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黒き獣と赤の少女  作者: 竜胆 梓
二章 《流れ星》
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3 -つむじ風-

 ジークとアルの手合わせは、わたしの目には何が起こったのか、まったく解らなかった。

 距離を置いて向かい合った二人は、ジークはしっかりと身構えていたけれど、アルは身構えてすら居なくて、まるで何気なく普通に立っているようにしか見えなかった。


 だけど、結果はアルの勝ち……だと、思う。


 二人の距離近付いた、その時にはもうアルはジークの胸元に掌を押し当てていて、それはつまり[先に相手に一撃を入れるか触れるかをする]っていう条件を満たしていたから。

 休憩場所に戻ってくる時のジークは、ちょっと悔しそうな顔をしていた。

 先に仕掛けたのは、ジークだった。ジークの方から飛び込んでいったことだけは、わたしにもなんとか解った。けれどアルは、難なくそれをいなして反撃をした……そういうことなんだろうか?

 旅を始めたばっかりの三年前ならともかく、最近はジークが誰かに負ける所なんて全然見なかったから、この結果をすぐに信じることができない。

 ましてアルは、わたしよりは年上だけどジークよりは年下に見えて……勿論、年上の人ばかりが強い訳じゃないって、そんなことは知っているけど、でも大人と子供とでは体格の差や力の差だってあるから。ジークとアルの間にはまだそれがある年の差だと思えるからこそ、余計に信じられないんだと思う。


「うん? 何か付いてる?」

「え……? そんなことない……よ」

「そっか。とりあえずしばらく同行することになったから、よろしくね」


 不躾な視線をあまり気にする様子もなく、アルはにこりと笑って元居た倒木の上に腰を下ろす。


「さて、と――色々とあるけど、まず腹ごしらえにしない?」

「……は?」

「いや、そんな狐につままれたような顔しないでよ。別におかしな事じゃないでしょ? 腹が減っては戦は出来無いっていうし、奇襲を仕掛けたはいいけど、お腹が減って力が出せませんでしたー、じゃそれこそ笑い話にもならないし」

「それは……そうだが」


 さも当然と言いきるアルに、戸惑いを覚えるのはわたしだけじゃなかったみたいだ。ううん、確かにそうなんだけど、なんだろう、なんっていうか――


「ああもう、ぐちぐち文句言わないっ。案外女々しいとこあるのねー」


 戸惑うジークの口を塞ぐように、何かを押しつけた。


「はい、こっちはリュートの分。足りなかったら言ってね」

「え……あ、う、うん……」


 アルから渡された包みの中身は、肉や野菜がたっぷり挟まれたパンだった。香辛料も使われているのかな、美味しそうな匂いが食欲を誘う。

 つい、反射的に受け取ってしまったけれど、そういえばこれはいったい何処から出したんだろうと疑問が浮かぶ。

 わたしの疑問なんてまるで気付いてもいないようで、アルはいつの間にか用意していた自分の分のパンを美味しそうにほおばっていた。

 恐る恐る口に含むと、パンの香ばしい香りと燻製肉の旨み、それに野菜のみずみずしさが口いっぱいに広がる。


「……おいしい」

「お粗末様で。やっぱり感想言ってもらえると作りがいがあるよね」

「え、これってアルが作ったの?」

「うん、そーよ。意外?」


 問い掛けに、アルはこてんと、まるで小動物みたいに首を傾げながらわたしの方を見た。


「そ、そんなことはない……たぶん……けど。で、でもよかったの……?」


 ここは街の中じゃなくて、森の中。しかも町からは遠く離れていて、食事の準備だって大変だ。わたしとジークの場合、移動中の食事は大抵あぶったパンと干し肉と野菜や野草を使った簡単なスープだけ、という事だって珍しくもない。

 だからこういう日持ちのしない食料はすっごく大切で、そう簡単に人にあげられるようなものじゃないはずだ。


「いーわよ。どうせ作り貯めしていっぱい持ってきてるんだから」

「どこに……?」


 思わずこぼれた疑問。だって、アルの装備はものすごく軽装で、とてもではないけれど旅をする人の装いには見えない。そういえば、ここは野営地みたいなのに、荷物の一つも置いていない。

 けれどアルはこともなげに、腰に巻いた飾り布を指差す。


「これの中よ」

「……え?」


 そう言って指差したのは、腰に巻いた茶色い飾り布。……でも、そこには何かが入っているような膨らみはなくて、どこからどう見ても荷物が入っているようには見えないし、入れられるようにも見えない。


「これ、一応|《魔道具》(アーティファクト)になっててね。荷物とか、かさばる物は面倒だから全部、片っ端からここに放り込んでるのよ。だからこんな軽装――ってワケ」

「そう……なんだ。|《魔道具》(アーティファクト)ってそんな便利な道具もあったんだ……」


 つい最近遭遇した|《魔道具》(アーティファクト)を悪用するならず者達。その印象が強いせいかな……|《魔道具》(アーティファクト)と聞くとどうしても怖い物を連想してしまう。けれど、アルの持っている物は素直に便利そうだと思えた。

 旅をしていて一番大変なのは、やっぱり荷物を運ぶことだと思うから……わたしとジークは、まだラーに運んでもらっているから、これでも随分楽な方のはずなんだけど、それでも大変なときは大変だから。


「まあ、ね。でも便利だけじゃないけどね」


 そんなわたしの感想に、だけどアルは苦笑を浮かべる。


「何事もそう上手く事は運ばないってねー。これも便利ではあるんだけど、いろいろと欠点もあるのよ」

「欠点?」


 中に入れた荷物が、ぐちゃぐちゃになってしまうんだろうか……? 見たところ飾り布にはポケットなんて付いていないし、あり得るかも知れない。あ、でもさっきもらったパンは、全然潰れてなんかいなかったし……?


「そ、欠点。機能的にはいろいろとあって背嚢とかとしては文句の付けようがないんだけど、如何せん燃費の方がねー。いろんな術式を組み込んでるせいか、魔力の変換効率にちょーっとばかし欠点があるって言うか、効率がよくなくて」


 聞き慣れない言葉に首を傾げていると、アルはバツが悪そうに苦笑い。


「んっと、魔鉱石は知ってるかな? あれの一般流通品――低品質一個で約一日」


 あっさりと告げられた言葉に、思わず耳を疑ってしまった。


「高品質の物でも、魔鉱石だとよくて一ヶ月ってトコロかな。空間圧縮形の術式は六大属性を初めとした確立された系統と違って、発展途上でまだまだ研究が進んでないから、ちょっといじるともう、ね。なまじ基礎理論はそれなりに確立されてるだけに、利便性もあって利用しようとする人は多いんだけどねー、改良の方がまだまだそれに追いついていなくて、実用化はまだまだ先の話って感じなのよ」


 「だからこれも、知り合いに実用試験だって試作品押しつけられたのよね」と、話しについて行けないわたしたちを置いてアルはやれやれと肩をすくめた。




「さって、と。まずはあの洞窟を塒にしている連中について、軽く説明しておくわね」


 食後、これまたアルが持ってきていたお茶をご馳走になりながら、この後の方針についての話しを聞くことになった。

 だけど当然、わたしたちはあの亀裂――アルの話しではあの奥は自然洞窟になっているらしい――を塒にしている人達について何も知らないから、自然とアルが一人話しをする形になる。


「ここまで追いかけてきたってコトはだいたい把握してるとは思うけど、あいつ等はここ数年このスディラ領を荒らし回ってるならず者集団。で、毎年冬場になるとこのクルヴィ山脈周辺の森に拠点を移して行商が活発になる春まで息を潜めてる、って感じのパターンみたいね。

 規模としては、だいたい三十人程度でまぁ大組織と言うにはちょっと少なめで、でも中規模とも言えない半端なとこって感じかしら。規模に反して被害の方はそこそこの大組織並みに出してるようだけど、ね。

 何度か地方軍、領主の私設兵団と交戦の記録はあるものの、正面からの衝突は少なくて接触した場合逃げに転じてるみたい。なかなか捕まらないのはそのせいね。たぶん上に優秀な指揮官か何かがいるって所か。何はともあれ、敵に回すには面倒な性質よ。

 で、あの洞窟についてだけど、あそこは――」


 立て板に水。

 まさにそんな言葉をそのままに、アルはすらすらと盗賊団たちについての情報を語っていく。


「……いいのか?」


 止めどなく提供される情報に面食らっていたジークが、そこで疑問の言葉を挟んだ。


「うん? 何が?」

「それは、お前が調べた情報ものだろう? 簡単に教えてしまっていいのか?」


 ジークが問い掛けたことは、至極当然のことだと思う。だって、情報を集めることがどれだけ大変か――それを、わたしたちはこの三年間、嫌と言うほど思い知らされているのだから。


「構わないわよ、そんなの。一応は共同戦線やる以上、こっちだけ知ってたってあんまり意味のない情報ものばっかだしね」

「確かにそうだが……」


 もっともな返答に、ジークはどこか納得できない様子で眉をひそめた。

 話が上手くいきすぎて、怪しんでいるんだと思う……きっと。


「ま、警戒したけりゃお好きなだけどーぞ。|冒険者(こんな商売)やってる以上、それを無くしちゃ生き残るものも生き残れないからね」


 信じられていないことを特に気分を害した様子もなく、アルはあっさりと応じる。

 その手慣れた様子に、見た目の年齢以上の落ち着いた空気を感じてしまうのは、気のせいなのかな……?


「気になることがあるのなら、遠慮しなくていいわよ?」

「え? あ、えっと……その、どうやって調べたのかな……って」


 まるでわたしの考えていることが解ったみたいに話を振られて、しどろもどろに言葉を返す。

 だって、ギルドの方でも盗賊たちはこのクルヴィ山脈周辺の森を塒にしていることくらいしか解らなくて、相手がどれくらいの規模だとかは全然解らなかったから。


「蛇の道は蛇――ってね、下手に藪を突いちゃ、何が出てくるかも解らないけど……それでも聞きたい?」

「う、え……と」


 にっこりと向けられたアイスブルーの瞳に、思わずたじろいでしまう。


「冗談だってば、そんな怖がらないでよ。そんなの、単純に調べたからに決まってるじゃない」

「知ってる人、いたんだ……」


 からかわれて恥ずかしいのが半分、そういう人を見つけられなかった情けなさ半分で俯いてしまったわたしに、アルはぱたぱたと手を振った。


「あー、違う違う。自分達の目と足と感覚で調べたヤツだからねこれ。ギルドの方にはまだ連絡入れてないし、そっちが知らなくても別段不手際だって思わないわよ」

「え……?」

「ここ一帯を塒にしてる、そう言ったでしょ? あいつ等ね、冬はここで越してるって言っても一箇所に留まることはしなくて、定期的に移動しながら冬越ししてるみたいなのよ。だからでしょうね、ギルドの方でもなかなか全容を把握できないのは。領主が手をこまねいているのも、そこが大きいんじゃないかな? ま、だから自分達の足で調べたって訳だけど。幸い人数把握も移動のおかげでしやすかったし、助かったって言えば助かったかな」

「そ、そうなんだ……」

「……不定期に場所を変える?」

「うん。クルヴィ山脈周辺にはさ、さっきみたいな洞窟が点在しててね、隠れ家にはもってこいってワケ。見た目はあそこみたいに亀裂っぽいのから、それっぽい洞窟みたいなのまでよりどりみどり。中には相当深いのもあるから、地元の人でも全部は把握してないでしょうね。ましてや装備も無しに探索しようものなら、あっという間に迷子になるわよ」


 あっさりと答える。アルはなんでもないことみたいに言っているけれど、こんな森の中でそのことを調べるのがどれだけ大変なのか、考えただけで目眩がしそうだ。しかも盗賊と鉢合わせしちゃう可能性もあるし……


「……やはり、連れが居るのか」

「まあ、ね。――あの子は優秀よ。あたしなんかと違って、いろいろタフだから」

「……子?」


 アルの言葉にジークが首を傾げた、丁度その時だった。

 背後の茂みががさりと音を立てる。反射的に振り返った先――茂みから飛び出した白い何かはものすごい速さでわたしとジークの前を横切って――


「アル姉、今もどったーっ!」


 呆気に取られるわたしとジークの目の前で、白い何かは体当たりするみたいな勢いでアルに飛びついた。




 野営地に突如現れた白い固まり――ではなく、白い上着を着た金髪の少女。アルのものとは意匠の異なる袖の短い白服に、赤いキュロットスカートにも似たゆったりとしたズボン。柔らかそうな金の髪、同じ色の瞳に無邪気な感情を宿したまま、アルに抱きつく姿はさながら猫が甘えているように見えて、あるはずのない耳と尾を幻視してしまいそうになる。


「あのな、アル姉あのなあのなっ」

「わぷ……ほら、一先ずちょっと落ち着きましょってば。はい、深呼吸いってみようか! ほら吸ってー」


 どうにか奇襲から立ち直ったアルが、突撃してきた少女を宥めるようそう促す。金髪の少女は素直に従い、体を離すと大きく息を吸い込み、


「吐いてー」


 そのまま素直に深呼吸。


「……落ち着いた?」

「ん! それでな、アル姉あのな」


 無邪気に笑う金髪の少女。しかしその効果はさほど期待できないように思うのは、はたして俺の気のせいだろうか……? またもまくし立てる金髪の少女の姿にアルは苦笑をこぼし、子供をあやすように軽く頭を撫でる。

 まるで春一番のような、そんな印象を抱かせる少女。唐突な乱入に呆気に取られていると、こちらの気配に気付いたのだろう。金髪の少女はくるりと振り返ると、幼い行動に似合う大きな瞳に疑問を浮かべ、こてんと首を傾げた。


「……なー、誰?」


 それはそのままこちらの台詞でもある。

 説明を求めるようアルに視線を向けると、彼女は苦笑したまま口を開く。


「こらこら、ちゃんと自己紹介しなきゃダメでしょ? この子はびゃく。あたしの連れよ。で、白、この二人はジークとリュート。恐い顔してる方がジークで、ちっちゃい方がリュートね。二人ともあいつらに用があるみたいだから、よければ一緒に行ったらどうって誘ったのよ」


 非情にざっくりとした説明に、白と呼ばれた少女は「へー」と相づちを打ち――


「よう、ってあのどーくつのか? あそこ、危ないよぉ!」


 身を乗り出して大声を上げた。行動にそぐわず舌っ足らずな口調はともすればからかっているようにも取ることができるが、向けられた眼差しからはこちらの身を案じていることが痛いくらいに理解する事ができた。

 ……だが、それこそまさしくこちらの台詞だ。白と呼ばれた少女の見た目は、身長こそアルよりも拳一つか二つ分は高いが、その言動はまるで十にもならない子供のようだ。下手をしたら、リュートよりも年下ではないかと思ってしまうほどには。

 そもそもアルの方からして、ギルドの仕事を受ける者としては十分若い部類に入る。そのため、連れと聞いて当然のように保護者的な人物を思い浮かべていた訳だが……いや、この二人の面倒を見ている者がいるのだろう。いくら何でもこんな場所に、まだ幼さの残る少女が二人、保護者も無しにやってくるなど不用心にも程がある。


「危ない云々はギルドの仕事をやってる以上承知の上でしょ。……それより白、見張り頼んでたでしょ? どうだった?」

「あ、そーだった! アル姉あのな、アル姉がいってたこーたいしててな、お酒のニオイも結構きつくなってきてるの!」

「ふーん、それは上々。引っ越ししていい気分なところ悪いけど、しっかりお掃除させてもらいましょっか」


 まるで明日の天気でも話すような口調。しかしその顔にはさながら悪戯を思いついた子供のような、生き生きとした表情を浮かべている。……そう思えるのは、はたして気のせいと言えるのだろうか?


「ってコトだから、ちゃんと現地の様子も確認しときたいし、そろそろ出発するけど……二人とも、よろしくね」


 満面の笑みを浮かべてそう言うが、それはつまり盗賊たちの塒に殴り込みをかけるという事で――そんな顔で言うような事ではないだろうに。


「こちらは構わないが……他の者と合流はしなくていいのか?」

「へ? 他って?」

「今現在賊達を見張っている者は……居ない、の……か?」


 きょとんと首を傾げるアルに、内心冷や汗をかきながら問う。

 まさかという思いは、しかし――


「いやこの距離なら大まかなのは白が把握できるし。そもそもそんな大人数で動いてないわよ。だからこそ人手が欲しかったわけだしねー」


 悪戯っぽい笑顔と共に、あっさりと肯定された。


「………。たった二人で、盗賊達とやり合うつもりだったのか?」

「そーね、あなた達を見かけてなかったらそうなってたでしょうけど?」


 戸惑いに、返ってきたのはやはりにこやかな肯定。

 絶句するとは、まさにこの事だろう。何しろ彼女等はたった二人で、三十人ほどはいるという盗賊連中に挑もうとしていたというのだ。それも知らなかった、把握できていなかったならばまだしも、相手の規模を知った上で――だ。

 無謀としか言いようのない行動。しかし先に見た彼女の身体能力なら、それも無謀ではないのだろうか――などと半ば現実逃避気味な事を考えてしまった。

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