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会議と勇者

 小坂真樹の効果は抜群だった。彼女が無事な姿を見せた途端、それまで暴れ狂っていたデルネスは嘘のように大人しくなった。

 

「デルネス様。私はこの通り無事です。何も酷いことはされていません。どうか牙をお収めください」

「マキ? 本当にマキなのか? ケガはないのか? 本当に何もされてないのか?」


 首を伸ばして捻り、前脚に立つ真樹の目と鼻の先にデルネスが鼻先を近づける。全身から溶岩を垂れ流し、城の大半をマグマでデコレートしながら、火の魔王は若き勇者をまじまじと見つめた。

 真樹と顔を合わせた魔王は明らかに動揺していた。

 

「ほ、本当に平気なのか? 奴らに無理矢理言わされているわけではないのか?」

「大丈夫ですよ。まだそんなことはされてませんから」

「まだ? ではその内されそうなところだったのか? どこまでも不躾な連中だ。やはり消し炭にするしかないようだな……!」

「落ち着いてください。ですから私は大丈夫ですから。もうこれ以上暴れるのはやめてください」


 怒りに震わせるデルネスを、真樹が必死になって抑えつける。城内から窓越しにその光景を見ていたこの城の面々は、その光景を固唾を飲んで見守っていた。彼女が説得に失敗すれば、自分達は確実に死ぬことになる。彼らはそれまで敵視していた相手に対し、当たり前のように自分達の命運を預けていた。

 自分でこの状況を打開しようと考える者は一人もいなかった。

 

「もう十分ですから。私はあなたがここまで来てくださっただけで十分なのです。ですから私と一緒に、魔界に帰りましょう? ね?」

「しかし、されるだけされておいて、貴様はそれを全て水に流そうというのか? ここは一度、奴らに身の程を教えてやるべきではないのか?」

「もういいんです。無駄な人死にが出るよりずっとマシです。ですからデルネス様。もうこれ以上暴れないでくださいませ」


 子をあやすように、真樹がデルネスに問いかける。火達磨と化した獣は、そんな真樹をなおも訝しげに見つめていた。真樹も懇願するような表情で、獣をじっと見つめ返していた。

 やがてデルネスが先に折れた。

 

「……わかった。お前がそういうのなら、ここで止めるとしよう」


 デルネスは諦めたように首を下げた。真樹はほっと胸をなでおろし、デルネスの鼻先を優しく撫でた。

 

「ありがとうございます。私、安心しました」

「私はまだ奴らを許してはいないがな。ここで止めるのは、お前がそこまで言うからだ。いいな?」

「はい。わかっています」


 捻くれた言い方をするデルネスに対し、真樹がにこやかに答える。城の人間はそれを見て安堵のため息を漏らし、囚人達は両手を上げて喜んだ。

 真樹はその囚人達のことも忘れていなかった。

 

「それからデルネス様。ここに私と同じように無実の罪で捕まっている人達がいるんです。彼らも助けてくださいませんか?」

「もちろんだ。それも我らに任せておくがいい」


 デルネスはそう答え、ゆっくりと城から離れていく。離れる最中、真樹は燃え盛る前脚をよじ登ってデルネスの背中に移る。そして城からある程度離れたとこでデルネスは足元に時空の裂け目を生み出し、真樹を乗せたままその燃え滾る穴の中へ沈んでいった。

 魔王が消えても裂け目は消えなかった。さらにデルネスがいなくなると同時に、穴の奥から翼をもった魔物が続々と現れてきた。彼らは赤々と燃え上がる炎の翼をはためかせて、まだ外壁や周囲に溶岩の残っている城へとまっすぐ飛んで行った。

 そのうちの一体が、壁に開けられた穴から牢獄に入っていく。そしてそこで扉を背に身を寄せ合っていた囚人達を見つけ、魔物が口を開いた。

 

「デルネス様の命により、お前達を助けに来た。今ここは混乱している。逃げるなら今の内だぞ」


 そうして魔物が、背後の穴を親指で肩越しに指さす。囚人達はまだ警戒していたが、未知の魔物に対し心を開くのに時間はかからなかった。

 

「よし、連れてってくれ。いつまでもここにはいられん」

「わかった。俺の仲間が衛兵どもを引き付けてる。急ぐぞ」


 この時、他の魔物は城の窓や外壁に張り付いて嫌がらせをしていた。武器をぶつけて壁を壊そうとしたり、窓を割ろうとしていたのだ。城の人間には、その行動は場内に侵入しようとしているように見えた。

 目論み通り、態勢を立て直した衛兵たちはそんな魔物を追い払うので手一杯だった。魔物の執拗な動きに翻弄され、囚人達に目を向ける余裕は無かった。そしてこの機を逃すほど、囚人達は馬鹿ではなかった。

 

「お、俺も行くぞ。俺も連れてってくれ」

「俺も!」

「私もお願いします!」

「落ち着け。大丈夫だ。全員逃がしてやる。いいからあわてるんじゃない。いいな?」


 次々寄ってきた人間達を担当の魔物が制止する。それから彼は囚人達を落ち着かせた後、逃げる算段を簡潔に説明した。

 

「俺の言うとおりにすれば全員逃げられる。慌てず、急いで逃げるぞ。わかったな?」


 囚人達はとても聞き分けが良かった。

 

 

 

 

 その日の夜、その国では緊急会議が開かれた。議題はもちろん、魔王が直々にこの国に来たことであった。彼が囚人と勇者真樹を救出させたことも当然話題に上ったが、話のメインとなったのはやはり魔王デルネスそのものについてのことであった。

 もし本格的にあれと敵対したとして、我々は奴に勝てるのか? 勝利するための具体的なプランはあるのか? 参会した誰もが、それに対する明確な答えを期待した。

 

「それで、どうだろう? 誰か魔王を倒せる、良い案を持っているだろうか?」


 挨拶を済ませた後、議長がさっそく提案する。待っていたのは沈黙だった。議員も国主も、衛兵長も、誰も何も言わなかった。ただ無言で顔を見合わせ、それからまた何も言わずに目を逸らした。

 円卓会議場の空気が重くなっていく。沈黙を貫く場を前に、議長は表情を曇らせていった。しかし彼は何も言わなかった。議長も議長で、明確なアイデアを持っていなかったからだ。

 

「……」

「どうしたらいいのだ……」

 

 あんな化物に勝てるわけがない。それがこの場での暗黙の了解と化していた。ひょっとしたら勇者なら、あの魔王に勝てるかもしれない。誰もがそうも考えていた。しかしそれを提案する者はいなかった。

 今、勇者は魔王と共にいる。そしてそうなるようにしたのは、他ならぬ人間であるのだ。

 

「誰か、なんとか出来んのか! このまま黙っていても、どうしようもなかろう!」


 やがて重苦しい空気に耐え切れなくなり、国主が立ち上がって叫ぶ。しかし彼の威厳も咆哮も、この場の空気を吹き飛ばすことは出来なかった。

 まったく雰囲気が改善しない。国主はいたたまれなくなった。そして苦々しい表情を見せながら、彼はどかりと大仰に音を立てながら席に戻った。会議はそのまま、まったく進行しなかった。出席者は物言わぬ置物と化し、そのまま時だけが淡々と進んでいった。

 

「お困りのようですね」


 そして幾時か無駄に流れたその時、唐突に女の声が聞こえてきた。置物は人間性を取り戻し、反射的に声のする方へ顔を持ち上げた。

 円卓の中央、丸テーブルの上に女が立っていた。その女は簡素な礼装に身を包み、背筋を伸ばして堂々とその場に立っていた。

 

「皆様、お初にお目にかかります。私は地の国の魔王の娘、セシルスと申します」


 セシルスと名乗ったその女は、そう言って恭しく一礼した。突然のことに、出席者達はぽかんと口を開けているだけだった。

 そんな彼らに対し、セシルスは構うことなく言葉を続けた。

 

「今日は皆様に一つ提案があって、この場に参りました。少々お時間をいただいてもよろしいでしょうか」


 暫しの沈黙。やがて国主が声を上げる。

 

「な、なんのつもりだ。魔物がたった一人で、ここに何の用だ」

「先程も申した通り、我々の提案を述べるためです。我々としても、無駄な争いは避けたいと思っていますから。それにそちらとしても、魔族と全面戦争を行うような事態にはさせたくないでしょう?」


 セシルスがそこまで答えて、にこりと笑う。この瞬間、国主はなぜあの女がここに来たのかを理解した。我々は魔王の力を間近で体感している。それの恐怖を、今の人間達の中でもっとも良く理解している。セシルスはそこに付け込んできたのだ。

 何より悔しいのが、セシルスの思惑に乗るのが一番無難な選択であるということだった。強硬路線を貫いて戦争にでもなれば、我々は確実に滅びるだろう。自分達がどれだけ無力な存在であるかを、国主は改めて痛感させられていた。


「それで、どうしますか? もし魔族との融和がお嫌ならば、私はこのまま立ち去りますが?」

「……わかった。話を聞こう」


 国主は愚か者ではなかった。彼は意地よりも、生存の道を選んだ。

 直後、議会はやにわにざわめきたった。

 

「魔族の言葉に耳を貸すというのですか?」

「いかん! それは反逆だ!」

「いけません、王よ。今我らは、反魔族連合の中におるのですぞ。もしこのことが他の国にバレたら……」

「やかましい! 今の我らでは奴らには勝てん! お前達もわかっているはずだ!」


 国主が一喝する。全員が心の中に抱いていたことを王直々に暴露され、議会の面々は押し黙るしかなかった。


「和解か、死かだ。今の我らに残されているのは、それだけなのだ」


 国主が続けて喋る。議会は完全に沈黙した。

 その重々しい空気の中、国主はセシルスを見ながら彼女に言った。

 

「話すがよい。お前達の融和案とは、いったいどのようなものなのだ?」


 セシルスは折れた国主に対し、敬意をもって一礼した。そして頭を上げ、魔界で決まった案を議会の者達に向かって披露した。

 彼女が話し終えた後、議会は再びざわめき始めた。その空気は以前と比べて、遥かに柔らかなものになっていた。

 

「本当か? 本当に暴走を抑えられるのか?」

「もしこれがそうなら、我々も戦わずに済むのでは……?」

「だが、これは本当の話なのか? いくらなんでも都合がよすぎでは……?」


 セシルスは、そんな周りの雑音を右から左に流した。彼女はただ、国主だけをじっと見つめていた。

 

「信じるも信じないもあなた方次第です。ですが、悪い話ではないと思いますが?」


 セシルスは再びにこりと笑った。国主は渋い表情を崩さなかった。

 しかしその心中では、既に決意が固まっていた。

 

「王よ、いかがされます? あの者はあなたの決断を待っています」


 隣に座っていた大臣の一人が声をかける。国主は黙って頷き、そしてゆっくりと口を開いた。

 彼の決断に、議会は三度騒然とした。

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