第1話 冷たいお芋と冷たい雨
前書き
君たちを笑った奴らの方が滑稽だ。
誰かを貶める姿は、自らの弱さを露呈しているに過ぎないのだから。
馴れ合いだけの仲間など求めるな。
土にまみれた「ジャガイモ」たちよ。
今はただ、暗闇の中で静かに力を蓄えろ。
芽吹くとき、その身に宿すのは「毒」。
懸命に泥をすすった君たちの「毒」は――
いつの日か、世界を蹂躙する**不可抗力の破壊**へと変わる。
【登場人物紹介】
■ハル・ロッシェ(主人公)
農業に従事する青年。魔力持ちが当たり前の世界で、魔力を一切持たず「無能」と蔑まれる。特技は芋堀りと芋料理。代々伝わる「土寄せ棒」を大切にしているが、実はこの「棒」はあらゆる魔力を霧散させる「神器」だった。
■コレット・オルレア(サブ主人公)
王家の血を引く少女。大人たちの裏切りによって孤児院に入れられてしまう。他人の本音がイメージとして「視える」ことで気味が悪いと忌まれてきた。だが、それこそが王家のみが使える「真実を見抜く瞳」だった。
「いつまでも汚い棒切れで地面つついてるんじゃねぇ!」
怒声が響く。
僕は地面に這いつくばって、地面に転がっている棒を見ている。
ただこの時間が早く過ぎるのを待った。
地面に落ちた棒の周りだけ、なぜか土の匂いが濃くなる。
僕はこの不思議で、でも見慣れた光景を見ながら堪えた。
唾を飛ばしながら怒鳴りつけているのはこの農園の古株のポルコ。
僕のすることは何でも気に入らないらしく、難癖をつけてくる。
今回は、芋の作付け作業が遅いと怒鳴りつけてきた。
ただ怒鳴るだけではない。まず先に暴力を振るわれる。
僕は後ろから蹴られた勢いで転んでしまった。
地面に伏せたままコイツの暴言を浴び続けた。
この農園では主食用のジャガイモと名産品のワイン用のブドウを育てている。
ポルコたちはブドウの樹の剪定をしていた。
僕だけが作付けをしていたのだけれど、このていたらくだ。
「おい、ハル!聞いているか?ただでさえ戦のせいで人手が足りないんだ。自分の担当だけやればいいってわけじゃない。他の人のフォローもしろよ」
知らない人が聞けば、言っていることはもっともらしい。
でも、芋の作付けは僕一人にやらせて、自分たちは数人がかりで剪定をしているんだ。
作業場所の広さは同じくらいだから、圧倒的に僕の仕事量が多い。
種芋を押し込むために愛用の棒を使っていたんだけれど、それも気に入らなかったのか。
「ったく、見ているだけでイライラする」
そう言って唾を吐く。
「時間のムダだからこれで勘弁してやるけど、早く終わらせて俺の手伝いに来いよ」
◇
私、コレット・オルレアはいつも怯えていた。
私のことを見てくれないお父様とお母様。
見えないところで意地悪をしてくる大人たち。
お父様が死んで、すぐに私は孤児院に入れられた。
貴族の子供ではなくて、ただの捨て子として。
数年前まで戦が続いていたので孤児は多い。
魔物も出るし病気や事故で孤児になる子もいる。
孤児院で私は他の子と同じ部屋で過ごした。
朝晩と食事が与えられる。
お湯とほとんど変わらないスープとお芋がいつものご飯。
お風呂がないので身を清めることがない。
髪を切ることもないので伸び放題。
屋敷にいたときは使用人が髪を梳って結んでくれていた。
自分では結び方がわからない。
他の子も自分のことで精一杯。
他の子がどうであろうと興味がない。
誰かを助けて仲良くなろうとか、そういう気力すらないんだ。
10歳くらいになったら、近所の農家さんのお手伝い。
農家さんのお手伝いのお礼が、私たちのご飯になる。
だから何を言われても私たちは黙って働く。
大きくなったら出て行かなくてはならない。
それまでに働くところを探さなくちゃいけない。
でも私はのろまだからいつも失敗ばかりして怒られる。
何か言おうにも怖くて言葉が出てこない。
そうして「もういいよ」とか「明日から来なくていいよ」とかすぐに言われてしまう。
行くところがなくなって孤児院に引きこもるしかなくなった。
みんなが働いている時間は書庫で本を読んで時間を潰す。
夜にはみんなと一緒にスープとお芋を食べる。
みんなは何も言わない。
でも、働きもしないでご飯を食べている私をどう思っているんだろう。
周りの子の本音を覗きたいという気持ちはある。
けれど、でもまた本当のことが見えてしまって、傷つくのも嫌だな……
冷めて固くなったお芋を齧る。おいしくない。
喉にひっかかる。私はそれをスープで流し込む。
味があまりしない。
でも、お腹は空いているから食べないと。
本当に私は誰にも必要とされない。私は、いらない子なんだ。
悲しいと思うけれど、自分からいなくなろうとは思わない。
怖いから、そういうことを選ぶこともできない。
私はダメな子なんだ。どうしたらいいんだろう。
◇
雨が降りしきる中、ひた走る影がある。
陽光のもとでは白銀に映えるその髪も、今は雨や泥にまみれて灰褐色に見える。
まだ20代半ばともとれる青年。
ハティ・アガートラーム・マクスウェルは焦燥に駆られていた。
「くっ」
森を抜け、眼下に広がる景色を見たとき彼は歯噛みした。
「なんということだ」
人々の群れ。怒号と怨嗟の声がこだまする。
彼らの向かう先はおそらく王都であろう。
まるで砂の城をさらうかのような人の波。
王国は帝国との戦に勝ち、黄金期を迎えた。
だが、長く続いた戦乱の時代は人々を困窮させた。
この数年で復興がどれだけできただろう。
人々の怒りがこの光景となったのだ。
(早く、早くせねば手遅れになる)
彼は覚悟を決めた顔で天を仰いだ。
「儚き蕾たちが、花咲く前に踏みにじられてたまるかぁぁ!」
彼の背後で雷鳴が轟いた。
ジャガイモ仲間たちへ
かつての自分、もしくはこれからの自分である「ハル」くんと「コレット」ちゃんの物語が始まります。
日々、悪意にストレスを抱える仲間たち、今日もあとひと踏ん張りできますように。




