第16話 パンドラの箱(海底版)と、腹黒王子の独占宣言
「未知のエネルギー反応、ですって!?」
私の叫びは、きっとカモメもびっくりして
進路を変えるくらいの大きさだったと思う。
だって、だって!
SF映画でしか聞いたことないような単語が、
今、このアクアティアの、
のどかな(はずの)海で起きているのよ!?
(もう何が何だか!
私のちっぽけな脳みそでは、
処理しきれないんですけどぉぉぉ!)
フィンレイ様も、カイ様も、
普段の冷静さはどこへやら、
険しい表情で望遠鏡を覗き込み、
伝令兵の報告に耳を澄ませている。
「続報! 潜水調査艇より!
『石組みの構造物は、
明らかに人の手によるものと断定!
形状から察するに、
何らかの祭壇、あるいは
封印施設の一部である可能性が高い』とのこと!」
祭壇!? 封印施設!?
ますますファンタジーっぽくなってきたじゃないの!
一体、何が封印されてるっていうのよ!?
(お願いだから、邪神とか出てこないでね……!)
「さらに! 『構造物の中央部より、
特に強いエネルギー反応を感知!
詳細な解析を進めています!』 以上です!」
ごくり。
私と、フィンレイ様と、カイ様の喉が、
同時に鳴った気がした。
その時だった。
ネプトゥーリアの旗艦から、
信号旗が振られるのが見えた。
そして、私たちの監視船に近づいてきた
ネプトゥーリアの小舟が、
何かを伝えている。
すぐに、伝令兵が血相を変えて報告に来た。
「申し上げます!
ネプトゥーリアのテオン王子より、アリア様へ、
『重要な発見があったため、
至急、我が旗艦にて協議を行いたい』
との申し入れがございました!」
(やっぱり来たわね、この展開!)
(重要な発見=独り占めしたいもの発見、
ってことでしょう、どうせ!)
「……分かりましたわ。
すぐに参りましょう」
私は、腹を括って(胃はとっくに括られっぱなしだけど)、
そう答えた。
もちろん、最強の『領主の仮面』は、
ガッチリと顔に装着済みよ!
ネプトゥーリアの旗艦の、
豪華絢爛(だけど悪趣味な)一室に通されると、
そこには、テオン王子が、
これ以上ないほど得意満面な笑みを浮かべて座っていた。
その手には、一枚の羊皮紙。
おそらく、潜水調査艇が送ってきた、
海底遺跡のスケッチか何かだろう。
「やあ、アリア姫。よく来てくれた。
早速だが、素晴らしいものが見つかったよ」
テオン王子は、その羊皮紙を、
まるで秘宝でも見せるかのように、
私たちに示した。
そこに描かれていたのは、
確かに、海底に沈む、
古代の神殿か祭壇のようなものの姿。
そして、その中央には、
ひときわ強く輝く、
青い宝石のようなものが……!
「こ、これは……!」
まさか、「海神の涙」!?
それとも、「深淵の水晶」的な、
とんでもないお宝なの!?
「我々の調査によれば、この中央の物体から、
莫大な、そして未知の純粋なエネルギーが
放出されていることが確認された。
おそらくは、古代の失われた技術の産物……
あるいは、自然が生み出した奇跡か」
テオン王子の目が、ギラリと怪しく光る。
「このエネルギーを解析し、
我がネプトゥーリアの技術で制御することができれば、
大陸全体の未来を大きく変えることも可能だろう。
……もちろん、我が国の主導によって、だがね」
(やっぱり、それが本音じゃないのぉぉぉ!)
(アクアティアの海のものを、
自分のものみたいに言わないでほしいんですけどぉ!)
「お待ちください、王子殿下。
その発見は、我がアクアティアの領海内でのものですわ。
そして、調査は『共同』で行うという約束のはず。
その情報は、当然、我が国と共有されるべきものです」
私は、仮面の力を借りて、精一杯反論する。
すると、テオン王子は、
ふん、と鼻で笑った。
「共有? ああ、もちろん、結果は教えてあげよう。
『ネプトゥーリア王国が、
人類の未来を左右する大発見をした』とね」
「なっ……!?」
「この海底遺跡と、そこから得られるエネルギーは、
あまりにも強大で、そして危険すぎる。
小国アクアティアに、
これを管理し、有効活用できる力があるとは思えないね。
ここは、我がネプトゥーリア王国が、
責任を持って『保護』し、
『管理』するのが、最も合理的で、
世界平和に貢献する道だろう?」
出たわ! 出たわよ、お得意の、
「お前のためを思って言ってるんだよ(大嘘)」論法!
なんて卑劣な!
「そ、そんな勝手な……!
アクアティアの民の宝を、
一方的に奪うというのですか!?」
私の声が、怒りで震える。
「奪う? 人聞きが悪いな、アリア姫。
これは『保護』だよ。
君たちでは持て余すであろう、
強大な力からの『保護』だ。
感謝してほしいくらいだね」
テオン王子は、そう言うと、
立ち上がり、窓の外の、
アクアティアの美しい海を見下ろした。
「明日より、この海域は、
ネプトゥーリア王国の管理下に置かせてもらう。
遺跡のさらなる調査と、
エネルギーの解析・回収作業のためだ。
もちろん、アクアティアの船は、
許可なく立ち入ることはできない。
……いいね?」
それは、もはや質問ではなく、
一方的な通告だった。
アクアティアの主権など、
微塵も尊重する気がない、
傲慢な独占宣言。
(くっ……! これが、大国の横暴……!)
(こんな……こんなことが許されていいはずがない!)
私の心は、怒りと無力感で、
張り裂けそうだった。




