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第29話 私だけの解読コード

「こ、ここですわ、アリア様。

『海神祭』 で使われる道具や

書物が保管されている書庫は……」


セーラ が、おずおずと指し示したのは、

城の礼拝堂の、さらに奥。

ひっそりと佇む、

古くて小さな扉だった。


(うわぁ……なんだか、

開けちゃいけない雰囲気、満載ね……)

(ホラー映画なら、絶対この先に

何かいらっしゃるパターンよ!)


ギィィ……と、錆び付いた蝶番が

悲鳴のような音を立てる。

中へと足を踏み入れると、

そこは、カビと、古紙と、

そして、長い年月のホコリが積もった、

独特の匂いに満ちていた。


「ゴホッ、ゴホッ!

……すごいホコリ……」

「だ、大丈夫ですか、アリア様!?」


セーラ と二人、咳き込みながらも、

私たちは、古びた書棚を

一つ一つ調べていく。

目当ては、『清めの鈴』 に関する

古い記述や、楽譜だ。


「あった! これかもしれませんわ!」

セーラ が、一冊の、

表紙がボロボロになった革張りの書物を

見つけ出した。

タイトルは、かろうじて

『海神への奉納歌集』と読める。


ドキドキしながら、ページをめくる。

そこには、手書きの、

震えるような線で描かれた

五線譜と、古代文字の歌詞が

びっしりと書き込まれていた。

その中の一つに、

『聖鈴の儀』という項目を見つけた。


「これだわ! 『清めの鈴』 のメロディよ!」


でも、その楽譜は、

なんだか奇妙だった。

メロディの途中で、ぷっつりと

楽譜が途切れている。

そして、その下には、

楽譜とは全く関係のない、

意味不明な記号の羅列が、

小さな文字で書き込まれていた。

まるで、誰かが残した暗号みたいに。


「……やっぱり、失われた部分があるのね」

吟遊詩人の言葉が、頭をよぎる。


私たちは、その書物を抱えて、

急いでフィンレイ様 と カイ様 の元へと戻った。


「ほう……これはまた、興味深い」

フィンレイ様 は、拡大鏡を取り出して、

その奇妙な記号の羅列を

食い入るように見つめている。

「何らかの法則性があるようにも見えますが……。

ううむ、これだけでは、

何を示しているのか、皆目検討もつきませぬな」


カイ様 も、その横から覗き込んでいるけれど、

すぐに「私には、さっぱり分かりません」と

お手上げ状態だった。

(うん、私もよ、カイ様!)


万事休すか……。

私が、がっくりと肩を落としかけた、

その時だった。


(……あれ?)

(この記号の並び……なんだか、

見覚えがあるような……)


私は、その意味不明な記号の羅列を、

もう一度、じっと見つめた。

点、線、そして時折混じる、小さな円。

不規則に並んでいるように見えて、

でも、どこかに、一定のパターンが……。


そうだ!

これ、前世で私がやっていた、

あの仕事にそっくりじゃないの!


「……フィンレイ様、その書物、

少々お借りしてもよろしいですわね?」

私は、仮面を装着すると、

羽ペンと、新しいシーウィード・ペーパーを

数枚用意させた。


「アリア様? いったい何を……?」

怪訝な顔をするフィンレイ様 たちを尻目に、

私は、前世の記憶をフル回転させる。


前職は、中堅企業のしがない事務職OL 。

でも、私の担当していた業務の一つに、

古い紙の資料を、

延々とパソコンにデータ入力する、という

地味で根気のいる作業があった。

その入力作業の時に使っていた、

特殊な、ちょっとマイナーな

『短縮入力コード』の法則と、

この記号の並び方が、

奇妙なほど、よく似ていたのだ!


(まさか、こんなところで、

私の地味なOLスキルが

役に立つなんて!)

(神様、ありがとう!

あの頃の、肩こりと眼精疲労に耐えた私、

グッジョブ!)


私は、夢中でペンを走らせた。

あのコードの法則に従って、

記号を、一つ一つ、

この世界の文字に変換していく。


カリカリ、カリカリ……。

執務室に、私のペンが紙を引っかく音だけが響く。

セーラ も、フィンレイ様 も、カイ様 も、

固唾をのんで、私の手元を見守っている。


そして……。

最後の記号を変換し終えた時、

そこには、一つの文章が浮かび上がっていた。


『月の雫、星の導きを失いし時、

始原の祭壇にて、潮騒は真実の道を示す』


「……これは!」

フィンレイ様 が、息をのむ。


「『始原の祭壇』……。

まさか、ネプトゥーリアが調査している、

あの海底遺跡のことでは……!?」

カイ様 の声が、緊張に強張る。


そして、『月の雫』と『星の導き』。

森の老婆が言っていた言葉 () と、

ぴったり一致するじゃないの!


「『潮騒は真実の道を示す』……」

私は、その一文を、

何度も、何度も読み返した。


まだ、謎は解けていない。

でも、バラバラだった手がかりが、

確かに、一つの線で繋がり始めた。


(始原の祭壇……潮騒の道……)

(そして、月の雫=海神の涙……)


私たちが進むべき道が、

ほんの少しだけ、

はっきりと、見えてきた気がした。


私の胃は、緊張と興奮で、

なんだか、不思議な音を立てていた。

それは、もう、ただの悲鳴ではなかった。

戦いの始まりを告げる、

力強い、ときの声のようだった。

……うん、絶対に、気のせいだけどね!

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