第27話 漢ガレットの真面目な話2 【ハル・ルート】
剣闘士として長い時を過ごした。
けして順風満帆とはいえなかった。
両頬には深い傷が残った。
なぜか育つにつれて丸顔だった顔が、面長になっていった。
顎が丈夫になったからだろうか。
様々な戦い方、様々な相手との闘い。
俺は、客から人気があった。
図体の割には身軽で、軽々と宙を飛びながら相手を切伏せる。
最後まであきらめない。
ようは客を沸かせるツボを押さえていた。
年季が明ける年、妙な男と出会った。
3日後に最後の試合が組まれているという時だ。
(どうすっかな……)
控え所でぼんやりと考えた。
先のことをあまり考えていなかった。
とりあえず、外の空気でも吸ってみるか。
そんなことを思っていた。
それなりの金をもらえるらしい。
傭兵として一旗揚げるのもありか。いや、剣闘士と違って死ぬかもな。
かといって残って人に教えるってガラじゃねぇし。
そんなことを思案しているとき、控え所の前に男がやってきた。
控え所と言っても地下牢みたいなところだ
闘技場の地下にあるこの控え所には鉄格子がはめられ、試合を控えたり、終えたりした剣闘士が待機する。
客は試合の合間に格子越しに俺たちを見物することができる。
要は檻の中にいる獣を見る動物園ってところだ。
「おまえが、ガレットか」
男は不躾に聞いてきた。
「そうだけど」
「ちょっと、耳を貸せ」
「あん?」
俺に顔を近づけると、男は簡単に告げた。
「おまえ、このままだと殺されるぜ」
少しだけ動揺した。
「おまえよ、いままで剣闘士で解放されたヤツ知ってるか?」
問いに首を振った。
「残って教官やってるのは何人だ?みんなそれまでにおっ死んだのか?興行主ってのも怪しいだろ。お手てがぷよぷよした、デブしかいねえ」
男は笑った。
「で、それを教えるお前は何だ」
「ああ、俺はウルフスベイン。没落貴族よ。で、おまえのファンってところだ」
「そんな奇特な奴がいるのかね」
俺の疑念にウルフスベインが眉根を寄せる。
「俺にも算段があるんだよ。乗るか乗らないかはお前が決めろ」
「何を決めるんだ」
「このまま殺されるか。教官として残るか。俺と逃げるか」
「お前は、俺に何を求める」
「俺と一緒に一旗揚げないか。お前ほどの剣士は他に見たことがない。俺がその力の使い道を教える」
いかがわしいこの答えに俺は拒絶感を覚えた。
「答えになっていないな。お前が俺に求めるものを答えろ」
「鋭いな。バカじゃねえな。俺はよ、もう一度貴族になりたいんだ。そのためには力のあるやつを担いで、この戦争で名を売る。そのために賭けに見合うやつを探してた」
「で、俺か」
「そういうこと」
俺はこのまま殺されるのもバカバカしいので、この怪しげな男の話に乗ることにした。
「どうすればいい?あんまり難しいことはできねぇぞ」
「簡単な話だ。まずは金の場所を教えてくれ。あとは、お前はいつもどおりに試合を盛り上げてくれればいい。ただ、あんまり早く決着がつくとこっちの準備が間に合わないから長めにやってくれ。試合中にトラブルが起きるから、その時にお前は逃げだせばいい。逃げる段取りは俺がつけておく」
「お前が金だけ持って逃げるってのはあるんじゃないか」
「それを疑ったらキリがないだろ。信じるか信じないか、どっちだ」
「そうだな、四の五のいってられねえか」
俺は腹をくくって、やつに報奨金や上がりを保管している場所を教える。
◇
最後の試合前にルーカスの部屋に呼ばれた。
この先どうするかという問いだった。
「ここを出て、傭兵でもやろうかと思う」
そう言った。
ルーカスは「戦争に行くと死ぬかもしれんぞ」と心配そうな表情をつくろって言った。
だが、俺はそれでももう一度外に出たいと告げた。
傍に控えていたレックスにルーカスが目配せをした。
ここでやり合うのかと思ったら違った。
「それなら、解放の時に支度金をやる。いままでよく稼いでくれたからな、多めに用意しておく。額は期待していていいぞ」
そう言ったルークスは手を振って「もう行っていいぞ」と合図した。
何とも嫌な顔をしていた。
これは、ウルフスベインの言っていたことが本当であると確信させるものだった。
◇
最後の試合は戦車対歩兵の戦い。
歩兵は俺で、戦車が数台いる。
昔の偉人の戦いを再現したとかいう、趣味の悪い演出だ。
「今日は我らが剣闘士、黒い鷹・ガレットの最後の試合だ!」
「黒い鷹」とは俺のあだ名だ。
先にも触れたがでかい図体の割には身軽で、よく跳び回りながら戦うんでそう呼ばれた。
「黒」ってのは髪の色と浅黒い肌の色からきている。
今回は古の英雄が、単身敵の戦車隊と戦った英雄譚を模している。
太鼓の音が聞こえる。
「かの英雄は最果ての地を求め、世界の果てにある海を見んと仲間を連れて旅だった―――」
語りが聞こえてくる。
よくわからない話だ。
だが、筋書きは分かる。
多くの仲間を失い、最後に蛮族の兵のただなかに取り残される。
それでも英雄はあきらめず、敵のチャリオットと勇敢に戦い生き残る。
一人生き残った英雄は、悲しくもその地を後にして故国に戻るというものだ。
俺の試合前には英雄の仲間である兵たちが魔獣や猛獣と戦う演目がある。
これで他の剣闘士らが試合を披露するのだ。
十分に盛り上がったところで、トリに俺の試合というわけだ。
話がよくわからないのに筋書きがわかるのは、昔何度かその英雄の仲間の兵役で魔獣や猛獣、敵の兵隊と戦ったからだ。
◇
俺は戦車相手に立ち回った。
盾で防いで転倒させたり、槍を足場に中空まで飛び上がって戦車の御者台を襲ったりした。
ちなみに、俺には魔術の素養がないのだが、一時期から空中で足場のようなものをつくることができるようになっていた。
誰にも話したことはない。
試合でもあまり見せない。
切り札だからだ。
だから、客も他の剣闘士も俺が身軽で、ただ跳び跳ねているとしか思っていない。
◇
模擬戦のなかでの火災。
その混乱に乗じて俺は逃げた。
ちょうどチャリオットの軛から解放された馬がいたんでそいつに乗って逃げた。
邪魔なものは剣で斬り払った。
逃げ惑う客の中を抜け、市街地を馬で縦断した。
門のあたりで衛兵に止められそうになったがそのまま馬で突っ切った。
……これが外の景色か。
眩しいな。
草が生えて、小高い丘があり、空が高くて広い。
風が吹いた。
若草の匂いがこんなに良いものだとはな。
俺はずいぶん長い間、狭いところにいたんだな。
檻というより鳥籠の中だったんだろう。
日が暮れるころ、待ち合わせの場所にウルフスベインがやってきた。
正直な話、本当に来るとは思っていなかった。
「上首尾だったな、ガレット」
そんなふうに警戒心もなしに声をかけてくる。
まるでガキが悪戯を成功させたかのように自慢げな笑い。
「なんだよ、本当に来たのか」
俺は間の抜けた声を出した。
「あん?どういうことだ」
「そのまま金を持ち逃げすると思ってた」
「はっバカにすんじゃねぇよ。俺は落ちぶれても貴族だぜ。人の金ちょろまかして逃げるかよ」
「俺は貴族ってのは平民から金を吸い上げるのが仕事って聞いてたけど」
そう言った時、ウルフスベインが睨み付けてきた。
「その辺の奴らと一緒にするんじゃねぇ」
まずいな、怒らせちまった。
「悪い。何も知らねぇやつが知ったかぶりしちまった」
素直に謝った。
ウルフスベインも「おう」と言って「次、他の貴族と一緒にしたら許さねぇからな」と話を終わりにしてくれた。
持ち出した金は山分けにした。
「もともとはお前のだろ、もっととってもいいんだぜ」とウォルフは言った。
だが、コイツが協力しなきゃ手に入らなかったんだから良いと俺は言った。
「お前は良い奴だな」
ウォルフが言った。
「なあ、本当に俺と組もうぜ」
真剣な顔で言った。
「なんで俺を必要とする?お前だけでもできるだろう」
俺はウォルフに尋ねた。
「俺には『運』がない。『カリスマ性』ってのもな」
悔しそうに言う。
「俺は、俺の夢をかなえるために、『運』と『カリスマ性』のある奴と組みたいんだ」
その独白に俺は面食らった。
「俺に、そんなのあるわけねぇだろ」
「剣闘士ってのは実力だけで生き残れるわけじゃないだろ?負けても客が『生かしておけ(サムズアップ)』しないとダメだろうが」
「たしかに、そうだが」
「とにかく、俺はお前と組みたい」
「男に言い寄られてもなぁ」
俺の軽口にウォルフが「うるせぇ」と小突いてきた。
「茶化すんじゃねえよ」
「悪い。じゃあ、お前をお貴族様にするためにひと肌脱いでやるかね」
俺の軽い調子に、ウォルフが少し考え込んでいた。
そして意を決したように言った。
「俺の本当の夢は、『黄金の麦畑』だ」
「なに?」
「地平線の彼方まで広がる『黄金の麦畑』。かつて俺の民が望んで、叶えられなかった景色だ」
暗い影を落とした顔。それでも諦められない妄執を抱え、生きる支えにしている。
「腹いっぱい、アイツらに飯を食わせてやりたかった」
その言葉に嘘偽りはなかった。
そして、俺の脳裏には路地裏で空腹を抱えて震えていた自分と周りの奴らの姿が映った。
「最高だな」
思わず声に出た。
「最高の夢だな、ウルフスベイン。俺もそれに乗った!俺の夢は『みんなが腹いっぱい飯を食える世の中にする』ってのにするぜ」
俺は手を差しのべる。
「死ぬまで歩いて行こうぜ。夢見た景色にたどり着くように」
ウォルフは「ハッ」と鼻で笑いながらも俺の手を取った。
「いい、話ぃ~」
リャナンが鼻水を垂らして泣いている。
「お、俺、ガレットさんを誤解していたぁ、ごめん」
フィンが謝る。
「コーチ、明日のために何をすればいい?」
リムアンまで……
「俺ははじめっからコーチの筋トレ嫌いじゃなかったぜ」
スヴェンさんよ、それはフラグというやつでは。
「ただ『ヴィクトリー』って叫ぶだけの危ないおじさんじゃなかったんだね」
何気に失礼だよ、アルセイス。
僕らの反応を見て、ガレットさんはソニアさんを見た。
「なあ、コイツらそんなふうに俺見てたの?扱い悪くね?」
ジャガイモ仲間へ
今日も1日お疲れ様でした。
ガレットの過去編をお送りしました。
現実の皆さんも表向きは親切なルーカスみたいなのに悩まされていませんでしたか?
出会いによっては、ガレットみたいに道を切りひらけるかもしれません。
まずは今日の自分に「ヴィクトリー!」
明日もきっと「ヴィクトリー!」




