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41 特別迎撃配備

 一日目の成功が話題を呼び、二日目の公演はますます盛り上がっていた。


 ちらほらと大人の貴族の参加も見られるようになった。

 独特なシステムに最初は戸惑っていたようだけれど、要領を掴めば子供たちと変わらず夢中になって遊んでくれた。

 我が子そっちのけで仕掛け解除に取り組む年かさの紳士淑女の姿など、なかなか見られるものでもないだろう。

 個人の得意不得意や性格がよく表れるのも、このゲームの面白いところだ。


 我がラミレージ公爵家も、お兄様と両親の三人で連れ立って遊びに来てくれた。

 周りのチームの参加者は最初委縮しきっていたけれど、ゲームが始まってしまえばもう、お互いの立場の差などに構っている暇はない。

 最終的にはお互いの健闘を称えあうまで打ち解けていた。


 この実験棟の唯一の『王』は謎の令嬢で、ルールだけが絶対の『法』。

 この空間にいる限り、参加者の間には貴賤や優劣など存在しないのだ。


 そんな『法』が一時途切れる、公演合間の休憩時間。


 わたくしの両親とお兄様は、誰も居なくなった会場の一室で、ルーデンス殿下に拝謁の機会を賜っていた。

 時間がないので殿下はマスクと帽子だけ外した姿で、あとはルー博士の扮装そのままだ。


 お父様たちはゲームをひとしきり大絶賛したあと、改めて深々と殿下に向かって頭を下げた。


「あなた様が王宮で受けていた扱いを、改めて調べさせていただきました。幼い御身で長きに渡り、さぞお辛い思いをなさったことでしょう。見て見ぬふりのままお救いしなかった我々を、どうかお許しになりませんよう」

「昔のことです。王宮を出てからは嫌な思いなんてほとんどしていませんし……あなた方ラミレージ家のご令嬢は、確かに僕を救ってくれましたよ。感謝しています」


 お兄様と初めて会ったあの日に比べて、ルーデンス殿下の姿勢は落ち着いて威厳すら感じるものだった。

 あれ以来お兄様とは小まめに手紙のやり取りをしているようなので、公爵家の人間の相手をするのに慣れてきたのかもしれない。ルー博士の扮装も効いているのかも。


 お父様は感極まった様子で殿下を見つめた。


「時が来たら、必ずや。あの陛下に私から物申してやります。なんなら拳も交えましょうぞ」

「えっと、お気持ちは有難いですが、なるべく穏便にお願いします……」


 今後も密に連絡を取り合うことを約束して、お父様は鼻息荒く、お母様とお兄様は上機嫌で帰って行った。




 公演は順調に進み、とうとう三日目、展覧祭最終日となった。


 エントランスで開始を待つ参加者たちの顔ぶれが確認できる隠れ場所で、わたくしの隣にいるルー博士の扮装をしたルーデンス殿下は動揺を隠せないでいた。


「ど、どうしよう……いや、こうなる覚悟はしてたんだけど……」


 その視線の先にいるのは、誰あろう第一王子殿下。

 例年の予定通りなら三日目は自由散策日なので、話題の最新ゲームを遊びに来たようだ。

 傍らにはいつものようにリッドを伴い、もう一人のチームメイトは、やはりテトラ嬢だった。


 テトラ嬢はとてもはしゃいだ様子で、隣に立つ第一王子殿下に話しかけている。

 殿下もどことなく楽しそうだ。薄暗いせいか、今にも肩が触れ合いそうな至近距離。

 こんなに仲良くなっていたのかと気が付き、ちょっと焦る。

 二人を眺めて不安がるルーデンス殿下をわたくしは精いっぱい励ました。


「大丈夫。このために変装して、ガビガビマスクまで作ったのですわ。冬至祭と新年儀式あとの二回しかお会いしていないのでしょう? それもほんの一時。きっとバレませんわ」

「わかってるけど、緊張する……」


 冬至祭の夜に兄王子とついに顔を合わせたルーデンス殿下は、実はその後、ご自身はのけ者扱いになっている王族の新年儀式の後を見計らって、ひそかに再接触を図ろうとしたらしい。

 けれど、警戒されていたのか機嫌が悪かったのか、顔を見るなりほとんど門前払いで追い返されてしまったという。

 もしかしたら、やはり仮想政敵としてかなり嫌われてしまっているのかも……。


「とにかく予定通り、特別迎撃配備でまいりますわよ。影潜りはどうしても外せない終盤の一回のみに。あとは影消しで乗り切ってくださいまし。練習通りやれば大丈夫ですわ」


 第一王子殿下は影潜りを実際に見たことがあるので、あまり多用しては正体がバレかねない。

 終盤の一回は影潜りが重要な演出なので外せないのだけれど、大掛かりな舞台仕掛けに見えるような配置にしてある。他にも細かい段取り変更をあらかじめ決めていた。


「……よし、頑張ってくる」

「その意気ですわ、ご武運を」


 気合を入れ直して、気弱なルーデンス殿下はルー博士に変身した。


 ルー博士の熱演により、オープニングで正体がバレた様子はなかった。

 制限時間もぼんやりしていてはあっという間に過ぎるので、第一王子殿下のチームも必死になって暗号を解いている。


 わたくしはルーデンス殿下ほどではないにしろ魔力の気配が薄いので、主に物陰から参加者の様子を見守る役割になっていた。

 今は対第一王子殿下専用の特別迎撃配備(悪ふざけしたロージー命名)なので、他の監視役を増やし、わたくしはほとんど第一王子殿下のチームのみを注視している。


 初挑戦では最初の暗号だけでも苦戦するものだけれど、なかなか順調に進んでいるようだ。

 優等生の頭脳を活かしているのかと思いきや、意外にもリッドが良い活躍をしているらしい。


「この暗号は……こうすれば」

「凄い! リッド様、よくわかりましたね!」

「お前、こういうの得意だったのか?」

「いえ、以前個人的に入手したルー博士のゲームで、同じ仕組みの暗号がありましたので」


 なんとリッド、三冊のうち一冊は彼だった。言っては悪いけれど予想外過ぎて驚いた。


 暗号が解けたチームは、指示された別の部屋で探索と仕掛けの解除に入る。

 ここでも謎解き問題がふんだんに散りばめられているうえ、チーム内で割り当てられた役割に沿って行動する必要が出てくる。


 リーダー役の一人が別行動をしなければならない場面。

 二人と別れた第一王子殿下を追おうとして、わたくしはふと思いとどまり、残されたテトラ嬢たちの様子を見ることにした。


 興奮してすっかり夢中で遊んでいる様子のテトラ嬢に向かって、おもむろにリッドが声をかけた。


「あんなに嫌がっていたのに随分なはしゃぎようだな。ルー博士を嫌っていたのではないのか?」


 すると、楽しそうにしていたテトラ嬢の表情が急変した。

 眉間にしわを寄せ、凍てつくような半眼でリッドを睨んでいる。

 今にも舌打ちしそうな顔で。


「……うっせぇな。演技だ演技。いちいち詮索すんなっつってんだろ」


 普段の様子とはかけ離れたドスの効いた声。

 あまりの温度差にわたくしは思わず身震いした。


「テメェこそ調子乗ってんじゃねーか。その仏頂面で暗号ゲームなんか遊んでやがんの? 似合わねー。マジで草生えるわ」


 可愛らしい唇から放たれる悪態と、冷笑。

 リッドはわずかに眉を動かしたものの、それ以上何も言い返さずに黙っていた。

 直後、第一王子殿下が戻ってくる。


「待たせたな、次の目的がわかったぞ」

「さすがサフィ様! 早く次に行きましょう!」


 にこにこと第一王子殿下を賞賛し、連れ立って部屋を出て行くテトラ嬢。無言で後に続くリッド。

 追わなければいけないのに、わたくしの足は固まったように動かなかった。


 なに。

 なんですの、今の。


 ルーデンス殿下が言っていたことを、ようやく目の当たりにした。

 確かにアレは、戸惑うしかない。


 『草生える』という表現、確か「面白可笑しい」「笑える」とかそういう意味の、前世の世界のネットスラングだったはずだ。実際に言う人もいるんですのね……。

 動揺のあまりどうでもいいことを考えてしまいながら、わたくしは引き続き三人の後を追った。


 やがて制限時間が尽き、行動が許されるゲームパートは終了した。

 残りは、ゲーム全体を振り返る答え合わせと、結末が明かされる物語のエンディングだ。

 エンディングに入ってすぐのタイミングで、ルー博士が今公演では唯一の影潜りを発動させた。


 注意深く見ていたけれど、第一王子殿下の表情は(これはこれで珍しい)無邪気な少年そのもので、とうとう最後まで弟君の存在には気が付かなかったようだ。

 わたくしはひとまず安堵の息を吐いた。

 ついでに他の二人の様子も窺っておく。

 テトラ嬢も、さっきの豹変を除いて、異常なし。

 そしてリッドも……いつもの無表情でよくわからないけれど、まあいつも通りだし、問題ないでしょう。


 考えるべきことは多々あるけれど、とりあえず、特別迎撃配備は無事に完遂できたようだ。


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