第44話 謎の船と、胡散臭い救世主(やっぱり!)、そして新たな船出
洞窟の暗闇の中、
私たちは、息を潜めて、
海上に浮かぶ、あの不審な船を
見つめていた。
(ど、どうしよう……!)
(ネプトゥーリア王国 の追っ手じゃない……)
(でも、私たちの脱出路を、
ピンポイントで待ち伏せしてるなんて!)
(一体、何者なの!?)
私の心臓は、
もはや恐怖と緊張のあまり、
ドラムソロでも始めているんじゃないかと
思うくらい、激しく鳴り響いている。
カイ様 は、私とセーラ 、そしてフィンレイ様 を
背後にかばい、
いつでも抜けるように、
静かに剣の柄に手をかけている。
その背中は、頼もしいけれど、
同時に、これから始まるであろう
絶望的な戦いを予感させて、
私の胸を締め付けた。
やがて、謎の船から、
一隻の小舟が降ろされ、
こちらへと、まっすぐに
向かってくるのが見えた。
(……来る!)
カイ様 の全身から、
ピリピリとした闘気が放たれる。
私も、咄嗟に、
懐に隠していた『領主の仮面』 を
装着しようとした。
気休めにしかならないかもしれないけれど、
それでも、何もしないよりは、ずっといい!
小舟は、洞窟の入り口の浅瀬に、
静かに乗り上げた。
そして、その中から、
一人の男が、ひらりと軽やかに
陸へと降り立つ。
月明かりに照らし出された、その顔を見て、
私は、息をのんだ。
人懐っこい、でも、
どこか食えない、その笑顔。
間違いない、あの時の……!
「やあ、姫君。
こんな夜更けに、奇遇だね」
胡散臭い笑顔の吟遊詩人 が、
まるで、偶然再会した友人にでも
声をかけるかのように、
私たちに向かって、ひらひらと手を振った。
「なっ……! あなたは、
あの時の吟遊詩人!?」
「なぜ、あなたがここに!?」
驚きと混乱で、
私の声が、上ずる。
「おっと、そう殺気立たないでくれよ、
アクアティア の騎士様」
吟遊詩人は、カイ様 の鋭い視線を、
ひらりとかわすように肩をすくめた。
「俺は、あんたたちの敵じゃない。
むしろ、その逆さ」
「……どういうことですの?」
私が問うと、彼は、
悪戯っぽく、にやりと笑った。
「あんたが、あの酒場で、
俺に『海神の涙』 のことを尋ねてきた時から、
ずっと、あんたたちのことを見ていたのさ」
「俺たちは、仲間内で、
あんたの行動に、賭けをしていたんだぜ?」
「『あの仮面被りの姫君は、
どこまでやれるのか』ってね」
「……あなたたち、一体、何者ですの?」
「俺たちは、しがない『語り部』の集まりさ。
忘れ去られた、古の物語を、
探し集めているだけのね」
「そして、あんたたちと同じように、
ネプトゥーリア王国 のやり方を、
快く思っていない者たちの集まりでもある」
彼は、私たちが隠し持っている、
石の円盤と、青い石の存在を、
知っているかのような口ぶりだった。
「あんたたちが、あの城から
この道を通って逃げ出すことも、
だいたい、お見通しだったのさ。
なにせ、その通路の伝説も、
俺たちが集めた、古い物語の一つだからね」
「……!」
「正直、驚いたよ、姫君。
あんたの、あの無謀な奪還作戦にはね。
あんたには、どうやら、
『真実』を知る資格があるらしい」
吟遊詩人は、そう言うと、
背後の、漆黒の海を指さした。
「あんたたちが解き明かした、
あの星図が示す場所。
そして、あんたたちが本当に
探しているもの……。
そこへ、俺たちの船で、
連れて行ってやってもいい」
「……!」
それは、あまりにも、
出来すぎた話だった。
まるで、蜘蛛の糸が、
地獄の底へと垂らされたかのように。
「信用、できないかい?」
私の心の迷いを見透かしたように、
吟遊詩人が、楽しそうに笑う。
(……信用できるわけ、ないじゃない!)
(こんな、胡散臭さの塊みたいな人!)
(でも……)
ちらりと、洞窟の外を見る。
遠くの海上では、
ネプトゥーリアの警備艇の灯りが、
いくつも、こちらへ向かってくるのが見えた。
もう、私たちに、逃げ場はない。
(……乗るしかないんだわ)
(この、胡散臭い救いの手に!)
私は、覚悟を決めた。
「……分かりましたわ。
あなたを、そして、
あなたたちの船を、信じましょう」
私の言葉に、吟遊詩人は、
満足げに、深く頷いた。
私たちは、彼の小舟に乗り込み、
沖で待つ、彼の母船へと向かった。
船に乗り移り、アクアティアの海岸を
振り返ると、
ネプトゥーリアの船が、
まさに、私たちがさっきまでいた
『潮騒の洞窟』へと、
殺到しているのが見えた。
本当に、間一髪だったのだ。
謎の吟遊詩人の船は、
帆に、いっぱいの夜風を受けて、
星図が示す、南の、
未知の海域へと、滑り出した。
行き先も、
彼らの本当の目的も、
何もかもが、まだ分からない。
でも、不思議と、
私の心は、少しだけ、
晴れやかだった。
そして、胃の痛みも、
ほんの少しだけ、
和らいでいるような気がした。




