66 幸せな結末
国王陛下の御前を辞し、玉座の階段を二人で手を繋いだまま降りてゆく。
いつの間にか会場のシャンデリアは再び全て灯されて、大広間はまばゆい光に包まれていた。
とはいえ、どんちゃん騒ぎは収まるどころかさらに混沌を深めていて、プリステラ嬢やアローナ嬢の真似をした学生たちが思い思いの好き勝手に、自分の魔法で空中パレードを繰り広げていた。
さらにリッドとテトラ嬢に触発されたのか、想い人同士でいちゃついている姿がそこかしこに見える。中にはリッドのように大声で告白している場面もあった。これ、しばらく流行りそうですわね。
階段を降りきったところで、その一番下の段の端っこに、第一王子殿下がお行儀悪く座り込んでいるのに気が付いた。膝を抱えて、疲れ切った表情でぼんやりと会場の騒ぎを眺めている。
だるそうに一度だけルーデンス殿下を見上げたけれど、すぐまた漠然と視線を前に戻す。
第一王子殿下はすっかり拗ねた様子で、ぼそぼそと呟いていた。
「……もう嫌だ……もう何もかも嫌だ……もう誰も信じられない……」
おおう、やっぱりちょっとやりすぎたかしら……。
本人が友人のために仕組んだ茶番ということにして、公的なダメージはこれでも一応最小限に抑えて差し上げたつもりだったのだけれど……。
まあ、わたくしに続いて本気で好きになったテトラ嬢まで裏表が激しかったうえ、女性どころか親友のリッド、気に入っていたルー博士、さらには実のお父様までお腹に一物抱えていたわけだし、そんなものいっぺんにお出しされては人間不信になってしまってもしょうがない。
さてここからどうフォローするべきか……。
するとそこへ、穏やかな足取りで近付いてくる姿がひとつ。
「サフィエンス殿下がいつも頑張っているのは、みんなちゃ~んとわかってます」
明るくそう声をかけたプリステラ嬢は、ぽかんとそれを聞いている第一王子殿下の隣に、ドレスが汚れるのも気にせずに同じ体制で座り込んだ。
「そういう時は、いったん全部忘れて、いままでやったことがないような新しいことに挑戦してみるといいですよ」
プリステラ嬢はちょっと小首を傾げて、ふわふわの笑顔を見せながら殿下に言った。
「例えば、マールー部なんてどうです?」
わたくしたちは確かに見てしまった。第一王子殿下の頬が赤く染まった瞬間を。
即座にルーデンス殿下と目を合わせ、無言のやり取りで頷いた。見なかったことにしよう。
慌てて視線を外した先に、アローナ嬢が佇んでいる姿が見えた。
そちらに行こうとすると、反対側からロージーが歩いてきていた。
「アローナ!」
どこか鬼気迫る表情で、ロージーはアローナ嬢の名前を呼ぶ。
わたくしたちも足を止めて、様子を見ることにした。
ロージーはアローナ嬢の目の前まで来ると、怪訝そうに首を傾げるアローナ嬢をそのままに、自分の胸に片手を当てて目を閉じた。
深く集中する表情になったかと思う間もなく、ものすごい勢いで魔力を高め練り上げていく。あまりの奔流にアローナ嬢も驚いて一歩身を引いていた。
これ、もしかしてロージーの全力ではないかしら……?
練り上げられた高密高純度の魔力はロージーの全身に纏わりついていき、やがてそれが頂点に達した瞬間。
ボンッ!!!
ロージーを中心に、白い煙を巻き上げて爆発が起こった。
アローナ嬢は短い悲鳴を上げ、近くに居た学生たちも騒然となる。もちろんわたくしたちも唖然だ。
アローナ嬢が咳込んでいるうちに、煙が徐々に晴れてくる。その中から現れた姿に、アローナ嬢もわたくしたちも目を疑い絶句した。
そこにいたのは、アローナ嬢よりも頭半分背が高い、精悍な……しかしどこか見覚えのある顔立ちの、立派な青年だった。
驚きのあまり身動きも取れず声も出せないアローナ嬢を、その青年は真剣な目で見下ろしている。
すると、わたくしの隣にいるルーデンス殿下が、万感の思いを込めるような勢いで、胸の前でこぶしを握り締めていた。
「やった! ついに……ついに!!!」
ついに!!??
思わず殿下の顔を見上げると彼は涙ぐんでいた。ちょっと後で校舎裏に呼び出しですわ。
大混乱の中、青年がようやく声を発した。
「アローナ」
見た目通りの男性らしい低い声。
呼ばれたアローナ嬢は青年の姿を上から下までしげしげと眺めると、戸惑いながらも返事をした。
「……ロージー様……なんですの……?」
「ああ、俺だ」
「どうして……いったい何が……」
これはさすがに説明してもらわないと、お話しするどころではありませんわ。
ロージー青年は見覚えのある得意げな笑みを浮かべながら答えた。
「これは、無属性魔法の応用だ」
「え?」
え?
「カレッタが無属性魔法を使う様子を見ていて、俺はあることに気が付いた。いくらあいつがハンマー狂いだとしても、何も特殊な鍛錬なんてしていない令嬢が、あそこまでの反射神経と反応速度を叩き出せるのはどう考えても不自然だ。そして実際に自分で無属性を体得してみて理解した。カレッタは無属性魔法……つまり単純で純粋なただの魔力で、反射に関わる自分の肉体の機能を強化していたんだ」
な、なんですって!?
「だがあいつの魔力量は少ない。意識してやろうとしても大した強化はできない。おそらくあいつは魔力を使えるようになった瞬間から、ただひたすらにハンマーのことだけを考えて、自分の肉体機能をハンマーに最適化するように作り替えていったんだ。何年も時間をかけて、少しずつ。……まったくイカれ……見上げた執念だぜ」
思わずハンマーを取り出して、それを握る自分の手をじっと見てしまう。この体はハンマーでできていた。何それすごい。
でも聞き捨てならない言葉が聞こえたので校舎裏にもう一名追加ですわ。
「だが、カレッタなら何年も時間がかかることを……俺の魔力でやったらどうなるか?」
にやり、歯を見せて笑う。いつもは子供っぽくて可愛らしいその笑顔が、今の顔では魔性の色気を帯びて見える。
アローナ嬢は理解が追い付いてきた様子になった。
「では、その体は、魔法で作り替えたと言うんですの?」
「そのとーり。ま、ウチの裏技も絡めてカレッタよりも相当複雑なことしてるからな、残念だが一時的なもんだ。今はまだ、もってせいぜい二、三時間ってとこかな」
「服も?」
「服も」
冷静さを取り戻したアローナ嬢は居住まいを正し、慣れない位置にあるロージーの顔を上目遣いで見上げた。
「一応、お聞きします。……なぜ、そのようなことを?」
「……お前が……」
ロージーは少しだけ目を泳がせて、頬をほんのり染めながら、答えた。
「お前がいつも、俺のこと、お子様だって言うから……」
そこからはやけになったのか、胸を張って声を大きくした。
「俺だって、男として見られたいんだよ! お前に!」
それを聞いたアローナ嬢は、すっかり呆れ返ったと言わんばかりに、
「はぁ~~~~~……」
と長い長い溜め息を吐いて、がっくりと項垂れた。
「な、なんだよその反応は……」
居心地悪そうに、そして判決を待つような不安げな顔でアローナ嬢を見つめるロージー。
やがて彼女のその肩に力が込もり、小刻みに震え始める。
「……ふっ……ふふ……!」
「ア、アローナ?」
ついに耐え切れなくなったのか、アローナ嬢は顔を上げ、扇で口元を隠し笑い始めた。
「なっ、なんで笑うんだよ! 文句なしの男前だろ! ここまで仕上げるのにどんだけ苦労したか……」
笑い続けるアローナ嬢、顔を真っ赤にして怒り出すロージー。そういうの自分で言わないほうが花ですわよ。
アローナ嬢は笑いすぎて浮いてきた涙をレースのハンカチで上品に押さえると、呼吸を整えながらもう一度ロージーの顔を仰ぎ見た。
「まったく……そういうところが、お子様なんですのよ。……本当に仕方のない人」
そう言った彼女の瞳には、普段は見せない温かな甘さが満ちていて、さすがのロージーも言葉を失っていた。
その時、誰かが水魔法で作り出した小魚の群れが、わたくしたちのすぐ頭上をかすめてピチピチと賑やかに通り過ぎていった。
その行く先につられて見渡した学年末夜会の大広間は、輝きと音楽と、楽しい魔法と、たくさんの笑顔に満ち溢れている。
会場の片隅で、穏やかに言葉を交わしているリッドとテトラ嬢の姿が見えた。
背後をこっそり振り返ると、まだ並んで座り込んだまま熱心にマールー部を勧めるプリステラ嬢と、素直に話を聞いている第一王子殿下。
正面に視線を戻すと、やっぱり見慣れない姿のロージーが差し出した大きな手を、アローナ嬢がそっと握り返すところだった。
「カレッタ」
耳元で優しく呼ぶ弾んだ声がして、わたくしは隣に立つ彼を見上げた。
意外なほど近い距離にそのお顔があって驚いたのも束の間、見慣れた彼の手がさらにわたくしを引き寄せる。
重なった唇と、胸の中で飛び跳ねまわる無邪気な幸福を、わたくしは目を閉じてありのままに受け止めていた。
次回、最終話(エピローグ)で完結です。




