59 夜会正面殴り込み作戦
「つーわけで、ひとまずウチに撤退だ。おいリッド、もう戦うつもりはねぇんだろ? お前らは今から捕虜だ。暗殺が成功した場合の合図と立ち回り教えろ」
リッドは初めてまともにロージーを見るはずだ。不遜な態度のお子様に命令されてかなり戸惑った様子だったけれど、質問には素直に答えた。
「第一報として、鳥に俺の魔法で焼いた紙を付けて飛ばす。王宮の審査官が俺の魔力を鑑別することで偽造対策にしている。公的には馬車強盗に遭遇し行方不明と処理するため、任務成功後は俺たちも所定の場所で一度身を隠すように言いつけられている」
「よし、やれ。身を隠す流れも好都合だな。多少は時間が稼げる」
即断即決。ロージー、やっぱり荒事に慣れすぎでは……もう何も訊かないでおこう。
「鳥、大丈夫かな。さっき少し怖がらせちゃったし、僕の魔力も染みついてると思う」
「それは王宮がどう判断するか賭けだが、俺が既定の場所に赴き、戦闘になったと報告すればその影響を受けたと考えるだろう。残りの四人も負傷したことにすれば言い訳が立つ。鳥の状態は……この様子なら、問題なさそうだ」
鳥籠の中を改めたリッドが言う。あら可愛い鳥さん。
そういえば、わたくしを運んできたウロコアシはどうしたろうかと辺りを見渡すと、少し離れたところでのんきに地面を引っ搔いては何かを啄んでいた。牽いたままの軽三も目立つ損傷などはなさそうだ。おりこうさんである。
「ルディはどうするつもりだった?」
「遺体は残らぬように焼き尽くすよう言われている。討った証拠としてあなた様の髪をひと房だけ分けてほしい。髪色と魔力鑑別で証明になる」
「うわぁ、本当に髪だけにならなくてよかったぁ……」
冗談めかしてルーデンス殿下は言っているけれど、それを命じたのが彼の実の父親だと思うと恐ろしくて胃の奥が冷える心地がした。
てきぱきと偽装工作の作業を進める間、リッドは非常に協力的だった。
「リッド様、そんなに簡単に協力して良いんですの? 陛下や第一王子殿下を裏切ることになるのでは……」
思わずそんなふうに問いかけると、リッドは自嘲するように鼻を鳴らした。
「俺も自分は何をやっているんだと思っている。ただ、な……」
らしくない歯切れの悪さで言い淀んだリッドは、わたくしの顔を見て言った。
「最後に足掻いてみたくなった。あなたのように俺も奪ってみたくなったのだ。くだらない物語から、彼女を」
吹っ切れた瞳でそう言うリッドの口元は、まだぎこちないけれど確かに笑って見えた。
「だが、今から俺に何ができるか……どうしたら彼女を役割から解放できるかが分からない」
物語はもう終幕に差し掛かっていた。
悪役令嬢の権力の基盤である公爵家は王都を追われ、ラスボスであるルーデンス殿下は秘密裏に処理された。
そしてたぶん、夏至祭の縁起を担いで第一王子殿下から告白を受けているはずだ。
王子様と結ばれるハッピーエンドまで、残るはわたくしの断罪のみ。
テトラ嬢の心を解放するために。
ルーデンス殿下とこれからも一緒に居るために。
わたくしに今できることは……。
「でしたら、わたくし、今から寮に帰りますわ」
「えぇ!? せっかく逃げてきたのに」
今にもダメと言いだしそうな殿下を手で遮って、考えを纏めながら話した。
「殿下に追い付けず、行き場を失くしたふりをして、絶望顔で意気消沈して帰りますわ。そうすれば、多少警戒はされるでしょうが、また同じように部屋で軟禁されるはず」
「帰ってどうするんだよ」
「実は、第一王子殿下から学年末夜会に出席するように命令されておりますの。そこでわたくしの断罪と、おそらくテトラ様との婚約を発表するつもりでしょう。いかが、リッド様?」
「その通りだ。それが物語の結末らしい……俺がそうするように勧めた」
リッドはしれっと頷いた。こいつエセ紳士からゲス紳士に昇格ですわ。
「そして、学年末夜会には来賓に主要な貴族と国王陛下も参列なさる」
わたくしが指摘すると、ルーデンス殿下もお兄様もハッとした。
「まさか……その場で無罪を主張するつもりなの?」
「無理だ。今更ラミレージ家の娘が何を言ったところで状況は変えられない。考え直せ」
厳しい声で首を振るお兄様。確かにこれは命がけの大博打だ。けれど。
「わたくしの言葉は届かずとも、テトラ様なら、第一王子殿下を揺さぶれるかもしれません」
テトラ嬢は、別に第一王子殿下を愛しているわけではない。『幸せな結末』に焦がれているだけだ。
あの階段で話した時のように、ほんの少しでいい、彼女の主人公の仮面をはがすことができれば。
第一王子殿下に彼女の矛盾を気付かせることができれば。
「わたくしは夜会に出て……テトラ様の本音を引き出して御覧に入れますわ」
彼女に、本当にこの結末でいいのかと、疑問を抱かせることができれば。
「正直、わたくしも結果がどうなるか分かりませんわ。火に油を注ぐだけかもしれません。けれどこのまま何もせずに逃げて、家族やルディ様の未来が奪われるのを座して待つことだけは嫌なのです」
このまま黙って第一王子殿下や陛下の思い通りになるのは嫌だ。せめて何でもいいから悪足掻きして鼻を明かしてやりたい。具体的にどうするかはこれから考える。
とにかくテトラ嬢に会う。これがわたくしに残された最後の一手だ。
考え込むように聞いていたリッドが申し出た。
「俺も行く。俺にもやらせてくれ」
「もちろんですわ。彼女の心を一番よくご存じなのはあなたですもの」
わたくしが頷くと、リッドはぎゅっと口元を引き結んだ。その目には強い意志が見て取れる。
「カレッタが行くなら僕も行く」
当然とばかりにルーデンス殿下は言うけれど、それはちょっと心配だった。
「ですが、夜会には陛下もおいでになりますのよ。見つかれば今度こそどうなるか」
「ダメだったら今度こそ君を連れて逃げるだけだ。だから一度くらい、僕にエスコートさせてほしいな」
そんなふうに言われたら断れませんわ! わたくしは顔を赤くしてあっさりと頷いた。
「お兄様。ワガママな妹をお許しください」
「お前が言い出したら聞かないのはお兄様も分かっているよ。仕方のない子だ」
やれやれと溜め息を吐きながら、お兄様はふと何を思ったか、馬に括り付けていた少ない荷物をごそごそと探る。
程なくして、布で包んだある物をわたくしの前に差し出した。
「これは脱出時、しんがりを務めたばあやから預かった」
「ばあやが……!」
わたくしは胸が詰まる思いでそれを両手で受け取った。
「え? ばあやってカレッタがいつも言ってるあの? お婆さんなのにしんがり?」
「いやーあのばーちゃんは心配する必要ねーよ」
包みを開けずともそれが何かは感触ですぐに分かった。危機的状況からばあやが届けてくれた想いに、胸の底から勇気が湧いてくる。
「お前のためにと材料から自ら調達して作っていたのだ。持っていてやりなさい」
「はい。……では、ばあやには必ずお礼を言いに帰らねばなりませんわね」
「ああ。お前の思う通りに夜会を楽しんで、そして無事に帰っておいで」
お兄様はわたくしの体が痛まないように、優しく抱きしめてくださった。
こうしてわたくしたちは、学年末夜会に正面から殴り込むことを決めた。決行は明日の夜だ。
わたくしは何とか女子寮の部屋に戻ると、むちうちで痛むだるい体をようやく休めることができた。
ドアの外の護衛は三人に増えている。けれど、ひとまずはそのまま禁固や処刑などという最悪の事態にはならずに済んだ。軽三をのろのろ運転しつつ絶望顔で無抵抗という迫真の演技が効いたかしら。
陛下としても、ラミレージ家が捕縛できない今、わたくしは重要な人質だ。わたくしを公の場で断罪することは、隠れている公爵家を焚きつけるいい手段だと考えているのだろう。
夜会も、わたくしの参加も、当初の予定通りに行われるようだ。
からりと晴れた星空に、明るい月が浮かぶ。もし窓を開けることができたら、気持ちのいい夏の夜風が入ってきたことだろう。
今日はしっかり体力を回復し明日に備えようと、早めに寝間着姿になったところで。
何やら急に思いついて情報共有したくなったルーデンス殿下がドアの隙間から部屋に侵入してきて死ぬほど驚いてお説教したり、明日の動きを再確認したり、そこからぽつぽつと殿下の昔話を聞いたりわたくしのことを話したり、……。
……したのだけれど、二人きりの大切な時間だったので……詳細は乙女の胸に秘めておくことにしますわ。
ここまでお読みいただきありがとうございます。
ちなみに二人とも体が痛かったのでR-15からははみ出していません。ご安心ください。
次回からいよいよ最終章です。
彼らの物語の最後まで、どうぞお付き合いください。
おまけ
「転がってるこいつらもとりあえずウチで観察じゃなくて面倒見てやるよ」
「しかし騎士たちと馬車はどうやって移動するべきか……」
「え? だってロージーいるし」
「馬車くらい動かせますわよねぇ」
「おー任せとけ」
(……まさかこれが『合法ショタ』なのか? 規格外の子供という意味か? 違法の場合はどうなるんだ……?)
 




