5 -ほのお-
周囲の喧噪に混じって、薪のはぜる音がいやに大きく聞こえるような気がした。
俺の言葉に、商人は不用意に聞くべきではなかったかと栄を止めようとしたが当の本人は周囲の様子などお構いなしに、好奇心を向ける。
「あの日、惨事にも関わらずリュートは傷を負っていなかった……」
それはおそらく、あの事件において唯一の例外。いったいどんな事情で、彼女だけが無傷のまま放置されたのか――知る術はない。
ただ現実としてリュート以外の者はある者は胸を貫かれ、ある者は首を一裂きに、またある者は絶望を浮かべ血溜まりの中に倒れ伏していた。
それが――俺が目にしたあの日の光景。
「代わりに、燃えさかる屋敷の中を当てもなく逃げ回る事になった……。赤い色は、その時見た光景を否応なしに思い出させる」
地獄のような光景の中、ただ一人無傷で残る事――それはある意味、直接手を下される事よりも惨い事だったのかもしれない。どこからとも無く流れてくる煙に肺を侵され、それでも尚助けを求め逃げ惑う彼女の前に現れたのは無残に殺害された者達の姿。見慣れた者の、変わり果てた姿に遭遇した彼女がどれ程の衝撃を受けたかなど、想像もつかない。
領主夫婦を、使用人達を見境無く殺し回り、屋敷の至る所に赤い血痕を生み出し、挙げ句屋敷に火を放った――あの地獄のような光景を、当時ようやく十になったかというリュートは目の当たりにしてしまった。
「……事件の直後、リュートは僅かな火にすら怯え、暗闇の中に閉じこもるようになってしまった」
それはまるで炎から逃れるように。あの日の光景から逃れるように――
けれど彼女の髪が、身に纏う色が嘲笑うかのように追ってくる。亡くなった領主夫婦と同じ、燃えるような赤い髪。家族と繋ぐ最たる証が、幼い心を追い詰めた。
「ある日……諸々に耐えきれなくなったリュートは、髪を切った。……それだけには留まらず、自らも傷つけようとした。最悪の事態だけは、なんとか回避する事ができたが……。ともかく、そんな事があって赤い色が視界に入らないよう、リュートの髪はあれくらいにするようにしている」
水の流れる音に、わたしはいつの間にか肩に入れていた力をようやく緩めた。
ジーク達が野営をしている場所は、川原からちょっと離れているから何度も往復するのは結構大変だ。でもあんまり川原に近いと急に増水した時に危ないから、安全のためには仕方がないことなんだ。
明かり用のカンテラを倒れないよう平らな石の上に置いてその近くで水をくむ。暗くなっているから川の向こうまで見渡す事はできないけれど、近くの浅瀬を照らすくらいならできる。
頼りない明かりの中、覗き込んだ水桶からはすっかり短くなった髪の、やせっぽっちの女の子がわたしを見上げていた。
その姿をかき消すように水面に手を突っ込んで、すくった水で顔を洗う。
……どうして、いつもこうなっちゃうんだろう。
自分自身のことが情け無くなって嫌になって、どうしたらいいのか判らなくてため息がこぼれる。
よく知らない人と話すのが、情け無いことだけどどうしようもなく恐くて、上手く言葉が出てこない。ジークは、平気。ラーも恐くない。でもそれ以外の人は――恐い。今日会ったばかりの商人大路さん達だけじゃなくて、榮とも、何となくだけど上手くお話しすることができない。
こんなのじゃダメだって、自分でも判っている。けれどいざ目の前にたって何か話そうとすると、それだけでもうなにを言ったらいいのか判らなくなってしまう。
よく知らない人とお話しする時――どうしても、三年前、お父さんとお母さんが死んだ後、いろいろな人に事件について聞かれた時のことを思い出して、恐くなる。逃げ出したくなる。
ジークはそんなわたしのことを知っているから、わたしがそうなった時、自然と助けてくれるし怒ったりもしない……けど、その優しさに甘えているしかできないわたしが、すごく惨めで。
さっきだってそう……人の多い場所に、あんまり長くいたくなかったから……
……また、気を使わせちゃったのかな。
どうしたら、ジークを助けられるんだろう。足手まといになりたくないと思うのに、どうすればいいのかが全然判らない。
せめて自分にできることは自分でやろう、そう決めてもわたしにできることなんて少なくて――
弱気な思いに引きずられそうになって、そんな気持ちを追い出すよう、濡れた手でぱちんと頬を叩く。顔に当たってぽたぽたと落ちる水が、この気持ちも洗い流してくれたらいいのに、そんなことを考えながら。
こんな顔をしていたら、ジークは絶対心配するから。これ以上、そんなふうに心配なんてかけたくないから。
……しっかり、しないと。
そうやって自分を奮い立たせて、そろそろ野営場所に戻ろうって水を捨てた水桶や身体をふくのに使った布を持って立ち上がろうとした時だった。
「――な? やっぱ言った通りだったろ?」
突然聞こえてきた聞き覚えのない声に驚いて、水桶が手の中からこぼれ落ちた。
「なるほどな、それが見ていられなくてお前はお嬢を連れ出した――って訳か」
合点がいった、とばかりに追うように頷く榮。……彼女に対する周囲の扱いを話した訳ではないのに、そこさえも見透かされたように思えるのは気のせいだろうか? いや……榮はリュートが旧ユヴェリエ領領主夫婦の娘と知っていた……なら、その程度の事は予想の範囲内なのかもしれない。
「……そんな所だ」
「ふぅん、|貴族(お偉いさん)相手に、なかなか大胆なことをやるねぇ」
空気を読んで飲み物を取りに行き、席を外していた商人から受け取った酒を片手に榮は肩をすくめる。言葉とは裏腹に、呆れたような声は相変わらずだ。
確かに俺がした事はあの場にいた役人や、リュートを迎えに来た貴族の顔に泥を塗る行為だ。プライドの高い貴族にとって、耐え難い侮辱で不敬罪に問われたとしてもおかしくはない。
だが……それでもリュートをあの場に残すべきではないと、あんな者達の手に委ねてはいけないと直感した。気が付けば行動に移っていた。
「じゃ、何か? 髪切ってるのも変装目的とかか?」
「それもある。……が、大半の理由はさっき話した通りだ。赤い色は……リュートから、全てを奪った。あの日の記憶を思い起こさせ、時には悪夢すら見せる。……それを防ぐためだ」
旅を始めた当初は、今榮が言ったように変装という目的もあった。あの頃は俺もまだ旅にも戦うことにも慣れてはおらず、面目を潰された貴族が挽回しようと躍起になって追っ手を差し向けてきた。逃げの一手に転じる事も珍しくはなかった。
そんな生活ではまともな調査などできるはずもなく、旅慣れないことも手伝って危うく遭難しかけていた時、手を差し伸べてくれた風変わりな医者がいなければ、今頃どうなっていた事か――
思えば、成長期であるにも関わらずあまり背の伸びないリュートを心配していた時、精神に強いストレスを受けたため身体の成長が目に見えて遅くなってしまったのだろうと、知識の乏しい俺にも判るよう噛み砕いて教授してくれたのもあの人だった。
他にも旅の仕方や剣術も――あの冬がなければ今のように旅をすることは困難だっただろう。
話は逸れたが、貴族の追っ手に関しては今はそこまで気にする必要がなくなった。というのも、リュートの成長が遅れている事を知らない貴族がそうとは知らず命令を出しているのだ。追っ手が想像する姿からかけ離れてしまったため、見付かるはずがない。
「そっかー、オレはてっきり面倒事回避かと思ってたぜ」
「……そう言っただろう?」
「や、そっちじゃなくてさ」
どこか面白そうに――まるで面白い見せ物でも鑑賞しているような、そんな軽い調子で、
「さっきお嬢が川原に行ったろ? あの後追っかけて、いい感じに出来上がってるっぽいオッサン連中が歩いてったからさぁ。……まあ、あの手の連中にとっちゃどっちだろうと大して関係ねーんだろうけど」
からからと、まるで他人事のように言ってのける。
榮の夜目は確かだ。その事はここ数日の旅路で嫌と言うほど知っている。俺も夜目は利く方ではあるのだが、それ以上で――
「な――気付いていたのなら、何故すぐに言わない!」
「や、だってお前ほらお嬢の事だしな? てっきり気付いているもんだとばっかり」
榮の言わんとしている事がなんであるのか、一拍遅れて理解し猛然と批難する俺に榮は涼しい顔。いつものようにのらりくらりとした態度を変える事はない。
文句の一つでもぶつけたいところだが、こんな酔っぱらいに構っている時間が今はもどかしい。
よからぬ事を企む輩か追っ手か――榮の話しを聞いた分にはおそらく前者――ともかくリュートの身が危険だという事は、確かなのだから。
「やれやれ……随分と短気でいらっしゃる。……しっかし、分かりやすいねぇ」
榮の呟きは、風の音に紛れて聞き取る事はできなかった。
いったい、いつからそこにいたんだろう?
川縁から野営場所に戻る方向に、いつの間にか傭兵みたいな鎧を着た見覚えのない男の人が三人、まるで道を塞ぐようにして立っていた。
「オイオイ、何いばってんだよこれまだガキじゃん」
「ガキだろうと、女にゃかわりねーって」
「ったく、お前はいいよなぁ、こーいうのが趣味だから」
「んだと? 誰が変態だ誰が!」
「言ってねーって。自分で認めてっぞこいつ!」
月と星の光とランタンの頼りない明かりの中で、男の人たちはわたしに視線を向けたまま、どっと耳障りな笑い声を上げる。
髪を洗うのといっしょに、身体もふいていたから……そんな格好を見られていたんだとしたら、かなり恥ずかしい。……でもそれよりも、もっともっと別の不快感があって――
とにかくここから離れなきゃ、そう頭ではわかっているのに足が動かない。まるで自分のものじゃないみたいに、ちっとも言うことを聞いてくれない。
知らない人が恐いというのもあるけど――それだけじゃない。男の人たちの視線の中に、いつか向けられたのと同じ肌にまとわりつくようなものがあって――あの日の記憶が、目の前の光景に重なる。
他の大人がいた時には、絶対に見せなかった値踏みするような視線。まるで身体を舐め回すような、生理的な不快感を覚える目。お父さんとお母さんが死んで、もう何が何だかわからなくなって、ほとんど曖昧だったあの頃の、数少ない記憶が――
くらり、と視界が回る。立っていられるのが不思議なくらい、手足が震える。頭がくらくらする。まるで夢の中に放り込まれたみたいに感覚が曖昧で、引きつった咽からかすれた音がこぼれ出る。
いつの間にか男の人たちはわたしのすぐ近くまで来ていて、お酒の匂いが混じった息が顔にかかる――吐き気がした。
今更のように動いた体が逃げようとするけど、そんなのもう手遅れだった。傷と垢と汗とにまみれた手が、逃げようとするわたしの腕を乱暴に掴み上げた。
「――っ、――っ!」
嫌、放してと叫んだはずの悲鳴は、かすれた音にしかならなくて、
「あん? なんだぁ? こいつもしかして喋れねぇの?」
引きつった咽からこぼれでた音のない悲鳴に、男の人たちは気味悪そうにわたしを見る。気味悪がる視線の中にある好奇心が、またあの頃の記憶と重なって手足から力を奪う。
「何それ、楽しめねーじゃん」
「いや、ふりかもしれんだろう? 喋れねぇわけじゃないみたいだったしな。どこまで黙りで通せるか、試すってのもなかなかだろ?」
「うっわ、趣味悪ぃ」
「てめーが言うなよ。案外便利かもしれねーぜ? いいじゃんそんじゃ早速味見」
「何をしているっ!」
わたしを撫で回していた気持ち悪い手は、怒気をはらんだ声にぴたりと止まった。
その場所に駆けつけた瞬間、目に飛び込んだ光景に腸が煮えくりかえる。
川原では榮が言っていた酔っぱらった輩が数人、流れの穏やかな浅瀬に近付き一塊になっている。統一感の乏しいてんでバラバラの鎧を着たままの姿は、これから水浴びをするというにはいかにも不自然だ。
何よりも、男達の内一人が腕の中に捕まえているのは、震える赤毛の少女――リュート。
僅かに開いた唇が、音無き声が助けを求める――また件の発作が起きてしまったのだと、否応なしに理解させられた。
まるで小動物のように怯えるリュートの姿を認めた瞬間、思考が怒りに塗りつぶされる。
「あんだよ? 見たらわかるだろこっちは取り込み中だ。野暮なこと」
「その子を放せ」
咽から出た音は、自分でも驚くほど低く――感情を抑えた、表向きは平静なものだった。
「なんだよ? 横入り? じゃね正義の味方気取りかよ」
「おい若いの、野暮なことしなさんな。年長者の楽しみを邪魔するもんじゃねーよ」
不快な笑いで一蹴する男達。危惧していたとおり、下劣な欲望を抱いた輩だと理解する。
命の危険が多い旅人にとって、溜まる一方の欲求不満を解消する方法はといえばいくつかあるが――商売女を買う事は代表的な例だろう。目の前の輩共は、そんな欲望を下劣にもリュートへと向けた、ただそれだけの事なのだろう。
だが――到底許容できることではない。考慮する道理もない。俺が優先すべき事は、こんな旅へと連れ出してしまったリュートの身の安全を守る事、ただそれだけのだから。
下品な笑い声を上げる男達を無視し、リュートの元へ急ぐ。
「おい、聞いて――がふっ?!」
制止のつもりか、無遠慮に肩に手をかけようとしていた比較的若い男の声が歪む。仲間の異変に顔を上げた男が目にしたものは、鳩尾に肘の一撃をたたき込まれ悶絶する仲間の姿だった。
一瞬何が起こったのかわからず、ぽかんと呆けた顔をさらす男達。だがその顔はすぐ怒りに染まる。
「んな――何しやがるこの野郎!」
酔いが回っているせいか、怒り任せの拳は速度も遅く、避ける事は容易い。そのまま受け流しても構わなかったが、流れた腕を掴むと相手の勢いをそのままに、怒りにまかせて地面に叩きつけた。
呻く声を背に聞きながら、後ずさる男の腕からリュートを解放する。薄汚れ立てを捻り上げた拍子に妙な声がしたが、些細な問題だ。
「怪我はないか?」
男達の呻き声を無視し、問いを投げるとリュートはぽかんとこちらを見上げたまま何か口にしようとしかけ、しかしいまだ発作が続いているのか引きつった咽が音を紡ぐ事はない。
その姿に、収まりかけていた炎が再燃する。その気配を感じたのか、リュートは戻らない声の代わりに自身の無事を示すよう大きく頷く。
見たところ、怪我を負っている様子はない――いつもの発作と、そう言ってしまえばそれまでの事だが……それでも、こんな事態を未然に防ぐことが出来無かった自分自身の未熟さが慙愧に堪えない。
「て、痛でででっ?! は、放しやがれこの青二世がっ!」
無意識の内に男の腕をねじる手に力がこもっていたのだろう。悲鳴同然の声と共に振るわれた一撃は、体勢の悪さも相まって、当然のように空を切った。
盛大に転び悪態をつく男。その姿に、反省の色は微塵も見られない。
「……リュート、先に戻れ」
男達から隠すよう背に庇いながら、囁くように告げた。リュートは元々大きな黄金色の瞳をますます大きくし、戸惑うように俺を見上げる。まるで聞き分けのない子供が食い下がるような、そんな瞳。
けれど、彼女とてわかっているはずだ――この程度の輩に後れを取るつもりはないが、乱闘になれば万が一という事態もあるという事は。それでも留まっているのは、先程の発作の影響がいまだ続いているからだろうか?
「つってぇ……。へぇ、その娘弦楽器って名前なのか」
悶絶していた男の一人が、下衆な笑みを浮かべたままこちらを見る。にやにやと浮かぶ薄気味悪い笑みに、背後のリュートが怯えたように一歩後ずさる気配がした。
「さぞいい声で鳴くんだろうなぁ? なあ、その娘一晩貸してくれよ。それでこの場のことはなかったことにしてやるし、ここは一つ人生の先輩に労いだと思ってよぉ」
下品な笑みを浮かべたまま、欲情を隠そうともしない顔で世迷い事を吐いて捨てる。……相手の方が多数とはいえ、先の交戦はまるでなかったかのようだ。よほど酒に飲まれて判断力を失っているらしい。まあ……でなければ春を売る事を生業としている商売女以外に手を出すなどという、犯罪者そのものの振る舞いをするはずもないが。
自分が何を言ったのか、理解しているのか――元々酔っぱらいにそんな理性を求める方が馬鹿らしかった、という事か。あまりにも酷い台詞に耳を疑いたくなる。
こんな輩と、これ以上リュートを関わらせたくない。こんな輩と同じ場にいさせる事自体、腹立たしく我慢ならなかった。
「下衆が……っ!」
男の人たちから向けられる不躾な視線――それから守るように小さなわたしを隠していた大きな背中から伝わってくる気配が、変わる。
ぎり、ときつく握りしめられた拳は今にも目の前にいる男の人たちを殴り飛ばしそうで――ううん、それだけじゃないと、このままじゃそれだけじゃすまないと、理屈じゃなくてもっと別のナニカが訴える。
ジークの気配が急に変わったことで、男の人たちもようやく殺気に気付いたみたい。ついさっきまでお酒のせいで赤くなっていたはずの顔が、今では青く血の気が引いている。
何が、どうしてなんてまったくわからないけど――止めなきゃと、ただその衝動がわたしを突き動かした。
「……リュート?」
怪訝そうな声が向けられた。ジークの視線は腕を掴むわたしに向けられていて、藍色の瞳にはさっきまで灯っていたリンが燃えるような激しい炎はなくて、いつも通りのジークが居た。
さっき感じたものなんて、まるで初めからなかったみたいに――
いったいあの感覚はなんだったんだろう? 疑問に思いながら、でも自分でもわからない内にほっと安堵しているのを感じながら、首を振って意志を伝える。
こんな時は、発作を起こしてしまう自分が恨めしい。大切なことを伝えられないことが悔しい。上手く動かない咽がもどかしい。
「止めろと言っているのか……? だが、あいつ等はお前を……っ!」
風のない海みたいに静まっていたジークの目に、再び怒りの火がちらつく。
「だいじょ……から、……にも、けが、な……い……ら。だか、ら」
「――っ、無理に喋ろうとするな」
途切れ途切れの言葉は、ジークを引き留めるのに効果覿面だった。ジークはいつもわたしのことを気に止めてくれる、そのことを利用しているみたいで後ろめたい。でもジークの瞳から、今度こそ完全に怒りの炎が消えているのを見て心の底から安心した。
それが何でかなんて――この時のわたしに知る術なんてなかった。
「……何処へ行くつもりだ?」
リュートに引き留められ、男達への制裁を諦めた。が、だからといって何一つお咎め無しなど納得できるはずもない。こちらが背を向けているのを良いことに抜き足差し足でこっそりこの場を離れようとしていた男達に冷たい一瞥をくれる。
「!? や。ほらなんって言うか……その……ちょ、待て待て落ち着け睨むな! 良いトコみたいなんでお邪魔しちゃ悪いかなーって思って気を利かせてだな……」
「何を今更……ぬけぬけと!」
「うわちょとたんま! いやほんと悪かったって。その、つい調子に乗って深酒しすぎてそれで――ほら、おまえらも謝れって!」
すっかり酔いも覚めた様子で、しかし見苦しい言い訳は自己弁論。誠意の欠片もない自分勝手な言葉を並べる男達に、心が冷えていくのがわかる。
「都合のいい戯言を――」
ゆらり、と鎮火しかけていたはずの何かが燻る。暗く、どろりとした衝動――
この男達は、リュートにいったい何をしようとしていた? さほど抵抗する手段を持たない幼い彼女に、欲望のまま自らの欲望をぶつけようとした――未遂で済んだとはいえ、その恐怖がどれだけのものだったのか、想像もできない。
それだけの事をしでかしたというのに、この者達にその自覚はないのか――っ!
振り上げかけた腕は――けれどその手を引き留めるようしがみついたリュートの重みを感じ押し留まる。
「……失せろ」
「へ?」
「今すぐ、失せろと言っている。……次にこんな事があれば、二度目はない――肝に銘じておけ!」
吐き捨てるようにそれだけを告げる。これ以上こんな者達と言葉を交わすことすら煩わしい。こちらの内心を察してかそれとも一時でも早くこの場から去りたいからか――おそらくは後者の理由で、まるで蜘蛛の子を散らすように逃げてゆく男達。
その姿に別段なんの感情を抱くわけでもなく……ただ、いまだ腕を掴んだままのリュートに声をかける。
「……本当に、これで良かったのか?」
男達の気配が遠ざかったのが判ったのか、ようやく右手を解放したリュートは肯定するように何度も何度も頷いていた。




