第45話 絶望の海と、最後の祈り、そして瑠璃色の奇跡
謎の吟遊詩人――彼の名は、リオというらしい。
彼が船長を務める『さざなみ号』は、
夜の闇に溶け込むように、
アクアティア公国 の海を、南へと進んでいた。
「……本当に、この先に、
何かあるのでしょうか」
私は、船べりで、
フィンレイ様 が解読した星図と、
真っ暗な海原を、交互に見比べていた。
「さあね。古文書によれば、
『賢者の島は、求める者の目にしか映らない』
って話だが」
リオは、舵を握りながら、
相変わらず、胡散臭い笑顔を浮かべている。
私たちの安堵も、束の間だった。
「後方より、快速船!
ネプトゥーリアの紋章です!」
見張りの船員が、叫ぶ。
振り返ると、そこには、
水平線の向こうから、
恐ろしい速さで、
一隻の、黒く鋭い船が、
私たちを追ってくるのが見えた。
あの船……間違いない、
テオン王子の、専用艦だ!
(う、嘘でしょ!?
どうして、私たちの航路が……!)
「くそっ! 読まれてたか!」
リオが、忌々しげに舌打ちする。
「この船じゃ、速さじゃ敵わない!」
あっという間に、距離は縮まっていく。
もう、逃げ場はない。
「……アリア様」
カイ様 が、私の前に立つ。
その手には、すでに剣が握られている。
「ここは、私と、この船の者たちで食い止めます。
あなた様は、フィンレイ様 と共に、
どうか、生き延びて……」
「嫌ですわ!」
私は、カイ様 の言葉を遮った。
「もう、誰かが犠牲になるのを見るのは、
たくさんです!」
「それに、まだ、手は残っています!」
私は、フィンレイ様 が守っていた、
石の円盤と、
そして、懐から、
あの青い石――『海神の涙』 のかけらを
取り出した。
「リオさん!
星図が示す、最後の場所は、
もうすぐですわね!?」
「ああ、もう目の前だ!
だが、見ての通り、何もないぜ!」
「いいえ、あるんです!」
私は、円盤を船の中央に置くと、
その窪みに、青い石を、
強く、はめ込んだ!
「フィンレイ様 、あのメロディを!
カイ様 、セーラ 、みんな、歌って!」
私が、あの古のメロディを口ずさむと、
みんなも、戸惑いながら、
それに合わせて歌い始めた。
私たちの、最後の、祈りの歌。
すると、円盤が、
あの『海神祭』 の夜以上の、
眩い、青白い光を放ち始めた!
海が、共鳴するように、激しく波打ち、
空には、渦を巻くように、雲が集まってくる!
「な、なんだ、これは!?」
背後まで迫っていた、
テオン王子の船からも、
動揺の声が聞こえてくる。
しかし、無情にも、
テオン王子の船から、
降伏を勧告する、拡声器の声が響いた。
「アクアティアの姫君!
おとなしく、その遺物を渡せ!
さもなくば、船ごと、海の藻屑にしてくれるぞ!」
もう、ダメなのか……!
私たちの、最後の希望も、
ここで、潰えてしまうのか……!
私が、仮面 の下で、
ぐっと唇を噛みしめた、
その瞬間だった。
グオオオオオオオオオオオオッ!!!
空気を震わせる、
これまで、聞いたこともないような、
荘厳な、巨大な雄叫びが、
天の上から、轟いたのだ。
「「「!?」」」
その場にいた、誰もが、
アクアティア も、ネプトゥーリア も、
全ての動きを止めて、
空を見上げた。
渦巻く雲を、突き破って。
そこに現れたのは……
一頭の、巨大な、
瑠璃色の鱗を持つ、ドラゴンだった。
そして、その背中には、
一人の、黒髪の青年が、
凛として、立っているのが見えた。
「……ドラゴン……?」
私が、呆然と呟く。
それは、おとぎ話でしか聞いたことのない、
伝説の生き物。
突如として、戦場に舞い降りた、
圧倒的な、未知の存在。
その登場は、
この絶望的な海の上の、
全てのパワーバランスを、
一瞬にして、無に帰した。
腹黒い王子の、驚愕に歪む顔。
鉄壁の騎士の、信じられないものを見る目。
そして、私の、
止まっていた心臓が、
再び、大きく、動き出す音。
アクアティア公国 の運命の歯車が、
今、誰も予想しなかった方向へと、
大きく、大きく、回り始めた。




