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黒き獣と赤の少女  作者: 竜胆 梓
二章 《流れ星》
18/35

5 -蹂躙-

 大柄な男の人が、まるで人形みたいに呆気なく吹き飛ばされる。

 地面の上に無造作に置かれた食器やコップを書き込んで、ものすごい音が洞窟に響き渡った。

 後に続くのは、静寂――

 宴会をしていたところに不意打ち同然で襲撃を仕掛けたアルとびゃくに、さっきまで上機嫌で飲めや歌えの大騒ぎをしていた盗賊達はぽかんと目を丸くして、突然の闖入者に対応できていない。


 ……当然の反応、なんだと思う。だって、普通こんなところに女の子が二人、侵入してくるなんて――いったい誰が予想できるっていうんだろうか?


 ・ ・ ・


 突入前の簡単なうち合わせ。とは言っても、やることは事前にもう野営地で、大まかにだけど決めてある。

 アルと白が盗賊達の目を引くよう、大広間に入った後はわざと派手に暴れ回ること。反対に、わたしとジークはその間に盗賊達に捕まっている人達を避難させること。目につく範囲にいなかった場合は、無理に探しに行こうとはしなくて逃げ道を確保すること。


「こちらはそれで構わない、むしろ有り難いが……いいのか?」


 言葉とは反対に、ジークの声はあんまり納得できていないように聞こえる。

 だって、この役割分担はどう考えたってアルたち二人にかかる負担が大きい。盗賊たちの目を引きつけるっていうことは、それだけ多くの攻撃に晒されるってことだから。

 勿論、二人の強さはわたしなんかが文句を付けられるはずもないから……そんなこと、心配するほうがおかしいのかもしれないけれど……


「いいも何も、役割分担よ。あたしたちの方が派手に動くの、向いてるでしょう?」


 |《七族》(セッテラッツァ)のアルと|《獣人》(けもののひと)の白、|《大陸人》(わたしたち)とは違う能力を持つ二人がその力で暴れ回れば、いやでも目を引く。

 |《魔道具》(アーティファクト)を使わない魔術や半人半獣の姿は、亜人種が少ない東大陸では特に。


「だいたい、あたしが人助けとかね……向いてないのよ、致命的に」

「アル……?」


 苦笑を浮かべながら呟いた言葉はよく聞こえなかったけれど、その顔に浮かぶ自嘲の色に首を傾げる。

 寂しそうな――全てを諦めてしまっているような。

 それは一歩間違えは傍若無人とさえ取れるアルの普段の行動からは全然想像できないもので、つい見上げたわたしに、アルはいつもの笑顔で応える。


「なーんでもないって。ともかく、誰にだって向き不向きがある――そんな事は言うまでもないでしょ? それに、救出される側だってさ、あたしや白みたいな子供が来るよりも、大人の男の人が来てくれる方が安心するものなのよね、やっぱり」

「……そういうものなのか?」

「じゃ、ジークは見た目を判断材料にしないのかしら?」

「それは……」


 からかうようにアル。……ああ、やっぱり森でのこと、根に持ってるんだ。


「って言うのは冗談! ああいうのは昔っからだし、気にしてないって。まぁちゃんと大人の方が安心するだろうってのは本当よ? それにリュートが一緒に行くから盗賊の一味だって勘違いされる可能性も低いだろう、って理由もあるしね」


 元気いっぱいそう宣言する、その姿はさっき見た陰りなんて元からなかったみたいだ。


「だが……」

「ああもう、あたしたちの心配よりもまずは自分たちの心配しましょうよ! いくら目を引くったって限度はあるんだし。それにそっちは大広間を片付けたあと、もう一戦交える算段なんでしょ? だったら、他人の心配よりも体力の温存を考えなさいってば」


 突入前にも説明してもらったけれど、この洞窟は大まかに三つの空間でできているんだって。

 一つは入り口から入って初めに行き当たる、一番大きな空間。ここはたぶんだけど宴会場みたいになっているだろうっていうのが事前の偵察で解っていて、盗賊の下っ端たちが寝起きしている場所でもあるんだって。

 もう一つは大広間から続いている道の先にあって、片方は倉庫に、もう片方は盗賊の幹部が使っているだろうっていうことだった。

 わたしとジークは三年前の事件について知りたい――だから、大広間の盗賊たちをどうにかしたあと、幹部たちのところに行かなきゃ行けない。盗賊たちをまとめている人が相手なのだから、当然簡単に出来ることじゃない。


 ……でも、それは倉庫に行く予定のアルたち二人も同じじゃないのかな……? だって盗賊たちが倉庫に使っているってことは、当然そこには奪ってきた物もあるわけで……見張り、いるよね?


「あたしたちの方は、話しを聞くとか考えてないからね。見張りが居ようと遠慮する必要なんてないもの。思いっきりぶっ飛ばす方が楽だし」


 わたしの疑問に、アルはそんな物騒な言葉で答えた。


 ・ ・ ・


「てめぇら……舐めたマネしてんじゃねぇぞっ!」


 襲撃の混乱から立ち直った盗賊が、怒りの声を上げる。その間にもアルと白は手近なところにいる盗賊を殴る蹴るの大乱闘――突然の襲撃、それからお酒が入っていたせいかな? 盗賊たちの反応は鈍くて、もう何人も地面の上で目を回している。

 大部屋、とは聞いていたけれど、盗賊たちが宴会していたこの場所は、思っていた以上に広い空間だ。小さな家なら、何件か並べられそうなくらいある。天井も高いし、だからあちこちで焚き火を焚いても煙が籠もったりはしていないみたいだけど。


「おめぇら、何ぼさっとしてんだ?! しゃきっとしやがれ! 相手はガキだ、何びびってやがるっ!? あのふざけたガキ共にキツイ灸をすえてやんな!」


 がなり声に我に返った盗賊たちが、アルと白を取り囲むよう陣形を作る。二人は無闇に突っ込むようなことをせずに、背中合わせになりながら警戒を怠らない。


「さて、嬢ちゃんたちよぉ? 迷子にしたってこりゃぁちぃとばかりおいたが過ぎるんじゃないかぁ?」


 アルと白が暴れ回ったとは言っても、無力化できているのは三、四人くらいだ。まだ半分以上も居るせいか、二人を取り囲む盗賊たちの中にはにやにやといやらしい笑みを浮かべている人も居る。

 お酒と油と煤の匂いとが混ざって、なんとも言えない悪臭を纏った男にすごまれても、アルは怯んだ様子もなく――


「やれやれ、随分おめでたいオツムしてるのね。――こんなところに迷子が来る、だなんて本気で思ってるわけ?」

「ははっ、それじゃあなんだってんだよ?」

「そりゃぁ勿論――」


 キッとつり上げたアイスブルーの瞳に、その名称の由来である氷のような冷たい光を宿し、アルはげらげらと同意するよう笑い声を上げる盗賊たちに向け宣言する。


「あんた達全員、ぶっ飛ばしに来たに決まってるでしょ!」


 言葉と同時に、アルと白の二人はかけ出す。

 まるで風を纏っているみたいに猛スピードで動き回る二人に、盗賊たちは思い思いの武器を手に斬りかかった。





「動けるか?」

「え……?」


 アルと白の二人が盗賊達と大乱闘を繰り広げる傍ら、気配を殺して動き出した俺とリュートは大部屋にいる女達を逃がして回る。

 おそらくは、盗賊がさらった者達なのだろう。どの者も憔悴した様子で、声をかけても反応が薄い。この状況で下手に大声を出すなどパニックになられないだけマシかと好意的に捉えながら、相手を怯えさせないよう慎重に避難を促す。

 初めは実感のわかない、心ここにあらずといった様子だった女達も目の前で繰り広げられる乱闘に我に返り動き出す。その顔には半信半疑で信じられないという感情が浮かんでいる者も居れば、例え罠だとしてもこのままここで飼われ続けるよりはましだと言った意思を感じる者まで様々だった。


 それにしても――


 女達を逃がし終え、改めて乱闘の方に目を向ければそこに立っている人間は随分数を減らしていた。

 飛び交う氷片が盗賊達に容赦なく襲いかかり、どうにか難を逃れた者には白い毛皮を纏った少女の強烈な一撃が叩き込まれる。

 それは一方的な蹂躙で、圧倒的な暴力で――けれど無秩序さなど欠片もなく、そこには一種の、まるで舞や舞台の一部のよう洗煉されたものを感じる。そんなふうに錯覚さえしてしまう。

 手助けはいらないと、役割分担だといった理由も今なら頷ける。二人の動きはいっそバラバラなように見え、それでいて実に絶妙な具合にかみ合っているのだ。そんな所に下手に連携の取れない者が加われば、足を引っ張る結果にしかならないだろうと想像する事は容易だ。

 だがそう思いながらも、心に浮かぶのは僅かな悔しさとでも名付けるべき感情。

 自分よりも年下の少女達が持つ圧倒的な戦闘能力に、嫉妬とも羨望とも区別がつかない感情を抱いていた。




 盗賊達に突っ込んだアルと白は、体格差もあるのにまるでそんなものなんて無いみたいに、襲ってくる刃は軽く身を捻って躱して反対にカウンターを叩き込み、前後挟まれれば相手の攻撃を上手く受け流して同士討ちをさせたりと大立ち回り。

 体格差がある相手に押さえ込まれたりしないよう、アルは自分の身長よりも長い杖を器用に操って盗賊達を間合いに入らせない。白は反対に武器を持っていないけれど、その分小回りが利く体を上手く使って隙ができた相手の懐に飛び込んだりして、負けず劣らず大活躍だ。


 そんな二人の姿を見ていると、どうしても疑問に思ってしまう――

 だって、アルと白の二人はどう見ても優勢で、だからジークやわたしに共闘を持ちかける必要なんて無かったんじゃないかな、って。

 勿論それにはちゃんと理由があるんだけど、それでも今の二人の姿を見ていると、そんな理由さえちっぽけで、どうとでもできてしまうんじゃないのかなって思えてしまう。

 そんなわたしの疑問二人が答えてくれることは勿論無くて、今も背後から襲いかかってきた盗賊にカウンターの一撃を入れている。

 だけどその反対側、さっきまで正面で戦っていて急所を思い切りけり上げられた盗賊の後ろから別の盗賊が襲いかかる。仲間を盾にした行動に酷いと感じる間もなく危ないと声を上げ――



“行け”ゲーエン!」



 かけたわたしの見ている前で、アルの左手が淡い光を纏う。

 氷のような眼差しで盗賊達の動きを見据えるアルの周り、左手の煌めきに反応するみたいにきらきらと光が生まれ、そのままそれは結晶化して――


 空気を切り裂く、鋭い音。


 |《七族》(セッテラッツァ)であるアルの力。魔術によって僅か一瞬で生み出された氷の刃が、盗賊達に降り注いだ。


「おわっ?!」

「な――なんだってんだ、いったい!?」

「びびるな! どうせどっかに|《魔道具》(アーティファクト)仕込んでやがったんだ!」

「ふざけたマネしやがって――! 大した威力じゃねぇ! 鴨がネギ背負ってきただけだろ!」


 雨あられと襲いかかった氷の刃だけど、そのほとんどは鎧に弾かれてしまったり、服や髪をちょっと切る程度に終わっている。ちょっとした牽制にはなったみたいでさっきの攻撃は避けられたけれど、それ以上はない。大した傷も与えられず、勢いを失って地面の上に散らばった氷の刃があちこちで燃える焚き火の炎を反射してきらきらと光る。

 その光景は綺麗なのだけれど、すぐにそんな幻想的な光景を踏みにじるように、盗賊達が土埃を上げる。


【貫く氷槍】クリスタロムフ!」


 だけど続いて放たれた魔術はそうも行かなかった。さっき盗賊たちを襲った氷の刃よりも大きくて、鋭い氷――まるで氷柱みたいなそれは一人の盗賊が身につけていた鎧を簡単に突き抜けて、中の体に突き刺さる。

 氷柱の上に滴った赤い血が、地面に流れて染みを作る。


「つ――あれは……まさか魔法かっ?!」

「魔法だと――? ってことはこいつ、まさか《魔族》っ!?」

「嘘だろ?! なんでそんな化け物がこんなトコに――」


 仲間の無残な姿を突き付けられて、思わず動揺する盗賊たち。ううん、違うよねそれだけじゃない。魔術を使ったアルのことを《魔族》だと勘違いして、恐怖心を抱いてしまったんだ。

 だけどその言葉は強制的に中断される――アルの杖が、いつの間にか先端部分に氷の固まりをつくってハンマーみたいな鈍器になって、化け物って言った盗賊の鳩尾に思いっきり叩き込まれたからだ。


「だーれが化け物よ。まったくどいつもこいつも失礼千万、毎度毎度好き勝手言ってくれるわね。他人の財産かっぱらって旨い汁吸ってるような輩に、んな蔑称で呼ばれたかないわ」


 吐き捨てるよう、アル。

 その目はまるで人ではないものを見ているようで、鋭い眼光に見据えられ、盗賊たちはまるで蛇に睨まれたカエルみたいに足を止める。


 |《魔道具》(アーティファクト)と魔術の違い、それはアルフが言うところには術の多様性に表れるんだって。

 |《魔道具》(アーティファクト)は一つにつき、基本的には一つ魔術しか使えない。その代わり|《七族》(セッテラッツァ)や森のエルフみたいに魔力を持っていない《大陸人》でも術を使うことができる。

 反対に魔術は適正と術者の実力があればいろいろな種類の魔術が使えるみたいだけれど、術を使うのに魔力が必要だから《大陸人》みたいに魔力のない種族は使えない。

 だったらどうしてアルがわざわざ|《魔道具》(アーティファクト)を持っていいるのかは気になったけれど、適正のない《大陸人》でも魔術を使えるようになる道具っていうことは、元々魔術を使う力を持っているアルたち|《七族》(セッテラッツァ)が使うともっと上手く使えるっていうことなんだろうか?


 ふと浮かんだ疑問を余所に、状況は刻一刻と変化していく。魔術を使うアルが危険だって判断したんだろう、これ以上魔術を使わせないよう、アルが集中できないように距離を詰める盗賊たち。

 だけどアルだってそのままされるがままじゃない。背後に跳んで詰められた距離を元に戻す。


「白!」

「ん!」


 両者の間にすかさず割り込んだのは、相手していた盗賊達を蹴散らした白。その肌は白い毛並みに被われていて、半獣化した姿を隠すことなく晒していた。

 すれ違いざまアルと視線を交わす、それだけで二人の間では意思の疎通ができるみたい。アルに向かっていた剣を残らず叩き落とし、無理に突破しようとした盗賊の体を蹴り上げる。跳ね飛ばされた体に押されて、他の盗賊たちも何人か転倒した。

 ぴったりと息のあった二人の動きは、それだけで戦うことに慣れているということを語っている。

 いったい、どんなふうにすればそんな力が持てるんだろう? ジークよりも細い腕の何処にそんな力があるんだろうって言いたくなる勢いで、白は向かってくる盗賊達を投げ飛ばして、アルには近づけさせない。


「んな――こっちは《蛮族》だとっ?! いったいどーなってんだよ!?」

「クソが、化け物共が――! 《大戦》の敗者共は大人しく引きこもってりゃいいんだよ!!」

「負け、てない! それに化け物違う|《獣人》(けもののひと)!」

「うっせぇ! 化け物は化け物だろう!」

「ちーがーうーっ!!」


 |《獣人》(けもののひと)の力を解放した半人半獣の姿を取る白を前に、盗賊たちは動揺を隠せないみたいだ。

 力が強いっていっても、やっぱり女の子だと思ってなめてかかっていたのかな? 《大陸人》を遙かに上回る|《獣人》(けもののひと)の腕力で対抗する白。

 正面からやり合っていても埒があかないって思ったんだろう、その内に盗賊たちは白を無視してアルを狙う。勿論何人かは白が気絶させているけれど、いくら力が強くったって、白は一人――広い場所では完全な盾になることはできなくて、迂回して回り込んだ何人かがアルを取り囲んで襲いかかる。


「死ねや、化け物っ!」


 罵倒と一緒に、振り下ろされる剣。一つ一つは避けることができるかもしれないけれど、前後左右を囲まれていたら、逃げようはなくて――最悪の予感に思わず目をそらしそうになる。



 だけど、そんな予想は現実にはならなかった。



 剣がアルを捉える前に、アルの姿が盗賊たちの前からかき消えた。


「な――っ?! あんなろっ、どこ行きやがった!?」


 驚きの声を上げてアルの姿を探す盗賊たち。だけど周囲にアルの姿はない。

 それもそのはず――だって、アルの姿は盗賊たちの頭の上。暗闇の中でもよく見える、きらきらと舞う光の粒を纏いながら、盗賊たちを見下ろしていた。

 すぐに気付くことができたのは、その光のせいで――光が見えない盗賊たちは、まだアルの姿を探している。

 四方を囲まれたアルは、横じゃなくて上に逃げて攻撃をやり過ごしたんだ。


「っ!? 見ろ、上だ!」

「はぁ?! なんであんな高く!?」

「どうせ魔法かなんかだろ。ハッ、バカが苦し紛れに下手打ったな! てめぇら、落ちてきたトコを狙い撃つぞ!」


 大部屋は面積だけじゃなくて高さもあるからこそできる回避方法――そういう意味では盗賊たちの意表を突けたんだと思うけれど、気付かれてしまったら意味もない。

 魔術でも使ったのかアルはすごく高く跳んだけれど、高く跳びすぎたせいで落ちてくるまでに時間がかかってしまっている。それはつまり、今この状況では盗賊たちに反撃するために体勢を立て直す時間を与えてしまうっていうこと。


 これがもし気付かれていなかったら、頭の上から一方的に奇襲できたんだろうけど……

 いい的だとせせら笑う盗賊たちの見上げる前で、アルの体は為す術もなく落下してくる。その姿はまるで蜘蛛の巣にかかった蝶々みたいで、このまま行けばどうなるかなんて考えるまでもない。


 けど――


 盗賊たちが見上げるその前で、一直線に落下していたアルの体は急にその方向を変えた。


「なっ?!」

「まさかあいつ、飛行魔法まで使いやがるのか――ぐっ?!」


 また驚きの声を上げた盗賊が、途中で悲鳴を上げた。なに、と仲間の盗賊たちが視線を向けた先で、悲鳴を上げた盗賊は腕を抑えて踞っていた。

 その横に転がっているのは――拳よりも大きな氷の固まり。


「なんだ、こりゃ――」


 盗賊たちの中の誰かが上げた疑問は、すぐ別の音にかき消された。

 どん、と鈍い音を立てて地面にぶつかったのはさっきまで盗賊たちが見ていたのと同じくらいの大きさの氷の固まり。

 嫌な予感を感じながら盗賊たちが見上げた先にあったのは――自分たちが居る場所に向かって降ってくる氷の礫。

 無数の氷の礫が、焚き火の光をきらきらと反射しながら一直線に落ちてくる。



 絶え間ない衝突音が、大部屋の中を埋め尽くす。



「う、うわあぁぁぁぁぁぁぁぁ?!」


 誰かの上げた悲鳴が、痛みに苦しむ声が、それをかき消すように響く衝突音。

 音が止んだとき、それまでは茶色くむき出しの地面だった場所には氷の礫が散らばって、焚き火の光を反射してまるで朝日に照らされた雪原みたいに見えた。

 上に逃げたのも高く跳んだのも、苦し紛れでもなんでもなかった。アルは初めからこの魔術を使うつもりで、空中で急に動きを変えたのは作り出した氷の礫を足場にしたんだと、呆然としながらなんとか把握できた。


「“集え焔よ、我に力を。我が魔力を糧に汝が力、ここに示せ。希うは――”」


 いつの間に着地していたのか、地面に下りたアルは呆然と立ち尽くす盗賊たちを一瞥しながら、なにかを口にする。それはまるで歌のようで、こんな場所には酷く不釣り合いで――だけど不思議とおかしいとかそんなことは思えなかった。

 それはきっと、また見える淡い光のせいだ。|《魔道具》(アーティファクト)が使われるときにも見た、幻想的な淡い光。

 あれがいったい何なのか、なんて呼ぶのかは知らないけれど――きっとあれは、魔術の前兆現象。


「んなろ……ッ! させるかぁ!!」


 氷の礫に茫然自失常態だった盗賊たちも、アルの歌にただならないものを感じたんだろう。氷の礫の雨を受けなかった何人かがアルとの距離を詰める。

 襲ってきた剣をアルは身を沈めたり杖で受け流したりしてしのいでいるけれど、体格差のせいか腕力の差のせいか、それともたくさん魔術を使ったから疲れが出てしまったのか、なかなか引き離すことができない。


「はは――自慢の魔法もこうなっちゃ使えねぇだろ! ざまぁみやがれ|《魔族》(バケモノ)がっ!」


 嘲笑う言葉を浴びせられ、だけどアルの顔は焦っていない。アイスブルーの目には相変わらず冷たい光を宿したまま、むしろますます鋭く睨み返す。


「ああ、うん――やっぱめんどくさい」


 ぽつりと呟かれたのは、そんな言葉。


 それは今の状況にもアルが浮かべている表情にもそぐわない、ただただ面倒だという感情がありありと感じられた。

 あんまりな言葉に耳を疑う余裕もなく、次に発せられた言葉は、あまりにも――



「“死なない程度に、まとめてぶっ飛ばせ!”」



 轟音が、洞窟を揺らした。




 もうもうと立ちこめた土煙が、洞窟内を通る風に流されて外に消える。反響していた音もようやく収まって、その光景がようやく明らかになった。

 平らだったはずの地面が浅くえぐれて、あちこちに倒れている盗賊たち。苦しそうに呻いているけれど、致命傷になるような怪我をしているわけではないみたい。……勿論、すぐには動けないと思うけど。

 その光景に誰もが呆然とする中、動じなかった人が居る。

 この光景を生み出した本人のアルと、そんなアルと行動を共にしている白の二人だ。

 二人は動きを止めた盗賊たちに次々と襲いかかる。いろいろなことが重なって、すっかり動転してしまった盗賊たちはもう数の有利も少なくなってきているのも手伝って、押し返すことができない。


「な……なんだ、ありゃっ!? てめぇ、いったい何しやがった!?」

「さーね。なんでわざわざ懇切丁寧に説明しなきゃなんないのよ? わざわざ手の内晒すとでも? ほんっと、おめでたいのねー」


 喚く盗賊に言い捨てて、浴びせられる恐怖と嫌悪、それに憎悪の視線をものともせずに杖を振るう。


「そうかよっ、舐めたマネしやがって……っ!」

「つか正気かよ!? こんな場所で爆発とか――てめぇごと死ぬ気かっ?!」


 その疑問はもっともだと思う。だってここは広いとはいっても洞窟の中で、そんな所に強い衝撃を与えたらどうなるのか――少し考えたらわかることだ。最悪、みんなまとめて生き埋めだって考えられる。


 だけどアルは不敵な笑みを浮かべる。


「さぁ? だってあたしはバケモノなんでしょう? バケモノが人間と同じ思考、すると思ってるの?」


 くすくすと、まるで物語の中に出てくる小悪魔みたいに笑う。

 その気迫に押されて誰も言葉を返せない中、アルは手にした杖を盗賊たちに突き付けた。


「――さて、おバカなあんた達に改めて警告よ。これ以上、この場所に無用な刺激を与えたくなかったら大人しくすることをお勧めさせてもらうわ」

「ふっざけんな! これだけされて黙ってられると思ってるのかよ!!」

「同感だ! だいたいここを崩しちまったら、ただで済まないのはてめぇらも同じだろうが!」

「あら? なんだそんなことか。対策も無しにこんな事するって思うんだ。へー」


 くすりと、アルは口元に楽しげな笑みを浮かべる。確かに魔術を使えば、そんなこともできるのかもしれない……。同じことを考えたんだろう、啖呵を切った盗賊は顔を真っ赤にして反論できない。


「こ、このクソガキが――調子にのってんじゃねぇぞ!」

「――そ。じゃ、覚悟しなさい。“爆ぜろ”エクリクスィ!」


 宣言と共に、アルはぱちんと右指を弾く。

 同時に――炸裂音。

 ついさっきの轟音と比べるとささやかな、だけど十分な威力を持っていると知ることが出来る音。まるで爆弾が爆発したみたいな音と同時に、アルに向かって飛び掛かろうとしていた盗賊の足下にあったなにかが炸裂した。

 それを見ていた盗賊たちが浮かべたのは――戸惑いと理解を超えた現象に対する憤り。


「な――なんで、それが……」


 そんな言葉がこぼれるのも、無理もないと思う。気付く人は気付いたんだ、なにが爆発したのかを。


 爆発したのは、氷。


 爆弾や火なんかとは、かけ離れた物。

 普通なら爆発なんてするはずのない物が、アルの右腕から生まれた赤いきらめきに触れられた瞬間、まるでそれ自体が火薬でできたみたいに爆発を起こしたんだ。


 つまり、それが意味していることは――


「嘘だろ……」


 さっきの乱闘で、大部屋の中には至る所に戦いの痕跡が刻まれている。踏み散らかされた食料や食器、日用雑貨。剣で付けられた傷、踏み荒らされた地面、倒れた人、さっきの爆発でえぐれた地面、そして――あちこちで光を反射している、氷の欠片。

 さっきそうして見せたみたいに、アルが氷を爆発させることができるのだとしたら――この部屋はもう、すでにアルの掌の中だって言っても何もおかしくない状況になっていた。


「っ、にげ――」

「はいはい、させると思ってんの? 下手に動かないでねー。痛い目見たくなかったら」


 あっさりとした言葉と共に逃げ出そうとした盗賊の鳩尾に杖を叩き込み、他の盗賊たちの動きを止めてしまう。

 にっこりと、思わず見惚れてしまうような笑顔を浮かべるアルは、その顔を街中で見たのならきっと楽しいことがあったんだなって思えるくらい自然で――


「さて、それじゃ最後の忠告よ。無駄な抵抗を試みるも良し、大人しく捕まってブタ箱送りになるも良し――好きな方を選びなさい」

「……逃げ切るって選択肢、忘れちゃいないか?」

「あはは、じゃ、試してみる? お勧めしないし、いろいろと保障しかねるけど」


 気負う様子なんて欠片もない、無邪気とさえ思える言葉。

 だけどその力は、先程いやというほど見せつけられている。

 突き付けられた選択肢に、盗賊たちの顔は青いを通り越して蒼白だった。





「うーん、やっぱり上の連中はさっさと逃走済……ね。まったく、いい根性してるわ」


 実に暴力的な方法で盗賊達の行動に制限をかけたアルは、居並ぶ面々の顔を見てため息をこぼす。

 幹部の顔まで知られていたという事実に、同時に見捨てられたのだという現実に、ただでさえ動揺していた盗賊達は感情を隠せない。


「な、何言ってやがるっ。きっと今頃頭達はてめぇらをぶちのめす算段立ててるに決まってるだろ!」

「ふーん。そうだといいわねー」


 盗賊の一人が口にした強がりをさらりと流し、アルはおもむろに歌を紡ぐ。


「“来たれ凍土の凍て付く力。そのかいなを持って、この者達を縛る鎖となれ”」


 歌――それは魔術を発動させるための詠唱。

 淡々と紡ぎ出されたアルの声に応えるよう、盗賊達の体に氷が張り付き、初めは頼りない筋でしかなかったそれらはみるみるうちに太さを増し、盗賊達の自由を奪う氷の鎖へと変貌する。


「そのお頭とやらが、それを何事も無く解いてくれればいいわね」


 にんまりと、意地の悪い笑みを浮かべながら告げた。

 アルが生み出した氷をまるで爆弾のように炸裂させる事が可能なのは、先程の実演もありもはや説明するまでもない。それを密着した常態で再現されれば、脆い人間の体がいったいどうなってしまうのか――想像は容易い。

 もはや死にかけの人間もかくやというほどに顔色を悪くした盗賊達。その様子はいっそ哀れとすら思えるが、そもそも彼等は狼藉を繰り返した者達であり、その被害規模は計り知れない。自業自得と言ってしまえばそれまでだ。

 一通りの事をして満足したのだろう、アルは興味を失ったように盗賊達から視線を外すとこちらに手を振る。


 ……後はこちらに、という事だろうか?


 彼女の行動をそう解釈し、盗賊達の前に立つ。


「お前達のしてきた事――洗いざらい吐いてもらう」

「ひっ――」

「あ、あらいざらいって……お、オレたちは最近ここに入ったばっかりだ! 下っ端に何を聞くってんだよ?!」

「……言い逃れをするつもりか?」


 見苦しく喚く盗賊達の姿に、口からこぼれた言葉は思いの外温度の低いものだった。

 言い逃れをしようとする姿に同情など持てるはずもなく、往生際の悪さに苛立ちが募るばかりだ。さらに問い詰めようと怯える盗賊達に向け口を開きかけた俺を制したのは、細い腕。


「焦るのはわかるけど、まだ終わっちゃいないってば。――それに、こいつらが言ったようにここにいるのは下っ端も下っ端。見捨てられてるよーな奴らよ? ここ数年この辺りじゃ不作が続いたでしょうし、食い詰めた農民が賊に成り下がるなんて悲しいながらままある事よ。最近入ったって言うのも、あながち嘘じゃないと思うわ」


 暗に冷静になれと促すアル。……これではどちらが年上かわかったものではない。

 アルの発言に、盗賊達は困惑気味だ。あれだけ敵意を向けた者が、あろう事か自分達を庇うような言動をしたのだ。それに頭を初めとした主立った者達に見捨てられたという不安が、さざ波のように広がる。

 見捨てられたのだと嘆く者、救出の機会を窺っているだけだと己に言い聞かせる者、あるいはこの先どうなってしまうのかと不安を露わにする者――その反応は様々だが、誰一人として平常ではない。


「な、なぁ! あんただって解るだろ? そこの小さいのが言ってるとおり、俺達は最近ここに入った程度で、まだたいそれた事をしたわけじゃねぇ……頼むっ、見逃してくれよ!」


 一人の懇願を皮切りに、あちこちから似たような声が上がる。


「捕まえるのなら、もっと大事仕組んだヤツからにすべきだろ?」

「こうする以外、俺達に道はなかったんだよ――!」

「ここで見逃してくれるのなら、なんだって、先の案内だってできるぜ? 他の塒も。どうだ?」

「おまッ、何抜け駆け――仲間を売るつもりか?!」

「そう言うてめぇこそ、抜け駆けって同じ事考えてたんじゃねぇか!」


 次々と向けられる醜い言葉。そこにはもはや盗賊として他者を食い物にする姿は見つけられず、あるのはただただこの状況から逃れたいという浅ましい顔。

 人の持つ醜悪さをまざまざと見せつけられる光景。リュートには見せたくないという思いで、反射的に隠しリュートの視界から盗賊達の姿を隠した。



「――寝言は寝て言え」



 秩序無い光景に終止符を打ったのは、アルの言葉。

 普段の彼女と比べあまりにも違う、感情という物をことごとくそぎ落としてしまったかのような怜悧な声。


 そのあまりにも冷えた声に、盗賊達は勝手な事を喚いていた口を閉じ、断罪の時を待つ囚人のような顔をアルに向ける。


「生きるためには他になかった? 仕方がない? ……随分、面白いことを言うのね。不作で生活苦に陥ったのは、何もあんた達だけじゃないでしょ。クルヴィ山脈周辺の土地は、どこも同じはずよ。その全員が全員、盗賊になり果てたって言うの? 違うでしょうが。

 それにね……例えどんな理由があっても、盗賊となって他者を害してまで生きようと、その選択をしたのは他ならぬあんた達自身。そうでしょう? それを、なーにぬけぬけと被害者面してるのか……まったく、片腹痛いとはまさにこの事ね」


 吐き捨てるよう、軽蔑の感情を露わにする。


 ストレートな物言いに初めは言葉に詰まる盗賊達も、その歯に絹着せないアルの言葉にやがては憤りを爆発させた。


「お前みたいなガキに、いったい何が解るッ! 家族を、妻を子を食わせていかなければならないんだ! なりふり構ってられるわけ無いだろう!」

「何も知らない子供が、ちょっと強いからって偉そうな口を叩くんじゃねぇよ!」


 次々に上がる非難の声。責め立てる罵詈雑言に、しかしアルは意に介した様子もない。


「ええ、そうよ。あたしはあんた達じゃない。だからあんた達の気持ちなんて塵一つ分も解らないし、解るはずもない。あたしは確かに何も知らないガキよ。……で? だからって正論を口にしちゃいけない、なんて決まりは何もないはずだけど?

 それにね、あんた達には養うべき者が居たって言うけど――それはあんた達が襲った、踏みつけにした人達にも言えることでしょう? あんた達がしたのは、選んだのはそう言う選択よ。

 面白いわよねぇ? 他者を害することで生き残ろうとした人間が、いざ自分が害される番になったときには「それはおかしい」って声を上げるなんて――都合がいいも、こここれに極まれり、ね」


 けして感情を荒げることなく、しかしにじみ出る激情をそのままに口元を僅かにつり上げ、怜悧な笑みを浮かべるアル。

 まるで魂すらも凍らせてしまうかのような、ぞっとするような笑みに、言葉の中に込められた射るような感情に、盗賊達は戦慄する。


「ま、せいぜい下らない言い訳をして同情を集めればいい。家族を、夫を妻を友人を、親しい人を殺され平穏を奪われた人達相手に集められるのなら――の、話しだけどね」


 酷薄な笑みを浮かべたまま言い捨てると、アルは盗賊達を放置し、奥へ繋がる通路へと足を進めた。


 いったい、何が彼女にそこまでさせているのだろうか?

 そんな問いを投げる事もできず、俺とリュートはアルの後を追いかける白に習い先へ進んだ。





「……一つ、聞いてもいいか?」


 盗賊達と戦った大部屋から続く通路を奥へ奥へと進む道すがら、殿を勤めるアルに問いを投げた。

 大部屋とはうって変わって道幅は広いとは言えず、二人列んで歩くのがやったといった程度。戦いになれば武器を振る事も難しいだろうという理由から、先頭を体術を得意とする白が、殿を魔術の使えるアルが勤めるとのこ事、今のような並びになっている。


「何?」


 盗賊達に向けていた姿はどこへやら。出会った当初と何ら変わらない平凡な町娘のような顔できょとんと首を傾げる。

 一瞬その姿に先程目にした狂気すら感じられる姿が重なり、どうにも何故あんな事をしたのかと問う事が憚られてしまう。


「……あの場でお前が使ったもの……あれは、魔術なのか?」


 代わりに口から出たのは、そんな疑問だった。


 伝え聞いた程度でしかないが、魔法――魔術というものは使用する場合、様々な制約があるのだという。

 素質的な物もそうだが、特徴的なものはやはり、呪文。術を発動させるために必要となる言葉で、これを無しに魔術は語れないなどと言う話もあった。

 もっとも、中には|《魔道具》(アーティファクト)のように呪文という手段を無しに術を使う事が可能な物も存在するようだが、魔術とは総じて手間のかかるものであり、故にその隙に先手必勝を狙うべき――それが、ギルドなどで耳にした対《魔族》戦における有効手段だという。

 現に、噂に聞く魔導士などの活躍は、大抵の場合が肉弾戦に優れた者に前衛を任せ、時間を稼いでいる間に詠唱などの準備を行い止めをさす――という者が多い、らしい。


 つまりは小回りの利く大砲的な存在、という認識でおおよそ問題ないだろう。

 だがアルが先程見せた魔術を用いた戦い。あれはもはやそんな定説などどこにも見当たらない。

 右腕をかざし、宣言――魔術の詠唱だというには、あんまりな言葉。

 あれで魔術が使えるというのなら、それこそ《大戦》の時代、かの者達が《大陸人》を相手にはたして両者痛み分けで済むのだろうか――


 つらつらとそんな疑問を向ける俺に、アルは相変わらず口元に悪戯好きな笑みを浮かべたまま、楽しそうに口を開く。


「そーね。確かにその認識はある種、間違っちゃいないわ」

「なら」

「間違っちゃいないけど――それは魔術の本質じゃないのよ」

「どういう意味だ?」


 謎かけのような言葉に首を傾げると、アルは説明の言葉を探すようしばし考え込む。


「んー、どう言ったらいいか……。ぶっちゃけ言っちゃうとね、魔術って使えない人にはさも大層な技術で大仰に取られちゃう事が多いんだけど――要は、イメージの産物? なのよ」

「イメージ……?」

「そ。頭の中に明確なイメージを作り出し、それを世界に投影し、顕現させる技術。魔力はそのために必要なエネルギーね。まあ、魔力の質によって出来る事の系統とか傾向とかにいろいろ制限がかかるから、何でもかんでも実現可能ってモノじゃないんだけど。そうね……端的に言っちゃうと、世界そのものを相手にした盛大な詐欺術とでも言えるのかしら」


 ざっくらばんに告げられた、あんまりな例え。

 流石にそれはないだろうと思いたいのだが……。いや、そもそももしこんな発言を魔術の研究に没頭している者が聞けば、いったいどんな事になるのか……。

 魔術についててんで素人でしかない俺にはどうにも判断する事は出来無いのだが、それにしてもこの例えはあんまりだろう。


 ……いや、それとも本当にそうなのだろうか……?


「……つまり?」

「用は、明確なイメージができているのであれば、詠唱に持ちいる言葉はなんでもいいし、もっと言っちゃえばその必要も無いって事よ。詠唱もその実術者の抱くイメージをより強固にする手段の一つだし、|《魔道具》(アーティファクト)に刻まれる模様や魔法陣なんかもその一つね。声や形といった、他者にも分かる形にすることで術者以外や世界そのものにイメージを共有させる意味合いもあるから、全くの無意味って訳じゃないんだけど」


 きっぱりと言い切る。その姿に偽りや誇張は感じられない。


「それで……」


 あの無茶苦茶とも言える戦い方は、そう言った理由からだったのかと納得した。……いや、あまり納得してしまっていいものなのか、判断に困るのだが。


「そーいうコトっ。とは言っても、詠唱した方が安定するんだけどね、いろいろと。詠唱を省略するのは《略式》、詠唱そのものをすっ飛ばすのは《無詠唱》っていって名前としては知れてるけれど、使える術者はそこまで多くはないし……ああ、後は身振りそのものを術式に見立てた発動方法もあったわね」

 だから魔術師相手に戦う場合は、口を封じたからって安心してたら後ろから焼かれるわよ、と冗談めかして言う。……冗談でも笑えない事である。

 とはいえ、魔術を使う者と敵対した場合のため覚えておいた方がいいだろう――そんな日は、できるなら来て欲しくはないと願うが。


「そうか。心得ておこう」

「うん、そうした方がいい……っと、そろそろみたいね」


 アルの声につられて視線を戻せば、それまでは一本道だった洞窟が二手に分かれていた。


「ふむふむ……うん、案の定こっちが倉庫になってて……こっちが幹部用の寝床、か」


 地面に残った僅かな痕跡を見定めながら、そんな事を呟く。

 ぱっと見た限り足跡らしきものは判別できないが、おそらくは何かしらの手段で判別しているのだろう。


 これがアル達二人がわざわざ共同作戦を提案した理由だ。

 この洞窟はほぼ一本道のような簡単な作りをしているのだが、ここで道は二つに分かれている。このため一方を制圧出来たとしても、その間にもう片方にいる者達が逃げ出すか、挟み撃ちにされるかの面倒な事態になってしまう。

 アルと白の戦闘能力を持ってすれば、相手に体勢を整えさせる間もなく制圧する事も可能ではないかと思うのだが……それでもここは相手に地の利がある。単独行動はできるだけ控えたいところだ。


 ……もっとも、これは《大陸人》である俺が持つ感覚であって、彼女等|《七族》(セッテラッツァ)や|《獣人》(けもののひと)の感覚は、また異なるのかも知れないが――


「じゃ、ここからは予定通りね」


 まるでなんでもない事のよう、変わらない笑顔で口にする。

 二人の目的はこの盗賊達が盗んだという物。俺とリュートの目的は盗賊達から三年前の事件について、何かしらの情報を引き出すという事。そのためここから先アルと白は倉庫へ、俺とリュートは首領が逃げたと予想させる部屋へ、それぞれ向かう事にしている。


「……そうだな」

「ほんとにそっち、二人で大丈夫? あそこにいたのは下っ端ばっかりで、強いのは残ってると思うけど……」

「構わない。……元々お前達がいなければ、あそこにたむろしていた連中も相手にしなければならなかったんだ。……それを考えれば、温存してここまでこれただけでも十分すぎる。それに……そちらこそ倉庫という事は、当然見張りも居るだろう?」

「あはは、それはだいじょーぶっ! いざとなったら、全員まとめてぶっ飛ばす!」

「……いいのか、それで」


 倉庫がどの程度の広さかは知らないが、あまり強力な魔術を使っては目的の物も巻き込まれてしまうのではないだろうか……? と心配もしたが、アルの事だその辺りは器用に調整するのだろう。

 ……もしくは、一度埋めてしまってから掘り起こすつもりだろうか……? いや、いくら何でもそんな無茶はしないと思いたいが。


 呆れた眼差しを受けながら、二人は右の道を進み始め――

 そんな二人を引き止めるよう、リュートがアルの服の袖を掴んだ。




「うん? 何かな?」

「あ……」


 アイスブルーの瞳に正面から見つめられて、つい次の言葉に繋げられない。

 ううん――そもそも、どうして引き止めるようなことをしちゃったのか。今はそんなことをしているような時間はないって、そんなことはわかっているはずなのに。

 ジークや白からも、怪訝そうな視線を向けられているのを感じる……居心地の悪さを感じてついこのままなんでもないと言ってしまいそうになる気持ちを抑えて、次の言葉を絞り出す。


「え、と……。あの……また、会えるかな……って」


 ようやく絞り出した声は相変わらずの小さな声で、そうしていつもこうなんだろうって自分でも情け無くなってしまう。

 こんな事を聞くためにわざわざ呼び止めたのかって怒られると思ったから、真っ直ぐに見ていられないわたしを余所に、アルは少し困ったように首を傾げる。


「んー、あたしもリュート達も定住しない根無し草よね? お互い生きてたら会う機会はあるかもだけど、落ち合う場所でも決めておかない限り、会えるって保証は出来無いよね?」

「……そう、だよね」


 当たり前の返答に、きっと呆れられているだろうなとついそんなことばかり考えてしまう。

 自業自得なのに落ち込んでしまう自分が嫌で、そこからまた自己嫌悪になるなんて本当にわたし、なにをしているんだろう。


「まあ、この後用が終わったら合流するって予定だし、これでお別れかって言う意味なら、違うわけだけどね」


 悪戯っぽい笑顔と一緒にそう言われて、ようやくそのことに気が付いた。

 今の今まですっかりそのことを忘れていたっていうことに気が付いて、自分の迂闊さがはずかしくなる。

 本当に、なんでそのことを忘れていたんだろう。ジークとアルたちはそうしようって、ちゃんと予定を立てていたのを聞いていたはずなのに。

 穴があったら入ってそのまま埋まってしまいたい気分だけれど、そんなことできるはずもない。いつまでも黙っているなんて余計に迷惑だって、そんなことくらい判るから。

 弱気な気持ちを奮い立たせるように息を吸って、アルを見る。視線が同じ高さになっていることにようやく気付いた。わざわざ視線を合わせてくれていたことが嬉しいやら情け無いやらで、迷惑そうな顔もせずにわたしからお話しできるように待っていてくれたことが、ただそれだけで嬉しかった。


「あ、あのね……アルたちの用事が終わって、わたしたちの用事も終わって……その後でいいんだけど、その……戦い方――棒術、教えて欲しいな……って」


 言ってしまった。

 ジークが驚いたようにわたしを見ているのがわかる。……うん、やっぱりおかしいよね。こんなの今更だよね。

 でも、アルと白が盗賊たちと戦う姿を見ていたら、わたしと同じ女の人でもそれだけ戦うことができる人が居るんだって知って。そうなると戦うどころか武器の持ち方だって全然知らないわたしがすごく情け無いように思えて――どうにかしたいって、そう思ってしまって。

 勿論今までだってギルドやそれ以外の場所で女の人の冒険者を見かけることはあったけれど、そういう人たちはたいてい大人の人だったから、自分と比べるなんて思いつきもしなかった。

 だけどアルと白も年上だけどそんなに離れている訳じゃない。だから自然と比べてしまって、羨ましく思ってしまったんだと思う。


 わたしの言葉は、やっぱり迷惑なんだろうか? アルは少し困ったような顔をしていた。


「……教えるって言ってもね……。あたしのやり方は超絶自己流だし、決定力とかはそれこそ魔術頼りだから、正直人に教えるような……それ以前にせいぜいが護身術に毛が生えた程度で……って、ああ、だからこそリュートには向いてるのか」


 そうやって独り言を呟いて、アルは改めてわたしに視線を向ける。


「相手を無力化する術を他人に伝授できるほど、正直あたしは棒術に精通してない……せいぜい時間稼ぎ程度のでたらめ小手先小技のオンパレードよ。そんなだけど、それでも?」

「うん」


 こくりと頷いたわたしに、アルはじっとアイスブルーの瞳を向ける。

 その瞳は嘘偽りを許さないように、まるで考えていることを全て見透かされているような気がして――でも、不思議と目を背けたいという気持ちはわいてこない、そんな目だった。


「……そ、か。なら了承っ。ってコトで、事後承諾になっちゃうけど、いいかな保護者さん?」

「良いも何も……むしろ助かる事だが……良いのか?」

「質問に質問で返さないっ。いーのよ。って言っても教えられるのはせいぜい基礎的なの。無理も無茶もできるよーな代物じゃないからあんまり期待しない、あーんど過信はさせないようにね。あくまでも護身目的だって、リュートもちゃんと頭に置いておくコト」

「う、うんっ」

「当たり前だ」


 冗談めかしているアルの言葉とは正反対に、ジークは神妙な顔で頷いた。




「それじゃ、あたし達はそろそろ行くけど……二人とも、十分気を付けてね!」

「またなー」


 相も変わらず無邪気な声が洞窟に響く。とは言っても、察知されないよう小声ではあるのだが、どうにも場にそぐわないように思えるのははたして俺の気のせいだけだろうか?

 だが、そんなそぐわなさもまた彼女達らしさであるように思え、奇妙ではあるがしっくりときてしまう。


「ああ……そちらも、捜し物が見付かるといいな」


 だからだろうか? 普段は口にしないような返答をしたのは。

 リュートが驚いたように俺を見上げる。普段は同業者に対し、あまり積極的に関わる方ではないため、こんなふうに声をかける事は珍しいからだろう。


 だが、何よりも奇妙だったのはアルと白の反応――



「――見付からない方が、いいんだけどね」



「……? それは、どういう……」

「用が終わったらそっちに合流するけど、その時重傷を負ってましたとか笑えない事態になってないでよ? それじゃっ、武運を祈る!」


 まるでこちらの疑問を封じるように、冗談めかした口調でそんな言葉を言い放ち、アルと白の姿は今度こそは薄暗い洞窟の闇に消えてゆく。

 遠ざかる二人の姿が見えなくなるまで、そう時間は必要なかった。


「……気のせい、か……?」

「わかんない……」


 答える者の居ない疑問に、リュートもまた首を傾げる。それほどまでに、目にした物は異様なモノだった。

 一瞬だけ見えたそれは、まるで苦虫を噛み潰したかのような、奇妙な顔。

 ともすれば気のせいだと、見間違いだという事もできる僅かな時間垣間見せたその表情が、どうにも引っかかる。

 しかしいつまでも立ち止まっているわけにもいかない。

 疑問を頭の隅に追いやり、俺とリュートもまた自信の目的のため、左の通路を進み始めた。

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