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第16話 開業、「エルザ&コレット」診療所。鬱々とする僕の裏でうごめく不穏な空気



あれから数週間が経って、もうエルザさんに会えないことが残念だった。

エナも時々寂しがっている。


綺麗なお姉さん、優しくって、いい匂いがして…胸も大きい……


我に返って、おおぃ、そっちかよ!って頭を掻きむしる。


そういう事じゃないだろっ。


〈ちょっとぉ、ロッシェぇ~〉


アンジェさんも呆れ顔。(雰囲気だけね)




あの後、コレットを連れて行ってほしいと僕からもお願いした。


代わりに僕をその辺に置き去りにしてくれって言った。


憲兵に保護されるようにすれば、時間稼ぎができるって説明した。


エルザさんは躊躇ったようだ。

もちろんコレットを連れていくことをだ。


それでも意志を曲げないコレットに折れて連れていくことになった。


僕はエルザさんに目隠をされ、腕を縛られた。

彼女が鞄から出した「包帯」で。


僕がなにもされないまま帰ると変に疑われるというのだ。


「ハルを……お願い」


エルザさんは【土寄せ棒】の「アンジェ」さんに向かってそう呟いた。


え?もしかして、エルザさん……?


〈アンタに言われるまでもないの!サッサと行った行ったっ〉


アンジェさんは「シッシッ」と追い払うような擬音を出す。


エルザさんには聞こえてないみたい。


コレットをともなって去っていった。


エルザさんが立ち去って数時間もしないうちに捜索隊が来た。

僕は用が済んだので拘束されて捨てられたと説明した。

コレットは人質としてそのまま連れていかれたとも言った。

目隠しをされていたのでどっちに行ったか分からない。


そんなことを説明したら憲兵も納得した。



こうして僕のなかでの一大事件に、気持ちの整理がつかないまま日常に戻った。


相変わらず嫌味というか文句を言われる毎日。


エルザさんに癒してもらっていたから頑張れたけれど。


エルザさんがいなくなってからポルコは以前に増して威張るようになった。


「いつまでやってんだよっ、遅ぇんだよ」

遠くでポルコが文句を言っている。


他の人に何か言っては大声で笑っている。


「ケヒヒヒヒ」って笑い声が甲高い。

バカにしているんだろうな……

こういう笑いの時は大概誰かの悪口だもの。


〈ロッシェ、気にしない気にしない!あんなの「無視」よっ「虫」〉

そうだね。アンジェさん。


アイツの文句にへこまされないぞっ、と。


そう思って枝にハサミを入れる。


ヤバい、何か一緒に切った。


ブドウの枝を結び付けていた紐だ。


……セーフ。


少し下がったけれど大事な枝が折れたりしてない。

すぐに結び直さないと。


「おい!何やってんだよ!」


目ざとく見つけたポルコの怒鳴り声が聞こえる。


はい、僕はこんなもんです。

これは僕のミスです。

すみませんでした。




バクス村からさらに西へ離れた田舎町では、暖かな空気に包まれている。

種まきを始めるため、人々は懸命に土を掘り返している。

耕作が放棄されて荒れた土地も多い。

木々も乱雑に切り倒された跡が残る。

雑草が生い茂り、その中で咲かせた花が薫香をわずかながらに放っていた。


無事越冬するためにいまからでもできるだけ多く作物を作らなくてはならない。


そのために、人々は地面ばかり見続けている。


天を仰ぐのは気まぐれな天気をみるときか、疲労の溜まった腰を反らすときだけ。

そんな陰鬱な空気の中、ひとりの少女がバスケットを手に田舎道を歩く。


手にしたバスケットにはパンと小瓶がいくつか入っている。


使いの帰りなのか鼻歌混じりの軽い足取りで進む。


少女は栗色の髪を肩口で切り、闊達さがうかがえた。

右側の髪を一部結び「黄色いリボン」をしている。


暗い影を落す朽葉色の瞳は神秘的な雰囲気をもたたえている。


コレットであった。


行商の馬車によってつけられた轍の伸びる先に、申し訳程度の大きさの小屋がある。


我が家を前に少し歩調を緩める。

家を囲む畑には麦わら帽子を被った頭が見え隠れしている。


「先生、ただいま帰りました」


そう元気よく声をかけると、麦わらが顔をあげる。


まだ歳若く、およそ少女の姉とも見受けられる女性。

エルザである。

白銀の髪を肩の高さで切り、無造作に垂らしている髪型はそのまま。


「お帰り」

アイスブルーの瞳がコレットを見て、微笑む。


「お薬は戸棚にしまっておきますね」

「そうね、よろしく。もう少ししたら私も行くわ、お湯を沸かしておいてちょうだい。お茶にしましょう」

「はい」


コレットは鼻歌をうたいながら家に入る。


ドアプレートには「エルザ&コレット 診療所」と書かれていた。


エルザは相変わらず流れの医者として過ごしていた。

今回は空き家を見つけ住み着いている。

評判は上々。

といっても相変わらず日に数えるよりも、月で診療に来る人数を数える方が早い。

寂れた片田舎での診療所だ。致し方ないといえばそれまで。

彼女たちは日の殆どを診療所の診察室ではなく、隣の畑で土いじりをしてばかりいる。

当のエルザはこの生活を気に入っているようで、不平を鳴らしたことはない。


一方でコレットは違った。


ティカップを手にコレットはため息をついた。


「どうしたの?」

のんびりとしたエルザの問いかけにコレットはさらにため息をついた。


「お金がもう残り少ないです」

コレットの言葉にエルザが「う」とうめく。


家計が火の車なのだ。

もっとも必要とする医薬品購入が難航しているのだ。


エルザは博識で、自身で山に入っては薬の材料を探して精製をしている。


とはいえ、どうしても自分で作れないものもある。

そういうときは今日みたいに代わりにコレットが買いに行くこともある。


しかし、そのための資金が尽きかけているというのは死活問題だ。


原因は明白でエルザが診療報酬をあまり受け取りたがらないためだ。


あまり稼いでいると目立つとエルザは言う。

確かに、エルザが身を隠さなければならないというのは理解している。


目立ってはいけないというのも重々承知している。

けれども、大事な商売道具がないのは、それはそれで本末転倒ではないか。


「善処します」


エルザはうなだれて言った。




ウォルター・H・ウォーロック。


中肉中背、金髪を無造作に切り、愛用の剣を腰に下げる姿は威厳に満ちている。


まだ年若い彼が共和政府軍の軍事司令である。


七人の議員の命を受け、軍事行動を統括する者である。


そして、副官にリュック・シュナウザーとランドルフ・エッガーがいる。


リュックは堂々たる体躯の巨漢。茶色の短髪に掘りの深い顔立ちに口髭。

風貌通りの生真面目な武人である。


ランドルフは赤毛の痩身。部下に冗談を言っては笑わせるほど隔てない人物。

裏表がない青年である。


「そろそろ始めるぞ」

ウォルターが告げる。

言葉に二人の副官は頷いた。


会議室に集ったのは先ほどの三人を含めると総勢で六名となる。


ローブ姿の魔術師、ディアブロ。

グレーの瞳には生気ない。

だが、ただ座しているだけでも漏れ出る魔力の量は尋常ならざるものがある。


「旧オルレア領で不穏な動きがある。報告を」

ディアブロの言葉を受けて、凹凸のない仮面をつけた男が言葉を発した。


「『エルザと名乗る流れの医者』がいたと報告が上がっている」


抑揚のない機械的な声。


諜報を担当しているナハトである。

痩身でさほど身長も高くはないが、手足が不釣り合いに長い。


「エルザ?それは確かに妙な話だ」

リュックがテーブルの向こうに座る女性を見る。


「はい、孤児院のシスターからもその人は『エルザ』と名乗っていたと」


目をアイマスクで隠したその女性が答えた。


彼女はクレイグ・アナスタシア。

有もしない罪で火刑を受けたかつての聖女であった。


「では、旧帝国の英雄『鉄血のエルザ』の名を騙る偽物か」


「そう思いたいね」

リュックの言葉にランドルフが物言いをつける。


「ランドルフ、気になるのか?」

「あの女狐のことだ。俺らを謀っているとは思わないのか?」

辟易したように言う。


「私の『従属』の魔術が効いていないというのか?」

ディアブロの問いにランドルフは肩をすくめた。


「別に効いていないとは言っていない。ただ、やりようはいくらでもあるってことだ。ある程度の自由を保障しているいる時点で、抜け出すことも可能だろう?」

「狩人としての勘か」

「そういうこと」

ランドルフの言葉に対して不機嫌そうにディアブロは鼻を鳴らす。


「外見上の特徴も一致している」

ナハトが言葉を添える。


「ほ~らな」

自慢げなランドルフに対してウォルターが口を開いた。


「その者は『医者』だったのか?」

念を押すように訊ねた。


「腕の良い医者だったようですよ」

クレイグが答える。

その言葉に一同の空気が張り詰めた。


「そいつ、もしかしたら」


「やはり『エルザではない』か」



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