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58 久しぶりの再会

 ロージーの顔が頭に浮かんだところで、わたくしはようやく、自分たちがまだ危機的状況から抜け出したわけではないことを思い出した。

 大事なハンマーを拾い上げて定位置にしまい、わたくしは殿下に訊いた。


「ところで……今、どういう状況なんですの? ずっと軟禁されていてろくな情報もなかったのですけれど」

「僕もだいたい同じ……ただカレッタを連れてどこかに逃げるつもりだっただけだよ」


 殿下はまたリッドを睨んで単刀直入に尋ねた。


「まだ僕を殺したい?」


 リッドはただ目を伏せて、静かにかぶりを振った。

 そして、おもむろにその場に身を屈めると、ルーデンス殿下に向かって片膝をついて頭を垂れた。王族に対する騎士の最敬礼だ。


「あなた様とカレッタ嬢への許されざる狼藉の数々、衷心よりお詫び申し上げます」

「今更そんなふうに畏まられても気持ち悪いだけだよ。態度も言葉も。分かったから立って」


 殿下は嫌そうな顔も隠さず、辛辣な態度で雑に返した。優しく穏やかな殿下を見慣れているわたくしにはとても新鮮な表情だ。

 さっさと立たせたリッドに、殿下は不満そうに鼻を鳴らしながら渋い顔を向けた。


「悪いけど、僕は根に持つから簡単には許さないよ。当分は君のこと嫌いだと思う」

「……承知した」


 当分で許すつもりがあるらしい殿下はやっぱりお優しい。


「それで、どういう状況なの? 僕の暗殺と並行してラミレージ家に捕縛命令が出てるって聞いてたけど」

「そんな、それは本当ですの!?」


 やはり実家の状況が悪化していた。わたくしは慌ててリッドに詰め寄る。


「昨日、王都のラミレージ公爵家に国王陛下の兵が突入した……だが、想定外の抵抗に遭い、家人は全員捕縛に至っていない。姿が確認できず、どこかに潜伏しているか、すでに王都を脱出している可能性がある。今朝の時点で来ていた情報はそれだけだ。今頃血眼になって捜索していることだろう」


 直接の悲報ではないけれど予断を許さない状況に、わたくしの肩は自然と強張る。殿下が労わるように背中を撫でてくださった。


「主導しているのは陛下だけ?」

「ああ。サフィエンス殿下は関わっていない。聞かされた筋書きを疑っていないだけだ」

「公爵家は僕の巻き添えになったようなものだ。なんとかカレッタの家族を救いたいところだけど……いったいどうすれば……」


 場が重い空気に支配され始めたその時。

 わたくしの耳に遠くから野太い叫び声が届いた。


「カレッタアアアアァァァァァーーーー!!!」


 同時に、馬の蹄の音。

 三人そろってそちらを見ると、王都の方角から土埃を上げて走ってくる馬と、馬上のその人が見えた。


「お兄様!」

「カレッタ、何故ここに! 学園で捕らえられているのではなかったのか!?」

「逃げてまいりました!」


 乱暴に急停止させた馬から飛び降りてきたお兄様は、間髪入れずに駆け寄ってきて脊髄反射でわたくしに抱きついた。


「あああカレッタ! 無事でよかった……」

「痛い痛い痛い痛い痛いお兄様放して無事じゃ済まなくなります痛い痛い」

「なにっ、どこか怪我でも」

「ただの筋肉痛ですわ」


 正直に言ったらリッドとついでに殿下まで溺殺されそうだ。

 解放されたわたくしはよろよろと殿下の隣へ戻った。ここが一番安全地帯な気がした。また撫でて気遣ってくださる殿下お優しい。


 ようやく周りを気にしだしたお兄様は、辺りの惨状をぐるりと見渡した。

 馬が居ない馬車に、地面に倒れたまま時折ビクリと震える騎士四名。剣も持たずに一歩引いて大人しく控えているリッド。あちこち焼け焦げ抉れた地面。そしてボロボロの殿下。


「ルーデンス殿下よくぞ……よくぞ、ご無事で」


 感慨深そうに笑みを浮かべてそう言うお兄様も、だいぶ汚れてくたびれた格好になっていた。


「当方もあなた様の暗殺の計画は掴んでいたのです。出遅れたゆえ急ぎ馳せ参じたのですが……要らぬ心配だったようですな」

「そうでもありませんよ……いえ、僕よりも、公爵家のみなさんは?」

「ご心配には及びません。家人は既に王都を離れ、王の手の届かぬ安全な場所へ一時避難しております。私が最後です」

「よかった……」


 家族の無事を聞き、わたくしはその場に崩れてしまいそうなほど深く安堵した。


「それで、みなさんはどこに?」

「それについては彼が。彼が助太刀してくれたからこそ、我々はあの状況から脱出できたのです」


 お兄様はそう言って体をよけ、馬上にちょこんと座っていたもう一人の人物を誇らしげに手で示した。お兄様の勢いと存在感がやかましくてちっとも気が付かなかった……。


「よ、ルディ。しばらく見ないうちに男前になったな」

「ロージー!」


 ルーデンス殿下は涙声になって親友の名前を叫んだ。ロージーは魔法を使ってふわりと地面に下りると、わたくしたちの目の前まで来てくれた。


「しっかし派手にやったな。あの転がってる騎士は?」

「影三分」

「うーわエグ……」


 ロージーは鳥肌を立てながら、まぁ騎士だしそんぐらいでいいか……などと呟いていた。


「アローナさんが言っていた別件って、公爵家を助けに行ってくださっていたのですね」

「まぁな。あいつは」

「わたくしを寮から連れ出して、監視の騎士を足止めしてくださいました。そのあとは……」

「あいつらにもその後の行動は指示してある。心配いらねーよ」


 なんともなさそうな様子でヒラヒラと手を振ると、ロージーは頼もしく言った。


「カレッタの家族もあいつらも、研究都市のウチ、の関係各所で匿ってる。たとえ居場所がバレても簡単には手出しできねぇよ」

「カーディナル家が?」

「言ったろ? ウチは陛下には思うところがあるんだよ。まー何より、この俺が手を貸すように説得したのが大きいけどな!」


 にやりと笑ってウインクまですると、ロージーは殿下に「約束したからな」と囁く。


「……うん、うん。ありがとう……」


 殿下はちょっと涙ぐんで、何度も頷いていた。


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