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黒き獣と赤の少女  作者: 竜胆 梓
一章 《黒き獣》
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4 -旅路の風景-

 えいと出会ってから、数日が経過した。

 請け負った依頼をこなすため、今は依頼を出した村に向かっている途中だ。ギルドでは個人からの依頼だけではなく辺鄙な場所にある村など、普段はあまり人の流れがない場所からの依頼も取り扱う。世界各地に支部を持つギルドは各地から依頼解決のために人手を集める事が出来る反面、依頼を受けたギルドと依頼主の居る場所が離れているという事も起こりうる。とは言っても、大抵の依頼は広範囲に告知されはせずそこまで移動が困難になるものは無く、また国や大陸間の移動を必要とする場合は事前に確認されるのだが。

 今回榮が受けた依頼も、国を跨ぐほどではないが多少離れた場所からの依頼だった、という訳だ。

 今俺達が居るのは街道近くの川原だ。太い街道が交差している事、そのくせ近場に宿場町が無い事もあって、旅人が利用する野営地となりにわかに賑わいを見せている。

 俺達の他にもいくつかの隊商や護衛、あるいは旅人目当ての商売人が近隣の村や強者となればそれで生計を立てる者まで、料理の得意な者などが簡単な屋台を作って商売をしていた。野営ではなかなか調達することの出来ない新鮮な野菜や手のかかる料理を肴に、旅人達は思い思いに疲れを癒す。

 この場所も、いつかは他の宿場町のように宿が建ち、旅人が立ち寄るようになるのだろうか? 一時的な事とはいえ、街の外とは思えない賑わいを見せる様子を目にし、なんとなくそんな思いを抱く。

 賑わいを見せる屋台に、現金な物で榮は久しぶりに旨い肴がありそうだと口笛を鳴らした。

 多くの荷を運べるとはいえ、移動する以上保存の効く食料優先げ酒の肴など嗜好品は後回しになりがちだ。その事が、酒飲みである榮には不満であるようで移動の際時折愚痴をこぼしていた。


「まったく……現金な奴だ」


 野営の準備をそこそこに足取りも軽く屋台に向かう背中にため息をこぼしながら、日中いつもよりも思い荷車を引き続けてくれたラーから馬装を外す。三年前、村を飛び出した時以前からの付き合いである雌馬は気質も穏やかで、乗馬用に調教されていたにも関わらず荷馬車を引く事になっても文句の一つも言わない。欠かす事の出来無い旅の仲間だ。

 下草の多い場所を探し近くの木に手綱を繋ぎ、荷車に積んでおいた穀類を与え昼間の仕事を労う。そうしている間に、川から水を汲んできてくれたのだろうリュートが重い水桶を抱え戻ってくる。

 おぼつかない足取りで今にも転びそうなリュートの手から水桶を受け取り、ラーの傍らに置く。本当は川まで連れて行ければそれに越したことはないのだが、生憎人が多いため少々憚られた。


「ラーの世話は俺がやる。……食事の準備を頼めるか?」

「うん……。あっ、でも……」


 ちらり、と困り顔で視線をさ迷わせる。屋台の方を気にしている――いや、榮の分をどうすればいいのか判断しかねている、といったところか。


「一応、作っておいてくれ。……自分の分がないと判れば、臍を曲げそうだ」


 旅を共にして判った事だが、榮は時折子供のように拗ねる。あれで一応俺よりも年上なのかと思うのと同時に、巷に広がる|《狂獣》(モルデラウァ)のイメージからはかけ離れた振る舞いに戸惑いは抜けきらない。もっとも、前者はお前が老けすぎなんだと笑い飛ばされ、後者は噂なんぞ所詮そんなもんだと笑い飛ばされたか。


「そうだね」

「ああ、任せる。……それとも、俺達もあそこで適当に見繕うか?」


 と、賑やかな屋台と人が集まった一角を示す。旅の間はどうしても食事が偏りがちになる。機会があるのなら、節約のためにもたまにはああいった場所を利用するのも悪くはない。


「えっと……」

「ああ、よかった兄ちゃん達まだ夕飯の準備してないか?」


 迷うリュートの声を遮り、割って入ってきたのは見覚えのある男。確かここへ来るのに一緒だった隊商の一人、だったか……

 突然声をかけられた事に驚き、ぱっと俺の後ろに隠れるリュート。そんな姿を微笑ましげに眺めながら、男はさして気にしたふうもなく続ける。


「いやな、昼間助けてくれた礼には足りないけどさ……ウチの大将がお礼にって事で一緒に食事でもどうかって言っててさ」


 どうかな? とこちらの様子を伺う。……こちらに断る理由はない……が。


「どうする?」


 リュートに問う。旅を始めるまでは野営の経験など無かっただろうに、自らできる事を探し今ではすっかり旅の間の食事の支度などを任せるようになっている。作る手間や食材の残量など、俺よりもリュートの砲が把握しているはずだ。しばらくの間考え込んでいたリュートは、ややあってこくりと肯定の頷きを返す。


「よっし、それじゃ大将に伝えてくるから! 兄ちゃん達はゆっくり来てくれ」


 言うが早く、伝えに戻るのだろう若い商人は自分達の野営地へと引き返していく。そんな背中を見送りながら、ふと背後に隠れていたリュートの顔に安堵が浮かんでいる事に気付く。

 元々人見知りする質だったのだろうが、三年前のあの事件の直後、見知らぬ大人に事情聴取という名の下に事件当日の事を根掘り葉掘り掘り返され、その上肉親から悪意を向けられたせいか、リュートは極端に人の多い場所を嫌う傾向が顕著だ。

 依頼のため、一人街に残していった時もリュートが街に出かけた様子は少なく、大抵の場合ギルド内で待機しているか、馬小屋でラーの世話をしているかだ。偶に街に出る事があっても、当てもなく街を見て回るような事はせず旅に必要な物を買い集めるとすぐに宿に戻ってきているらしい。

 リュートくらいの年頃であれば、まだ同年対の子供達と無邪気に遊び回っている頃だろうに――旅という特殊な環境にある事も相まって、子供らしい事の一つもできない環境を強いている事実に罪悪感を禁じ得ない。


 あの日あの時、村を飛び出した選択を後悔した事はないが――


 湿った息が顔にかかる。見ればラーが、こちらの内心を察したよう、気遣わしげな眼差しを向ける。

 長年人の側で育ったせいか、ラーは何かと感情の機微に聡い。加えて、とても人間臭い所がある。


「ああ、少し行ってくる」


 内心気遣ってくれた事に礼を言いながらリュートがいる手前声には出さず、それだけを告げると若い商人の後を追った。




 招かれた席で振る舞われたのは石を組んだ即興の竈で焼いた焼きたてのパンと、野菜と熊肉をミルクと共にじっくりと煮込んだシチューだった。そこそこ人数が多い隊商では、こういった料理が振る舞われる事が多い。一度に大量に作れるため、細かな盛りつけなどの手間が省ける物を選ぶためだろう。

 熊肉は昼間仕留めた物だろうか――そう言えば、皮を剥ぐついでに一部肉も切り分けていたが、これがそうなのかもしれない。

 何とは無しにそんな事を考えながら食後の休息を取っていると、壮年の男がこちらに寄ってくる。


「よう、兄さんしっかり食べてるかい?」

「ああ」

「そうかい、そりゃよかった」


 誰かさんのようにからかうでもなく、嬉しそうに笑う。粗野な印象を受ける者が多い傭兵とは異なり、落ち着いた身なり。防具らしい物の一つも身につけていない姿は、旅という環境においてある意味では無防備だ。しかし壮年の男は別に命を捨てたい愚か者というわけではない。彼の代わりに戦う者を雇っているが故、目に見えるところに防具を身につけていないだけだ。よく見れば上着の下には一見そうとは見えない簡素な皮鎧を身につけている。万が一の場合に備えての事だろう。

 確か、この男は昼間出会った隊商の責任者だったか。


 昼前の事、街道を北へ下っていた俺達は前方から争いの気配を感じ馬車を急がせた。盗賊が街道を行く商人を襲っているのかと警戒したからだ。

 しかしその予想は半分は当たりで半分は外れていた。

 襲われていたのは小規模な隊商とその護衛だったが、襲っているのは大熊だった。冬を目前に控え、そろそろ山に籠もる時期だがまだ冬眠していない個体が居たらしい。運悪くそんな個体と遭遇してしまった隊商とその護衛は、善戦はしていたものの如何せん不意を突かれて浮き足立ち、対応が間に合っていなかった。

 どうするか迷ったのは僅かな間。馬車を引くラッフィカの手綱を榮に任せると助太刀に入り大熊達を撃退し、一部が破損し動かすことが出来なくなった馬車の荷物を一部引き受け、この野営場所まで運んできた――と言うわけだ。


「積み込みは終わったのか?」

「ああ、先に走った若い衆が近場で馬と荷車を調達してくれたんでな。どうにか間に合いそうだ」


 安心したように笑う商人。冬を控え何かと物いりなこの時期は、商人達にとってもかき入れ時だ。無事足が調達できて一安心、と言ったところなのだろう。

 合流地点をここに決めたのは野営できる場所であるという事、周辺にいくつかの村が点在しているため、もし初めについた村になくとも他で調達できると考えての事だろう。こちらとしても見ず知らずの者達とはいえ、多くの者が集まっていれば盗賊や野生動物などの危険に襲われる確率も下がるため異論はなかった。

 ……まあ、盗賊などの危険は減るが、その分旅人同士での諍いが起こる事もあるのだが。


「それは何よりだ」

「そう思うのなら、もうちょっとそれっぽく言えよー。ほんっと、愛想のない奴だな」

「……悪かったな」


 同じよう焚き火に当たりながら食事を終えた榮が、酒臭い息と共に肩を揺らす。すっかり出来上がった様子はまさに酔っぱらいそのものだが……普段とあまり変わらないと思えてしまうのははたして誉めるべきか頭を抱えるべきか。


「しっかしよぉ、そう思うのなら報酬、もうちょっと色つけてくれたっていいじゃねーか」

「バカ言え、こっちもかつかつなんだ。その分こうして奢ってるだろ」

「まーな。だが古来より旨いモンは大勢で食った方が旨くなると相場はきまってるんだぜ?」

「ははっ、だったらもう一杯いっとくか?」

「のっぞむところだ」


 僅か半日の短い付き合いであるにも関わらず、すっかり打ち解けた榮と商人は陽気に笑いながら酒を酌み交わす。


「どうだ? 袖振り合うのも多生の縁、あんた達このままウチの護衛やってくれないか?」

「あー、前にも言ったけどオレらも依頼で動いてるからよ、ちっと無理だわ。方向も違うしな」


 商人の提案に、榮は苦笑交えに返す。


「そうかい、そりゃ残念だ。……って、方向が違う? ここから大きな街へ行くなら方向は同じだろう? おまえさん達、どこに行くつもりなんだ?」

「あー、こっから山手にいったトコにあるキラザって小村?」

「キラザって……また、それは」


 何気なく榮の口から出た名に、商人はそれまでとは一転、表情を曇らせる。


「おまえさんら聞いてないのか? あそこは元々道が悪くて交通の便が不便ってのもあったが、最近タチの悪い賊が出てるって噂だからな……」

「そそ、それの討伐依頼がギルドに出てたってワケ」

「受けたのか! 確かにこっちの兄ちゃんは強かったが……。しかし、あの村にそれだけの余力が残っているか……」

「……?」


 唸る商人。賊の被害はそれほどまでに深刻なのだろうか? ならばもっと早くに討伐依頼が出ていてもおかしくはないはずだが……依頼書を確認した限り、依頼がギルドに持ち込まれたのはそう遠い時期ではなかったはず。


「キラザは魔鉱石が取れるっていうんでな、一時賑わってたんだよ。それが、取り尽くしちまったかして最近さっぱり取れなくなったって話しだからな……その事だろ」

「魔鉱石?」


 聞き慣れない単語に首を傾げる。……何故だろう、商人はまるで信じられない者でも見たかのように視線をよこしているよう思うのだが……気のせいだろうか?




 暗い川縁でうっかり水の中に落ちないよう、浅くて流れの緩やかな場所を探す。こういうふうに旅人の野営場所になっているせいかな、なだらかな場所が多くて場所探しにはそんなに時間はかからなかった。

 川縁に膝をついて、食器洗い用の布とまだ昼間の温かさが残っている川の水を使って食器の汚れを洗い落とす。三年前のあの日以降、食事の準備や後片付けは旅の間わたしの役目になっている。

 別に、ジークに言われた訳じゃない……今だって、隊商の女の人達はお客さんなんだからそんな事しなくてもいいよって言ってくれたけど、ご馳走になってばっかりで何もしないのは落ち着かなかったから……こうして、少しだけだけれどお手伝いをしている。


 だって、わたしにできることは少ないから……。ジークみたいに力の無い、小さなこの手にできることはほんの少ししかなくて、自分を守ることだってできなくて……だから、せめてこれくらいはしたいって、そうじゃなきゃ本当の本当に、ジークの足を引っ張るだけの存在になっちゃうもん……

 どんどん悪い方向にばかり考えてしまう。そんな考えを振り払うよう頭を振って、川原から少し離れた場所に準備した野営場所に戻る。

 野営場所の側には馬装を外した馬――ラーが繋がれている。三年前の旅立ちの日、わたしやジークといっしょに旅をしている雌馬だ。わたしやジークを、時には今みたいに荷馬車を一人で引いてくれるわたしたちの旅の大切な仲間は、わたしの姿に気付くと首を上げてまるで構ってと言うみたいに湿った鼻をすり寄せる。


「わっ、ちょっと待ってね」


 ラーのお世話はジークがすることも多いけど、ジークがお仕事で出かけてラーとわたしがお留守番をしていることもあるから少しくらいならわたしにもできる。そのせいか、初めはあんまり仲良くしてくれなかったラーも、今ではこうして甘えてくる時だってあるくらいだ。

 せっかく綺麗にした食器が汚れてしまわないよう、先に荷馬車の中にしまいに戻る。普通、ジークみたいにあちこち街を移動しながらギルドの依頼を受けて回る人は動きやすいようにって身軽にしている人が多くて、ずっと同じ馬に乗っている人は珍しいんだって。荷馬車を持っている人は、もっと珍しい。街を移動するのなら乗合馬車が出ているし、行き先にギルドがあるのならギルドで馬を借りて移動することだってできるからだ。

 荷台の中からバケツとブラシを引っ張り出して、もう一度川原に向かう。水を入れたバケツは重いけれど、何度か休みながら戻ってラーの側に置く。起きている時は川原に連れて行けばいいけれど、人が多いとできないし夜の間はそうも行かないから一応、こうして飲み水を置いておくんだ。

 柔らかい栗色の毛にごわごわしたブラシをかけると、ラーは気持ちよさそうに眼を細める。かゆいところはないか、声をかけながらしばらくそうやっていると、焚き火に当たっているジークたちの会話が耳に入ってきた。


「魔鉱石?」

「そりゃ……魔鉱石は魔鉱石だろ。……兄ちゃん、すまないがあんた、いったい何処の出だ?」

「………」

「あー、こいつの住んでたトコ、すっげー田舎なんだよ。だから交易ルートに掠ってもいないとかでな。そのへんのは見る機会無かったらしんだ」

「それでか……」


 榮の言葉に納得したのかな、商人のおじさんはなるほどと頷いた。


「物知らずで悪かったな」

「なんだよー、ふててるのか?」


 くく、とまるで物語に出てくる意地悪な人みたいな笑い方をする榮。からかわれているみたいなのが嫌なのかな、ジークちょっとだけ眉間の皺を深くしている。


「魔鉱石ってのはそうだな……|《魔道具》(アーティファクト)なんかを動かす燃料つったら早いか。……ほら、あのランプ見えるか? ああ言うのにも使われてるんだぜ」

「……油ではないのか?」


 そんなジークの様子を全然気にもしないで、榮は魔鉱石について説明を始める。榮が指差す先にあるのは、野営している別の隊商の荷馬車にぶら下げられた小型のランプだ。


「いわれてみれば、確かに炎とは違うように見えなくもないが……」

「油を使うランプも、もちろんある。だが煤やら火事やら色々と手間があってな。近頃じゃあ使いやすいって理由から魔鉱石を燃料にした物が普及してきているんだ」

「そーいうこと。街中の街灯なんかも、最近じゃああいうのに置き換わってる場所も多いみたいだしな」

「そうだったのか……」


 二人の説明に、納得したように頷くジーク。

 ジークが魔鉱石について知らないのは、無理もないことなのかもしれない。魔鉱石というのはその名前の通り魔力を秘めた石のことで、|《魔道具》(アーティファクト)を動かすために必要な石のこと。ジークとわたしが住んでいたのはあんまり人が多くなくて、商人さんたちもあんまり来ない地方だったから……|《魔道具》(アーティファクト)を扱う人が来る機会もほとんど無かったんだと思う。

 |《魔道具》(アーティファクト)っていうのは、魔法を使うためのに必要な道具のこと。それを使えば魔法使いじゃない普通の人でも魔法が使えるようになる。……わたしやジークみたいな大陸の人が魔法を使える唯一の手段が、|《魔道具》(アーティファクト)の力を借りることなんだ。

 |《魔道具》(アーティファクト)にはいろんな種類があって、例えば水汲みに行かなくてもずっと水が減らない水桶、さっき言ってた匂いも煤も出さなくて触っても熱くない明かり、馬を使わなくても馬より早く走れる乗り物や、遠くの人と話すことができるもの――わたしやジークにとって一番身近なのは、たぶんギルドで使われているギルド証への見えない書き込みをするための道具じゃないかな? カウンターじゃなくて事務室の方に置いてあるみたいで、直接見たことはないけど……


「もちろん、田舎までは出回ってねーだろうけどな」

「……悪かったな」


 お酒が入ってるのかな、笑い上戸なのかけらけらと笑う榮。ああ、またジークが恐い顔してる……ジーク、こういうお話の時に不真面目な人、好きじゃないから。


「ま、ともかくだ。そんなこんなだから|《魔道具》(アーティファクト)の燃料になる魔鉱石の需要は年々増えてきてるってワケ」


 榮はそう付け加えた。だけど|《魔道具》(アーティファクト)を動かせるのは、なにも魔鉱石だけじゃない。

 |《魔道具》(アーティファクト)が必要としているのは、魔鉱石じゃなくて鉱石が持っている魔力。だから、魔力を直接|《魔道具》(アーティファクト)に流し込めればいいって、聞いたことがある……。つまり魔法使いや森の民エルフみたいに魔力を操ることができる人は、そのまま魔力を入れればいいんだし……

 それに、魔力を持った石は魔鉱石以外にもある。魔力結晶クリスタルと呼ばれる魔力がそのまま結晶化したものといわれる石や、|《魔石》(ませき)と呼ばれる魔鉱石よりももっともっと純度の高い魔力を内包している鉱石もあるって聞いたことがある。

 その二つと比べると魔鉱石は魔力が少ない方で、だから中にある魔力を使いきったら次の石が必要になる……らしい。

 それでも魔鉱石が高い値段で取引されるのは、魔力結晶クリスタルや|《魔石》(ませき)が滅多に市場に出回らないから、だったかな。

 |《魔道具》(アーティファクト)があれば、魔力が無い普通の人でも魔法を使うことができる――だから魔力が少ない魔鉱石でも高値で取引されているんだって。


「でもって、魔鉱石も他の鉱石と同じでどこにでも転がってるってもんじゃねーからな、結構良い値が付くわけだ。特にあそこのは質がいいって聞いてたし……」


 わたしが|《魔道具》(アーティファクト)のことを知っているのは単に、まだお父さんとお母さんが生きていた頃、お家に魔鉱石を燃料にした|《魔道具》(アーティファクト)がいくつか置いてあったからだ。危ないから触っちゃダメだよって、注意されたんだっけ……

 それにしても榮の話しを聞いた感じだと、キラザ村で取れる魔鉱石はもしかして晶石なのかな? あ、晶石っていうのは魔鉱石の中でも特にたくさんの魔力を持っている石のことをそう呼ぶの。普通の魔鉱石よりも長持ちするんだけど、確か取れる場所はすっごくすくないんだって……。そんな場所がこの国の中にあるなんて、思ってもいなかった。


「……つまりはその村の生命線、という事か」

「そういうコト。何せ値が値だ。信じられっか? 魔鉱石なら質にもよるけど一個あたり銀貨ウン十枚単位。晶石クラスになりゃ金貨での取引も珍しくねぇ。その上の魔力結晶クリスタルや|《魔石》(ませき)ともなりゃ、大金貨で何枚ってはなしになるってんだぜ? どこの金持ちが買えるんだよ」


 ま、そのへんは滅多と出回るもんじゃねーけど、とついでのように付け加えた榮の顔を、ジークは信じられないとばかりに見返す。

 ……当然、だと思う。だって金貨一枚もあったら、家族四人が一年間、余裕のある生活ができるっていうくらいだもん。

 ギルドでの報酬はだいたい銀貨で支払われることが多くて、銀貨百枚で金貨一枚。そういったら、魔鉱石がどれだけ高い値段がついているか……わかってもらえるかな?


「まあ――だった、だけどな」


 すぐには信じられないジークに、榮はにんまりと意地の悪い笑みを向ける。


「元々小さな村だったんだ。貴重な魔鉱石が産出された時からろくでもない連中に目を付けられてたって不思議じゃねぇ。鉱石が取れる間はそれこそ羽振りよく傭兵や冒険者を雇って追い払っていたみたいだが、結局殲滅するまでは出来ないままで……そうこうしている間に、鉱石が取れなくなったとかで最近じゃ傭兵とかの募集もとんと見かけねぇんだよ」

「ああ、俺もそう聞いたことがある。……それに最近じゃキラザ周辺を拠点にしてる連中、|《魔道具》(アーティファクト)を手に入れたとかいう話もあったな……それも、戦闘用の」

「らしいな」


 同意する榮に、商人のおじさんは驚いたように声を上げる。


「知っていて依頼を受けたのか?」

「おうよ。村からの報酬が期待できようと期待できなかろーと、いざとなったら奴さんが持ってるっつぅ|《魔道具》(アーティファクト)をかっぱらえばいいわけだからな」


 事も無げに言って榮は豪快に笑う。

 ……えっと、それって確かにそうなんだけど……そんなに簡単にいくことじゃないと思う……よ?

 ギルドの依頼には確かに村の周辺に出没する盗賊の討伐、とだけ書かれていたから盗賊の持っていた物とか、そういうのは冒険者が報酬の上乗せって形でもらうこともあるけど……


「物にもよるが、戦闘用の|《魔道具》(アーティファクト)は下手をすると小さな屋敷よりも高い値がつく場合もあるらしい」

「……なるほど」


 商人のおじさんがいったように、魔鉱石といっしょで、ううんそれ以上に|《魔道具》(アーティファクト)は値段が高い。量産しているカンテラとかは、まだ値段が下がっているらしいけど……それでも金貨か、大銀貨(銀貨十枚分の硬貨)での支払いになるんじゃないかな。

 それに戦闘用の|《魔道具》(アーティファクト)は何も無い場所から火の玉を出したり、持っている人の身体能力を引き上げたり、とにかくいろいろな効果があるからそんなのを相手に戦うというだけでも大変なのに……なんでそんなに余裕なんだろう?

 不遜不適に笑う榮は奢っているわけでも酔った勢いで気が大きくなっているようにも見えなくて、でもそんな姿にどうしてかは判らないけれど安心出来なくて、なんとなくもやもやとした気持ちを抱えたままラーの鼻先を撫でた。




「まあ、なんだ。いる物があるなら言ってくれ。ウチで扱ってる物でよければ多少は融通出来る」

「おっ、タダにしてくれんの?」

「バカ言え、ちょっと勉強するってことだ」


 商人と榮、二人は相変わらず酒を飲みながら賑やかに騒いでいる。いやに上機嫌な榮の姿はどこからどう見ても立派な酔っぱらいであり、とてもではないがギルドの実力者――|《五つ星》(ペンテ)であるなど想像できない。

 まあ、俺も他人の事を言えた義理ではないかと独りごちる。らしくないというのなら、俺もまたらしくない|《五つ星》(ペンテ)と言われるだろう……元々、|《四つ星》(カトル)に上がったばかりの頃も何故こんな低ランクばかりこなす奴が、と言われた事も一度や二度ではない。

 単に年を取っている者が偉い、などという考えは愚の骨頂だとは思うが、それでも年下の人間に先を越されては、年長者の面目が立たないとでも言うのだろうか……。彼等にも長年この道で生活してきた自負がある。ぱっと出の若い者に先を越されては、面白くないと言う事なのだろう。

 その点で言えば榮は俺と年もそう変わらないはずで、にも関わらず榮はすでに|《五つ星》(ペンテ)に名を連ねていた……周囲からのやっかみは俺の時以上だったのではないだろうか? そう思いはするものの、普段の様子が普段なだけに、あまり苦労している所は想像できない。


「ほんっと、遠慮のない兄ちゃんだ。……そっちのあんたはどうだ? これも縁だ、何かいるなら遠慮無く言ってくれ」


 苦笑を浮かべながら、商人が話を振る。ここでタダとは言わない当たり、彼等も商人と言うところか。酒は交渉の潤滑油、と言う者もいるらしいが、そんな状態ではたしてまともな判断が可能なのか、少々頭を悩ませるところではあるが。

 必要な物……か。

 言われ、しばし考えるが旅の必需品を切らせるような真似はしていない。不測の事態に備えて予備を用意する事は当然だが、度が過ぎれば邪魔なだけだ。

 そこまで考えて、ふとラーの世話をするリュートの姿が目に入る。焚き火の頼りない明かりに照らされて揺れる赤い髪に思わず燃えさかる炎を連想しそうになる。不吉な連想を振り払い、そういえば最近また悪夢の頻度が増えていた事を思い出す。


「そう……だな。ハサミはあるか?」

「うん? あるにはあるが……どんなのがいるんだ?」

「髪を切るのに使えれば、それで。少し借りたいんだが……」

「ああ、それくらい構わんさ」


 そういって、商人は近隣の村で調達した荷馬車に向かう。しばらくして戻ってくると、小降りながら切れ味のよさそうなハサミを手渡してきた。


「助かる」

「いや、これくらい気にしなさんな。……しかし、何に使うんだ? あんたの長い髪、切っちまう訳じゃないだろう?」

「ああ」


 時折鬱陶しいと感じる事はあるが、これはある種の願掛けのような物だ……せめて仇の手掛かりが得られるまでは、切り落とすつもりは毛頭ない。


「リュート」


 ラーの側にいたリュートに声をかけ、焚き火から少し離れた場所に呼ぶ。休憩場所でするのは少し気が引けるが、あまり暗くては手元が確認出来ず危険だ。

 馴れたもので、リュートは手頃な倒木に腰掛ける。その顔にどことなく申し訳なさそうな感情が浮かんでいるのは、気のせいではないだろう。……彼女が罪悪感を感じる必要など、無いというのに。

 しばらくの間、焚き火のはぜる音や人々のざわめきに髪を切る音が混じる。作業が終わった頃には、元々短かったリュートの髪はまるで活発な少年がそうするように短くなっていた。


「終わったぞ。……確認ついでに、洗ってくるといい」

「……うん」


 鏡のような高級品、かつ壊れやすい物を俺達のような根無し草が購入できるはずもなく、必然的に自分の顔を確認するためには水面に映った象を利用する方法がほとんどになる。いつもの事なので、リュートはこくんと頷き川に向かう。


「器用なもんだなぁ」

「ああ、馴れているようだったが……髪結いの経験があるのか?」


 榮と商人、二人からの感心したような視線が向けられる。


「経験……というか、小さな村では床屋など専門の店はないから、自然と身の回りの事はやれるようになる」


 特に俺の場合、同世代の多数が余所へ出稼ぎに行ってしまっていたので年下の子供達の面倒を見る役が自然と回ってきた。農繁期などで親が忙しい時、子供の身なりをある程度整えるのもやった事がある――ただそれだけの理由だ。


「ふぅん。しっかし、随分短くしちまったなぁ。なに? もしかしていつもあんな短くしちまうわけ?」

「……問題があるか?」

「いや、別にぃ? ただよ、女つったら髪伸ばしてるのが多いじゃん。ま、根無し草の中にゃ短くしてる奴も少なくはねーけどよ。……にしたって、普通あそこまで短くはしないだろ?」


 榮が抱いた疑問はもっともな物だろう。遊び盛りの子供であるのならまだしも、女性の大半は髪を長く伸ばしている。特に貴族の娘はその傾向が顕著らしく、地方領主の娘として育ってきたリュートにとって己の髪は長く伸ばして当然であっても何らおかしくはない。

 だが現実として、リュートの髪は活発な男子のそれよりもさらに短く切っている。

 相も変わらず子供のように好奇心を前面に出す榮の姿に、当然|《狂獣》(モルデラウァ)の名が持つ威厳や威圧感など欠片も感じられるはずもなくそのギャップに呆れながら、それでも答えたのは少しばかり酔っていたからか、単なる気紛れか、それとも話し相手を欲していたからか――


「赤は……あの子から全てを奪った色だから」

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