*** 78 ゴンゾ准男爵領存亡の危機 ***
5日後。
「領兵長を呼べ!」
「はっ!」
「ま、まだ下手人は見つからんのか……」
「は、ご指示通り懸賞金もかけたおかげで街民共も必死で探しまくっておりますが、未だに……」
「まずい…… まずいぞ……
そ、そうだ!
街道より南の大森林内部に入り、亜人族共の村から更なる税を徴収せよ!
村内の食料をすべて奪うのだ!」
「畏まりました。
ですが残念ながら森の恵みも激減しているために、大した量の食物は無いかと。
それに、そのようなことをすれば奴らは全員が餓死して来年以降の税を納める者がいなくなりますが……」
「何を言うか!
あと30日で上納金が集められなければ全てが終わるのだ!
来年のことは上納金を払ってから考えるのだ!」
「畏まりました」
「そ、そうだ!
ついでに亜人どもの村から奴隷も引っ張って来い!
そ奴らを売って上納金の足しにするぞ。
どうせ餓死するのならば、奴隷として売られて我がゴンゾ准男爵領のためになると思えば、奴らも本望だろう!」
「は……」
「だ、だが伯爵領都の奴隷商に奴隷を持ち込むのは時間がかかるか……
よし、伯爵領都のブリュンハルト奴隷商から買取人を呼べ!
金貨20枚を持ってすぐにここに来させろ!
その間に亜人奴隷を集めるのだ!」
「あ、あの……
奴隷の売却は、売却人が奴隷商に持ち込むことが原則です。
もし出張買取りを依頼するとすれば、金貨2枚の出張料が必要になりますが」
「な、なぜそんな高額の出張料が必要なのだ!」
「それは出張の行き返りにこの領の公認盗賊に襲われて、カネや奴隷を奪われるのを恐れているからでございます。
そのために奴隷商は自前の警備団を最低50名は用意いたしますので、その費用でございますね」
「な、なんだと……
そのようなことはしないと伝えろ!」
「それでは来てもらえないかもしれません……」
「し、仕方ない。
ここに金貨2枚があるので、これを持たせて伯爵領都に早馬を出すのだ!」
「畏まりました……」
10日後。
「だ、大森林の亜人族からの追加の税徴収はどうなっている。
それから奴隷の確保もだ」
「そ、それが……
亜人族の村を15か所ほど回らせましたが、全ての食料が無くなっており、また住民もおりませんでした」
「なんだと……」
「ゴンゾ准男爵領の噂を聞いて、食料を持って逃げたのかもしれません……」
「す、すぐにもっと西の村にも行かせろ!」
「その場合には豹人族や狼人族などの強い種族を相手にすることになります。
さらに遠征隊が野営中にウルフの群れに襲われ、5名が戦線を離脱しています。
もしも複数の村に連合軍でも組まれたら、残りの領兵隊も全滅するかもしれません」
「な、なんだと!
お前たち、普段あれほど訓練させていたろうが!」
「狼人族の戦士たちは総計で200人を超えます。
残存領兵35人では到底勝てません」
「ぐぐぐぐぐ……」
「斥候兵の報告では、奴隷商たちはあと5日の距離にまで来ているそうです。
如何いたしましょうか。
途中で帰って貰って、出張料を半分返却して貰いましょうか」
「ま、待て!
衛兵隊と領兵隊を全員呼び戻せ!」
「……まさかそれは、この邸で奴隷商を襲撃せよと仰るつもりですか?」
「あ、当たり前だ!
こ、このゴンゾ准男爵領存亡の危機なのだぞ!」
「…………」
「それにだな、この邸には毒の蓄えもある!
応接室は大勢の護衛を入れられないようわざと狭く作ってあるし、兵が隠れる隠し部屋まであるではないか!
そこに貴様ら領兵を置き、奴隷商が油断したところで殺して金貨を奪うのだ!」
(この馬鹿、用心深い奴隷商がのこのこ敵地の家に入るとでも思っているのか?)
「そ、それに護衛などと言ってもどうせ傭兵だろう!
奴隷商さえ殺せば後は逃げ帰るわ!」
「畏まりました。
ではこの邸で奴隷商を迎えましょう」
「よ、ようやくわかったかこのマヌケめ!」
7日後。
「ブリュンハルト商会の方がお見えになりました」
「よ、ようやく来たか!
すぐに応接室に案内してやれ!
部屋の周囲の隠し部屋への兵の配置もだ!」
しばらくして。
「ゴンゾ准男爵閣下……」
「おお、案内が終わったか。
それで応接室に入った護衛は何人いる!」
「応接室への入室は断られました。
邸の前の広場で奴隷を見分したいそうであります」
「な、なにっ!」
「准男爵閣下がお出ましにならなければ、このまま伯爵領都に向けて帰ると申しておりますが、如何いたしましょうか……」
「ぶ、無礼者め!
貴族家の招待を断るとは!
ええい、わしが出るっ!」
「はい……」
ゴンゾ准男爵が邸の外に出ると、そこには奴隷商とその護衛たちがいた。
護衛の数は80名。
全員が青銅製の兜、胸当て、篭手、脛当を身に着け、青銅の剣を佩いて武装しており、後方には長大な槍を立てた兵もいた。
この槍の穂先もむろん青銅製である。
ゴンゾ領のすべての領兵と衛兵を併せても到底勝てないのは一目瞭然だった。
その中央に、正装に身を飾った40歳ほどの男が立っている。
「こ、この無礼者めっ!
貴族家当主の招待を受けたにも関わらず邸に入るのを断るとは何事だっ!」
男は眉一つ動かさずに冷静に答えた。
「無礼なのはゴンゾ准男爵、あなたの方だ。
もう少し口の利き方を考えたらどうだ?」
「な、ななな、なんだとこの平民風情がっ!」
「ほう、やはり知らなかったのか。
我がブリュンハルト家は2年前にハイラル伯爵閣下より男爵位を賜っておる」
「!!!」
「昨年我が父であるギラオルン・フォン・ブリュンハルトが引退し、現在はその嫡男である私、ガリオルン・フォン・ブリュンハルトが男爵家当主になっておるのだぞ。
准男爵風情が男爵に対して発言するには、些か不穏当な言葉だったのではないのか?」
「ぐぎぎぎぎ……
な、ならば余計に邸にて御持て成しを……」
「いや、ここで結構。
我がブリュンハルト家の家訓では、奴隷売買交渉の際に相手の邸に入ることを固く禁じている。
特に出張買取の際にはなおさらだ。
世の中には浅はかで邪な考えを持つものも多いからな」
「ぐぅっ……
で、ですがご宿泊の際にはやはり邸の中に……」
「その必要は無い。
昨日の野営地に戻って泊まれば済む話よ」
「そ、そんな、貴族家当主が野営などと……」
「その貴族家当主を出張査定などで呼びつけて野営を強いたのは、そなたではなかったのか?」
「あう」
「それに、この街内は異様に臭いのでな。
よくこんなところで暮らしていられるものだ。
それほどまでに統治が上手くいっていないのか?」
「ぐぎぎぎぎぎぎ……」
「さらにだ。
なんとも酷い街道であった。
伯爵領都から隣領のビゾルム男爵領までの道はまだ整っておったが、領境からこちらのゴンゾ准男爵領の道は荒れ放題だったの。
こうした街道の様子はハイラル伯爵閣下への報告事項に含まれているのだぞ」
「あう……」
「それで売りたい奴隷はどこにいるのかな。
早く見せたまえ」
「お、おい、衛兵たちを全員ここに連れて来い」
「准男爵閣下…… まさかそれは……」
「いいからすぐに連れて来いっ!」
「は…………」
「ど、どうだ!
この者たちを奴隷として買い取れ!」
「「「「「 !!!! 」」」」」
「そ、そんな……」
「いくらなんでも俺たち衛兵隊を……」
「やかましい!
たった一人の賊に後れをとった役立たずどもめが!」
「「「「「 ………… 」」」」」
「さ、さあ、こいつらを連れていけ!
確か成人奴隷の相場は金貨1枚だったな!
早く金貨25枚を渡せ!」
「ゴンゾ准男爵、あなたは考え違いをしている」
「な、なにっ……」
「成人奴隷が金貨1枚というのは2年前までの話。
農産物の凶作が続いている現在は身売りが増えて、銀貨80枚まで値下がりしているのだ。
しかも銀貨80枚というのは買値の話。
奴隷商への売値は銀貨50枚になっておるぞ」
「な、なんだとっ!」
「さらにそれは健康な成人奴隷の話だ。
見たところ、こちらの衛兵諸君は皆大怪我をされている。
この部位の傷病奴隷の買い取り値は銀貨30枚だな。
従って払えるのは、全員で金貨7枚と銀貨50枚ということになる」
「ま、待てっ!
そ、それでは全然足りんではないかっ!」
「はて?
何に足らないのだ。
確かこのゴンゾ准男爵領のヒルム子爵閣下への上納金は半期で金貨20枚だったはず。
あと10日足らずで納税期限だというのに、まさか上納金の用意が全く出来ていないというのかな?」
「そ、そのようなことはないっ!
そ、そうだ!
あと1日待て!
それまでにもっと高値で売れる奴隷を集めるっ!」
「やれやれ、それでは明日また同じ時間にお邪魔するとしよう……」
「おい! 領兵は衛兵共を邸の地下牢に入れておけ!」
「は……」
「牢に入れ終わったら領兵は全員集合だ!」
「はい……」




