Re:Re:越境者
77話の裏話的な?
77話で長くなりすぎて切った部分が勿体なかったので、ここに置いておきます。
隣国から兵が越境した事件が無事解決し、件の隣国兵の見送りもすんだ頃。
ひと段落ついたところで情報を整理しようと、モルテールン家の重鎮と関係者が集まって会議を開いていた。
参加者は、カセロールにシイツ、ペイスとグラサージュ、それにトバイアムとバラモンド。
「まずは、兵が山脈を越えて帰還したことを伝えておく。明日までは、コアンが山の監視を続けるが、ひとまず問題は落ち着いたと考えていいだろう」
カセロールの言葉に、皆安堵する。
一応は有事であった為に、それ相応の緊張を強いられていたからだ。まかり間違えば、停戦を破った敵と戦争勃発、という可能性もあったのだから、安心して良いとなれば喜びもある。
「それで、ペイスからは賠償金と身代金について合意があり、ひとまずの支払いも済んだ、という報告を受けた。これについて、合意の内容を詳しく聞きたいと思う」
今回の事件で、ペイスの功績は大きい。
こちらに対する露骨な探りを阻止し、釘をさすことも出来たというのならば、まず最良の結果である。
「はい。それについては、合意文書がここにあります。あとで写しを作っておくつもりですが、確認してください」
ペイスから皆に回覧された契約書。
その中身は、一点を除いてごく平凡な内容だった。停戦合意の順守を双方が再確認し、事故の未然防止に今後双方が留意する事が書かれている。また、今回の件を“偶発的な事故”とし、越境の事実については伯爵側から謝罪の表明があった。
ここまではごく普通の内容。
皆が不信を募らせるのは、その後。賠償金と身代金の支払いについてだ。
「……坊、この支払のところ。何だかすんごい騒動の予感がするんですが、なんですかい、これ」
「見ての通りです。支払いは月々の分割。良くある話ですよね」
賠償金や身代金といったものは、額が大きくなりがちだ。
一度に支払うことが物理的に不可能な場合も多い為、分割で支払うことは割とありふれている。
それに関してはペイスの言う通りではあるが、気になるのは分割条件であろう。
「ペイス、銅貨一枚、というのは幾らなんでも譲歩しすぎではないか? 明らかに不利な条件であれば、決裂止む無しと事前に言っておいたはずだが」
嫌な予感がしつつも、カセロールは気付けない。
自分の感覚的なもので言えば額が少ない。始めが銅貨一枚、次の月が二枚、その次が四枚で、その次でも八枚だ。イメージするのはグラフで言えば比例式の直線のようなもの。倍々になる事を考えて、多少傾きを急にしたところで、それほどの額になるとも思えなかった。
多くても銅貨二万枚。金貨五枚程度ではないか、というのがカセロールの“感覚”だ。
この感覚は、グラサージュなども同じであり、たかだか銅貨を積み上げても、金貨にはそう簡単に届くまい、という発想しかない。
「ぶひゃひゃ、そりゃ違えって話だな。世の中には難しい金の計算ってのがあるんだって。ぶひゃひゃひゃ」
馬鹿笑いが響く。トバイアムの笑い声だ。
彼は、伯爵領からの帰還時に散々ペイスからレクチャーされているから、このからくりを知っている。
もっとも、それで知った知識を、さも昔から知っていたとでも言いたげな、自慢げな風で喋る所が彼の個性だ。
この鬱陶しささえあるお調子者の性格ゆえに、前職をクビになっているのだが、それはそれ。
短気寄りの性格であれば、トバイアムの訳知り顔も怒りたくなるだろうが、モルテールン領の劣悪な環境を我慢してきた面々は、少々のことは受け入れる度量が育っている。
「俺も、どうにも勘に引っかかりやすぜ。ちょっと計算してみやしょう」
従士長が、炭を片手に木板へ数字を書きはじめる。
最初は一、次は二と、順々に数字を書いていく。大体数字が十三回書かれたあたりで、シイツの顔つきが険しくなる。
「十三ヶ月目で金貨一枚。後は数字の増え方が同じなら……総額で金貨一万六千枚以上」
「なにぃぃ!!」
机の上に肘を置き、ぼんやりと頬杖をついて結果を待っていたカセロールが、がくんと顎を落とした。
「計算間違いじゃないのか?」
「いえ。今もそう思って何度か検算しやしたが、間違いねえです」
倍々算の恐ろしさを目の当たりにした面々は、一様に驚愕の表情。
想像をはるかに超える数字。桁外れの金額。そして、それを思いついたペイスへの畏怖。
「こんな馬鹿げた金額、どうやって回収するつもりだ」
金額が常識の範疇であれば、支払いも素直に行われるだろう。借金を踏み倒した悪評と影響に対し、得られる金額が少ないのだから。
ところが、金額があまりに巨額になれば、踏み倒されるリスクも増す。
「それなのですが、いっそのこと債権を今から売り払ってしまうのはどうかと思っています」
「債権を売る?」
「はい。うちとしては標準的な金額だけせしめれば良いので、金貨二百枚ぐらいで、レイング伯の政敵なり、レーテシュ伯やフバーレク伯なりに売れば良い。彼らからすれば二百枚の投資で最高一万六千枚の金貨が手に入る。転売するのも利益が出せますし、自家で抱えてレイング伯をしゃぶりつくすのも良い。売り払った時点で、うちは気を回す必要が無くなります」
「それはそうだろうが……それほどの巨額な債権を叩き売るのも勿体ない気がしてくるな」
「良いんですよ。それで政敵と暗闘なりすれば、うちへ向ける眼も減ります。出血を強いれば、うちが何もしなくてもレイング伯は軍事費を減らす羽目になる。いわば、安全を買うのです」
ペイスも騎士として、必要があれば戦うことも厭わないだけの気概はあるが、そんなものに費やす時間や金があるのなら、趣味に割きたいというのが本音である。
安全安心な平和というのは、それだけ繁栄と発展に繋がる。領地の富貴もこれからという時に、隣国に悩まされる事を避けたいがための一手。
一見するとそう見える。
「……坊、自分がその債券売買の交渉役に手を挙げる気ですね?」
「あれ? 何故そう思いました?」
「交渉の時に小遣い分上乗せして売りつけて、差額でまた何か買い付けるつもりだったんでしょう」
「……バレては仕方ない。さすがはシイツ」
「そんな下らんことを考えていたのか。この馬鹿息子!!」
「ふぎゃん」
父親は、ペイスに拳骨を見舞う。
余人に替えがたい特異な才能を持ち、常に物事を大袈裟にする天才。当代きっての悪戯少年。自分の息子の将来を案じ、カセロールは盛大に溜息をつくのだった。




