4 -異邦人達-
「おー、いるいる」
再び先程の亀裂が見える場所へ戻り、茂みの中に身を隠しながら様子を伺う。
発見した当初と同じように、亀裂――洞窟への入り口の前には男が二人、暇を持てあました様子で会話に興じながら周囲を警戒していた。時折その視線が洞窟の中に向けられているのは、はたして気のせいだろうか?
「たぶん、今頃は祝杯とか上げてるんじゃないかな? 見張りは一応ごちそうも持ってきてるみたいだけど、それにしたって中と外とじゃ、ね。おおかた貧乏くじ引いたーって思ってるんじゃないかな」
疑問が顔に出ていたのだろう、アルは小声で答える。
「あの様子だと、あと一回交代したくらいが頃合いか……」
「待て、祝杯……とは?」
「ん? ああ、冬籠もりの前だしね、なんか盛大に襲撃かましたみたいだから」
さらりと語られた言葉。それは、つまり――
「……止めなかったのか?」
暗に見殺しにしたという事実。根無し草である彼女にその義務がないと解っていても、つい咎めるような口調になる。
「あたしが見たのは襲撃で破壊された馬車とか、よ。そこから予想しただけ。……それにいくら枝葉を落としたところで、根を断たなきゃ意味はない。そういうのは嫌って言うほどにね。……ま、一巡りくらい張り付いて嫌がらせしてたら流石に堪えるでしょうけど、生憎そこまでは、ね」
「………」
罪悪感を抱いた様子もない返答。
それは正論ではあるのだが、同時にそう容易く受け入れる事ができる訳でもなく、
「襲われたのは……?」
「運悪く近くを通った隊商。男集は護衛を含めて皆殺し、女子供は連れ去られて今頃は……」
「……ッ」
アルははっきりとは語らなかったが、ならず者に捕らえられた女子供がどういった目にあうかなど、今更言うまでもない。口に出さなかったのは気付かれないように隠れているためか、リュートにそんな事を聞かせないように気遣ったからなのかは解らないが、込み上げてくる嫌悪感に拳をきつく握る。
「あと一回、次の交代が終わったくらいに仕掛けるつもりだから、それまではこのままここで待機ね」
「え? な、なんで?」
「寝静まってからの方が、奇襲になるでしょ?」
リュートの問いに、あっさりと返すアル。相変わらず正論ではあるのだが、それはつまり今現在捕まっている者達を危険に晒し続けるという事に他ならない。
商品として捕まっている、だけであるのならまだましだろう。が、命に関わる怪我を負っていた場合、もしくは慰み者にされている可能性もある。……そんな者達を置いて突入の時を待つなど、それが上策だと頭では理解できても、感情的にはそう簡単に割り切る事は出来無い。
とはいえ、これは酷く身勝手な感情だろう――何しろ俺達が今この場所を訪れているのも、三年前の事件に関する手掛かりを得られるかも知れないという、ごくごく個人的で利己的な理由に過ぎないのだ。そんな人間が、何故作戦の成功率を考慮している彼女の選択を非難できるだろうか。
「……とまぁ、そのつもりだったんだけど――手も増えたことだし今でも行ける、か」
ぽつり呟く。視線を上げれば、まるでこちらの心を見透かすような氷色の瞳がどこか呆れたような色を帯びて俺を見ていた。
「……良いのか?」
「良いも何も、じゃなきゃ貴方は納得しないんでしょ?」
「それは……そうだが」
無関係の者であるとはいえ、みすみす目の前の人間を見捨てられる程冷徹になれるわけでもない――無論、手に負えない事に手当たり次第首を突っ込む気もないが、目の前でそんな事があれば精神衛生上のためにも可能な限りをやっておきたい。
「あたしは正義の味方なんかじゃないし、そんな者になれるとも思ってない――でも、誰かがそれを目指すことを、別にいちいち止めたりしないわよ」
「そんなつもりで言ったわけではない」
茶化すような物言いに、つい憤然と反論を口にしたが、アルは適当に相づちを打つのみだった。
冗談めかしてわざとらしく肩をすくめたアルの瞳に、こちらを茶化す以外の別の感情が交ざっているように思えたのは――気のせいだろうか?
「ん。それじゃま、そういう方向で行くとしますか――白」
「ん!」
見張り達の様子を伺っていたアルは、同じよう茂みに隠れていた白に指示を出す。それだけで意思が通じるのだろう、白は音も立てずに駆け出すと、そのまま森の緑に紛れすぐに姿は見えなくなる。
「ここはあたしと白で行くから、二人はここで温存してて。万が一失敗した時は、支援よろしく」
「……大丈夫なのか?」
「何よ、今更ね」
ここへの移動中、入り口の見張りはアルと白の二人が無力化すると伝えられてはいたが、まさか本気だったとは。……勿論アルの能力を認めていないわけではないが、やはり逃げられてしまう可能性や中の連中に感づかれてしまうのではないかという不安はある。
こちらの内心を知ってか知らずか、アルは隠れていた茂みから移動し、タイミングを計る――
盗賊達が塒にしている洞窟は、アル達の話しによると入り口は二つらしい。しかしもう一つの入り口というのは道が険しく不便で普段から非常時にしか利用されていない事、また最近の地崩れで今は使用不可能になっている事を説明されている。洞窟内もほぼ一本道と言っていいような単純な構造をしているため、ここを抑えてしまえば後は袋の鼠のようなものなのだという。
ちなみに賊達はまだ地崩れに気付いていないらしい――はたしてそれが自然な地崩れなのか、はたまた何か仕組んだ事なのか問うてみたい気もしたが、今はその時ではないと自重した。
そんな事を思い出しながら見守る俺達の前で、アルが動く。
まるで野生の獣のよう極力音を殺していた白とは対照的に、アルは体に当たる枝葉を意に関せずに駆け抜ける。当然上がる物音に酒を飲んでいるとはいえ、仮にも見張りとして立っている者が気付かないはずもない。
「誰だっ!」
二人の注意がアルに向いた瞬間、頭上から白い服を着た少女――白が襲いかかる。
一切の躊躇なく、身を隠していた崖上の茂みから身を躍らせる。この短い時間であの場所まで辿り着いていた事にも驚きだが、相応の高さから奇襲を仕掛けるその胆力たるやただ者ではない。
だが、見張りの方も流石と言うべきか――白に蹴られて転がった石の音で異変を察知し、すぐさま一人が迎撃態勢を取り、もう一人は正面切って近付くアルへの対処へと役割分担を行う。
奇襲に驚いた様子はあるものの、酷く狼狽した様子はない――単純に数が多いだけではなく、個々の練度も高いようだ。あるいは、飛び出してきた者がどちらもまだ年端もない少女であったからだろうか?
大人に対し、ぱっと見ただの少女がプレッシャーをかけろなど無茶振りにも程がある。
空中で足場のない白も、近くに身を隠せる茂みがないため必然的に十数メートルほどの距離を姿を晒したまま走らなければならないアルも奇襲に成功したとは言えない。むしろ不利ですらある。それを解っているのだろう、男達の顔には醜悪な笑みが浮かぶ。
無謀だ――援護すべく駆け出そうとした瞬間、遮るように響く凛とした声。
「“凍れ”」
白を迎え撃とうと身構える見張り、その動きが不自然に止まる。
何事かと視線を落とした先、そこにある物を目にし驚きの声を上げたのははたして見張りか俺か、どちらだっただろうか。
「な――」
見張りの動きを阻害した物――氷。
それはいったいいつの間に出現したのか、見張りの足に絡み付き、あろう事か足と地面を繋ぐ強力な鎖となっていた。
唐突に自由を奪われた見張りはどうにかして枷を外そうと力を込めるが、見張りの自由を奪う氷は押せども引けども微動たりともしない。
「“行け”!」
仲間の異常に気付き、援護しようともう一人の見張りは足を止める。が、その頬を掠めるように飛来する氷片。
驚き、戸惑いを浮かべた顔で見張りが振り返れば、いったいいつの間にそこまで肉迫していたのか、至近距離に己の周りに数個の氷片を従わせたアイスブルーの髪を持つ少女の姿が――
アルの持つ赤い布飾りが付けられた杖が、すくい上げるよう見事な弧を描きながら見張りの顎に、白の足が動けない見張りの脳天に、それぞれ吸い込まれるよう見事な一撃。
いっそ見惚れるくらい見事な動きで意識を刈り取られた見張り達は、二人揃って為す術もなく地面に倒れ伏した。
アルと白が仕掛けた奇襲は、本当にわたしとあんまり年の変わらない人が仕掛けた物なのかと疑ってしまうくらい、上手に連携が取れていた。
アルが見張り達の目を引きつけている間に、頭上から白が奇襲――でも見張り達に気付かれてしまった。
だけど見張り達がアルから目を話した一瞬の時間、アルは地面を蹴って一気に加速、その後を追うように淡い光が筋を作る。そしてそのまま左腕を見張りに向ける。
瞬間、アルの腕に淡い光がまとわりついて、同じように見張りの一人の足下にも同じ光が現れた。次の瞬間には、見張りの足は氷によって地面に繋ぎ止められていた。
見張り達の顔に浮かぶ、驚きと戸惑いの感情。
――また、だ。
その光を、わたしは見たことがあった。前の依頼で榮と一緒に|《緑の猟団》(ヴァルトルーター)と戦ったとき目にしたのと同じ、不思議な光。
光の色も、伝わってくる雰囲気みたいな物も違っているけれど――それが同じ物なんだと、なぜだか解らないけれどわたしには確信できた。
|《魔道具》(アーティファクト)が発動するときに見えていた光は、やっぱり他の人には見えていないみたいで、だから見張り達は突然の出来事に対処出来ないんだってことも。
同じだ――そのことが何を意味しているのか、どうしてなのかゆっくり考える時間も無いまま、氷の欠片を従えたアルと、崖の上から飛び降りた白、二人がそれぞれ見張り達に強烈な一撃を加える。
倒れる見張り達。意識がないことを確認してから、アルは左腕をまるで剣から返り血を散らすみたいに振り払う。
その動きに合わせるよう、またあの光が現れて――光が消えた頃には、もう見張りの足からもアルの周りからも、氷は影も形も無くなっていた。
「……|《魔道具》(アーティファクト)?」
「五十点」
ぽつりとこぼれた言葉に、アルはどこか面白そうに続ける。
「半分正解で半分ハズレよ。こっちに出回ってる|《魔道具》(アーティファクト)と違って、これは補助的な、もっと限定的な力しかないから」
「補助……? じゃ、じゃあさっきのって……もしかして、魔法?」
なんとなく、どこか投げやりに感じられるアルの返答。意図が判らず思ったままの疑問を口にしたわたしを余所に、ジークからアル達に向けられていた気配が剣呑さを増す。
「まさか、お前――《魔族》だったのか?!」
《魔族》――それはかつてこの大陸を侵略しようとした人あらざる種族。
かの者達は人を凌駕する力を持ち、人とは全く異なる価値観を持つと言われる種。
かつての戦争――今よりおおよそ百年ほど前、新大陸との国交が始まった頃に現れ、世界のありとあらゆる場所にその凶行でもって様々な爪痕を残したと伝えられる種族。
彼等は人にはけして操る事の出来無い力を操り、各地に甚大な災いをもたらしたという。
そんな《魔族》に対抗するため、生み出されたのが|《魔道具》(アーティファクト)――《魔族》が使う力を模して、とある天才技術者が作り出したとされる模倣品。
凶悪な能力を有しながらも、その個体数が少ない《魔族》は|《魔道具》(アーティファクト)によって対抗する術と力を得た人の前に圧倒的有利を崩され、ついには歴史上から姿を消したものの、殲滅適わず今なお生き残りが潜んでいると伝えられる種――
前の依頼で|《魔道具》(アーティファクト)を使い武装した者達を相手に手酷い目にあわされた後、|《魔道具》(アーティファクト)の歴史や成り立ちについて調べている内に知った断片的な知識。
警戒心から、無意識の内に剣に手が伸びる。
「――ルマソイド」
臨戦態勢を取る俺に、しかしアルの口からこぼれたのは耳慣れない単語。
「もしくは|《七族》(セッテラッツァ)よ。《魔族》だなんて、あんな連中とごっちゃにした大戦時代の蔑称で呼ばないでほしいものね」
瞳の色に相応しく、怜悧な眼差しと共に向けられるのは、明らかな不快感。
見た目以上に大人びた雰囲気を帯びた姿は、しかし次の瞬間には呆気なくなりを潜める。
「……って、まぁあなた達に言ったって詮無いことなんだけどねー。どーせ上の連中がそう教え込んでるからなんだろうし」
まったく不快だ、そういわんばかりにむすりと唇を尖らせる。突然の年相応な行動に、いったいどう反応すればいいのやら――対処に悩む俺をよそに、アルは「ともかくっ!」と実に子供っぽく声を上げると人差し指を突き付ける。
「あたしは《魔族》なんかじゃなくてルマソイドよ。もしくは|《七族》(セッテラッツァ)。ついでに、さっきのは魔法じゃなくて魔術だから、そこのトコ、間違えないようにね」
「え、えっと……どう、違うの?」
「違うも違う、大違いよ! 魔術はあくまでこの世の法則に基づいた現象を顕現させるもの、術としての形態が成されたれっきとした技術だし。魔法はその法則さえもねじ曲げる神の業――そもそも人間には操る事のできない、大いなる力の総称でしょ?」
「そ、そう……なの?」
助けを求めるようリュートから視線が向けられるが、生憎と俺はその手の知識を持ち合わせていない。先日調べた|《魔道具》(アーティファクト)に関する僅かな知識が関の山だ。
返答を求めるようにアルに視線を向けると、彼女はにこりと、まるで悪戯を思いついた子供のように満面の笑みを浮かべる。
嫌な予感がするのは、はたして気のせいなのだろうか。
「そうなのよ。……って、まぁその辺りは術者じゃない人には、どうもごっちゃになっちゃうみたいだけどね」
内心冷や汗をかく俺を知ってか知らずか、アルはくすりと笑う。その姿からは先程感じた冷気はもはや微塵も感じる事は出来無い。
「ってコトだから、とにもかくにも指摘したとーり、《魔族》だなんてもう呼ばないでね。次にそんな蔑称使ったらグーパン容赦なく叩き込むから、そのつもりでよろしく。それと、白のことも《蛮族》なんて呼んだら以下同文だからそこのトコ忘れないよーに」
実に良い笑顔で、なかなかに物騒なことを言う。
いや、それよりも――
改めてアルの隣にいる白に視線を移せば、そこにいる少女の姿は確かに先程までのものと変わっていた。
いや、人の姿はそのままなのだ。だが白い上着の下から覗く腕はいつの間にか白地に黒い筋が入った毛皮に被われ、足にも同じ事が言える。金髪の隙間からは猫を彷彿させるピンと突き出た三角形の耳、背中で動いている長い尾にも、同じ模様が入っている。
半人半獣の姿は、獣人族の特徴でもある――が、つい先程まで白はそんな特徴など微塵も持っていなかった。
人から獣へと姿を変える。その特徴はまさに伝え聞く《蛮族》そのもの。
「アニマロイド、もしくは|《獣人》(けもののひと)よ。……ま、普通の人と同じよーに接してもらえれば、それ以上は言わないから」
さらりと言ったが、それが容易い事ならばわざわざ口に出す必要も無い。
その辺りはアルも心得ているのか、さほど期待したふうもなくてきぱきと次の行動に移り始めた。
この世界に存在する人種は三つ――
世界の大半を占める《大陸》に属する地域に住まう《大陸人》ヒュームリア。
内海に浮かぶ島の内、|《獣島》(けもののしま)と呼ばれる島に住まう《蛮族》、|《獣人》(けもののひと)アニマロイド。
そして内海に浮かぶもう一つの島に住まうのが|《七族》(セッテラッツァ)ルマソイド。
細分すればさらに細かく分類する事も可能だが、大まかにはこの三種族に別れていると思ってもらえばいい。
特に種として強力な、象徴的な能力を持たない《大陸人》に対し、|《獣人》(けもののひと)と|《七族》(セッテラッツァ)はそれぞれ特徴的な能力を持つ。
《蛮族》とも呼ばれる|《獣人》(けもののひと)は、自らに獣の力を宿すことで獣に近い姿を取る事ができ、高い身体能力を誇る。
|《七族》(セッテラッツァ)は、本来人に扱う事のできない不可視の力を操り、様々な超常現象を引き起こす。
かつての大戦で生まれた確執から、大陸ではほとんど見かける事のない二つの種族。
そんな者達に、まさか揃ってお目にかかる機会があるとは夢にも思わなかった。
ついまじまじとした視線を向けてしまっていたのだろう、白は居心地が悪そうにその身に宿していた獣の力を解除し、半人半獣の姿から人の姿へと戻る。
一方アルは、からかうようにくすりと笑う。
「なに? そんなに珍しい?」
「あ……いや、すまない」
「いいわよ、別に。東大陸じゃ特に《大陸人》以外は滅多に見かけないでしょうしねー」
どこかふて腐れたような、諦めとも取れる台詞。
《大陸人》には無い特異な能力を持つ二つの種族は、その力を認められ時の有力者から請われる事も少なくはないのだという。しかし過去の確執から、首を縦に振る者は酷く少ないらしい。
そのため、大陸では彼等を見かける事は希であり、同時に亜人種に分類される者達ほど特徴的な外見を持っている訳でもないので見分ける事は困難だ。
つい先程のようにその能力を使わなければ――だが。
「……だから|《流れ星》(ステッラ)なのか」
「またまた五十点。半分正解で半分ハズレ。女二人だけって知れたら、いろいろ面倒でしょ」
「……なるほど」
アルの言葉は至極尤もな事だった。
ギルドに登録した人間の動向は、ある程度ではあるが公開される。一般の者に対してではなくギルド登録をしている者達に対してのみだが、これは情報の交換やパーティを組み戦力増強を図るとの名目での事だ。
同業者同士で切磋琢磨する事に繋がり、また新たな集団を作ろうとする者が、団員を募集するためにも役立っているのだが――良い事ばかりではない。
冒険者、と言えば聞こえは良いがギルドでの仕事は命を掛け金に糧を得る明日をも知れない職業だ。仕事によっては何日も町に戻れず、命の危険と常に隣り合わせの危ういものとなる。
そんな生活で求められるのはある者は温かい食事であったり、酒などの食欲。またある者は強敵との戦い自体にある種の快楽を求める事もある。
そんな具合に三大欲求の一つに挙げられる性欲にそれを求める者もまた、少なくはない。
大きな町などであれば娼婦館へ赴き花売り(娼婦を差す隠語)を求める事も可能だが、旅先ではそうも行かない。目的地が他の町であればそこまで我慢すればいい話だが、依頼によっては未開の地まで足を運ぶ事もある。
そういった出先で、戦いに高ぶった本能を処理するためお抱えの娼婦を同行させる集団も存在するらしいが、そういった事が可能なのはよほど規模が大きな集団に限られてくる。
そのため、次善の手段として取られるのが女性の同業者――ギルド登録者を誘い、関係を結ぼうという手段だ。
ただ経験を積んだ女性冒険者は当然の如くそういった事情を知っているため、不埒な輩は相手にしないなど自衛している。そのためこの手の面倒事に巻き込まれるのは、そういった事情を知らない駆け出しに多い。
ギルドの方でも、そういったトラブルを減らすため目を光らせてはいるが、やはりというか全てに目が届くはずもない。
そのような面倒事を手っ取り早く避けるために、アルと白はわざとギルドに登録していない面もあるのだろう。
|《流れ星》(ステッラ)のようにギルド登録を行っていない者の記録もまたギルドに残るものの、それが同一人物が成した事と調べるのに手間がかかる。なのでストーカーの如くつきまとう悪質な者を避ける手段となり得る。余計なトラブルを避けるためには有効な手段の一つと言えるだろう。……当然、|《流れ星》(ステッラ)であるが故のリスクや不便もあるが。
得心いったものの、奇異な目を向けてしまった手前どうにも弁解する用になってしまう気がして切り出せない。気まずい空気が流れる中、ふと思い出したのは伝え聞く|《七族》(セッテラッツァ)の種族的特徴。
「そういえば――|《七族》(セッテラッツァ)は森の民と同じく長命種だと聞くが……そうなのか?」
ぽつりとこぼれる素朴な疑問。
不可視の力を扱うが故に、森の民は人よりも長い寿命を持つとされる。ならば似た特徴を持つ|《七族》(セッテラッツァ)もそうなのだという噂。もしそれが本当であるのなら、アルの見た目に反して熟練した体裁きや深い知識も説明が付く。
しかし問いとも言えない疑問に、アルは一瞬意表を突かれたようにぽかんと口を開け――次の瞬間、不機嫌を隠しもしない顔で、憤然と眉をつり上げる。
「確かに一部ではそんな事も言われちゃいるけどねぇっ、そんなの|《七族》(あたしたち)は森の民程も長くは生きられないし、っていうか《大陸人》とじゃせいぜい十年違うか違わないかで――だいたい、あたしは正真正銘の十七だっ!」
今にも噛み付かんばかりの反論。あまりの勢いに気圧されてしまう。
すっかり臍を曲げた彼女をなだめるためすまないと謝罪しながら、ふと|《大陸人》(俺やリュート)とは異なるとされる、|《七族》(セッテラッツァ)が持つもう一つの種族的特徴を思い出す。
本来人の身には余る強大な力を操る事に特化した彼等は、その反動か総じて身体能力が低いという俗説――
……冗談だろう?
先程見たアルの動きも、手合わせの時に感じた力量も、とてもではないが身体能力が低いなどと言えはしない。
いったい何処の誰が言いだした事なのか――当人を見つけたならば何を根拠にそんな戯れ言を唱えたのか、しばし問い詰めたい。
半ば現実逃避気味に気分になるのも、致し方ない事だった。




