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第27話 胡散臭い吟遊詩人と、潮騒のメロディ

「……次はこの人に会ってみるわ」


私が、フィンレイ様の怪しげなリストの中から

指さしたのは、

『最近流れ着いた、

胡散臭い笑顔の吟遊詩人(自称)』

という、もはや悪口にしか見えない項目だった。


「アリア様、正気でございますか!?」

フィンレイ様が、珍しく素っ頓狂な声を上げる。

「この男、素性も知れず、

港の酒場を渡り歩いては、

酒代を稼いでいるという、

リストの中で最も信用のおけない人物ですぞ!」


「ええ、分かっているわ。

でも、だからこそ、面白いじゃない」

私は、仮面の下で、にやりと笑ってみせた。

(もちろん、内心は恐怖と不安でいっぱいだけど!)


(それに、お爺さんとかお婆さんとか、

ちょっとシリアスな展開が続いたもの)

(たまには、こういうチャラチャラしてそうな人に

話を聞くのも、気分転換になるかもしれないじゃない?)

(……ならないかもしれないけど!)


「……アリア様がお決めになったのであれば」

カイ様 は、大きなため息を一つついて、

「私が、一歩も離れずお側をお守りいたします。

その男が少しでも怪しい動きを見せれば、

即座に…」

と、物騒なことを言い始めたので、

私は慌ててそれを止めた。


その夜。

私とセーラ は、

またしても、お忍びの変装に身を包んでいた。

今度の舞台は、港町の薄暗い酒場。

私は、給仕の娘さんみたいな、

地味だけど動きやすい服装だ。

カイ様 は、旅の用心棒みたいな格好で、

少し離れた席から、鋭い視線を光らせている。

(うん、用心棒っていうか、

完全に闇の暗殺者アサシンにしか見えないわ、カイ様)


お目当ての吟遊詩人は、すぐに見つかった。

酒場の隅の小さな舞台で、

リュートを軽やかにかき鳴らし、

甘い声で恋の歌を歌っている。

年の頃は、カイ様 と同じくらいかしら。

人懐っこそうな笑顔を振りまいているけれど、

その瞳の奥は、全く笑っていない。


(うわぁ……。本当に、

説明文通りの胡散臭い笑顔だわ……)


彼の演奏が終わると、

私は、意を決して、その席へと近づいた。

「素晴らしい演奏でしたわ。

よろしければ、一杯、ご馳走させていただけませんか?」


吟遊詩人は、私を見ると、

ニヤリ、と口の端を吊り上げた。

「おや、可愛らしいお嬢さん。

俺の歌が気に入ったのかい?

それとも、この俺自身にかな?」


(うわー! チャラい! 思った以上にチャラいわ、この人!)

(カイ様の、殺気がマシマシになってる気がするんですけどぉ!)


「わ、わたくしは、古いお話を集めるのが趣味でして。

特に、このアクアティアに伝わる、

『海神の涙』 という宝石の伝説に

興味があるのです。

何か、ご存じではございませんか?」


私の言葉に、吟遊詩人は、

一瞬だけ、その笑顔を消した。

そして、私の目をじっと見つめる。


「……『海神の涙』 、ね。

また、物騒なものに興味を持つお嬢さんだ。

あれは、ただの綺麗な石じゃない。

海に落ちた星の欠片、

王様と愚か者の両方を導く、呪われた道標さ」


「呪われた……道標?」

謎の老人 () や老婆 () とは、

また少し違う、不穏な言葉。


「ああ。その在処を示す歌も、

今じゃバラバラさ。

一番大事な部分は、とっくの昔に失われている。

……本気で探したいなら、

古い書物なんかを漁っても、無駄足ってもんさね」


「では、どこに手がかりが……?」

私が身を乗り出すと、

吟遊詩人は、人差し指を口元に当てて、

悪戯っぽく笑った。


「答えは、書物の中じゃない。

もっと、耳を澄まさないと聞こえないものさ。

……そう、『潮騒の響き』の中、とでも言っておこうか」


潮騒の響き……?

それって、どういう……?

私が、さらに問い詰めようとした、その時だった。


ガヤガヤガヤ!

酒場の扉が乱暴に開き、

見慣れた、そして見飽きた、

ネプトゥーリアの兵士たちが、

大声で笑いながら入ってきた。


その瞬間、吟遊詩人の雰囲気が、

すっと変わった。

さっきまでの、胡散臭い笑顔に戻ると、

彼は、ひらりと立ち上がった。


「おっと、野暮な客が来たようだ。

お嬢さん、お酒、ごちそうさま。

今日の俺の話は、ここまでだ。

……また、どこかの潮騒の下で会えたら、

続きを話してやらないこともない」


そう言うと、彼は私にウインクを一つ残し、

まるで煙のように、

酒場の喧騒の中へと消えていった。


「……!」

あっけに取られて、私はただ、

彼が消えた方を見つめることしかできなかった。

結局、また、謎めいた言葉を

残されただけ。


でも、なんだろう。

今までの二人とは、何かが違う。

あの吟遊詩人、

明らかに、何かを知っている。

そして、何かを隠している。


(『潮騒の響き』……)

それが、私たちの、

次なる希望の糸口になるのだろうか。

それとも、新たな罠への入り口なのか。

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