第97話:物証と記録
重い駆動音が完全に途絶えた地下大空洞に、冷たい静寂が戻っていた。
巨腕を持ち上げたまま固着した古代の守護ゴーレム。その巨大な影の下で、俺たちはすぐには武器を収めず、周囲の暗闇と中央装置の表面を警戒し続けていた。
「……ミリス、リゼリア。装置の状態はどうだ?」
俺の問いかけに、ミリスとリゼリアが干渉針を握り直し、中央装置の側面から漏れ出る魔力圧を慎重に測り取った。
「ゴーレムへ流れ込んでいた魔力の大きな変動は収まりました。今のところ、魔力圧が急激に上昇する兆候も見られません。ただ、開口部の奥には依然として高密度の魔力が滞留しています。装置内部が安定したとは、まだ言い切れません」
「ええ。今すぐ再び暴走が始まるような変化は確認できないけれど、これがどれだけ続くかは分からないわ。ゴーレムを停止させた直接の原因が、開口部のねじ込み部分を動かしたことによる魔力圧の変化なのか、ガルドが関節の部材を深く打ち込んだことによる物理的なロックなのかも、まだ断定はできない」
リゼリアの慎重な言葉に、俺は深く頷いた。
危機はひとまず食い止めた。だが、何もかもが解決したわけではない。
中央装置には、依然として危険な量の魔力が残っている。今は大きな変動が収まっていても、この状態がいつまで続くのか、何をきっかけに再び異常が起きるのかは分からなかった。
さっきまで暴れていた守護者が止まったからといって、装置そのものが安全になったわけではない。わずかな変化をきっかけに、再び魔力圧が上昇する可能性もある。
長時間放置していい状況ではなかった。
「よし……今は魔力圧に急変がないことを確認できた。だが、これで安全になったわけじゃない。後付け部材の出所を調べ、対処する方法を見つける必要がある」
俺は中央装置を見上げた。
「ガルド、開口部に取り付けられていた部材を鑑識してほしい。無理に外さなくていい。確認できる範囲で、物理的な特徴を追ってくれ」
「おう、任せとけ」
ガルドが短剣を鞘に収め、目打ちと小型の計測具を手に中央装置の側面へ歩み寄った。
ランタンの光を開口部へ当て、後付けされた金属部材をさまざまな角度から凝視する。指先で金属の表面をなぞり、目打ちの先端で接合面の微細な傷やねじ山を慎重に確かめた。
「……おい、クロノ。こいつのねじ山、古代の鋳造や切削のものとは違うな。かなり特殊な工具を使って削り出された痕跡が、くっきり残ってやがる」
「特殊な削り出し痕……?」
「ああ。それに、部材の側面に小さな刻印が入ってやがる。……『双頭の槌』だ」
ガルドが指し示した場所を覗き込むと、金属部材の基部に、肉眼では見落としそうなほど小さな『双頭の槌』の刻印が刻まれていた。
「この特殊なねじ山と削り出しの癖、そして刻印……。作られた工房を絞り込むための、強力な物証になりそうだぜ。もっとも、これが誰の手でここに持ち込まれ、どういう目的で仕掛けられたかまでは、この現物だけじゃ分かりようもねぇがな」
ガルドの報告は、目で見て、手で触れて確かめた物理的な特徴に基づくものだった。
魔法による推測ではない。確かな金属加工の痕跡が、闇の中に一つの明確な輪郭を形作り始めていた。
その報告を聞き、安全な位置で待機していたリィネが、持参していた手帳を開いた。地下へ降りる前に、南西旧水路の補修名目で出回っていた不審な資材の控えから、気になった取引だけをメモしておいた薄い冊子だ。
ランタンの光をかざし、手帳の細かな書き込みを指先で追いかける。
「……クロノ様。ガルドさんが仰った『双頭の槌』の刻印ですが……手元にメモしてある、南西旧水路の補修資材を納入していた工房の刻印と一致します」
「あの補修事業の工房か……!?」
「はい。手元の控えでは、この工房が南西旧水路の補修資材を納入していたことまでは確認できます。ただ、今回の部材と同じ加工が施されていたか、誰が注文したのかまでは分かりません。工房で直接確かめる必要があります」
リィネは言葉を選びながら、慎重に続けた。
「ですが……地上に戻ってこの『双頭の槌』の工房を当たれば、この特殊なねじ山を持つ部材がどのように注文され、どこへ納品されたのか、流通の足取りを追えるはずです」
リィネの手帳に記されたメモは、答えそのものではない。地上のどこへ行けば足取りをつかめるかを示す、道しるべだった。
俺は一度目を閉じ、これまでに得られた事実を頭の中で整理した。
第一に、中央装置の開口部には、特殊なねじ山と『双頭の槌』の刻印を持つ後付け部材が存在する。
第二に、リィネのメモにより、『双頭の槌』が南西旧水路の補修事業に関わっていた工房であることが分かった。
第三に、現物と実際の取引の結びつきや、誰が地下へ運び込んだのかは、地上の工房や納入先を直接調べなければ分からない。
(……地下で見つけたのは、犯人の名前じゃない。だが、地上の流通へとつながる、手繰り寄せるべき最初の糸口だ……!)
俺は目を開き、頼もしい七人の仲間たちを見渡した。
「みんな、これで地下での物証収集は十分だ。次に確かめるべき道筋が見えたぞ」
俺の言葉に、全員の視線が集中する。
「この部材がどの工房で作られ、誰の手を経て、この地下へ運ばれたのか……地上に戻り、『双頭の槌』の工房と納入先の流通経路を追う!」
「待ってください、クロノ様」
リゼリアが、中央装置へ視線を向けたまま口を開いた。
「装置の状態は、まだ安定したとは言えません。今すぐ戻るべきです」
俺はうなずいた。
「分かっている。だが、仕掛けの正体も分からないまま手を出せば、さっき以上の事態を招くかもしれない。今の状態で安全に対処できる保証もない」
「だからって、調査を長引かせるわけにはいかねぇな」
ガルドが低い声で続けた。
「工房と運送会社の記録を優先して洗う。まずは後付け部材の出所と、地下へ運び込まれた経路を探る。装置を止める手掛かりが得られたら、すぐ地下へ戻るぞ」
「地上での調査と並行して、地下へ戻る準備も進めよう。装置の状態が分からない以上、調査だけに時間をかけるわけにはいかない」
今、魔力圧に急変がないからといって、次に地下へ戻るまで同じ状態が続いているとは限らない。
俺たちが地上で調査している間にも、装置の内部では何かが変化しているかもしれないのだ。
だからこそ、必要な記録を効率よく追い、再び地下へ向かうための準備も同時に進めなければならなかった。
「おうっ! 地上の追跡なら俺たちの出番だな!」
「承知いたしました。工房と公的事業の調達ルート、確認を進めましょう」
バルドが太い拳を打ち鳴らし、ミリスとリゼリアが干渉針を収める。
作業を終え、俺たちは慎重に撤収の準備を始めた。
ランタンの淡い光が、古代装置の側面にひっそりと刻まれた『双頭の槌』の刻印をかすかに照らし出し、やがて闇の中へと静かに溶けていった。
地下の異常は、ひとまず落ち着いている。
中央装置に残された危険は消えていないものの、魔力の流れは一時的に安定しており、すぐに異常が再発する兆候も見られなかった。
ただし、この状態がいつまで続くのかは分からない。装置を安全に停止させるには、その構造と魔力の流れを正確に把握する必要があった。
地下へ戻る前に、地上に残された記録や物証から、装置に取り付けられた部材の正体と、その役割を突き止める。それが、再び地下で作業を行うための確実な手掛かりになるはずだった。
俺たちは、異常が再発する可能性を警戒しながらも、必要な情報を集めるため、地上へと向かった。




