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戦鬼と呼ばれた男、王家に暗殺されたら娘を拾い、一緒にスローライフをはじめる(書籍化&コミカライズ作)  作者: ハーーナ殿下
【最終章】

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最終話:戦鬼と呼ばれた男、家族と一緒にスローライフを続ける

本編最終話となります

 オードル一家が王都から、引っ越す朝がやってきた。

 引っ越しの準備は、前日までに完了済み。


 今朝は家を出るだけだのスケジュールだ。


「忘れ物はないか、お前たち?」


 玄関前に集まった家族に、最終確認をしていく。

 前回の購入したルーダの屋敷と、今回の引っ越しは違う。


 この借り家は大家のダジルに返す。

 忘れ物は出来ないのだ。


「私は大丈夫よ、オードル!」


 愛馬に積んだ荷物を確認しながら、エリザベスは答えてきた。

 旅慣れた彼女は、コンパクトに荷物をまとめている。


 だが荷物が、また少しだけ増えていた。


「何か買い物したのか、エリザベス?」


「あっ……これはお父様からプレゼント頂いたのよ」


 増えていた荷物は、レイモンド公からの贈り物。

 何しろこれから戻る村は、何もない辺境。


 実の父親としてレイモンド公が心配してくれたのであろう

 とりあえずエリザベスの準備はよさそうだな。



わたくしも大丈夫です、オードル様」


 リリィも自分の背負い袋の中身を、丁寧に確認していた。


「リリィ、何かあったらエリザベスの馬に、その荷物を預けていいからな」


 彼女の荷物のほとんどは、パンを作るための道具と材料。

 今回もかなりの重量がある。

 身体能力が高くないリリィには、きつい旅路になるであろう。


「ありがとうございます、オードル様。今回もできる限り自分の荷物は、自分で持ちます」


 だが問題ないと、リリィは笑顔で答えてきた。

 一人前にパン職人は、なにより道具を大事にする。


 頑張って、自ら運ぼうとしていたのだ。


 ふむ。それなら本人の意思を尊重するしかないな。



「パパ、マリアとニースも大丈夫だよ!」


「だいじょうぶ」


 最後にマリアとニースが、答えてきた。

 二人とも小さな背負い袋の中身を、自分でちゃんと確認している。

 マリアにいたっては姉のように、ニースの手伝いも確認していた。


「そういえば二人とも、本当に自分の足で歩いていくのか?」


 王都から故郷の村までは、かなりの距離がある。

 幼い子どもには、かなりキツイ距離なのだ。


「うん、マリア、頑張る!」


「ニースも」


 だが二人とも自分の足で、最後まで歩こうとしていた。

 精一杯の元気を見せてくる。


「それならオレは手助けを控える。だが、疲れた時は、ちゃんと言うんだぞ」


「うん、わかった、パパ!」


「わかった」


 二人ともここ数ヶ月で、一段と立派に成長していた。

 肉体的な成長もあるが、何より強くなったのは精神的に。

 自分で進んで自立しようとしているのだ。


 特にマリアは、幼いニースを懸命にサポートしている。

 我が子ながら素晴らしい成長ぶりだ。



「さて、これで全員の準備が……」


『ワン!』


 おっと、フェン。そうだったな。


 相変わらずお前も今日も元気。

 荷物もないから、大丈夫そうだな


 よし、これで本当に家族全員の準備が完了。

 出発するとするか。


「それでは、鍵を閉めるぞ」


 玄関の鍵を閉めて、戸締りする。

 ダジル商店の郵便受けに、鍵を入れておく。


 これで正真正銘、この王都の家ともお別れだ。


「パパ……楽しかったね、このお家でも……」


 先ほどまで住んでいた我が家、見上げながらマリアは少しだけ寂しそうにしていた。


 この一年間のことを思い出して、感慨にふけているのであろう。


「王都でも本当に、色々あったからな。そうだ……たまには王都にも遊びにくるか?」


 年に一度くらい家族旅行として、王都にも遊びに行くるのも悪くはない。

 その時は、上位学園に挨拶にいったり、ダジルの顔を見に来たりできる。


「うん! そうだね、パパ!」


 マリアに笑顔が戻る。これで決まり。

 次に王都に遊びに来る日が、楽しみである。


「それでは行くぞ」


 後腐れは無い。

 こうしてオレたち一家は家を後にして、王都の正門へと向かうのであった。


 ◇


 正門まで、ゆっくりと移動していく。

 王都の歴史ある風景を眺めながら、各々が心に刻んで進んでいる。

 寂しくもある余韻の時間だ。


 別れ惜しい時間は、あっという間に過ぎ去る。

 王都を出るための正門に到着。


 まだ早朝なので人通りは少ない。

 城門の守備兵に簡単に手続きする。


 よし。これで正式に外に出られる。


「よし、手続きも終わったぞ。さぁ、いくぞ」


 王都の周囲は、高い城壁で囲まれている。

 オレたち一行は、巨大な正門をくぐっていく。


 さて……これで本当に王都ともお別れだな。


「マリアさん!」


「ニースちゃん!」


 その時である。

 背後から少女たちの声が響く。


「あっ! みんな⁉」


「みんな、きた」


 やって来たのは、マリアとニースのクラスメイトたち。

 上位学園と初等学園の生徒たちだ。


「先生に、今朝出発すると聞いて、皆で見送りにきたのです!」


 クラスメイトの中で、たった一年間で卒業できたのは優秀なマリアだけ。

 だから大事な中を、こうして見送りに来てくれたのだ。


「みんな……本当にありがとね!」


「ありがとう」


 それぞれクラスメイトと、マリアとニースは別れを惜しむ。


 二人が学び舎で一緒に過ごしてきたのは、短い期間。

 だが誰もが思い出話に花を咲かしていた。


(そうか……二人とも、頑張っていたんだな……)


 そんな光景を見ながら、感慨深くなる。


 普通はこんな早朝に、クラスメイトを見送りには来ない。

 きっとマリアとニースは一生懸命、学園生活を頑張っていたのであろう。


 だからクラスメイトも見送りに来てくれたのだ。




「リリィ!」


 今度はリリィの名を呼ぶ者、やって来た。


「お師匠様⁉ どうして、こちらに?」


 駆け寄って来たのは、パン屋の店主夫妻。

 王都でのリリィのパパ修行の師匠だ。


 夫妻は小さな紙を取り出す。


「お前さんに、これを渡そうと思ってね」


「えっ……これは? もしかして……」


「ああ、そうだ。パン組合ギルドの許可証。つまり見習い卒業証だ」


 夫妻が取り出したのは、リリィへのプレゼント。

 組合員に認められた者だけが、貰える証。


 これがあれば王国内、パン職人として名乗ることが出来るのだ。


「えっ……でも、師匠様、私は未熟な部分もあって……」


「大丈夫だ、リリィ。お前さんの努力は私らが保証する。これからも胸を張って励みなさい」


「はい……ありがとうございました。本当にお世話になりました……」


 リリィは夫妻と抱きしめ合う。

 別れを惜しみながら、これからの職人としての心得を話していた。



(良かったな、リリィ……)


 彼女は幼い時、家族全員を失っている。

 亡くなった両親のパンの味を再現するため、リリィは今までパンの修行に励んでいた。


 それがようやく実ろうとしていたのだ。


 見習い卒業ということで、まだ第一段階を登ったに過ぎない。

 だが夢への一歩を、確実に踏み出した。


 本当に嬉しいことだ。



「エリザベスお姉様!」


 更にやって来た者たちがいた。


「チャールズ! それにお父様も⁉ どうして、ここに⁉」


 次はエリザベスの家族。

 弟チャールズと父レイモンド公であった。


 まさかの家族の見送りに、エリザベスは驚きを隠せない。


「エリザベスお姉様! 見送りに来ました!」


「我が娘との、最後の別れになるかもしれない……からな。私の歳のだと」


 実の弟と父親。

 大事な家族であるエリザベスの見送りに、二人ともやって来たのだ。


「本当……ありがとう……」


 二人と抱き合いながら、エリザベスは感動に浸る。

 彼女はつい先日まで家出して、しばらく家族と疎遠になっていた。


 だが今は違う。

 仲の良い弟チャールズと、何度も抱き合いながら別れを惜しんでいた。


「見送りは有りがたいが、こんな所に来ても大丈夫なのか、レイモンド公?」


 抱き合う兄妹の見守っている実の父、レイモンド公に訊ねる。


 何しろ今や、この男は大国の国王。

 周囲には護衛の近衛騎士が、ほぼいない状態。


 こんな一般用の正門に、見送りに来ていい状況ではないのだ。


「はっはっは……それを言われると辛いですな、オードル殿。ですが、大事な一人娘の出発ともなれば、実の父親として、見送りに来ない訳にいけませんし?」


「そうだな。次に王都に会えるのは、いつになるか分からないからな」


 この者が国王ともなれば、政務に忙しい日々となる。

 また国内の視察で、王都を留守にする時も多い。


 年齢的に次にエリザベスと再会できるのは、運だけが頼りなのだ。


 そんな感じで、各々は別れを惜しんでいった。


(ふう……みんな、それぞれ別れを惜しむ時間か。悪くはないな)


 城門の広場の光景を眺めながら、オレも思わず感慨にふける。




「おー、オードル!」


 その時である。

 今度はオレの名を呼ぶ者が、近づいてきた。


「ダジル? それにヘパリスも。どうしたお前たち?」


 やって来たのは男女ふたり。

 ダジル商店の店主である老人ダジルと、筋肉質な女鍛冶師ヘパリス。


 珍しい組み合わせ。

 特に工房に籠りっきりのヘパリスが、こうして外を歩いているのは初めて見る。


「ふん。ワシは特に用はないが、ヘパリスの奴がどうしても言うからのう。なんでもお前さんに、渡したい物があるんじゃと」


 なるほど、出不精のヘパリスのために、ダジルがここまで案内して来たのか。

 それなら納得できる組み合わせだ。


 だがオレに渡したい物とは、一体なんであろう?


「くっくっくく……見て驚くなよ、オードル。今回は“私の自信作”を持ってきた!」


「そうか。だが武具は、もういらないぞ」


 ヘパリスは腕利きの鍛冶師。

 自信作といえば武具の類であろう。


 だが今のオレは一般人。

 過剰な武具は必要ないのだ。


「今のお前なら、そう言うと思ったわ。でも、これなら受け取るでしょ、オードル?」


 ヘパリスが取り出し見せてきたのは、銀色の腕輪。

 男性用で少しゴツイが、何の変哲のない腕輪だ。


 装飾品か魔除けの類だろか?


「これなら問題はない。受け取っておこう」


 長年、この女鍛冶師には世話になってきた。

 彼女の想いを無下にはできない。


 武具でないので有りがたく、腕輪を受け取ることにした。


 それにしても、何かがおかしい。

 ヘパリスは稀代の武器職人。


 こんな普通の装飾品を作るとは、珍しいことなのだ。


「ん? 何だ、これは……?」


 腕輪を受け取って、思わず声を上げる。


 何故なら異様な重さ。

 普通の金属とは思えない、異常な重量だったのだ。


 鉄でも鋼でもない。

 こんな密度の重い金属は、今まで手にしたことがない。


「くっくっくく……驚いたでしょ、オードル⁉ それは普通の腕輪じゃないんのよ! 知りたい?」


 オレの驚いた反応を見て、ヘパリスは嬉しそうだ。

 まるで種明かしをじらす奇術師のように、勿体ぶっていた。


 しゃくに障るが、腕輪の正体は気になる。


「ああ、興味がある。教えてくれ」


「それなら教えてあげるわ。その前に腕輪を付けてみてちょうだい。どっちの腕でもいいから」


「ああ、わかった」


 どんな仕掛けがあるが、好奇心が勝つ。

 ヘパリスの指示通り、左の手首に腕輪を付けてみる。


 つけてみて改めて実感、かなり重厚感だ。


 普通の者なら脱臼の危険性もある。

 腕はもち上げられないであろう。


 だがオレには問題ない重さ。

 さて、これからどうすればいいのだ?


「余裕か。さすがオードルだね。それじゃ次は、『自分の好きな形の武具を、頭の中でイメージして』みて。そして『武装ギア・オン』って口に出してみてよ!」


 なんだと……


 なんだ、その恥ずかし命令は。


 だが仕方がない。

 頭の中で適当な武具の形をイメージ。


 次に指定の言葉を、声に出してみる。


武装ギア・オン


 ――――直後、驚いたことが起きる。


 付けていた腕輪が変化したのだ。


 まるで生き物のように金属が拡大。

 大きく広がって、オレの全身を包んでいく。


 そして次の瞬間には、固い形を形成していたのだ。


「これは……腕輪が、鎧と大剣になったのか?」


 驚きの結果だった。

 なんとオレは鎧を着込んでいたのだ。


 全身鎧の一種だが、かなり動きやすい。

 局部だけを守った漆黒の金属鎧。


 愛剣によく似た大剣が、右手に出現していた。


「これは何の手品だ、ヘパリス?」


 悔しいが原理も正体も分からない。

 製作者である女鍛冶師に素直に訊ねる。


「くっくっくく……驚いたでしょ、オードル⁉ さすがのアンタでもビックリしたでしょう⁉ だって、それは“普通の金属”じゃないからね!」


 ヘパリスは展開した武装を見て、大喜びしていた。


「“普通の金属”じゃないだと。これは……まさか?」


 その言葉と、先ほどの金属の動き。

 二つのことから、オレはあることを思い出した。


 あれは――――そうだ。

 先日の魔女との戦いの前。


 機械仕掛けのパルマの鉄人兵との戦いのことだ。


「つまり、これは、古代の金属か?」


 あの時の鉄の巨人が、先ほどの腕輪と同じように動きをしていた。

 つまり超文明の特殊な金属なのであろう


「おお、さすがのオードル! 初見で見破るなんて! その通り、その腕輪は“パルマの鉄人兵”とやらの残骸から、作ったのよ! 何でも『人のイメージを、そのまま形に出来る古代の金属』らしいわ!」


 ヘパリスは嬉しそうに種明かしをしてきた。


 そしてオレの予測は、見事に的中。

 腕輪は、あの鉄人兵の残骸から作られたものだった。


 いや……だが、待て。

 だが誰が一体、あの時の残骸を、ヘパリスに?


 オレたち一行の中には、誰もいなかったはずだ。

 つまり……


「お前が犯人か、カスミ?」


「あら、バレていたのね? さすがね」


 ダジルの背後から、黒髪の女がスッと姿を現す。

 隠密術の使い手カスミだ。


 先ほどのオレが装着の瞬間に、ここまで気配を消して接近。

 オレですら微かに感じた隠密術で。


「ところお前。いつのまに残骸なんか持ちだしていたんだ? あの時は、ショックを受けていたんじゃないのか?」


 魔女との戦いの直後。

 意識を取り戻したカスミは、失意まま姿を消していった。

 本人の話では、そのまま地上に降りたはずだ。


「あの逃げ出した時に、なんか身体が勝手動いちゃったのよ。ほら……身についた技術が、無意識に起動した? みたいな感じで」


 カスミは悪気なく言い訳してきた。


 なるほど身についた技術が、勝手にか。

 簡単に言うと『お宝になりそうな金属片を見つけて、失意だったが盗んできた』ということだ。


 まったく、たいしたタマの女。

 あの時、少しでも心配していたオレが、バカだったよ。


(それにしても……この金属は凄いな)


 改めて感心する。

 全身鎧が身体の自由が効く機動性。


 明らかに普通の金属とは違う感触。

 こんな古代の金属を、良くここまで加工できたものだ。


 おそらくヘパリスの鍛冶の腕だけでは不可能。

 つまり古代の知識が必要になるはずだ。


「ご名答ね。実は私には“前世の知識”みたいに、古代文明の知識も残っているのだ。だから、このヘパリスさんにコツを教えて、加工をお願いしてもらったのよ」


 オレの予想は当たっていた。

 つまりカスミの知識と、ヘパリスの腕の合作の品だったのだ。


「このカスミは……最初に訊ねて来た時は、怪しげな女盗人かと思ったよ! でも、よくよく話を聞いてみたらオードルの仲間だとか。それに、こんな素晴らしい金属の加工を出来るなんて、私は大陸一の果報者だったわ!」


 いつのまに二人は仲良くなっていたらしい。

 互いの利害の一致がしたのであろう。


 というか、オレと古代金属をダシにして、遊んでいるようにしか思えないが。

 その辺は気にしないでおこう。


「ちなみに、この武装は、どうすれば解除できる、ヘパリス?」


「それは『解除ギア・オフ』と口にしたら、元にもどるわ」


「そうか。『解除ギア・オフ』」


 直後、鎧と大剣が変化する。

 一瞬にして元の腕輪の形になり、左腕に装着されていた。


「凄いでしょう、オードル⁉ それなら普段は腕輪として持ち歩けるから、今のオードルに合っているでしょ⁉ あと、イメージしたら大盾とかも出せるのよ!」


 自分の作品の出来に、ヘパリスは大興奮していた。

 使い方を細かく説明してくる。


「なるほど、この機能は悪くないな」


 一度貰った物を返すのは、オレの主義に反する。

 仕方がないので、腕輪は身に付けておくことにした。


「かなり便利な金属だが、欠点はないのか、これは?」


 念のためにヘパリスに訊ねておく。


「うーん。最大の欠点は超重量なことよ。あと使用時、大量の闘気を消費。だから並の戦士では使うことすら出来ない。でも、オードルなら楽勝でしょ?」


「そうだな。特に問題はない」


 ヘパリスの説明の通り、腕輪の重量は異常だ。

 腕利きの戦士ですら、腕の関節が外れてしまう危険性がある。


 それに先ほどの使用時、体内の闘気をゴッソリもっていかれた。

 だがオレにとっては微々たる量。

 問題ない程度の欠点だ。


「これなら村に帰ってからも、役立ちそうだな。一応は礼を言っておく」


 辺境である村では、農作業や山林開墾が大仕事。


 だが自分のイメージを形に出来るのなら、農機具や木を切る斧にも変化できるはず。

 ヘパリスのプレゼントは有り難く受け取っておく。


「そうかい。それなら使い勝手は、たまに報告にくるんだぞ、オードル!」


 満足そうな顔で、ヘパリスは立ち去っていく。

 どうやら見送りではなく、本当に腕輪を私に来ただけなのであろう。


 相変わらずマイペースな女鍛冶師だな、あいつは。

 さて、面倒な話は終わった。


 ダジルも、マリアたちの方に挨拶に向かう。


 二人が立ち去って、オレの目の前にいるのは黒髪の女。

 カスミだけだった。


「それにしてもカスミ、古代の遺産で、こんな物を作ったんだ? 遊びではあるまい?」


「そうね……古代文明の遺産と知識は、使い方によっては役に立つ可能性がある……それにオードルなら、悪用はしないでしょ?」


 カスミハ悪戯っぽく笑いながら答える。

 “黒髪の魔女”の冷徹なイメージがあった。


 だが、この女の本当の姿は、こうした天真爛漫てんしんらんまんなところなのだろう。


「そうか。ところで他にも、古代文明の品を持ちだしてないか、お前?」


「えっ? ま、まさか、そんなハズないわ。今の私は知っての通り、堅気になったんだから……オッホホホ……」


 明らかに怪しい態度。

 おそらく他にも持ち出していたのであろう。


 だが放っておこう。

 カスミはやや手癖が悪いが、悪意はない性格。

 他の古代遺産も、悪用は絶対にしないだろう。


「そういえば、カスミ。お前はこれから、どうするつもりだ? 死ぬまで、ダジルの手伝いをする訳ではあるまい? 将来はどうするつもりだ?」


 そういえばダジル商店でのオレの後任者は、このカスミ。

 腕利きの探索者である彼女なら、ダジルの力になってくれるであろう。


「えっ、私の将来? そうね……しばらくは商店の手伝いをしながら、ゆっくりと考えてみるわ……」


 カスミは貴重な人生の九年間を、魔女によって奪われてしまった。

 今はまだ人生のリハビリ中。

 ゆっくりと王都で暮らしているのだ。


「そうか。それなら、これがオレの故郷の村の場所だ。お前なら、これだけで見つけられるだろう」


 オレは一枚のメモ紙を手渡す。

 書かれた内容は、誰にも教えていない故郷の場所だ。


「いつでも村に遊びに来い」


「えっ……でも、私が遊びに行ったら……」


 カスミが遠慮しているのは、マリアと顔を合わせること。


 何故なら今のマリアの方には、生みの母親の記憶……本当のカスミへの記憶がないのだ。


「ほら、前も言ったけど、こんな私が近くにいない方が、マリアも幸せだし……」


 二人には消さない悲しい過去があった。

 だから、カスミの方がどうしても一歩引いて遠慮。


 王都に戻って来た、ここ数ヶ月間。

 カスミは意図的に、マリアを避けていた。


 本能的に恐怖していたのだ。

 自分が産んだ娘マリアに、他人として接してこられることが。



「ねぇ、パパ!」


 その時であった。

 何かの用事があったのであろう。

 マリアがこちらに駆けてきた。


「えっ……」


 まさかの事態に、目の前のカスミに緊張が走る。

 だが、もう逃げられない距離だ。


「あっ、カスミさん、こんにちは! お久しぶりです」


「こ、こんにちは、マリアちゃん」


 カスミは笑顔で挨拶を返す。


 だがオレには見えていた。

 彼女の足が小さく震えていることを。


「あれ? カスミさん、どこか具合でも悪いのかな? なんか、いつもと違う感じ?」


 そういえばマリアも勘が良い方。

 カスミが必死で隠している、心の動揺を感じている。


「えっ……だ、大丈夫よ、マリアちゃん。ほら、私は元気よ!」


「えー、本当かな? 何か、マリアに隠しているんでしょ? パパと秘密の仕事のお話とか?」

「ち、違うわよ。オッホホホ……」


 隠す度に、アイナの動揺は大きくなっていく。

 鼓動が早くなっているのが、見ているオレにも分かるほどだ。


 仕方がない。

 今回だけは助けてやるか。


「マリア。カスミは少しだけ悩み事あるようだ。せっかくだから元気づけてあげなさい」


「うん、分かった、パパ! カスミさん!」


 マリアは駆け寄る。

 思わずしゃがみ込むカスミ。


 そんな彼女の身体を、マリアが小さな腕で抱きしめる。


「カスミさん……元気になれ……元気になれ……元気になれ……」


 カスミの背中を、マリアは優しくさすってあげる。


 これは我が家の励まし方。

 マリアの一生懸命な愛情表現だった。


「マリアちゃん……」


 唖然としていたカスミ。

 おそるおそる同じように、マリアの背中を抱き返す。


「マリア……」


 そして誰にも聞こえないように、小さくつぶやく。

 一粒の涙をこぼしながら。


 これはカスミにとっての、精いっぱいの愛情表現。

 生みの母親としての、最初で最後の抱擁であった。


 二人の周りの時間がゆっくりと流れていく。


 悲しい過去と事実が、愛情によって包まれていた光景だ。



 そんな時だった。


「「「マリアちゃん!」」」


 向こうからマリアを呼ぶ、クラスメイトの声が上がる。

 どうやら最後の手紙を渡す時間のようだ。


「あっ、そうだった! 忘れてた。カスミさん、もう大丈夫?」


「うん……もう、大丈夫。私は大丈夫よ」


「よかった! じゃ、またねカスミさん!」


「ええ、またねマリア……ちゃん」


 二人は笑顔で別れの言葉を交わす。


 元気に立ち去っていくマリア。

 その後ろ姿を、アイナはいつまでも見送っていた。


 落ち着いたところで、声をかける。


「これで少しはスッキリしたか、カスミ?」


「ええ。でも、ちょっと、いきなりだったから、心臓が止まると思ったわ。でも、ありがとう、オードル……」


 しおらしい態度でカスミが感謝してきた。

 いつも人を食ったような、この女には珍しい態度だ。


 だが悪くはない顔だ。


「これで、気兼ねなく、いつでも村に遊びに来い。マリアの顔を、見に。その時は、家族全員で歓迎する」


 カスミとマリアの微妙な関係だ。

 血の繋がった実の親子でありながら、精神的には他人の関係。

 魔女によって仕組まれた、悲しい因果だった。


「そうね……お言葉に甘えさせてもらうわ。たまに遊びにいくから」


 だが親子の縁とは、常識では計れないこともある。

 だから、この二人も大丈夫だろう。


(親子の縁か……オレも、そうだな……)


 オレとマリアの関係も普通ではなかった。


 ほんの二年ちょっと前まで、一度も会ったことも無かった二人。

 だが今では、かけがえのない親子愛で繋がっている。


 たとえ魔女によって、仕組まれた因果かもしれない。

 だが本当の家族は、強い絆で結ばれているのだ。



「さて、そろそろ時間だな。おい、そろそろ出発するぞ、みんな」


 出発の時間がきた。

 オレを含めていつまでも、感傷に浸ってはいられないのだ。


「「「はい!」」」


『ワン!』


 オレの号令で、家族が集合。

 故郷へ向けて再出発となる。


 まず目指すは、北に伸びた街道。

 最終的に向かうは、更に獣道を進んだ辺境の地。


 ――――オレの故郷の村だ。


 北に向かい、オードル一家はゆっくりと歩き始める。


「マリアさん! 元気でね!」


「ニースちゃん、またいつか遊ぼうね!」


 二人のクラスメイトの別れを惜しむ、少女たちの声。

 いつまでも切なく城門に響いていった。




「エリザベスお姉様! ボクも立派な騎士になるので、必ず会いに来てください!」


 またチャールズの声も聞こえてくる。

 良い声だ。

 あの元気さなら、いつかは本当に立派な騎士に、国王候補になれるだろう。



 他にもパン屋の店主夫妻が、リリィの名を叫ぶ声も聞こえてきた。


 レイモンド公は静かに。

 護衛の騎士と共に、オレに向かって最敬礼で見送ってくる。


 ダジルとカスミは静かに、でも優しい瞳で見送りを


 ――――それぞれの想いがこもった、本当に暖かい見送りであった。


「よし。少し速度を上げるぞ」


 王都から少し離れた場所まできた。

 もう見送りの声も、聞こえない。

 姿も見えない。


 だが一行の誰もが、歩きながら感慨にふけていた。

 別れを告げた王都での思い出に。


(王都か。本当に色々とあったな……)


 オレもそんな一人。

 この激動の一年間を思い返す。


 ◇


 一年ちょっと前。

 マリアの更なる勉強のために、オレたち一家は王都に引っ越してきた。


 上位学園への入学は、リッチモンドの推薦状のお蔭でスムーズに。


 住まいとオレの職も、旧友のダジルのお蔭でも助かった。


(そして新しい家族……ニースか……)


 その新しい家族との出会いは、突然だった。


 王都の焼け落ちた屋敷の地下水路。

 謎の少女ニースをオレは拾ったのだ。


 衰弱して記憶のないニースのことを、オレたちは新しい家族として、迎えることにした。



(あとはチャールズ問題か……)


 その後も事件は起きた。


 ヘパリス工房の帰りに、剣聖ガラハッドに再会。

 エリザベスの弟に、危機が訪れたことを知らされたのだ。


 オレはエリザベスと、彼女の実父レイモンド公爵の屋敷を訪問。

 チャールズがルイ国王に、養子として人質に捕られたことを知る。


 その後、舞踏会に変装して潜入。

 何とかチャールズとエリザベス姉弟を、再会させてやることに成功した。



(そして帝国軍の大侵攻の知らせか……)


 舞踏会で剣聖ガラハッドと話をしている時、事件は起きる。


 隣国の帝国が大軍で、王国領土に侵攻という知らせ。

 舞踏会は中止。

 蜂の巣をつついたような混乱に、王都は陥る。


 その時にオレが個人的に気になったのは、バーモンド領の危機。

 マリアの親友クラウディアの実家の領地。

 帝国軍の先行部隊が侵入していたのだ。


 オードル一家の家族会議を開催。

 すぐにオレたち一家は、バーモンド領に移動を開始。

 目的は令嬢クラウディアと、その家族を助けることだ。



 バーモンド領内に潜入。

 無事にクラウディアと母親の救出に、成功する。


 残るは城で籠城して戦っている、バーモンド伯爵の救出だけ。



(そして、アイツらに再会か……)


 バーモンド城を総攻撃していたのは、現役のオードル傭兵団。

 かつての自分の元部下たち。


 オレは正体を隠しながら、元部下たちを各個撃破。

 大隊長も打ち倒して、バーモンド伯爵の命を助けることに成功した。



(だがロキの奴が……)


 倒した大隊長たちから、副団長ロキの狙いを聞きだす。

 すぐさま古代遺跡に向かった。


 その前に立ちはだかったのは、漆黒の力に飲み込まれてしまった青年ロキ。

 何とかロキを打ち倒し、正気を取り戻せる。


 ロキから出たのは、魔女と呼ばれる女の暗躍。

 そして皇帝も魔女によって、動かされている可能性が大きいという情報。


 オレたちは再び動き出す。

 皇帝の真意を確かめるために、リッチモンドを救出するために。

 そして“真実の塔”と呼ばれる遺跡に到着する。



(そして皇帝ガルか……)


 皇帝は古代の塔を調査していた。

 目的は古代文明の強大な力を手にすること。

 魔女によってそそのかされていたのだ。



(そして王国軍の強襲か……)


 だが皇帝も魔女によって、騙されていた。

 魔女の陰謀によって、王国軍の大軍が強襲。


 このままでは魔女の思惑通り、古代遺跡の力が魔女に悪用されてしまう。


 だからオレは古代遺跡の塔を破壊。

 戦鬼オードルの怨霊を演じることによって、無駄な両軍の争いを止めることにも成功した。



(そして魔女の襲来か……)


 これはオレの失敗。

 剣聖ガラハッドとの決闘の隙を、あの魔女に狙われてしまった。

 強襲した魔女によって、マリアとニースがさらわれてしまったのだ。


 大事な妹のために、聖女としての力を覚醒させたリリィ。

 そのお蔭で魔女の居場所を突き止めた。


 マリアとニースを救いだすために、オレたちは転移装置を使って浮遊遺跡に乗り込んだ。



(そして浮遊遺跡での戦いか……)


 いくつもの難関が待ちかまえていた。


 国すらも滅ぼした危険な鉄の巨人との戦い。


 入る者を迷わせる魔女の迷宮。


 オレは仲間の力を借りながら、全ての難関を突破。


 ついに黒髪の魔女と対峙する。



(黒髪の魔女との決戦……そして……)


 黒髪の魔女は恐ろしい相手だった。


 こちらの全ての攻撃を無効化。

 更に恐ろしい攻撃の術も使ってきた。


 本当に手強い相手だった。

 だが仲間と力を合わせ、何とか撃破に成功。


(そしてマリアが……)


 だが魔女との戦いは終わってはいなかった。

 古代ネックレスの力で、今マリアが魔女化してしまったのだ。


 マリアの潜在力を利用した魔女は、前以上に恐ろしい相手だった。


 だが大事な娘を取り戻すため、絶対にオレは負ける訳にいかない。


 家族と仲間の力を借りて、オレは魔女のネックレスを破壊。

 無事にマリアとニースを救出した。



(その後も色々とあったな……)


 二人を助け出して王都に戻った後も、本当に色んなことがあった。


 レイモンド公から国王の座の誘い。


 かつて黒髪の魔女だったカスミとの再会。


(本当に色々あったな……王都では……)


 この一年間が、走馬灯のように思い出された。


 ◇


 そんなことを考えていたら、いつの間にか距離が進んでいた。


「ねぇ、オードル、北の街道への合流地点が、見えてきたわよ!」


 馬上のエリザベスが、北への帰路を指差す。


 そうか、いよいよ故郷への進路か。


 ここから更に日数はかかるが、故郷へ進路が向いたのだ。


「パパ、村に戻るのも楽しみだね!」


「そうだな、マリア。大きくなったマリアを見て、村のみんなが驚くかもな」


「そうだね、パパ! だってニースのお姉ちゃんに、マリアはなったからね!」


 新しい妹のニースのことを、マリアは誇らしげにしてくる。


 マリアと最初に出会った五歳の時。

 今はもう七歳……立派なレディーになっていた。


「それならマリア様。苦手な野菜を、もう少し食べないといけませんね」


「うげっ……リリィお姉ちゃん。そ、それならマリア、やっぱりニースのお姉ちゃん辞める!」


 賢いがマリアは、まだ七歳。

 どうしても苦手な食べ物がある年頃。


「ニース、ニンジンもピーマン好き」


「そうですか、ニース様。いつも残さず食べて偉いですね。マリア様も村に帰ったら、好き嫌いを治さないといけませんね?」


 いつも温和な聖女リリィ。

 だが食べ物の好き嫌いに関して、やけに厳しい。


 厳格な大聖堂で育てられた影響であろう。


「うっ……今日のリリィお姉ちゃん厳しい……エリザベスお姉ちゃん助けて!」


「また私に? でもマリア。苦手な野菜は仕方がないわよね? 私もナスは苦手だからね! あと、他もあるわ!」


 好き嫌いに関して、エリザベスはマリアの同士。

 誇らしげに、嫌いな野菜の名を上げていく。


「エリザベス様、マリア様を甘やかしてはダメですよ!」

「好き嫌いは、ダメ」


『ワン!』


 ニースとフェンは、リリィが連合を組む。

 マリアとリリィを、三人で追い詰めていく。


「に、逃げるわよ、マリア!」


「了解、エリザベスお姉ちゃん!」


 たまらず逃げ出すエリザベスとマリア。


「お二人とも、お待ちなさい!」


「まつのだ」


『ワン! ワン!』


 それを追いかけるリリィとニース、フェン。


 四人と一匹による追いかけっこが始まる。


 静かな街道を進む旅人の中で、際立ってうるさい一行だ。


「やれやれ。我が家の女性陣は、相変わらず元気だな」


 そんな賑やかな光景を、苦笑いしながら眺める。


 我が家の皆は、どんな時でも笑顔で元気。

 一緒にいるだけで、こうして本当にエネルギを貰えるのだ。


「おい。あんまり遠くまで遊びにいくな。置いていくぞ」


「「「えー⁉ 待って!」」」


 我が家一家は今日も賑やか。


 こうしてオレたちは故郷の村でゆっくりと、そして絶えない笑い声と共に暮らしていくのであった。










 ◇



 ――――本編《完》――――























本編を最後まで読んで頂き、本当にありがとうございます。













そして本編は完結しましたが、後日談も以下な感じで定期的に更新していきます。



・後日談その1:家族の敵討ちに旅立った、白魔狼フェン


・後日談その2:帝都大学に入学


・後日談その3:オードル 対 全オードル傭兵団員


・後日談その4:かつて黒髪の魔女と呼ばれたモノ


・後日談その5:剣聖との最後の決着


・後日談その6:本当の完結へ……




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― 新着の感想 ―
[良い点] こう云う異世界英雄伝が読みたかった。 絶対的なカリスマ性がありながら、地位や名誉に興味のない主人公が嫉妬や妬みから陥れられ、本人が意図してなくても、騒動に巻き込まれながら結局問題を解決して…
[一言] 完結おめでとうございます。 面白かったです、良い物語をありがとうございました。
[一言] 盛り上がってるところに誤字脱字が入るとしょんぼりします。
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