第30話 ジャガーノート誕生!
この日の朝は悲鳴から始まった。
村を徘徊していたネズミの魔獣たち。
それが群れとなって村長の屋敷に向かって行ったのだ。
――――チュゥ、チュゥッ!
相変わらず鳴き声だけは冗談のように可愛らしい。
だが、それ以外は絶望的だ。
赤く血走った無機質な目。
波のように押し寄せてくる。
「た、助けてくれぇ」
ポルコは叫び、村長宅の扉を叩く。
そこには「フードの男」がいる。
(俺は、「マスター」なんだ!俺だけは絶対に助けてくれるっ)
そう、自分は「使える奴」だ。
褒められたんだ。認められたんだ。
だから、村人なんか放ってでも助けてもらえる。
叩いた扉が開いた。
そうだ、いずれ「陰から世界を支配する者」に――――
「あ、ありがとう―――――」
そこには誰もいなかった。
一枚の手紙を残して。
『マスターへ。
実によく働いてくれた。
「実験体」のえさ場としてここを開放してくれたことに感謝する。
最後に、お前は「実験体」に好かれているようだ。
それも人徳というものか。
ぜひ、仲良くやってくれ』
そのような書置きだった。
「アイツぅぅぅぅぅぅ!」
ポルコは叫んだ。
◇
「なんで、魔物が一斉に?」
僕の言葉にリムアンが冷めた顔で言う。
「食べる物がなくなったからじゃない?」
「え……」
僕は青ざめた。
食べる物が無くなった?
じゃあ、次に狙うのは……
「「脂身!?」」
僕とハンナが同時に叫ぶ。
昨晩の最後通牒。
それは、「ポルコ」に何も伝わらなかった。
いや、ポルコは拒絶したんだ。
なら、もうどんな目に遭ったとしても僕はどうでもいい。
でも、アイツは誰かを盾にしてでも逃げようとするはずだ。
そして、村人といっしょにいる。
「ハンナ!」
僕はハンナの肩に手を置いた。
「ハンナはここにいて。ぜったいに危ないことはしないで」
僕は彼女の目を見て言った。
「う、うん……」
ハンナは目を潤ませて頷く。
少し興奮しているのか頬が赤い。
きっと、おじさんおばさんのことが心配でたまらないんだな……
〈ケッ、なに良い雰囲気だしてるのよ!アタシの方がアンタよりも上なんだからねっ〉
アンジェさんが毒づいている。
「僕がみんなを助けるよ」
僕はアンジェさんの言葉をスルーして、ハンナに言う。
〈ロッシェ、やるわよ〉
愛用の【土寄せ棒】「アンジェ」さんを握り直した。
地獄の千本ノックを堪え抜いたんだ。
簡単にやられるハルさんじゃないぜ。
よぉうし、ハルさん頑張っちゃうぞ!
〈カチコミじゃあああい!〉
アンジェさんが吠える。
◇
「なあ、ガレットさん」
フィンレーが声をかけてくる。
「もうさ、暴れてもいいかな」
まるで繋がれた猛獣が、首輪を外してくれと言わんばかりの目をしている。
「ああ、悪いな。待たせた」
「ホントだぜ」
ガレットの言葉にフィンがにやりと笑う。
「だってよ、弟妹」
その言葉を待っていたかのようにフェンリルナイトたちが得物を手に歩き出す。
すこしずつ、すこしずつ歩調が早まる。
ついには駆けだし始めた。
「『狩り』の時間だ!」
フィンの号令で一気に加速する。
「おおっ!いいスタートダッシュだ」
ガレットが手を叩く。
「行くぜ、目指すは完全試合!俺たちはワンチームだ!」
ガレットが叫ぶがフェンリルナイトたちは目もくれずに駆けていく。
「おい……無視するなよ、オマエら俺の扱い悪くねぇか?」
◇
「うおぉぉぉっらぁっ!」
フィンレーの気合一閃。
魔獣が真っ二つにされて塵と消える。
「吹っ飛べ!」
アルセイスが魔術で群れに風穴を開ける。
何体かをまとめて消し去った。
「行きます!【颶風狂乱】」
リャナンが高速の変位抜刀術を繰り出す。
風が吹き荒れ、嵐のように抜けた後――――
魔獣たちが千々に切り裂かれて霧散した。
「リム、本気出す」
リムアンの体を魔力が覆い、紫電が走る。
斧槍を手にさらに速度を増して駆ける。
加速するその姿が閃光を放ち、消えた。
「ハティ直伝の……【電光石火】!」
稲妻を纏った攻撃。
彼女もまた高速で駆け続け次々と魔物を打倒していく。
その後から土埃を上げて重戦車の如く突進してくる者がいた。
「おおおおおおおおおお」
スヴェンが盾を構えて走る。
2メートル越えのデカいネズミたちを跳ね飛ばしていく。
そして、ハルはというと……
「ゼェー、ハァー、ゼェー……ヒュー……おぇっ」
走って追いつくだけでも精一杯。
息も絶え絶えになっていた。
「ちょ、ちょっと休憩……おえぇぇ」
えずく。
「ったく、しょうがねぇなぁ」
ガレットの声がする。
「ルーキー、帰ったら特訓だからな」
ハルがぎょっとした顔をする。
「まずは俺がホームベースまで還してやるから」
ハルを抱える。
「悪いが、まだ盗塁王はガキどもに名乗らせられんな」
ガレットは彼を抱えたままジャンプする。
そして、空中で再度ジャンプした。
「うわっ、うわぁっ、うぁぁぁ」
ハルが悲鳴を上げる。
◇
「暴れんなっ、ついでに棒を俺に近づけるな!ただでさえ『足場』がそいつのせいで脆くなってんだからよ」
文句を言いながら空を「跳ぶ」ガレット。
傍から見ると高速で空を飛ぶ鷹そのものだった。
ジャンプの屈伸運動が羽ばたきにみえるほどに。
そして眼下に村長の邸宅を捉える。
「ほんじゃぁ、行くぜ!戦技・【破城槌】」
空中の足場を蹴り、急降下する。
大剣を構え、そのままの勢いで突っ込んだ。
爆音を立てて壁面を貫通し、崩壊させる。
ガレットは着地し、勢いのまま地面を滑った。
「やっべぇ、これでも抑えたんだが」
もはや村長宅は一階天井部分から上がすべて粉砕されてしまっていた。
「な、なんだ!?魔物か」
人々が悲鳴を上げる。
「うるせぇ!黙ってろ」
ガレットが怒鳴りつける。
「今、魔物ぶっころしてやっから、大人しくしてろよ、コラ」
彼の怒声に皆が縮こまる。
◇
俺は共和政府軍の兵士をしている。
名前は―――「モブオ」とでも呼んでくれればいい。
そこそこ剣の腕もたつし、中級の魔術も使える。
この「バクス村」で魔物が出たというので派遣された。
部隊のボスは常にローブを被った「魔術師」だった。
「豚面」のガキを常に連れている変な奴。
俺たちにも「豚面」に言うことには適当に話を合わせろと言っていた。
おそらく、あの「豚面」は現地での口利き役だろう。
でなければ「ブヒブヒ」うるさいガキの話なんぞ、誰が聞くか。
そうやって、自分に言い聞かせていた。
日に日に「魔獣」は増え続ける。
住民の安全も確保できなくなってきた。
そこで、村長の邸宅に皆を集めたまでは良いが……
増え続ける魔獣に有効な手立てはなく、ついに、「スタンピード」が起きた。
俺たち兵士は全員、兵の外に展開した。
もちろん、「魔獣」から村人を守るためだ。
なのに、なんだ?アレ。
遠くで魔獣たちが蹴散らされている。
「味方か?」
仲間の誰かが言った。
その時だった、空を切る音がして何かが突っ込んで来た。
村長の邸宅の屋根を吹っ飛ばした。
「やっべぇ、これでも抑えたんだが」
男の声がする。
「な、なんだ!?魔物か」
仲間が警戒を示す。
「うるせぇ!黙ってろ」
男が怒鳴りつける。
「今、魔物ぶっころしてやっから、大人しくしてろよ、コラ」
その言葉に安堵を覚えた。
なんだ、仲間か―――――
あ、コイツは見たことある。
黒鷹、ガレット・グランハート。
って、ええ!?
こいつはヤバい奴じゃないかっ!
みんなも気づいたようだ。
「ガレット・グランハート!」
「なんでここに!?」
表向き共和政府とガレットは戦をしていない。
だが、あくまでも、「表向き」だ。
奴の領地、「エーレンブルグ」に何度も使者を送っているが、独立自治を貫いている。
そんな奴がいるってのはどういうことなんだ?
「アイツだっ!アイツが『魔物』の親玉だっ」
後ろから声が上がる。
「豚面」のガキ……「ポルコ」だったか。
なんでガレットがわざわざこんな村、襲うんだよ。
「『魔狼騎士団』ってのとつるんでる!」
それで、俺たちの目の色は変わった。
フェンリルナイトってのは「白狼将軍」、ハティ・アガートラーム・マクスウェルの義理の子供たちだ。
そして、「ハティ」は危険人物。
政府は多額の懸賞金をかけている。
ついでに、姉の「エリーゼ」にもだ。
かつての仲間である「ガレット」なら、放っておけないだろう。
共謀して何か企んでいてもおかしくはない。
俺ら兵士は剣を手にしてガレットへ向き直った。
「へぇ、俺とやろうってのかい?」
ガレットが不敵に笑う。
こええええっ!
2メートル近くある巨躯。
ムッキムキの体。
戦場で出会いたくないヤツ「No1」。
ハッキリ言えば、「エリーゼ」や「ハティ」の方がギリ優しい方。
(こりゃ、アカンやつだわぁ)
絶望しかねぇよ。
結果なんか見えてるって話だ。
「いいかっ、お前ら!後ろには『民間人』がいることを忘れるなよ!」
うるせぇガキだなぁぁっ!
「取り囲んで、一斉にかかれば大丈夫だっ」
何が大丈夫だよ!お前、戦に出たことあるのかよっ!
想像だけで物言ってるんじゃねぇ。
やるんだった「お前」がやれ!
「だってよ?」
ガレットが呆れた顔で言う。
「おたくらも、苦労するよなぁ」
ガレットも困ったような顔だ。
別にコイツはバカにしてるわけじゃないだろう。
仮に、していても、格が違うんだからどうでもいい話だ。
けれど、「民間人」を背に庇っている。
退くわけにはいかないだろう。
俺たちは互いに頷き合う。
もはやヤケクソだ。
『せーのっ!』
息を合わせてみんなで一斉に斬りかかる。
ガレットの大剣が一閃する。
すさまじい風切り音。
そして、風。
俺たち最前列の「モブ軍団」はまとめて宙を舞った。
「ゲフッ!」
地面に落ちながらもみんなで受け身だけはとる。
泥にまみれて転がりながらも思う。
(ヤッベェ、生きてたあぁぁぁん。斬られてないぃぃ)
強かに地面に打ち付けられて体は痛い。
けれども、「命がある」だけでも感謝だ。
「クソがぁぁぁぁ!」
声に顔を上げると、槍を構えた「モブ仲間」が槍を突き出していた。
(バカぁっ!やめろってぇ!)
無謀にも、ガレットの後ろから襲う。
案の定、恐怖で腰が引けている。
そんなんじゃ、勢いもなければ、浅くしか入らないだろ!
ガレットはその巨躯に見合わない身軽さで体を反転させる。
受けるまでもないってことだ。
それだけで槍の軌道から外れた。
反転の勢いのまま、大剣を振るって「モブ仲間」を叩き伏せる。
「何やってんだぁっ!だらしねぇ」
ポルコの叫び声が聞こえる。
「なんだぁ?あの『豚面』。うるせぇなぁ」
ガレットがイラッとしたように呟く。
「プレーしたことねぇクセに、体張ってる『ヴィクトリー』な兵士を野次るなや」
「こうなりゃ、魔術だ!」
おいっ!豚面っ、やめろってぇ!
「やっちまえっ!」
オマエがやられちまえっ!
勢いに負けた「後衛」たちが、「魔術」を放つ。
それを、ガレットは難なく大剣で叩き落とした。
いや、「雷撃系」で感電しないっておかしくないか?
ドォォォォォォン!
数メートル先に落ちる「火炎魔術」。
(アッツゥッ!?クソ熱っ!!)
着弾地点からかなり離れているってのに。
巻き上げられた泥とか飛んでくる。
それから少し遅れて熱風が遅いかかってくる。
衝撃波で耳が痛い。
(掠っただけでも火傷じゃ済まねぇよ!まともに食らえば爆散すっだろ。俺ら殺す気かぁっっ!)
もはや、俺は一矢報いるとかそんな気概はなくなっていた。
「ホント、うるせぇガキだな。アイツが『ポルコ』ってのか」
ガレットが歩いてくる。
泥を踏むビチャビチャとした足音が近づいてきた。
俺は泥に顔をつけて、息を殺した。
恐怖で心臓がバクバク言っている。
正解はただ一つ。
「死んだフリ」
(どうか~、このまま気づかずに素通りして下さい……)
そう、俺は「死体」だ。
「死んだフリのプロ」だ。
モブ兵士の特権、「背景」になるんだっ!
存在を消せぇぇ。呼吸を最小にとどめろっ!
「メインキャラ」には到底できない「存在感の薄さ」をここでっ!
ハッハッハッ……
吐く息すら小さく抑える。
「オイっ!」
ビクゥゥゥゥゥっ!?
「ハルっ、いつまで後ろで寝っ転がってんだっ!早く来いよ」
「ハル」?俺じゃない。
気づかれてない……
そっと、息を吐いた時だ。
――――ドスッ
大剣が俺の顔の横に突き立てられる。
(ひぃぃぃぃぃぃっ!?)
「黙って寝てろ。妙な真似するんじぇねぇぞ」
バクバクバクバク……
もう、心臓が口から飛び出るかと思った。
ガレットは剣を引き抜くとそのまま歩いて行く。
な、なんとかやり過ごせた……のか?
そう思っていた。
泥を踏んで、走って来る奴がいる。
まだ、若い。子供じゃないか。
なんで【土寄せ棒】なんか持って来るんだよ。
今、どんな状況か分かってないのか?
「死んだフリのプロ」を貫く俺。
その横を「何の変哲もない少年」が駆け過ぎようとした。
(俺は「死体」だ。死体は喋らない。動くこともない。感情もない)
(だから、あの子供がどうなろうと――――)
「……バカヤロウ、ガキは、逃げろよ」
そう呟いていた。
せめて、俺なんかができるのはこの程度のことか。
そうしたら、その少年は立ち止まった。
振り返って、俺を見る。
「ありがとうございます、兵士さん」
そう礼を言われた。
「みんなを守ろうとしてくれて、ありがとうございます。どうか、お願いです。みなさんはそのまま寝たフリをしていてください」
そう、お辞儀をしてから走り去った。
◇
〈ロッシェ……〉
【土寄せ棒】の「アンジェ」さんが呟く。
「え?何?もしかして僕、また何かやらかした?」
僕の言葉に、アンジェさんが小さく笑う。
〈違うわよ。とっても素敵だって思ったの〉
「やだなぁ、褒めないでよ~、うへへへへ」
こそばゆくって笑う。
「あ……ハル!」
ポルコの声。
「この疫病神!お前のせいで村がっ」
はぁっ!?何言ってるの?
ポルコの周りにはまだ兵士たちがいる。
僕はようやくガレットさんに追いついた。
「お前みたいな『呪われ』の厄介者!いなくなってせいせいしてたってのによ!」
ガレットさんはポルコを睨み付けた。
「あ?お前、今、ハルのこと何て言った」
あまりの凄みに人々は口を閉ざす。
「コイツはな、『呪われ』でも『厄介者』でもねぇ!」
そうして続けた。
「バカなお前らにもわかるように教えてやるよ。よぉく聞けよ!」
息を吸いこみ、叫んだ。
「ハル・ロッシェは『ジャガーノート』!」
「抵抗すら無意味!全てを消し去る『不可抗力の破壊者』だ!」
その言葉が、なぜか僕のお腹にストンと落ちてきた。
僕は「相棒」……【土寄せ棒】の「アンジェ」さんを力強く握った。
ジャガイモ仲間へ
土日仕事(学校)の人も、今日1日の自分に「ヴィクトリー!」
熱い「魂」で堪えた自分、「ヴィクトリー!」




