができたら出ていくことができる。俺のように教官になるのもいい。興行主になるのもいい。もちろん出て行ってもいい」


レックスは頬を歪ませて続けた。

「とにかく、戦って生き抜くことだな」



剣闘士の訓練はかなりきつかった。


初日から半殺しにされた。


剣にはじまり、斧、弓、槍、盾、ロープなどの使い方。

素手での格闘。

戦車の乗り方や戦い方。

馬の乗り方と戦い方。

猛獣や魔獣との戦い方。


試合に出る前に使い物にならなくなるを避けるため、致命的な怪我はさせられなかった。

それでも、容赦ないしごきが続いた。


訓練と称していびってくる手合いがいる。

飯の時間も意地の悪い奴らがちょっかいをかけてくる。風呂の時もだ。


だが、剣闘士どうしのケンカはご法度だから表立ってのことはない。

みんな自分が大事だから、庇おうなどという奇特な奴なんか存在しない。


すべて、自分の力でねじ伏せるしかなかった。

もともと身長だけはあった。

飯を食わせてもらえるようになって体が大きくなっていった。

次第に奴らを見返せるようになってきた。



そして、剣闘士としてデビューすることになった。


最初は盾と片手剣の試合だった。

相手は俺よりも先にデビューしている奴。

司会が客を煽っている。

円形の闘技場、高い観覧席の四方から野次がとび、血に飢えた獣のような叫び声が木霊してくる。

恐ろしいとは思わなかった。

とにかくやるだけだ。

試合は一方的だった。かなりいたぶられた。

盾や剣を失ったが、戦意は失っていなかった。


俺は素手で向かって行った。

相手に飛びかかり、殴り倒す。

不意をついたので相手は転倒し、盾や剣を使う間もなく格闘になった。

自分もかなりやられたが、相手を倒すことができた。

いっておくが、剣闘士の試合で故意に相手を殺すことは少ない。

もちろん、事故などで死ぬことはあるが。

殺すのは主に罪人を使う時。

生かすか殺すかを決めるのも客の気分次第。


試合が終わったあと、レックスが俺のところに来た。


「やるじゃねぇか、ガレット。盛り上がったぜ」

そう言って肩を叩いて去っていった。




僕は、ジュースを飲むのを忘れて、話に聞き入ってしまった。


だってさ、いっつも「ヴィクトリー」ってうるさい人だと思ってたから。


陽気な人で、優しくて、面倒見がいい。


そんな「陽」の気質の人が、誰よりも飢えと孤独の中で生きてきたなんて。


しかも、飢えから逃れるために、今度は戦いの場を選んだ。


それも、「飼われる」立場なんだ。


「うううう」


ハンナが涙ぐんでいる。


「おいおい、湿っぽいのは、ナシで頼むぜ。別に不幸自慢したくって――――」


「レーヴァテイン……」


ハンナのが呟く。


「は?なに?『レバー』?」


ガレットさんが首を傾げる。


「ああ、ハンナの家で飼ってた『ニワトリ』ですよ」


「よく、ご近所さんと『バトルしようぜ』って戦わせたのぉぉぉ」


「え?あ?ニワトリなのに『殺す武器』の方の名前?」


ガレットさんが困惑する。


「話を聞いていたら、レーヴァテインを思い出しちゃって……」


ハンナが「チーン」と鼻をかむ。


「いや、俺の『剣闘士時代』の話聞いて、『闘鶏』思い出すなよな」


ガレットさんが天を仰ぐ。


「なんでこうも、俺の扱い悪いんかねぇ」




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