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黒き獣と赤の少女  作者: 竜胆 梓
一章 《黒き獣》
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6 -魔鉱の山村-

 野営地での出来事以外、これと言ったトラブルもなく日程は順調に進んだ。

 鉱山というだけあって依頼を出したキラザ村付近は険しい山道となっている。山道に入って以来、道は街道から比べれば随分細くなっているものの、人口の少ない村に通じている道にしては比較的整っていた。それでも大型の荷馬車であれば通行する事は難しかっただろうが、そもそも一頭引きの荷馬車が大型であるはずもなく、少々速度は落ちたものの、通れないような道はなかった。

 山中の小村に繋がる道しては、このような道はむしろ太すぎるほどだと言っても過言ではない。おそらくは、キラザ村で採掘した魔鉱石を運び出すため道も整備されたのだろう。えいの話しでは、キラザ村に繋がる道は二つあり、鉱脈から掘り出した魔鉱石を運ぶために利用されるのは南のカラバノという商業都市に繋がる道の方らしいが。

 ともあれ、賊が出没すると言われる地域に足を踏み入れた訳だ。件の盗賊は魔鉱石を運ぶ荷馬車ばかり狙うというが、確証はない。襲撃を警戒しながら山道を進む。張り出した枝が太陽を隠し、少々薄暗い。この辺りの木は冬場葉を落とさないのか紅葉は見られず、少し残念に思った。


 そうやって山道を進む事一日、森の切れ目から姿を表したのは、まばらに立ち並ぶ家々とそれを囲む獣除けの質素な木の柵――閑散とした山村。


「やれやれ、やっと到着か」

「ほとんど寝ていたヤツが……何を」

「やー、オレ乗馬は出来ても馬車の手綱握ったコトないんだわ」


 言葉とは反対に、榮はさほど困った様子もなく苦笑する。傭兵や冒険者と呼ばれる所謂根無し草の人種であっても、馬車を操縦する技術を身につけている者は少ない。乗馬はまだ多いのだが……それでも、全体から見れば少ない方だろう。

 主要な街から街への移動には、大抵の場合定期的に乗合馬車が通っている。馬術を持たない者であっても、移動するのに困る事は少ない。またそのような技術があるのなら、わざわざ危険の多いギルドの仕事を受けずとも乗合馬車の御者をやるなどして生活していく事が出来るのだから。

 ともあれ……そんな経緯から、道中手綱を握ったのは俺とリュートで交代しながらだった、とだけ言っておこう。


「調子の良い……。しかし、あまり歓迎されているとは言い難いな」

「あー、まぁあれだろ? こういうトコの村って余所モンには厳しいもんだし」


 今は丁度昼も過ぎたような時間帯、この時間はどの村でもそうなのか、あてがわれた仕事を終えたであろう子供達が思い思いに集まって遊んでいた。そんな子供達の姿とは対照に、大人達の顔にはどことなく不安が浮かんでいるように見えた。

 やはり、盗賊による影響だろうか――そんな事をちらりと考えている間に、馬車に気付いたのか村人達の視線が集まっていた。遊んでいたはずの子供達は建物の中にでも隠れているのだろう、警戒心と好奇心が混じる視線がどこか懐かしい。

 慌てた様子で走り去っていったのは村長へ報告しにでも行った者だろう。しばらくしてやって来たのは農具や武器などで思い思いに武装した男達。おそらくはこの村の自警団、といったところか。


「お前達……何者だ? 何故この村に来た?」

「わーお、随分な歓迎だな」


 物々しい男達に臆することなく、榮は肩をすくめてみせる。不遜な態度はただでさえ殺気立っていた村人達の神経を逆撫でするには十分で、男集の間に緊張が走るのが判る。


「ふざけている場合か。真面目にしろ。……お前が受けた依頼だろう」

「へいへい、さっすが優等生さんは言う事が違うってか」

「依頼……?」


 反省の欠片もない榮とは対照的に、村人達の間にさざ波のようざわめきが広がる。先程までとは異なる感情の眼差しがあちらこちらから向けられる。それは期待であったり、困惑であったり、あるいは落胆であったり――


「静まれ! 本当に依頼を受けたという証拠は……?」


 ざわめく村人達を鶴の一声で黙らせ、問いを投げるのは男集の中程にいた年配の男。土埃が染みついた肌と逞しい体つき。この国ではさほど珍しくはない茶色い髪には白いものが混じり始めている。鳶色の瞳は俺や栄を探るよう向けられていた。


「うん? あー、これギルドからの紹介状と、オレのギルド証。確認してくれ」


 ほら、と軽い動作で紹介状とギルド証を投げて渡す。紹介状はともかく、ギルド証はギルドに所属する者にとって数少ない身分を保障する物でもある。本来ならそうおいそれと手放していい物ではないのだが……まあ、この男だから扱いがぞんざいなのだろう。

 冒険者にとってギルド証がどういう物であるのかを知っているのか、年配の男は戸惑いながらも二つを受け取り、険しい顔で目を通す。


「……確かに、本物の……っ、――?!」

「村長、どうかしたんですか?」


 榮のギルド証に目を落としたとたん、顔色を青くする男。村長……と、いう事はこの男が依頼主という事か。

 村長の動揺はわからなくもない。何しろ――榮のギルド証に押されている星は五つ。おまけに二つ名も、隠すことなくしっかりと刻まれているのだから。


「――あ、いや、何でもない。確かにこれらは本物だ。……客人、いや忌々しい賊を討伐しにわざわざ来てくださった方達だ。皆、失礼がないように」


 その言葉に、村人達はやはりという喜びと期待が混ざった物や、こんな若い者が? という怪訝そうな眼差しを向ける。好悪はともかく集まっていた村人ほとんどからの眼差しが一斉に向けられ、荷台の中から外の様子を伺っていたリュートが慌てて荷台の幕に身を隠した。


「静かに! 無礼な歓迎になってしまい、申し訳ない。しかし今この村の置かれている状況故、致し方ない事と理解して欲しい」

「ああ、そのへんは気にしねぇって」

「話が早くて有り難い。辺鄙な場所へよくお越しくださった。まずはこちらで休みながら、詳しい状況を説明させて欲しい」


 ついてきてくれ。そう言うと、村長は村人に各自仕事に戻るようにと指示し集まっていた人を散らしてゆく。村人達は村長の指示に従いながらも、外から来た者に興味があるのか時折こちらを窺う視線が向けられる。まとわりつくように併走しようとした子供は、流石に親に引き留められ叱られていたが。

 ギルドの仕事が基本的に荒事が多いせいか、世間的な認識で冒険者や傭兵とは戦力として頼りにされるものの、平時であれば一般人はあまり関わろうとしない。粗野な者も多いため、なかなか反論する事は出来無い現実である。


「やれやれ、忙しいこって」


 苦笑するような榮の声は、はたして村長の耳に聞こえていたのか聞こえていなかったのか――それは当人のみ知る事である。




 村長に案内されたのは、小さな村には珍しくしっかりとした煉瓦造りの建物。周囲の家が木材を組み合わせた簡単な物であるだけに、少々周りの風景から浮いていた。

 ラーと馬車を外に残し、客室とおぼしき部屋に通された。建物もそうだが内装や座り心地の良いソファー、燭台などの備品は辺鄙な村にはいかにも不釣り合いで、その分魔鉱石がどれだけこの村に財をもたらしていたかを物語る。


「まずは改めて確認させて欲しい……本当に、先程見せてもらったギルド証に嘘偽りは無いと見て良いんだな?」

「そりゃもちろん。ギルド証捏造しようモンならギルドの方でしつこーくやられるからな。ンな割に合わねぇこと、誰が好き好んでするかっての」

「そ、そうか……」


 俺達と対面する形でソファーに腰掛けた村長は、あんまりな榮の言葉にやや面食らったようだ。


 ギルド証はギルドに所属する者の身分を示す物であり、またギルドからのその人物に対する評価そのものだ。先程榮が言ったようにそれを偽装するなど言語道断。もしそんな事をすればギルド総出で犯人を割り出し、つるし上げるだろう事は容易に想像できる。

 依頼主からの仕事で動く以上、民衆からの信頼はギルドにとって無視できる物ではなく、その信頼を揺るがすような行為を到底許容できないからだ。


 何やら救いを求めるような眼差しをこちらに向けるが、そんな期待を持たれても困る。……俺とてこの男の扱いに慣れているわけではないのだから。


「ギルドに依頼を出したのは、あんたで良いんだな?」

「ああ。しかし……まさか|《五つ星》(ペンテ)の|《狂獣》(モルデラウァ)が依頼を受けるとは……」

「意外、ってか?」


 混ぜっ返すような榮の言葉に、村長はいやと首を振る。


「実力のある者に請けてもらえるのなら、それに越したことはない。何せ相手は集団だ。ちょっとやそっとの者では……。そう言えば、そちらの若者は? 噂では、かの|《狂獣》(モルデラウァ)は単身で行動していると聞いていたのだが」

「ああ、こいつ等は付き添いっつーかまぁちょっと色々あって同行してる訳で……ほれ、おめーらもギルド証見せとけよ。一応共同で請けた形になってんだ。それにその方がいろいろ早いだろ」


 怪訝そうな眼差しを向ける村長にギルド証を渡す。榮の態度は相変わらず横柄で、少々癪ではあるが話を円滑に進めるためにはこれが一番手っ取り早い。リュートのギルド証も共に渡したので、星のないギルド証に一瞬眉をひそめたが、駆け出しだとでも判断したのだろうか。だがもう一枚のギルド証に目を落とした瞬間そんな表情が氷つく。


「星……五つ?」


 あり得ない、村長の顔はそう言っていた。

 まあ、その反応は無理もない――何せ当の本人、何故そんな大層なランクを与えられてしまったのか、今だ現実味がないのだから。


「な……バカな|《五つ星》(ペンテ)同士が手を組むなど、前例が――そもそも|《黒き獣》(プレトヴォスタ)――貴殿は確か、|《四つ星》(カトル)だと記憶してるのだが……」

「おー、オッサンよく知ってるなぁ。こんな辺鄙な場所なのに、大した情報通だ」

「混ぜっ返さないでもらいたい、こちらは真面目に問うているんだ!」

「んだよ、ランクが上がるなんざギルドで仕事こなしてりゃ珍しくもねぇコトだろ? 世代交代だよ世代交代。引退者が出たんで、ギルドの方から仕事をこなすヤツを、ってコトで|《黒き獣》(このにーちゃん)に白羽の矢が立ったって訳だ」

「随分な言い様だな」

「良いじゃねぇか、下手に期待背負って気負うよりゃなんぼかマシだ。だいたいお前、乗り気じゃねーんだから他にどう説明しろってんだよ」


 じとりと向けた抗議の眼差しに、榮は涼しい顔でカラカラと笑う。……まったく、ああ言えばこう言うと例えるべきか……口では勝てる気がしない。


「そ、そうか……。それで、そちらの子供は……?」

「……連れだ」


 面識の浅い人間から向けられた視線に、リュートが反射的に体を硬くするのを感じ、反射的にその視線を遮るよう口を挟んだ。


「ま、なんだ。下手な好奇心は猫をも殺すってな。オレらは気ままな根無し草、あんた等は賊討伐のために力量ある人間の力を借りたい――単なる利害関係、お互い余計な後腐れを作らないためにも、無用な詮索は無しってコトにしとこうや」


 な? と依頼主に対しても変わらぬ不遜な態度を変える事はない榮。相手が相手であれば依頼はなかった事にされてもおかしくはないが、何しろ向こうはこの冬を越せるかどうかの瀬戸際。今回の依頼を取り消しギルドに新たな依頼を発注したとしても、今から別の冒険者が依頼を受けてくれるとは限らない。そのため依頼が取り消される事はないだろうが……

 ……少し、ほんの少しだが受付嬢が現状の|《五つ星》(ペンテ)に対する愚痴をこぼした理由がわかったような気がした。面識のない他の者は知らないが、なんというかこの榮は――不遜と言えば聞こえが良いが、要は相手に対し高圧的とまでは行かないものの、不躾すぎる。何故これで今までやってこられたのか。いくらギルドの仕事が実力主義の能力重視とはいえ、これは酷い。


「そんな訳で、とっとと本題入った方がいいんでね?」

「……そう、だな。では、改めて依頼の内容を説明させてもらう」


 釈然としない様子ではあるものの、村の置かれている状況を鑑みれば無駄話をしている暇はない。そう判断したか、村長は咳払い一つで己の感情を押しやり淡々と語り始めた。




「知っているとは思うが、この村は以前から魔鉱石の産地として知られていた。そのため輸送中の鉱石を狙う輩からの襲撃も当然あったが、傭兵などを雇う事で対処していた。

 だが……恥ずかしいながら、鉱山も最近は採掘量が落ちている。傭兵を雇う余裕もなくなり、無防備なまま出荷せざる負えないようになってしまった。……幸いと言うべきは、鉱山の収量が減った事を知って、実入りが期待できないと判断されたかほとんどの賊は別の土地へ移った事か。

 だが、どこにでも他とは違う行動を取る者は存在する……今村を脅かしている連中、|《緑の猟団》(ヴァルトルーター)と名乗る賊連中も、そういった者なのだろう。

 鉱石を下ろす以外にも麓の街まで出向く事もあるのだが、奴らはそういった荷馬車は襲わず決まって魔鉱石を積んでいる場合のみ、どこからか嗅ぎ付けて狙ってくる。おかげで細々と採掘される鉱石を下ろす事も出来ず、かといって商人に買い付けに来てもらう事も出来ず、どうにか今までの稼ぎで繋いでいる……といった状況だ」


 村の置かれた現状を改めて口にしたせいだろう、村長の口から重いため息がこぼれる。


「質問、いいか?」

「構わない」

「なら、遠慮無く。まずは疑問なんだが、その賊共ってのは村まで襲撃しにこねぇのか?」

「いや……時折狩りに出た若い衆が、村の近くまでやって来た痕跡を見つけるようだが、村を直接襲うような事は……報告では、人数はそう多くはないらしい」

「ふぅん。んじゃ二つ目、それだけ解っているってコトは、賊共の根城も判明してるわけ?」

「……残念ながら。襲撃があった時、何度か村の者が後をつけようとした事もあったが、その度にいいようにあしらわれている。……森の中は、奴ら|《緑の猟団》(ヴァルトルーター)にとって庭のような物だ。忌々しい獣に、何度邪魔された事か……っ」

「あー、そりゃ厄介だなぁ、オイ」


 榮の問いに、村長は力なく首を振った。その顔には明らかな疲れの色が浮かぶ。小さいとはいえ人はそれなりにいる。ねぐらが判っているのならば、それなりの対処は出来るはずだが、現状それもままならないのだろう。


「……獣?」


 手下、ではなく? 疑問に首を傾げていると、榮が苦笑しながら補足する。


「ああ、悪ぃ説明すんの忘れてた。前野営した時|《緑の猟団》(ヴァルトルーター)がいい物手に入れたらしいつったろ? それが獣を操る手段らしいんだよな、どーにも」

「そんな事が可能なのか?」

「さぁ? でも被害が出てるってコトは、そーいう力があるんでねーの?」


 にわかには信じがたい。……いや、獣の知能を侮る事は出来ない。現に共に旅をしているラーは時折妙に人間臭い感情を見せる事もある。だが前に話した、とわざわざつけると言う事は、つまり|《緑の猟団》(ヴァルトルーター)が手に入れたという|《魔道具》(アーティファクト)がそれになるという事で……訓練を積んだならばともかく、道具にそんな事が可能なのか……と、疑問に思わずにはいられない。


「しっかし……てことはなんだ、奴さん達のねぐら探しからやれってことか……」


 心底面倒、というように眉をしかめる榮。深刻そうな村長の顔とは対照に、そこには真剣みの欠片も浮かんではいない。

 広大な森の中からそこに潜む者を探すのは、至難の業だ。痕跡を辿る技術は存在するが、大まかな場所も把握できていない状況で、少人数で調べ終えるまではたしてどれだけの時間を要する事になるか……

 村長の説明からするに、おそらく|《緑の猟団》(ヴァルトルーター)という者達は森での活動に馴れた者達の集まりだと推測できる。でなければ、護衛の危険が減ったとはいえ実入りが少なくなった枯れかけの鉱山に残る理由がない。おそらく小規模という予測も当たっているのだろう――でなければ、交易の拠点でもないこんな場所で非生産的な人間を養う事は出来無いだろうから。

 お世辞にも真面目とは言い難い態度でソファーにふんぞり返り、何やら逡巡していた榮は一言、


「しゃーね、いっちょ釣りとしゃれ込むか」

「……妥当だろうな」


 奇しくも同じ事を考えていただけに、反論することなく肯定の意を示す。


「釣り……?」


 しかし村長は榮の口から出た場違いな単語に、困惑気味に首を傾げた。

 まあ、無理もないか――釣りというのはある種の隠語で、一種の比喩表現だがその道の者でなければなかなか意味が通じない物なのだから。


「釣りってーのは言葉のあやな。話しを聞く限り、その|《緑の猟団》(ヴァルトルーター)の奴らは村から魔鉱石を持ち出そうとしねぇ限りは姿を現さないんだろう? だったら、こっちから探しに入るより襲ってきたところを返り討ちにするなりなんなりしちまった方が手っ取り早い――って訳だ」


 ミもフタもない説明だが、この手の囮作戦は街道などで隊商を襲う賊に対しよく使われる常套手段だ。特に相手の拠点が特定できていない場合、もしくは点々と移動している場合重宝されている。

 何よりも――先手を相手に譲るとはいえ、この方法であれば相手の方からこちらを見つけてくれるのだ。どこにいるとも判らない相手を探すより、まだ手間がかからない。

 特に今回のように、両者少人数であるとなれば、もっとも確実に接触出来る状況、というのはまさしく襲撃を受ける時以外無い。


「しかし……村の者が何度も抵抗してはいるが……先程言ったよう毎度手酷く痛めつけられた挙げ句、積み荷を奪われて……」

「そりゃ、いくら体力系のにーちゃん達とはいえ戦いの素人さんと荒事に馴れてるの、比べてくれるなって話し。こちとら一応、この仕事で食ってるんだぜ? そうそうヘマはしねーよ。……それに、あんた等だってこのままじゃ真綿でじわじわと首絞められるも同然なんだぜ? それが判っているからこそ、わざわざギルドに依頼を出して人を呼んだわけだろ。なぁに、危険だなんだってのはオレらみたいな根無し草にゃ日常茶飯事。そう簡単にやられるかよ」


 村長の不安は尤もな事だった。だが榮は豪快に笑い飛ばす。……不遜な態度もこんな時は役に立つようで、正論も相まって村長は言い返す事が出来ない。


「つーコトで、ちょっくら魔鉱石貸してくれると有り難いんだが」

「……は?」

「いや、んな鳩が豆鉄砲喰らったような顔してくれるなよ。当然だろ? だってアンタが言ったんだぜ、|《緑の猟団》(ヴァルトルーター)は魔鉱石を運び出す時しか襲ってこない、って。釣りには、餌がいる。そんなのは当たり前の事だろ?」


 事もなく返された言葉。村長は呆気に取られていたのも束の間、厳しい顔で問う。


「……それに村の物を同行させた場合、安全は保障できるか?」

「確証まではできねーな。世の中、いつ何が起こるかわかったもんじゃねぇ。まあ、持ち逃げ心配するのも判らなくはねぇぜ? それに今は時間もかけたくない……ってトコか。釣りじゃなくて輸送の護衛、のついでに壊滅ってカタチでも別に問題ねぇけど」


 くく、と咽を振るわせる。図星を突かれたせいか、心なしか村長の表情には苦い物が混じる。

 話しによれば魔鉱石はこの村の命綱だ。警戒するのは当然だと思うのだが……


「そんなに信用されてねぇのかね、オレら」

「ギルドの紹介とはいえ、初対面でしかもこれでは警戒して当然だろう……」

「んだよ、堅っ苦しいのよりは気楽に行こうって配慮なんだぜ?」


 どの口が。どう見ても地にしか見えないわけで、つい肩をすくめる。


「あー……ほんっと、お前頭硬いなぁ。真面目すぎるんだ世真面目! そう眉間に皺ばっか入れてると癖がつくぞ」

「誰のせいだと」


 呆れた声に、榮は悪びれた様子もなくカラカラと笑う。常々図太い神経をしているとは思っていたが、この男、何故真剣な話しをする席でこうも笑っていられるのか……

 困惑する村長を余所に、ついため息がこぼれた。





 話し合いは一先ず終わり、村の者達にも事情を説明すると断りを入れ村長は席を外した。

 状況を見るに、村はかなり追い詰められているはずだ……だが即決しない事にやや煮え切らない感情を覚えつつも、その一方で当然かとも思えてしまう。

 いくらギルドからの紹介とはいえ、魔鉱石はキラザ村にとって生命線……おいそれと他者に任せるなど出来るはずもないのだから。


「用心深いよなぁ。あんまもたもたしてっと、冬越しも危うそうだってーのに」

「小さいとはいえ、この村を纏めているんだ、慎重にならざるを得ないんだろう。……思いつきで行動していては、下の者に示しがつかない。振りまわされれば不満も溜まるだろうよ」

「おー、何か実感こもってるなぁ」


 相変わらずの調子で、緊張感無くケラケラと笑う。その姿を見ていると、本当に年上なのかと疑いたくなる。


「言っていろ。……ところで、一つ疑問に思った事があるんだが」

「うん?」

「村長は魔鉱石を積んだ荷馬車ばかりが狙われるといっていただろう? ……内通者の可能性は?」

「あー、それな。……まあ、普通疑うだろうけどよぉ、魔鉱石関係のモノだけって場合は、その限りでもないんだよなぁ、これが」

「……どういう事だ?」


 あまりにもきっぱりと言い切る姿に、いったいその根拠はどこにあるのか問わずにはいられない。……根拠が無くとも自信ありげな態度を取っているのではないだろうかと、普段が普段だけについ疑ってしまう。

 いくら何でも魔鉱石を積んだ荷馬車ばかりが襲われるというのは不可解だ。他の積み荷を乗せた――魔鉱石を乗せていなかった場合にのみ、被害がないというのはあからさまに不自然であり腑に落ちない。賊とて人間、食料は必要になるはず……まあ、小規模であれば森の中で調達できるかもしれないが、それにしても限度はある。加えて魔鉱石にそこまでの執着を見せるのであれば、何故村に被害がないのか――どうにも不自然に感じてしまうのだ。


「ほら、ちょっと前野営した時に話したろ。|《魔道具》(アーティファクト)にはいろんな種類があってな、中には魔鉱石なんかに含まれている魔力を探知する能力を持ったのもあるんだよ。|《魔道具》(アーティファクト)以外にも、魔力に敏感な《魔族》や森の民エルフ、あと《蛮族》とかでも勘の鋭いヤツは感知できるって話しだ。……ま、これは今回の権威は関係ないだろうけどな。

 ともかく、そいつを使えば面倒な内通者なんぞいなくても、囮があろうが無かろうが関係ない。何せそれが囮かどうかわかっちまうんだからな。鉱石を積んだ場合のみ襲ってくるって手口も、それを持っているって考えりゃ頷けるのさ」

「随分、詳しいな」

「まーな、こんな業界にいるんだ、嫌でもいろいろ聞こえてくるってな。……だいたい、こんな小さな村だぜ? 奴さんらがその気なら、直接支配下に置いた方が何かと効率がいいってもんだろ。それが出来ないって事は旨みがないか……そこまで人数がいない、もしくはより楽な方法を知っている――てな」


 さも当然とばかりに言ってのけ、意地の悪い笑みを浮かべる。

 確かに、この規模の村ならある程度以上の規模を持つ盗賊にとって、占拠するのは容易い事だろう。……だが、そんな事をすれば流石に領主や国が黙ってはいないだろう。ましてや貴重な鉱石が産出されているのだ、戦力はまず間違いなく向けられるだろう……枯れかけの現状では難しいかもしれないが。ともあれ、万が一にも本格的な討伐隊が組まれれば、規模の小さな盗賊団などひとたまりもないだろう。

 そうならないようにわざと支配するような真似をしていない可能性もある……だとすれば、規模はともかくとしてけして侮って良い相手ではない。

 ……なかなか厄介な事になりそうだ。

 誰に聞かせるわけでもなく、心の中で独りごちた。

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