第208話 語られる絶望。幼き日の「リャナン」。いや、逃げて正解だよ?
私、リャナンシーは行くあてもなく歩き続けた。
おかあさんはもういない。
独りで生きていくしかない。
でも、生きていくための「術」を知らない。
誰かに助けてもらわないと生きていけない。
そんな無力な自分が情けなかった。
お腹が空いて、人のいる場所を探して……
「ある村」にたどり着いた。
そこで、初めて私は気づいてしまった。
「私は見た目が良い」ということに。
私を見た人は、私に声をかけてくれる。
「お腹が空いた」と言えば、ご飯を恵んでくれる。
「ありがとう」と笑うと、「お礼なんていいんだよ」って。
「お金」を取られることがない。
ある時には「ウチの子にならないか」とまで言われた。
でも、私は「みんなが嫌い」だった。
きっと正体を知れば、「恩恵」を強要するだろうから。
私は、当たり障りなく人との距離を取った。
長居はできない。
こうして、私は他の人の善意に甘え、いろいろな場所を転々とする日々を送った。
◇
――――そんなことを続けていた時だった。
やはり、人の善意なんてあてにしてはいけない。
「無償」なんて都合のいい話なんてないんだ。
「おい、言葉だけの礼なんかいらないんだよ!」
そう言って腕を掴まれた。
小太りで、清潔感のない中年男。
私に声をかけてきたときから感じていた嫌な視線。
私は抵抗するけれど、誰も助けてくれない。
「タダで恵んでもらえると思うなんておめでたいな」
男は私の腕を掴んで、どこかへひっぱって行こうとする。
「嫌っ!助けてっ」
悲鳴を上げるけれど、誰も助けてはくれない。
遠巻きに見ていて、視線さえ逸らす。
「飯の分、ちゃんと、元を取らせてもらうからな」
中年男がそう言った時だった。
「やめてくださいっ!」
男の人の声がする。
「あん?」
中年男は、声のする方を見た。
私も「彼」を見た。
彼は、手足を震わせながら、こちらを睨みつけていた。
どこかの貴族のお坊ちゃんだったのだろうか。
身なりは悪くない。
色白で、肉付きも良い方だ。
少しぽっちゃりしていて筋肉質ではないから。
顔も、下膨れの「茄子」みたいな感じ。
髪も少し濡れたようなようなぺったりした感じ。
マッシュルームみたいな形にカットしている。
「なんだぁ?どこぞの『貴族くずれ』か?」
中年男が言う。
このご時世では「貴族」であっても路頭に迷うことはある。
だから、私もこの中年男も同じ見立てであった。
「その子を離せっ」
男の人はなおも言う。
銀色の厚手の縁に覆われた「メガネ」。
メガネという高価なものをしているだけでも、元々の「財力」は窺われた。
「ウルセェなぁ、そんなに言うなら、お前が『買った』らどうだよ」
中年男が笑う。
「今なら、格安だぜ?なんせ、『金貨1枚』で売ろうってんだ」
私はこの男に殺意を覚えた。
私はこの男の所有物じゃない。
恵んでもらったのだって、いつ焼いたのかわからない「ボソボソのライ麦パン」と何の肉かわからない「臭い干し肉」だったのに!
中年男は笑う。
「普通は奴隷の相場は『金貨10枚』ってところだろ」
冗談じゃない!
いつから私はこの男の「奴隷」になったのよっ!
私は「違う」と言おうとした。
「イタっ!?」
中年男は私の髪を引っぱって、手に持つナイフを私に見せつけた。
「いつでも刺せるんだぞ」と言わんばかりに。
そうしたら、「男の人」はこう言った。
「わかった。買うよ」
まだ声は震えているけれど、そうハッキリと言った。
「へえ、商談成立だな」
中年男は上手くいったとばかりに笑う。
「僕は『タカシ』だ」
「おう」
男の人は名乗り、じっと中年男を見る。
中年男は目を逸らすこともせずに、「タカシ」を見返した。
「ところで、本当に『金貨1枚』でいいのか?」
タカシが中年男に聞いた。
「君は、なんか…凄い人だと思うけれど、良かったら僕の『騎士』にならないか。僕はこの世界の『覇王』となる者だから」
そう言った時だ。
「ブッ!ぶははははははっ!」
中年男が吹き出した。
当然だと思う。
何をそんな大ぼらを。
けれど、私は「タカシ」がほくそ笑んでいたのが見えた。
「ははっ……はぁ」
中年男が急にため息をついた。
目がうつろになっていた。
そして、「笑顔」になっている。
「そのお申し出、ありがたく、お受けいたします」
中年男は急に膝まづいて「礼」をとった。
「この子供の代金など不要です。私のものはアナタのものですゆえ」
私を含め、遠巻きに見ていた皆は混乱していた。
◇
「えっと」
私は、どう声をかけて良いかわからなかった。
まずは「ありがとう」と言うべきなのかな。
「ああ、僕は『タカシ』。タカシって呼んでくれたらいいよ」
そう男の人、「タカシ」は言った。
笑顔なのに、どこか目は虚ろ。
「死んだ魚」のように淀んでいる。
「『タカシ』助けてくれてありがとう」
私はそう言った。
「どういたしまして」
タカシは答えた。
そして、口の端を上げる笑み。
厚ぼったい唇が、わずかながら釣上がった。
何とも言えない「違和感」を感じる。
それは、「こう言われたら、こう返そう」というテンプレートをなぞっただけのやりとりと感じたから。
ちなみに、中年男は街を出るころでタカシに命じられて食糧調達に向かった。
「君、今日から僕の『パシリ』だから」ってタカシは言った。
さっきは「騎士」云々って言っていたのに……
「えっと、君の名前は?」
タカシが笑顔をつくって尋ねてきた。
淀んだ光を湛えた目が、眼鏡越しに見ている。
正直な話。なぜか背筋に寒いものを感じた。
「リャナン……です」
私は恐ろしさに堪えながら答えた。
「『リャナン』か。良い名前だね。可愛いな」
タカシがそう言った。
いや、ぜんぜんっ可愛くもなければ、良い名前でもない。
なのに、なんで「タカシ」はそんな感想なの?
なんだか、彼は何か……演劇の「台本」のようなセリフをなぞっているように見える。
受け答えが、決まり文句。
そして、そのセリフは必ずと言っていいほど「二枚目の主役」のものだ。
見た目は程遠いのに。
「リャナンは、どこか行くあてはあるのかい?」
キザったらしい。それでいて「身を案じている」というような問い。
「あ……」
少し迷った。
けれど、それも数秒も経たない。
「はい。この先の街に『親戚』がいるので」
私は「身の安全」を考慮してそう答えた。
途端に、タカシは慌てた。
私の回答が予想外だったのだろう。
まあ、「お決まり」では、私は奴隷商人に売られそうな「孤児」って感じだからね。
「あ、ああっ、えっと……こういう時は、『ゲーム』だったら」
「げーむ」って何?
タカシは何気ない様子を装って言った。
「そうか。なら、その街まで送るよ。君ひとりだと心配だからね」
なぜか自信ありげに鼻にかかった声で言った。
ごめんなさい。
アナタがいても、戦力にはならないと思います。
それに、下膨れの芋虫唇で、なぜか油を塗ったようなペッタリ髪の方に言われても……
何とも言えない「怖気」を感じながら私は、断ることもできずにいた。
◇
その後は「生き地獄」だった。
タカシは、珍妙なことをする。
ある時のことだ。
タカシは機嫌良さげに鼻歌を歌っていた。
それは、別に何の問題もない。
それなのに、急に耳に手をあてて、何かを話し出す。
「―――たん?僕は、君をずっと『応援』しているからね」
「うふふ、ありがとぅ」
誰と交信しているのっ!?
それから頭をブンブンと上下させて、小躍りする。
そうかと思えば、急に直立して、胸に手をあてた。
キリッ!
なに?何が起きたの?
なんで不釣り合いに、表情を引き締めて遠くを見ているの??
そう思っていたら、恍惚の笑みを浮かべて、手を天にかざしたのだ。
彼は、何か特別な存在と交信する「ドルイド(妖術師)」なのだろうか。
怖くて、私は何も聞けなかった。
◇
またある時のことだった。
私はふと隣を歩く「彼」の顔を見た。
わ、笑っているぅぅぅぅっ!?
声も出さず、ただ「ニヤニヤ」と笑っている。
え?えええ?何も面白いものないよっ!
だって、荒野のど真ん中だしっ!
根なし草すら転がってないよ?
「ハシ転がっても面白い」って歳でもないよね?
周囲を見渡しながら思った。
「あ、あの、タカシ?大丈夫?」
私は思わず声をかけた。
たぶん、熱中症とか、脱水症状で意識がもうろうと――――
「え?何?今、脳内で『にゃんKOミリタリー』の歌を再生してたんだけれど?」
え、なに、その「にゃんこ」ナントカッテ……
「うふふ、チョビちゃんのアレ、サイコウだったなぁ」
そんなことを呟いている。
「あああっ!」
急にタカシが叫ぶ。
「なに?何がっ!?」
私は周囲を警戒した。モンスター?
「ああああああああ!」
さらにタカシは頭を抱え、暴れはじめる。
「なんで、なんで『三毛』たんっ!中古になっちゃったんだよぅ!僕をうらぎったんだよぅううううう!」
地団太を踏むタカシ。
かと思ったら、伏して地面を叩き始める。
「くそう!くそう!みんな『嘘つき』だ。どうせ、見た目重視!イケメンと付き合うためにアイドルやっていたんだ!地下から育ててきた僕らなんて搾取するだけだと、嗤ってるんだぁぁぁぁ」
私は、どうにもこの「理解不能」な同行者に違和感と恐怖しか感じられなかった。
早く、一刻でも早く「街」に着かないかなぁ……
◇
今、街道からすぐわきに逸れた林にいる。
野営の準備。
といっても獣除けの「薬草」を投じた焚き火を前にしているだけ。
テントも毛布もないから。
ここまで歩き通しだから、夜くらいは休まないと。
食べ物もそろそろ心許ない。
タカシは旅に必要最小限の物しか持っていなかった。
「街」まではまだ遠く、それでいてあと一日ほどの距離。
でも、ようやく、「街」まで近づいた。
これで、「彼」との旅も終わりかと思った。
「フン、フンフン、フフフフン~」
軽快な鼻歌と、ニヤケ面。
そして、微妙にキレの良いダンス。
音が鳴るようなものなどない。
にも関わらず、耳に手をあてて「タカシ」は踊っている。
私が、おかしいのかな?
私には聞こえない、何かが聞こえているのかな?
ふと、私は耳に手をあててみる。
……何も聞こえない。
すごい!「タカシ」は【妖精の囁き(フェアリー・テイル)】のスキル持ちなんだっ!?
って、なるかーーーーーーーー!
そう思るくらい、「タカシ」は当然のようにそのような振る舞いをする。
ひとしきり、クネクネと踊った「タカシ」は、たき火を前にする私の隣に座った。
当然のことのように。
いや……距離感っ!
近いよっ!仲良くもなってないからねっ!!
タカシは「ひとつしかない水筒」を取り出し、「水」を飲む。
まあ、彼のものだ。私にとやかく言う権利などない。
たき火に照らされて、飴色にタカシのメガネが光る。
その奥にはいつも通り、淀んだ光を湛えた「死んだ魚のような目」。
「リャナンも飲む?」
タカシが勧めてくる。
正直、嫌だけれど、喉が渇いているのは間違いない。
私は「水筒」を受け取り、口をつけた。
こくこくと喉を鳴らして水を飲む。
タカシはその様子をじっとりと見ていた。
ううっ、何なのぉ……
「リャナン……」
不意に私を呼ぶ。
こちらを見て……うっすらと笑っている?
でも、私には「ニヤついている」としか見えない。
下膨れの顔。
茄子のヘタのようにしか見えない、ペッタリとした髪。
彼の分厚い唇の端には、産毛のような髭が生えている。
そっと、「彼」は私に手を伸ばしてきた。
ぽんっ、ぽんっ――――――
私の頭を撫でるように、軽く触る。
ザワワワワワワワワ!!!!!
なぜか、言い得ぬ「拒絶感」と「寒気」を感じた。
「もう少しで、『街』に着くね」
そうタカシが言った。
そう、その「街」こそが、私をこの地獄から解放してくれる「サンクチュアリ(聖域)」。
「寂しくなるな」
タカシが言った。
少しばかり。ほんっとぉぉぉぉぉに、少しばかり、私は自己嫌悪に陥った。
よく考えて見れば、そうだよ。
「タカシ」は見た目こそ「アレ」でも、私をあの変態のオッサンから救ってくれた。
そして、「街」までこうして送り届けてくれている。
良い人なのだ。
きっと、きっとそうなのだ。
そうでなければ、嫌だ!
お願い、そうであって!!
「リャナン」
タカシは言った。
「僕は、ずっと君の味方だよ」
静かに彼は言った。
妙に低めの声で言っていたのは気にしないことにする。
というか、発言に脈絡がない。
なんで、今、このタイミング?
「ずっと、君を見守っているよ」
いえ、ご辞退申し上げます。慎んで。
「僕は、君の一番の『理解者』だからね?」
アナタに、私の何が分かるっていうのっ!?
というか、「理解」しないでっ!
お願いしますっっ!伏してっっ!!
そっと、「タカシ」は私の肩に手を回してきた。
「緊張感」が私を包む。
ドクン…ドクン…ドクン
心臓が高鳴る。
私は身を固くした。
もちろん―――――言い表せない「嫌悪感」から。
(逃げちゃダメ、逃げちゃダメ、逃げちゃダメ……)
タカシはきっと私の身を案じているんだ。
また、悪漢に襲われないか、辛い思いをした私を気遣ってくれて、慰めようとしているんだ!
そうなんだ。そのはずなんだ!
「タカシ」は「イイ人」!「イイ人」!「イイ人」なハズなんだからっっっ!
私は優しく引き寄せられ、胸に抱かれる。
え?何を――――
――――こつん
そして、額を合わせられた。
「僕は、君の一生の『ファン』でいると誓うよ――――」
死んだ魚のような目。
歪んだ笑顔。
引きつったような笑いと、その厚い唇……と、産毛。
「良い子にしていたら、僕がきっと君を迎えにいくからね」
下膨れの顔が――――――近い。
「ぎぃっやぁぁぁぁぁぁあ!」
私は、思わず彼を突き飛ばした。
堪えられなかった。
もう無理だ!限界だった。
悲鳴を上げて走り出していた。
言い表せない「恐怖」と「嫌悪感」に衝き動かされて。
私は、「街」まで夜を徹して走り続けた。
◇
「ね、酷い話でしょ?わたしって、最低な子なのっ」
話し終えたリャナンは顔を手で覆って泣いている。
演技とは思えない、ガチ泣き。
「私を救ってくれた恩人にっ」
「『見た目がクソブサ』だからってっ」
何気に酷いことを言っている。
でも、僕はリャナンが本気で悩んで、そして「自責の念」で苦しんでいるのは分かる。
それに、「呪われのロッシェ」とバカにされた僕、ハル・ロッシェ。
だからこそ彼女の苦しみはなんとなくだけれど、理解できる。
彼女がその「血筋」故に他者から狙われ続けてきたことが辛い。
そして、その後の悲劇にはとても胸が痛んだ。
「ふぅ」
フィンたちがため息を吐く。
「リャナン」
フィンとスヴェンがリャナンの肩に手を置く。
僕も頷いた。
リャナンが顔を上げる。
『逃げて大っっ正解!!!』
僕たち三人で声を上げる。
「いや、話聞いて思った。『俺でもマジでムリ』って」
フィンが言う。
「ソイツは距離感バグってる!たった二、三日同行しただけで『ない』だろ?10年近く一緒にいて兄妹やってる俺でもできないって」
スヴェンも力説する。
「むしろっ!むしろリャナンは『善人』だよっ!僕はよく頑張ったって思うよっ」
僕も心からリャナンを励ます。
いや、本気でさ。
彼女はよく我慢したと思うなぁ。
普通ならソッコーで逃げるよねぇ……
「そう?」
リャナンが涙目で僕たちを見上げる。
「そうだよ」
僕たち三人は頷く。
「それでね、私は逃げちゃったんだけれど、すぐに『犯罪組織』に捕まって」
「ああ、それで俺たちと同じ牢屋に」
フィンたちが言う。
「うん。それでね、おとうさん(ハティ)に助けてもらって、少しした時だったんだ」
リャナンは身を震わせ、自分の肩を抱く。
「獣人族の人が訪ねてきたの」
え?どういうこと?
ここで何で「獣人族」がからむの?
「あの人たちは言っていた『タカシ・プロデューサーがお待ちです』って」
は?「プロデューサー」??
「どうやら、『タカシ』は『プロデューサー』とかいうジョブになっていて、獣人族を率いているみたいなの……」
ジャガイモ仲間のみなさんへ
世の中は三連休だそうですね。
みなさんはお休みでしょうか?
それともお仕事や学校でしょうか?
お天気も気まぐれなので、体調をくずさないようにしてくださいね。
今日も1日お疲れ様です。
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あ、ちなみに私は別に「某丼物好き」の方を悪くいう気持ちはこれっぽっちもありませんからね!
好みは人それぞれ。
他の方に迷惑かけなければ良いだけです。




