第28話 謎解きはディナーのあとで
「……『潮騒の響き』、ねぇ」
執務室に戻った私は、
あの胡散臭い吟遊詩人の言葉を、
百回くらい頭の中で反芻していた。
(潮騒の響き……って、どういうこと!?)
(ただの波の音ってこと?
それとも、何か特別な場所でもあるっていうの?)
(あるいは、何かの暗号!?
もしかして、あのチャラい人、
私に謎解きを仕掛けてきてるの!?)
「文字通りに受け取るならば、
特殊な反響を起こす海岸や、
洞窟などが考えられますな」
フィンレイ様 が、冷静に分析する。
「あるいは、特定の時間帯にしか聞こえない、
特殊な波の音かもしれません。
古くからこの海を知る漁師たちならば、
何か知っている可能性が」
カイ様 も、実直な意見を述べる。
「うーん……」
なんだか、大海原で小石を探すような、
途方もない話に思えてきたわ。
私の胃が、早くもギブアップのサインを
送ってきている。
そんな私たちの議論を中断させたのは、
またしても、血相を変えて飛び込んできた
伝令兵だった。
もう、この光景、デジャヴなんですけど!
「申し上げます!
ネプトゥーリア より新たな布告が!
『海底遺跡の学術的価値を保護するため』との名目で、
南の岬一帯の海岸線への、
一般人の立ち入りを禁止する、とのことです!」
「なんですって!?」
私が叫ぶのと、
フィンレイ様 が「まさか……!」と
目を見開くのは、ほぼ同時だった。
「南の岬……。
あそこは、古くから『鳴き砂の浜』や
『潮騒の洞窟』と呼ばれる、
特殊な地形が集中している場所ではなかったか!」
(うわぁぁぁ! やっぱり、
あの腹黒王子、何か知ってるんだわ!)
(私たちが手がかりを探ろうとしたら、
先回りして、全部封鎖しちゃったってこと!?)
(性格、悪すぎでしょ!)
せっかく見つけたかもしれない糸口を、
いとも簡単に断ち切られてしまった。
またしても、八方塞がり。
重苦しい沈黙が、執務室に満ちる。
その夜。
私は、夕食も喉を通らず、
一人、執務室でアクアティア公国 の
古い地図をぼんやりと眺めていた。
「アリア様、少しは何か召し上がらないと、
お体に障りますわ」
セーラ が、心配そうに
温かいスープを運んできてくれた。
うん、セーラ は、本当に私の天使よ……。
「ありがとう、セーラ 。
でも、今は何も考えられなくて……」
「……もうすぐ、『海神祭』 ですね」
セーラ が、窓の外を見ながら、
ぽつりと言った。
「今年は、ネプトゥーリア のせいで、
いつものようなお祭りにはならないかもしれないけれど……。
それでも、あのお祭りの日の、
『清めの鈴』 の音色を聞くと、
なんだか心が洗われる気がするんです」
「清めの鈴……」
年に一度、豊漁と航海の安全を祈る、
アクアティア で一番大きなお祭り、「海神祭」 。
その儀式で使われる、
古くから伝わる、特別な鈴だ。
その、鈴の音……?
……音?
……響き?
「――!」
その瞬間、私の頭の中で、
バラバラだったパズルのピースが、
カチリ!と音を立ててはまった気がした。
魚市場の老人の、物悲しい歌。
吟遊詩人の言葉、「答えは書物の中じゃない」。
そして、「潮騒の響き」。
(もしかして……!)
(「潮騒の響き」って、
場所のことじゃないのかもしれない!)
(特定の『音』……特定の『メロディ』のことだとしたら!?)
あの老人が歌っていた歌。
あるいは、「海神祭」 で奏でられる、
あの「清めの鈴」 の音色。
そのメロディ自体が、
「海神の涙」 の在処を示す、
重要な手がかりになっているとしたら……?
「セーラ !」
私は、勢いよく顔を上げた。
「『海神祭』 の儀式で使われる、
『清めの鈴』 の楽譜や、
古い伝承が書かれた書物は、
どこに保管されているか分かる!?」
「え? ええ、確か、
城の礼拝堂の奥にある、
儀式用の書庫にあったかと……」
「案内してちょうだい! 急いで!」
私の、いきなりの剣幕に、
セーラ は目を丸くしていたけれど、
すぐに、力強く頷いてくれた。
まだ、確証は何もない。
ただの、私の突拍子もない思いつきかもしれない。
でも、不思議と、
心臓がドキドキと高鳴るのを抑えられない。
暗闇の中に、
ほんの、ほんの小さな光が、
また一つ、見えたような気がしたのだ。
(待ってて、アクアティア ……!)
(この謎、絶対に、私が解き明かしてみせる!)
私の胃は、新たな希望を感じてか、
久しぶりに、きゅるりと元気な音を立てた。
……うん、まだ、戦えるわ、私!




